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第7話 狙われた超人

「よっ、晶子ちゃん、おはよう!」


 午前八時半、地下鉄の新宿御苑前駅に程近い新宿一丁目界隈、モーニングサービスで賑わう昔ながらの喫茶店から顔を見せたマスターが声をかける。


「おはようございます」

「おや、今朝はいつものあの()()()()兄ちゃんじゃなくて……いや、まあ、とにかく今日も元気でな」


 マスターは口を濁しながら店の奥へと引っこんでいく。続いて声をかけて来たのは蕎麦屋の店主だ。今は仕込みの真っ最中、鰹出汁の香りをまといながら晶子に声をかけてくれる。


「晶子ちゃん、今日も……あ、いや、元気で何より、ママによろしくな」

「ハイ、ありがとうございます」


 それにしても今朝は街のみんなの様子がどこかおかしい。いつもは気さくに声をかけてくるのにどこかよそよそしいのだ。そして三人目、米屋の親父さんの態度を見て晶子の疑問は核心に変わった。そうか、自分の前後を固めているこの二人だ、彼らが晶子に声がかかるたびその相手に睨みを利かせていたのだ。

 晶子が歩みを止めるとそれに合わせて二人も止まる。ついには彼女を護らんと身を寄せてきた。朝っぱらから小柄な女子を囲むブラックスーツの用心棒の姿に道を急ぐ通行人たちはその様子を気にしながらも、しかし決して関わることがないよう見て見ぬふりをして通り過ぎて行った。このままではいけない、晶子はその場に立ち止まると人目も気にせず両手を腰に当てて黒服の二人を諫めるように声をあげた。


「もう、いい加減にするし。てか街の人たちを威嚇しないでよ。みんな普通に挨拶してくれるだけじゃん」

「しかし、晶子姐さん……」

「姐さん、言うなし」

「晶子さん、その、万一のことがあったら自分らかしらに怒られます」

「はいはい、お仕事だもんね。それじゃあ、これからはヤバいときはあたしが合図するし。バッグの中に手を入れるから、それでいいっしょ」

「承知しました、姐さん、いや、晶子さん」


 それだけ言うと晶子は再びママの事務所を目指して歩き始めた。


 しかしそんな護衛もオフィスの前まで、彼らはビルに立ち入ることなく舗道にて護りを固める。一方、誰もいないオフィスで晶子は業務開始の準備を始めていた。


「おはよう、ショーコちゃん。例の二人、ちょっと目立つわねぇ」


 午前九時、ママはオフィスにやって来るなり呆れた顔でそうぼやいた。ブラックスーツにずんぐりむっくりな晴久はるひさも確かに目立つ存在ではあったが、それは彼一人である、日中の街中ではさほど気になるほどではない。しかしそれが二人となれば事情は異なる。まるでこのビルに反社会的な団体が絡んでいると勘違いされてもおかしくない。現に午前一〇時過ぎ、晶子がいつもの外回りに向かおうとビルを出たそこでくだんの二人はパトロールの警官から職務質問をされていたのだった。


「てか、そのカッコはちょっと目立ちすぎっしょ。二人とも明日からは普段着がいいと思うし」


 すぐさま晶子が警官に事情を説明した後で彼らにそう言うと、彼らは「事務所に相談します」と言って頭を下げた。


 今日の仕事もいつものルーチンワーク、ママが経営する飲食店、そのほとんどは夜の店だが、を回っての売上データや帳簿の回収だ。本来ならばどうということはない仕事だが目指す店のほとんどは歌舞伎町に点在している、昨日の今日でまたもや襲撃されるかも知れない。晶子は覚悟を決めてフル充電された愛用のスタンガンの一丁をトートバッグに忍ばせた。

 しかし晶子の杞憂に反して業務は平穏かつ順調だった。お店の従業員はみな準備をしてくれていたし、なにより今日は暴漢に襲われることも()()()()連中に囲まれることもなかったのだ。おかげで晶子はお昼前にはオフィスに帰還できたのだった。


 そして時刻は夜の六時、そろそろ帰宅せんと晶子がパソコンの電源を落とそうとしていたときのこと、ママのオフィスに一本の電話がかかってきた。相手は晴久はるひさが所属する事務所だった。晶子はすぐさまママに電話をつないだ。


「ええ……はい、ええ、承知しました。くれぐれも無理なさらぬように、お大事にとお伝えください」


 電話を切ったママがデスクに座ったままで晶子に話の内容を伝える。


「富士見野さん、やっぱり骨折してたそうよ。単純骨折だったのは不幸中の幸いだけどしばらくはギプスのお世話になるみたい。患部を固定するために今日まで入院、明日からしばらくは事務所に詰めることになるんですって。昨日の時点ですぐに骨折の診断がされたんだけど、とりあえずひとまず落ち着いたんで連絡してきたそうよ」

「やっぱ、そうだったんですか。あの人、不死身です、しか言わないから」

「ほんと、名は体を表すの典型みたいな人だけどさすがに今回はしばらく安静ってことよね。だからショーコちゃん、明日もあの二人が護衛に付くからよろしくね」

「はい、ママ」


 晶子はそう答えると「お先に失礼します」と言って事務所を後にした。



 午後十一時、入浴を終えた晶子はパジャマ代わりの体操着姿で髪を乾かす。彼女は帰宅したならばすぐさま部屋着に着替えるのだが、その部屋着もパジャマも学校指定の体操着だった。仕事柄人一倍身だしなみには気を遣うミエルはそんな晶子に何かにつけて苦言を呈するが、彼女には彼女なりの合理的理由があるのだ。それに誰に見せるわけでもない部屋着である、晶子は着替えの為に何着か用意したそれらを着回ししているのだった。


 それにしても今日は久々に平和な一日だった。二人の護衛を連れて歩く姿は確かに目立っていたし、それは不良連中を躊躇させるに十分だっただろう。しかし本当にそれだけだろうか。晶子はこれまでに襲撃を受けたときの記憶を振り返ってみた。そしてあることに気付く。自分たちに襲い掛かって来る連中はみな一様にある言葉を口にしていた。


「ハルク、てめぇ!」

「ハルク、今日こそは沈めてやるぜ」


 考えてみれば暴漢たちはみな晴久はるひさの名を呼んでいたではないか。特に昨日は自分が晴久の彼女と間違われていたくらいだ。晶子の疑問は確信に変わった。


「狙われてるのはあたしじゃない、富士見野さんだ」


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