第8章
私たちは崩落しかけた廊下を奥へと進み、やがて学園中央に位置する大広間へ踏み込む。そこはすでに魔力の嵐が吹き荒れ、床の大理石が砕け、壁には闇の亀裂が走っている。駆け寄る生徒たちの悲鳴や衝突音が、あちこちに反響している。
学園の中心には闇の結界が浮かび、まるで空気そのものが歪んでいるように見える。その中心に、黒幕が立っているのが分かる。あの老紳士の姿をした人物が、異様な闇の力を身にまとい、こちらを見ている。
「終わりの時が来たようだね、リリア・エヴァンス。君が“真の力”を解放してなお、私に勝てるかどうか……」
黒幕の声が低く響くと同時に、私は強烈な圧力を感じて一瞬息が詰まる。けれど、王子たちが私のそばに踏み込んでくれる。レオンハルトは雷の剣をきしませて構え、ユリウスは冷えた視線で黒幕を睨み、シリルはわずかに身を沈めて暗殺術に備えている。エドガーは狂気を孕んだ眼差しのまま、私のそばから離れようとはしない。
私は胸に手を当てる。聖女の印が熱を帯び、私の鼓動と共鳴しているのが分かる。今なら、恐らく魔力のない私でも、“何か”を引き出せるかもしれない。
「怖いよ。だけど、この学園を守りたいって気持ちは絶対に捨てられない。だから……!」
ぎゅっと拳を握って叫ぶと、黒幕が薄ら笑いを浮かべる。
「では、最後の一手を打たせてもらおう。君の聖女の力がどれほどのものか、確かめさせてくれたまえ!」
黒幕が両手を挙げて呪文を唱える。渦巻く闇の力が広間全体を覆い、天井が砕け、重厚な柱が激しく崩落する。周囲にいた生徒たちは悲鳴をあげながら逃げ惑い、まさに学園全体が修羅場と化していく。
その一瞬、私の頭の中で「助けなきゃ」という強迫観念が渦を巻く。どうにかして、あの崩落からみんなを守りたい。私がそう思った瞬間、レオンハルトがいち早く動き出す。
「リリア、伏せろ!」
雷の刃が空間を震わせ、大きな瓦礫の塊を吹き飛ばしてくれる。火花が散り、砕かれた破片が闇に飲み込まれていく。
ユリウスはすかさず毒の霧を放ち、黒幕の動きをかすかに鈍らせようとする。幻術を混ぜ合わせて黒幕の視界を揺さぶることで、攻撃の勢いをそぐ作戦らしい。
その隙にシリルが影のように動き、黒幕の死角へ回り込もうとするが、黒幕はまるでそれを見抜いていたかのように闇の触手を伸ばす。シリルが紙一重で回避するものの、腕をかすめたらしく、小さく苦痛のうめき声が聞こえる。
私の周りで王子たちがそれぞれの方法で私を守り、黒幕へ攻撃を試みる様子に、胸が熱くなる。いつも衝突ばかりしていた彼らだけれど、私を中心にして共闘している。この一瞬だけは、彼らの闇堕ちが嘘のように感じられる。
――だけど黒幕の闇は圧倒的だ。まるで底なしの魔力を引き出しているかのように、次々と大技を繰り出してくる。私たちはじりじりと追い詰められ、足元が崩壊していく気配が絶えない。
と、そのとき。私の胸元からいっそう強い熱がこみ上げる。視界の端に白い閃光が走り、自分の身体から何かが放たれたのが分かる。まるで閉ざされていた扉が開き、真の力が覚醒したような感覚だ。
黒幕が目を見開く。
「これが……聖女の真の力……?」
広間を支配していた闇の渦が一瞬だけ揺らぎ、真空の空間が生まれたみたいに息苦しさが消える。
私は驚きと戸惑いの中で、しかし確かな手応えを感じる。魔法の理屈はよく分からなくても、私の中で燃え上がるこの力が、学園を救う鍵になり得るはずだ。そう思った瞬間、黒幕が「リリアを取り込めば、自分の勝ちだ」とばかりに私へ向かって猛攻を仕掛けてくる。
「やめて……!」
