表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/9

第7章


 私は黒幕に向かって身構えながら、つい先刻までの激しい戦闘の余韻を胸に感じている。学園全体を覆う闇はますます濃く、建物は崩落寸前。あちこちで生徒たちの悲鳴が上がり、火花や魔力の閃光が乱れ飛んでいる。

 ほんの一ヶ月前まで、経済による学園再生を夢見ていた場所とは思えない光景。けれど、もう目を背けるわけにはいかない。


「リリア・エヴァンス。君が選んだ道は、私を倒すことかね? 聖女の力を解放し、王子たちの手を借りて……まったく、無謀もいいところだ」


 黒幕は穏やかな声色のまま、私を試すように嘲笑する。血塗れの制服の袖先を押さえながら、私は必死に息を整える。


「あなたが学園を壊そうとしているなら、どうしても止めるしかない。こんな状態でも、私はまだ……希望を捨てたくないから」


 すると黒幕はわざとらしく首をかしげ、静かに視線をめぐらせる。

「見たまえ。学園の生徒たちは逃げ惑い、貴族派の大半は私の配下に組み込まれている。経済改革だとか、庶民の夢だとか……すべて、もろい幻想だったということだ」


 その言葉に胸が締めつけられる。でも、私が諦めるわけにはいかない。とても怖いし、不安だ。でも、もう一歩も引けないところまで来てしまった。

 そのとき、廊下の曲がり角から狂気じみた声が響く。


「リリア……! こんな場所まで来るなんて、危険すぎるよ。僕のところへ戻っておいで」


 現れたのはエドガー。闇の魔力が肌にまとわりつくほどの重圧を放ち、瞳は完全に狂気に染まっている。私の姿を見るなり、その目が異様な輝きを増して、まるで獲物に飛びかかるように近づいてくる。


「君を独占するためなら、僕は何だってする。この学園ごと焼き払ってでも、君は僕のものに……」

「そんなの、私が望むわけない……」

 私は恐れをこらえながら叫ぶ。エドガーは聞き分けなく首を振る。

「なら、僕と一緒に闇を受け入れてよ。そうすれば、誰にも邪魔されない場所で君だけを守るから……!」


 その独りよがりの執着に、身体が震えそうになる。ちょうどそこへ、レオンハルトが駆け寄ってきて、エドガーの衝撃波を雷魔法で受け止める。


「リリアを巻き込むな。おまえに追随する連中はもう限られているぞ」


 冷たい声が廊下に響いた瞬間、レオンハルトの剣先が闇の魔力を切り裂き、エドガーと真っ向から激突する。青白い閃光と漆黒の魔力がせめぎ合い、周囲の壁や天井が砕け散る。

 その隙に、ユリウスが息を切らしながら私に近づいてきて、小さく耳打ちする。


「黒幕の正体と陰謀を公にする資料をシリルが集めている。もしそれを王国側に届けられれば、形勢を逆転できるかもしれない」

「でも、今の学園はこんな状態……どうやって外部に伝えるの?」

「まずは、ここを制圧するしかない。あの黒幕を倒し、暴動を止めないと」


 私が唇を噛んでうつむくと、ユリウスは小さく息を吐く。

「君だけに負担をかけるつもりはない。学園を壊したくない思いは、僕たちだって同じだから……。それに、君が経済改革で見せた“可能性”を、こんなところで潰していいわけがない」


 彼のその言葉に、思わず胸が熱くなる。冷静沈着な貴公子の仮面をかぶっていても、ユリウスもまた絶望と闇を抱えた王子のひとり。彼がそれでも私を支えてくれるのは、本気で学園を変えたいと思ってくれているからなのだろう。


「わかった……一緒に立ち向かおう」

 そう答えると、ユリウスはわずかに口元をほころばせ、幻術で敵の意識をかく乱しながら先陣を切ってくれる。

 そこへシリルが合流し、私と顔を合わせる。灰色の瞳に冷たい光を宿したまま、彼は低い声で言う。


「黒幕の腹心が、学園の中庭で暴れ始めている。貴族派を引き連れて、学園の生徒を片っ端から捕らえているらしい。……手分けして救出しないと、犠牲が増えるだけだ」

「私も行く。みんなを助けに行かなきゃ……!」


 けれど、その中庭へ向かおうとすると、黒幕は笑みを深めながら私の進路を塞ぐ。


「リリア・エヴァンス。君が本当の聖女ならば、私を倒さずして学園を救えまい。どうする? あちこちで生徒が苦しんでいるが、君には私を見過ごして逃げ回る度胸などあるかな?」



 胸がざわめく。分かっている。黒幕を野放しにしておけば、結局すべてが崩壊してしまう。だけど、私がここで時間をかけて黒幕に挑む間にも、学園の混乱はどんどん広がっていく。


