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最終話 これからも超人

 八月もそろそろ半ば、新宿一丁目界隈では盆休みを兼ねて休業するオフィスが散見されるものの飲食店は夏休みだからこそ新宿にやって来る客を目当てに休むことなく平常営業していた。そしてランチとディナーのちょうど狭間にあたるこの時間帯は人の流れも一段落し、束の間の静かな時が流れていた。


 晶子と晴久はるひさが最後に襲撃されてからかれこれ三日が経過していた。晴久がリーダー格の青年をぶちのめしてしまったからだろうか、あの日以来晶子たちにつきまとう、もとい、晴久をつけ狙う怪しい連中はすっかり()()を潜めていた。短い間だったが晴久の代わりとして護衛についていた二人も役目を終え、すべてが元に戻ったのだと晶子は実感していた。

 まだまだ続く暑い日々、今日の晶子はいつもの戦闘服じみたレザー系ファッションからデニムのショートパンツにカラフルなアロハシャツという彼女にしてはめずらしい季節に合わせたコーディネート、その一方で護衛役の晴久は未だ取れていないギプス、これは特注の鉄骨製だが、をカムフラージュするためにブラックスーツで身を固めていた。とは言えさすがに不死身の超人もこの暑さには勝てず、ジャケットの前ボタンをはずしてネクタイも緩めて汗を拭き拭き彼女の後について歩くのだった。


 人影もまばらな新宿一丁目の裏通り、ママからことづかった買いものを携えて歩く晶子の視界に一台のコンパクトカーが映る。青い小さなその車には見覚えがあった。そうだ高英夫こうひでおがママから借りたあの車だ。ということはミエルが帰って来たのだろうか。


「え、もしかして、ミエル……?」


 ママからの帰還命令が出たのは昨晩遅くのこと、それが明けて今日の昼下がりにはもう到着したのか。晶子の胸は期待に膨らむ。たった半月とは言えそれぞれに積もる話があるだろう。さあ何から話そうか。その前に晴久はるひさを紹介しなくては……いや、それはまたあとでいいか。とにかくこっちもいろいろあったのだ。そんな思いが彼女の中に去来した。

 ミエルは歩道に荷物を置いたまま運転席の相手と会話しているようだった。その相手とはおそらくあの緊縛師を名乗る高英夫こうひでおだろう。そしてミエルがフロントウインドウに向かって深々と頭を下げると同時に車は静かに発進した。晶子は道路を横断して去り行く車を見送るミエルのすぐ後ろまでやってくると笑顔で声をかけた。


「ミエル、やっと帰って来たし」

「あ、ただいま、晶子」


 道路の反対車線側の歩道では晴久はるひさが談笑する二人を遠巻きに見つめていた。晶子が見せる笑顔、それはこれまで彼が見てきた彼女のそれとはまったく違っていた。しかし晴久の中に嫉妬やくやしさはなかった。なにより彼は初めて見たミエルの姿に畏怖の念に近いものを感じていた。

 一見すると普通の女の子、その見た目は晶子と同じくらい小柄だった。しかしその実は男子高校生でそれなりに修羅場もくぐっているのだ。なにより歌舞伎町のデーモンと言われた大物に打ち勝ったのは記憶に新しいところだ。


「あの人がミエルさんか。初めてお目にかかりましたがやっぱオーラが違います。それに晶子姐さん、そんな笑顔するんっすね。でもいい笑顔っす。見ている自分も嬉しくなります」


 するとそのとき不死身の超人と華奢な男の娘との視線が合った。彼女は置かれた荷物を抱え上げると晴久はるひさに向かって小さく会釈する。そしてそのまま晶子の先導でママのオフィスが入居する雑居ビルの中に消えていった。


「ミエル姐さん、あとは頼んます。自分の役目はここまでです。晶子姐さん、もう大丈夫ですよね。それではお元気で」


 晴久はるひさは誰に言うともなくひとりそうつぶやくと誰もいないビルの入口に向かって九〇度の礼をしてその場を後にした。



――*――



 ミエルが新宿に戻って二週間が経過していた。晴久はるひさによる護衛に代わって彼女と行動を共にするのはミエルだった。幸いなことにあれほどあった襲撃も事件らしい事件もなく、二人は歌舞伎町の店舗を巡回したり法務局で物件の謄本調査をする平穏な日々を過ごしていた。そして来週からは新学期、いつもの生活が始まるのだ。

 そんなある日の朝だった、ママがミエルと晶子をデスクの前に呼び出した。


「二人に話があるの」


 今度はどんな無茶なミッションなんだろう。特にママがこうしてあらたまって呼ぶときはなおさらだ。二人は固唾を呑んでママからの次の言葉を待った。


「この夏、ミエルちゃんが疎開していて気付いたんだけど、この事務所っていわゆる女所帯みたいなものよね。かなり危ない仕事をやるときもあるのに今までこのメンバーでやって来れたのはラッキーだったと思うのよね」

「でも、ミエルは……」


 晶子が言おうとするのを遮るようにママが続ける。


「ショーコちゃんが言いたいことはわかってる。確かにミエルちゃんは男子だけど女の子として振舞ってもらってるし、正直、護衛って感じでもないわよね」

「でもここには相庵あいあん警部もよくお見えになるし……」


 今度はミエルの言葉を遮った。


「あれはたまたまよ。それにウチは官憲のお世話にはなりたくないし、なるべきじゃないのよ。貞夫さだおちゃんとは腐れ縁みたいなものだから特別だけどね」


 そこまで話すとママは喉を潤そうと冷めたお茶をすする。そして二人を交互に見ながら再び続けた。


「それでね、うちでもセキュリティというかボディーガードというか、まあそういう人をお願いしようと思うの」


 思うの、なんて言ってはいるけれど意見を聞くつもりなどないのだ。これは決定事項なのだ。ミエルと晶子の二人はともにそう感じていた。ミエルが隣に立つ晶子の様子をうかがうと彼女はどこか神妙な面持ちで何か言いたげにしていた。するとママもすぐそれに気づいた。


「ふふふ、ショーコちゃんはなんとなく察してるみたいね。身元がハッキリしてて腕っぷしもなかなかで打たれ強い。まさにタンクみたいな人と言えば……」


 そのときタイミングよく入口のドアがノックされる。三回のノックに続いて「失礼しまっす!」の声とともにそこに立っていたのは、あの富士見野ふじみの晴久はるひさだった。


「ショーコちゃん、そういうこと。女所帯のこのオフィスで留守番と護衛、それに簡単な雑務をお願いすることにしたの。彼の事務所とも契約済みよ」

「初めまして、ボクが帰って来た日にお目にかかってますよね。ミエルです、あらためてよろしくお願いします」


 そう言って一礼するミエルに続いて晶子も小さな声で挨拶する。


「ま、また、よろしくだし」

「はい、姐さん、よろしくお願いしまっす!」

「だから、姐さん言うなし」


 するとママは早速三人に仕事を命じる。ミエルと晶子は物件の周辺調査、晴久は事務所に待機してママから諸々のレクチャーだ。


「富士見野さん、さっそくだけどうちの事業の説明からね。あなたなら即戦力になるし、これからもよろしくね。とにかく期待してるわ」



男の娘探偵ミエルの冒険シリーズ

不死身の男 ~ あたしを愛した超人


―― 終幕 ――


謝辞:

今話もまた二万文字を超える中編になってしまいましたが、お読みくださりありがとうございました。

次作は長編第三弾(シリーズ第六弾)も構想中です、またお会いしましょう。


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