思わず手を突き出すと、光の壁が私の周囲に展開され、黒幕の闇の触手を弾いてくれる。
黒幕が驚愕の声を上げ、さらに力を注ぎ込む。すると闇の触手の一部が絡みつき、私は光の壁ごと締め上げられそうになる。再び息が詰まり、身体が砕けそうなほどの圧力だ。
「くっ……! 誰か……!」
苦しい声を上げた瞬間、鋭い雷鳴が轟き、レオンハルトが横から切り込む。黒幕がほんの一瞬ひるんだ隙に、ユリウスが毒と幻術を交錯させて闇の触手を斬り裂き、シリルが黒幕の背中を狙い、エドガーが狂気に満ちた魔術で追撃する。
王子たちがそれぞれのやり方で私を守ってくれている光景に、私は思わず胸がいっぱいになる。闇堕ちしていた彼らが、今は私のために力を尽くしている。これほど心強いものはない。
「みんな……ありがとう。私も、この力を使いこなす!」
そう誓うと、私は自分が発している光の流れを意識し、学園全体に広がる闇を浄化するイメージを思い描く。周囲を見渡せば、崩壊しかけた天井の下で逃げまどう生徒、倒れ込む教師たち……すべてを救うために、今ここで勝たなきゃいけない。
しかし、黒幕は最後の力を振り絞り、さらなる闇の奔流を解き放つ。学園の外壁が大きく崩れ、生徒たちの悲鳴が重なって耳に刺さる。
そのとき、レオンハルトが下腹部あたりを負傷しながらも、黒幕に雷の剣を振り下ろす。
「おまえが……学園を壊すのは、これで終わりだ……!」
稲妻が黒幕の肩口を斬り裂き、激しい閃光が炸裂する。黒幕が苦痛に歪む表情を見せた瞬間、ユリウスが冷酷な笑みを浮かべながら、黒幕の陰謀の最終計画を封じるための毒を放つ。
「ここまで混乱を引き起こしておいて、好き勝手に撤退なんかさせない」
幻術を重ねることで黒幕の体勢を崩し、シリルが鋭く踏み込み、決定的な一撃を狙う。だが、黒幕は必死に闇の障壁を展開し、まだ倒れようとしない。
その直後、シリルが学園の古い制御装置を操作したようで、空間に薄緑の光が走る。どうやら、学園を守るために設置されていた防御結界を再起動したのだ。魔力が弱っている学園でそれが可能か疑問だったけれど、さすがに情報操作と暗躍を得意とするシリルの手腕だ。
「これで最低限、生徒たちを守れる……! あとは黒幕を倒すだけ!」
シリルが息を荒げながらそう言い放つ。広間全体を漂う殺気が、徐々に白いモヤへと変わっていくように見える。
すると、エドガーが顔を歪ませながら、私に向けてそっと手を伸ばしてくる。
「リリア……僕、やっと分かったよ。君がどれだけこの学園を、大切に思っているのか。僕は……狂った欲望に取り憑かれてた」
彼の声はわずかに震えている。きっと禁忌の研究と闇の力に溺れ、理性を手放しかけていたのだろう。でも、彼は最後の土壇場で自分の過ちを認める。
「ごめん……君を傷つけようとした。だけど、もう一度だけ僕に戦うチャンスを……。僕がこの黒幕を制するために、闇の魔力を使う。その代わり、君の光で僕を救ってくれないか……?」
その言葉に、私は一瞬迷う。エドガーが闇を使うなら、さらに狂気を深める可能性だってある。でも、もう時間がない。私と王子たちが力を合わせなければ、黒幕は倒せない。
「わかった……エドガー、あなたの力を信じる。私も全力で光を放つから、闇に呑まれないで……!」
エドガーは微笑にも似た表情を浮かべ、魔力を高めて闇の渦を制御し始める。黒幕が激怒して闇を広げようとするのに対して、エドガーは逆に闇を巻き取るような動きで対抗し、その隙を作り出してくれる。
黒幕はさらに最後の力を振り絞り、学園を丸ごと呑み込むかのような巨大な闇の触手を形成する。ここまできても、やはり底知れない力を持っていることを思い知らされる。
