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第3話 乙女たちと超人

 私立成文館(せいぶんかん)学園は初等部から高等部までを擁する男女共学の私立学校だ。明日から夏休みを迎える学園であるが大学受験の講習を受ける生徒は明日以降も登校するし、部活動、特に運動部は「夏を制す!」の勢いでいつも以上に厳しい練習の日々が続くのだった。しかしまだ二年生である晶子の学友たちは明日からの休みに向けてスケジュールの確認に余念がなかった。


「伊集院さん、夏休みはどうされるんですか? やっぱ海外とか静かな別荘とか」


 初等部からこの学園に通う伊集院いじゅういん祥子しょうこは大手デベロッパー企業である伊集院グループを仕切る会長のひとり娘、そして学園ではクラスの中でも中心的存在だった。そんな彼女を取り巻く数名の中に明日葉あしたば晶子しょうこもいた。祥子は柔和な笑顔でその問いに応える。


「そんなことはございませんわ。お稽古事はいつも通りですし大学受験にも備えなければなりません」

「それじゃずっとご自宅にいらっしゃるんですね。それならたまにはカラオケとか行きましょうよ」

「ナイトプールなんかもいいかも」

「それならうちの親がスーパー銭湯のタダ券たくさん持ってるから、みんなでお風呂なんてどう?」

「ははは、オヤジかよ」

「あははは」


 みな口々に好き勝手を言っては盛り上がっていた。その会話に紛れるように伊集院祥子が晶子に近づいて腕を引き寄せながら耳打ちした。


「ですから晶子さん、もし何か困ったことがございましたならば是非お声がけをお願いします。ワタクシ、何を差し置いても馳せ参じますわ」

「はは、そんな……お気持ちだけいただいておくし」


 前の事件で囚われの身となった伊集院祥子を救出したのは晶子だった。あっさりと看破されてしまった晶子のもうひとつの顔、そして脱出劇においては晶子も伊集院祥子の別の一面を垣間見せられて、以来二人だけのときは互いに名前で呼び合う仲となっていた。

 しかしあの大立ち回りで彼女のスイッチが入ってしまったのだろうか、それからというもの何かにつけて事件はないかと探りを入れてくるのだった。しかし晶子とミエルが身を置く世界はまだまだ入口とは言え裏社会だ、お嬢さまが住む世界とは異なる論理で動いている。晶子は彼女から問われるたびにやんわりと受け流していた。


 さあ校門が近づいて来た。皆の話題は夏休みの計画から晶子の話へと移ってゆく、今日もまた小林こばやし大悟だいご先輩が晶子を待っているのだろうかと。


「ねえねえ、タバシ。大悟先輩、昨日から学校休んでるんだって」


 明日葉晶子と伊集院祥子、二人のショーコがいるここでは晶子はタバシと呼ばれていた。晶子はママの口利きでの学年途中からの編入、それだけに先にショーコと呼ばれていた伊集院祥子に軍配があがる。当初は明日葉あしたばさんと呼ばれていたのが「タバショー」になり、ついには「タバシ」となった。そんな奇妙なニックネームだが晶子も今ではすっかりそれを受け入れていた。

 触れたくない話題に晶子は怪訝な顔で返す。


「だから何だし」

「だって、ほら、大悟先輩と晶子って……」

「つき合ってなんかないし、あんなヤツと」

「またまたぁ、あんなヤツとか言っちゃうし」

「でもさ、余裕こいてるってことはやっぱ事情を知ってるんだよね」

「だ――か――ら、何でそうなるし」


 そんなたわいもない会話をしているうちにご一行は校門の前に到着した。間もなく超が付くほどの高級車が伊集院祥子を迎えに来るだろう。そして明日からは夏休み、みなしばしの別れを惜しみつつ互いの連絡先のチェックも怠らなかった。

 晶子は取り巻き連中の賑やかさから一歩離れて周囲をうかがう。すると道路を挟んだ数メートル向こうに屈強そうな青年が立っているのが見えた。富士見野ふじみの晴久はるひさ、ママからの依頼で晶子の護衛をまかされた青年だ。登校時に正門から離れたあたりで晶子を見送った彼は授業が終わるまでずっとここにいたのだろうか。

 食事は?

 何よりトイレは?

 晶子はそんなことを考えながら彼の姿を目で追っていた。直立不動の晴久はなるべくこちらを見ないようにしながらそれでも時折視線を向ける。そんな彼の姿に気付いた取り巻きの一人が皆を引き寄せるように手招きして声を潜めた。


「ねえねえ、あそこの人、ヤクザ屋さんかなぁ」


 その一言に皆一斉に彼に目を向ける。


「見るなし、ヤバいし」


 すぐさま晶子が彼女たちを制する。すると取り巻きの一人が晶子に顔を近づけながらニヤついた。


「実はタバシの彼氏だったりして」

「マジで?」

「確かに、さっきからなにげにこっちをチラ見してるよね、あの人」

「え――っ、じゃあ大悟先輩は?」


 またもや好き勝手だ。さすがにいたたまれなくなった晶子は早々に立ち去らんと学園ならではの挨拶をする。


「それではみなさん、ごきげんよう」

「え、タバシ行っちゃうの」

「あたしこれからバイトだし、なのでみなさんもお元気で」


 そう言って帰路に就く晶子に伊集院祥子は返礼の代わりに小さく頷いてみせた。

 晶子が向かう先には晴久はるひさが立っている。素知らぬ顔で彼の前を通り過ぎる晶子を目で追いながら彼は数歩下がった間合いを保ちながらその後に付いた。

 二人の横を伊集院祥子を迎える超高級車がすれ違う。晴久はすかさず晶子を守らんと彼女の傍らで身構える。そして車が通り過ぎたとき、二人の間にはまた数歩の距離が保たれていた。

 校門で伊集院祥子を見送る取り巻き連中からは車が死角になって二人の様子はうかがえなかったが伊集院祥子はすぐに事情を察してミエルと晶子のときと同じように去り行く二人を温かい目で見送るのだった。



――*――



 今日の晶子は制服姿で夕方の歌舞伎町を歩いていた。ミエルがいるときは彼が小林大悟からミエルに変身するのにつき合って彼女も私服に着替えてママの事務所に出勤するのだが、ミエルが疎開と称して新宿を離れているし、夕方とは言えまだまだ日も高い。それに今日は夏休み前最後の登校日、そんなこともあって晶子は少しばかりの横着をしたのだった。

 とは言え、制服姿で歌舞伎町を歩くのは周囲の目が気にならなくもないが、なにより護身用のスタンガンをスカートの中に隠すことができるのだ。私服ではショートパンツが多い晶子にとってそれが制服であることのアドバンテージでもあった。


 仕事は簡単なものだった。ママが経営する飲食店を回って売上データをUSBメモリーにバックアップするのだ。今日びそんなことはメールやストレージサービスを使ってデータの授受をすれば済むことであるが、店の様子を確認と称して監視したいがためにママは晶子に回収を命じているのだった。

 前の事件では悲惨な出来事があったコスプレパブ「パラダイス」もその一つ、ここはミエルが夜の副業をする店であるが、そこが今日最後の巡回先だった。問題なくデータを回収した晶子はママの事務所を目指す。すると今まで数歩後ろを歩いていた晴久はるひさが彼女の前に立ちはだかった。彼は晶子を守るように腕を広げて構えている。いつの間にか数人の不良たちが不敵な顔で二人を囲むように集まっていた。


「姐さん、心配ないっす、自分がすぐに片付けます」


 晴久はるひさはそれだけ言うと闘いに備えて息を整えるのだった。


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