でも、私は逃げない。私の胸にある聖女の印が限界まで熱を放ち、白い光が私の周囲を満たしていく。
「これで……終わりにする。学園を、みんなを救うために……!」
闇の触手が私をかき消そうとする瞬間、レオンハルトが雷の一撃を放って触手の先端を斬り飛ばし、ユリウスが毒と幻術で黒幕の動きを封じ、シリルが結界の力を高めて被害を最小限に抑える。エドガーは自らの闇を捨てるように、黒幕の魔力を相殺してくれる。
私はその一瞬のチャンスに、心の底から湧き上がる光を解放する。まばゆい閃光が爆発するように広間を駆け巡り、黒幕の絶対的な闇を浄化するかのように洗い流していく。
黒幕が「ば、ばかな……!」と叫んでいるのが聞こえる。彼の身体を覆っていた闇が剥がれ落ち、崩れかけた天井からの光が差し込む。私は集中を切らさずに、最後まで光を放出し続ける。
全身が熱に包まれ、視界が白く染まる。まるで意識がどこかへ飛んでいきそうだけれど、ここで止めるわけにはいかない。
「消えて……! 学園を壊すあなたの闇なんて、私は絶対に認めない……!」
叫ぶと、黒幕が凄まじい苦悶の声を上げ、闇の結界が一気に崩壊する。衝撃波が広場を駆け抜け、床と壁に大きな亀裂が生まれる。私は耐えきれず、その場に膝をつきかけるが、王子たちが私を支える。
「リリア、最後まで……踏ん張れ!」
私の全神経が限界へ達しそうになる刹那、黒幕の身体から闇が抜け落ちるように散り、それをかき集めようとした彼の手が虚空を掴む。
「ばかな……こんな聖女ごときに……!」
その呻き声が闇に吸い込まれていき、やがて広間が静寂に包まれる。黒幕は崩れ落ち、完全に力を失ったように見える。
私は大きく息を吐き、身体が鉛のように重く感じる。周囲を見回すと、王子たちも傷だらけの姿で立っている。レオンハルトは荒い呼吸を整え、ユリウスとシリルは床に手をついて膝をつきそうだ。エドガーは顔色を失いながらも、ぎりぎり意識を保っている。
「黒幕は……倒せた、の……?」
声にならない声で呟くと、シリルが静かに首を縦に振る。
広間の天井から崩れ落ちた瓦礫と粉塵が漂い、ほんの少しだけ太陽光が差し込んでくる。私はぼんやりその光を見上げて、王子たちの安否を確認する。
レオンハルトが雷の剣を収めながら、低い声で言う。
「勝った、のか……いや、こんなにボロボロで……でも、学園はまだ残ってるな」
ユリウスは唇の端を上げて、静かに笑う。
「まったく、無茶苦茶な戦いだったね。でも、これで黒幕の陰謀は終わりだ。奴が言っていた最終計画も、シリルが押さえてくれた資料で阻止できるはず」
シリルは息を乱しながら、それでも淡々とした口調で続ける。
「正真正銘、闇の勢力は瓦解した。あとは……学園を建て直す段取りを踏むだけ。リリアの改革プランが、もう一度生きてくると思う」
エドガーは荒い呼吸を整えながら、私の近くに寄る。
「リリア……僕は、自分の過ちをやっと理解した。君を独占したい気持ちばかり先走って、学園を壊しかけていた。でも、君が光を放ったとき、僕は救われたんだ」
その瞳には、先ほどの狂気が薄れているように見える。
私は震える声で応じる。
「みんなが助けてくれたから、私も最後まで諦めずに戦えた。ありがとう……本当に」
そう言うと、それぞれの王子たちが微妙な表情で視線を逸らす。彼らなりに、私を思ってくれた結果の行動だったのかもしれない。闇に堕ちた理由は違っても、この瞬間は一つの結末にたどり着けた気がする。
その後、私は崩壊寸前だった学園を改めて見渡す。壁はひび割れ、床には大きな穴が開き、屋根の一部が吹き飛んでいる。生徒たちは散り散りに逃げ、まだ混乱の余韻が残っているが、黒幕が倒された今、致命的な破壊は止まったようだ。
少しずつ外から生徒や教師が戻ってきて、涙を流して再会を喜んでいる姿が目に映る。学園はギリギリのところで命脈を保ったということ。私はその光景に心が震える。
やがて意識を失った黒幕は拘束され、外部の有力者たちが駆けつけるまで保護することになる。彼が持っていた闇の書物や資金工作の証拠を、ユリウスやシリルがしっかり押さえているから、王国に提出すれば王家や貴族社会にも衝撃が走るだろう。王国の未来をどうするか、私たちはここから本格的に考えなければならない。
そうして数日後、混乱が一段落し、生徒たちも避難先から戻り始める。私は王子たちと一緒に復興計画の第一歩を歩み出す。まだ実際には廃墟同然の校舎だけれど、私の経済改革のノウハウと、王子たちの協力で資金や物資を調達していけば、必ず再建できると思う。
学園長や教師たちが公式に「リリアの商業事業を再開してほしい」と頭を下げてくれる。私もまだ戸惑いがあるけれど、王子たちが背中を押してくれるから、一歩踏み出す覚悟を決める。
レオンハルトは「俺はまだ王家に戻る気はないが、学園復興の間はいてやる」と不器用に言い、ユリウスは「貴族社会を改革するにも、まずはここをモデルケースにしたい」と微笑む。シリルは「黒幕の残党を追う合間に、必要な情報を集めるよ」と告げ、エドガーは「研究の方向を改める。闇じゃなく、君の光を活かすために……」と呟いている。
やがて、私も心を決めて王子たちに向き直る。
「私……この学園が再建されたら、また新しい夢を追いかけたい。経済と魔法を両立させて、みんなが平等に学べる仕組みを作りたいんだ。それで……その、もし迷惑でなければ、あなたたちにも手伝ってほしい」
彼らはそれぞれ違う反応を見せる。レオンハルトはそっぽを向きながら「仕方ないな」と呟き、ユリウスは「もちろん、僕は興味あるよ」と楽しげに笑う。シリルは「まだやることは山ほどあるね」と冷静に言い、エドガーはちらりと表情を曇らせながらも「君となら……」と頷いてくれる。
私が運命の相手を選ぶとしたら、誰なのだろう。彼らの目には、今も私への強い執着が宿っている。でも、私が経済と魔法を両立させる世界を目指すうえで、彼らそれぞれの道がある。
少し考えて、私ははっきりと口を開く。
「私は……この学園に残る。私なりのやり方で、もう一度みんなの居場所を作っていきたい。もし、一緒に来てくれるなら嬉しい。でも、あなたたち自身の道も大事にしてほしい」
真っ先に言葉を返してくれたのはレオンハルトだ。
「おまえが学園を立て直すなら、俺はしばらくここにいてやる。……ただし、いつか俺が王家に復讐するときは付き合えよ」
私はその不器用な提案に、思わず笑ってしまう。いつも冷酷そうに見えて、彼は真っ直ぐな人だ。
ユリウスは私の肩に手を置いて、柔らかく微笑む。
「僕は貴族社会を変革したいんだ。君の学園が成功すれば、それは大きな一歩になる。だから協力させてほしい。……いつか、君にはもっと大きな世界を見せてあげたいと思ってる」
シリルはまるで何も感じていないような顔で小さく息をつき、淡々と言う。
「黒幕の残党がこの国のあちこちに潜んでいる以上、僕の仕事は終わらない。でも、学園が大きな拠点になれば彼らを釣り出せるかもしれない。……悪いけど、君にも利用価値があるんだよ」
そう言いながら、どこか安心したように見えるから不思議だ。
そしてエドガーは、私をじっと見つめて一言だけ絞り出す。
「僕は……研究を続ける。でも、もう闇じゃなく、君が作りたい未来に役立つ魔法を探してみたい。……君と出会って、僕は変わったんだと思う」
私は4人の思いを胸に抱え、はっきり頷く。
「ありがとう……。みんなの道がいつか別れても、この学園が私たちの場所になるなら、それでいい。私も、あなたたちの気持ちを無駄にしないよ」
こうして闇堕ち王子たちはそれぞれの選択をしながらも、私と学園の再建に協力してくれることになる。学園はまだ廃墟同然だけれど、私の経済ノウハウと、王子たちの闇を知る力や魔法の技術が合わされば、きっと前よりもっと活気のある場所に生まれ変わるはず。
それから幾日かが過ぎ、ようやく学園に落ち着きを取り戻し始める。被害の大きかった校舎の修復が進むにつれ、戻ってきた生徒たちの笑顔が少しずつ増え、購買部の再開準備も軌道に乗る。私が作った魔法具の販売システムが改めて導入され、学費や生活費を補う仕組みとして注目を集めている。
私の胸にはまだ聖女の印が残り、力が時々疼く。でも、今はそれを怖がっていない。経済と魔法を両立させる道を探すためにこそ、私に与えられた力なのだと信じられるから。
ある夕暮れ時、崩れた壁の修繕現場を見渡していると、レオンハルトが少し離れたところに立っているのに気づく。彼は照れ隠しのように腕を組み、声をかけてくる。
「……いずれ王都へ戻るかもしれない。だが、それまでの間、学園を守る手助けをしてやるよ。おまえを一人にはしない」
私は嬉しさと少しの切なさを感じながら、素直に礼を言う。彼は相変わらずそっぽを向き、つっけんどんだ。
続いてユリウスやシリルも、「そろそろ外部との交渉を進める」「学園の防御や運営システムを整える」という話を持ちかけてくれる。エドガーもひっそりと残り、私の魔法具開発に協力してくれそうだ。
(誰か一人を選ぶとか、まだ考えられない。彼らはそれぞれに課題を抱えて、でも私と一緒に未来を見ようとしてくれる。それだけで十分だ)
こうして学園には新たな平和が訪れる。かつての崩壊寸前の状態から再スタートを切り、私は再び経済の力で立て直しを図る。今度は聖女の力も受け入れて、魔法とビジネスが共存する仕組みを作っていきたい。苦難は多いだろうけど、王子たちと共に成長できるなら心強い。
やがて、私は購買部の一角に作られた特設カウンターで新しい魔法具のデザインを考える。傍らには王子たちがそれぞれの役割で行き来し、私をからかったり助言してくれたりする。
「次は学費を軽減するための奨学金制度と、収益を拡大するための新商品の開発が急務だよね」
私が図面を広げながら言うと、ユリウスが「企業との交渉は任せてほしい」と微笑み、シリルが「闇の余波を封じ込めれば、資金の流れも安定する」と肩をすくめる。レオンハルトは口出ししないものの、必要なところで力仕事を引き受ける気らしい。エドガーは興味深そうに魔法具の仕組みを観察している。
その光景を眺めながら、私は新たな目標を見つけたような気持ちになる。かつては庶民の娘にすぎなかった私が、学園の中心となって改革を進め、さらに聖女の力まで手にしている。この先、どんな試練が待ち受けているか分からないけれど、一歩ずつ乗り越えていけるはずだ。なぜなら、もう一人じゃないから。
ゆっくりと席を立ち、壊れかけた窓から外を見やる。夕日に染まった学園の中庭には、修復作業に励む生徒たちの姿がある。廊下では相変わらず口論する者や笑い合う者がいて、確かに“日常”が戻りつつある。
私は胸に手を当て、あの激闘の日々を思い返す。黒幕との最終決戦で、私は新たな力に目覚め、王子たちと心を通わせた。そこには痛みも憎しみもあったけれど、確かに私たちの未来への道が切り拓かれたのだ。
「さあ、これからが本当の始まりかもしれない。学園をもっと良い場所にして、王国を支える存在にして……いつかは“魔法と経済”が両立する新しい時代を築きたい」
そう呟くと、ちょうど傍らを通りかかったシリルが「まだ戦いは続くけど、悪くないね」と漏らし、エドガーは小さく頷く。レオンハルトは耳を貸さないふりをしつつ剣を磨き、ユリウスは「僕も一枚噛むさ」と愉快そうに口元を緩める。
彼らはそれぞれの闇を抱えたままだけど、私への執着も真実なのだと感じる。今はそれを受け止めて、ともに前を向きたい。いつか私が誰か一人を選ぶ日が来るのかもしれないけれど、それはもう少し先でもいい。今は学園の復興が何より大切だから。
そうして私たちは、この学園で新たな一歩を踏み出す。
かつて破綻寸前だった名門校は、魔力と経済を掛け合わせた斬新な方針で生まれ変わろうとしている。黒幕の影は消え、王子たちもそれぞれ自分の居場所を求めて、時に衝突しながらも一緒に歩んでくれている。
「いつか本当に、誰もが魔法と経済を学び合える社会を作りたい。貴族とか庶民とか関係なく、力の使い道は人を幸せにするためにあるって証明したいんだ」
そう心に刻んで、私は購買部のカウンターに広げた書類に目を戻す。
すぐ隣ではレオンハルトが書類を雑にめくり、ユリウスが皮肉交じりに口を挟み、シリルが静かに訂正を入れ、エドガーが難しい顔で魔力計算をしている。
夕日が窓越しに差し込み、私たちを黄金色に染める。瓦礫の山は減ってきたし、火災のあとにも復旧作業が進んでいる。生徒や教師の多くが疲れ果てながらも笑顔を見せ、あちこちで「リリアなら何とかしてくれる」「王子たちが手伝ってくれる」と期待の言葉が聞こえてくる。
一度は闇に堕ちかけた学園だけれど、今は確かに希望が見えている。
私は最後にもう一度、聖女の印を胸に感じながら、ぼそりと呟く。
「黒幕に勝って、みんなで学園を守って……良かった。あとは私たち次第だよね。よし、頑張ろう」
そして、笑顔のままペンを走らせる。私と王子たちが築く新時代に向けた企画書が、これからの学園の未来を形作っていくはず。明日も明後日も、きっと課題は山積みだけど、魔法だけに頼らない可能性を見せられるなら、それは私たちにしかできない挑戦だと思うから。
こうして、破綻寸前だったセレスティア魔法学園は、新しい一歩を踏み出す。私は王子たちと共に、たとえ闇が再び訪れようとも、決して挫けずに前に進むつもりだ。
魔力が弱い聖女だっていい。経済の知識を武器にする私だからこそ、作り上げられる未来がある。闇堕ちしていた王子たちも、それぞれの痛みを抱えながら、今は私と同じ景色を見てくれている。
いつの日か、私たちの手で学園が完全に甦り、王国の人々が安心して暮らせる世界が来ることを祈りつつ、私はまた新しい魔法具の設計図を眺める。胸に刻まれた聖女の印が、ほんのりと温かく脈打っているのを感じながら。
(この先の道は、自分で切り開く。魔法だけが全てじゃないって、私は証明してみせるから)
そうして、経済と魔法を融合させた新時代の幕開けに向けて、物語はここでひとまず幕を下ろす。私の物語はまだ続いていくかもしれない。でも今は、学園に平和が戻り、王子たちと共に歩み出せることに感謝して、次の一歩へ踏み出そうと思う。
きっとそこには、闇を越えた先の光があるはずだから。
面白い/続きが読みたい、と感じて頂けましたら、
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