「シリル、ユリウス、先に中庭を頼める? 私は……」


 そう言いかけたとき、ひときわ大きな衝撃音が廊下の奥から響く。どうやらレオンハルトとエドガーが黒幕の部下を蹴散らしながら、こちらへ合流しつつあるようだ。激しい魔力の奔流が廊下を満たし、足元がびりびりと震える。


「リリア、戦うなら今しかない」シリルが短くそう告げ、私の肩をそっと押す。ユリウスも頷いてすぐに駆けていき、遠巻きに攻撃の機会をうかがう。


(逃げ道はない……学園を救うため、私は黒幕と正面から決着をつけるしかないんだ)


 私は思いきり拳を握りしめて、黒幕を睨む。すると、黒幕は冷酷な笑みを浮かべながら、私に向かって手を差し伸べる。


「ならば最終決戦といこうか。君に学園の未来を賭ける度胸があるのなら、私のところへ来てみたまえ。……もし途中で心が折れたなら、私が“聖女の力”をいただくまでだ」


 その声に誘われるように、意識が遠のきそうになる。私の胸に眠る聖女の力を狙われていると考えるだけで、ぞくりと恐怖に身がすくむ。でも、後ろではレオンハルトやユリウス、シリル、さらには狂気に陥ったエドガーさえも、私とともに学園を守ろうと戦っている。

(ここで踏みとどまれないなら、私はもう何も得られないまま終わってしまう)


 私は懸命に自分を奮い立たせ、黒幕に向かって駆け出す。呪文の嵐と闇の触手が視界を塞ぐが、足を止めたりしない。

 その瞬間、頭上からさらに瓦礫が落ち、廊下の一角が崩れ落ちる。思わず身体を固めるけれど、横合いからレオンハルトが雷の剣で瓦礫を吹き飛ばしてくれる。切り裂かれた破片が宙を舞い、私の頬をかすめる。

「……ありがとう」

 私は彼をチラリと見るが、レオンハルトは短く「余計なことを言うな」とだけ言って、すぐに敵の方へ意識を戻す。


 一方、エドガーは異常な魔力で黒幕の防御結界を破ろうと、凄まじい高笑いとともに呪文を唱えている。

「リリアを汚すなら、僕がこの手で闇を全部壊してやる。こんな学園なんて、どうなっても構わない……!」


 私はエドガーの言葉に胸を痛める。彼はあくまで私への執着だけを糧に戦っている。学園を救う意志は薄いかもしれない。それでも、今はその力が大きな助けになるかもしれない……もどかしい思いで拳を握る。

 すると、その場にいたユリウスが黒幕の陰謀を暴露する声を上げる。


「こいつは王国転覆のために、この学園を崩壊させ、闇の支配体制を築こうとしている。……その過程で君たちが闇堕ちするよう仕組まれていたんだ。思い通りに踊らされているのを分からないのか?」


 貴族派の一部がそれを聞きつけ、動揺している様子が伝わってくる。学園の真実が晒されれば、黒幕に追随していた人間たちも事態の深刻さに気づくはず……。

 私は拳を震わせながら、もう一度前に進む。そばを駆け抜けたシリルが、魔法具の光を使って黒幕の動きを一瞬だけ封じる。


「リリア、今だよ。結界が薄れかけているうちに、黒幕へ一撃を加えて!」


 彼の声に応じて、私は勇気を振り絞る。魔力が足りなくても、私にはいま確かに“聖女の印”が共鳴しているのを感じるから。

 ところが、あと数歩というところで、黒幕が鋭い呪文を唱え、漆黒の衝撃波を放ってくる。意識が真っ白になるほどの強い力に、私は吹き飛ばされてしまう。廊下の壁に激突しそうになるが、誰かが私を抱き留めてくれた。


「……大丈夫か?」

 耳元で聞こえる低い声はユリウスのもの。彼は肩を痛めながらも私をかばってくれていた。

「ありがとう。でも、私も戦うから……もう大丈夫!」


 身体の痛みに耐えながら立ち上がると、黒幕の足元へと再び駆け寄る。その時、私の胸元の聖女の印が強い発光を始め、空気が震えるような感覚を覚える。

(これが……私の中の力……?)


 すると黒幕が渦巻く闇の結界をさらに拡張し、まるで私を呑み込むように襲いかかってくる。私は目をつむりかけるが、背後でレオンハルトやエドガーの魔力が激突する轟音を感じ、ユリウスとシリルが私を援護してくれているのを肌で感じる。

(今こそ、やらなきゃ。学園が崩れる前に、全部終わらせる)


 私は恐怖を振り切るように目を開ける。心臓の鼓動が激しい。肌を刺す魔力の痛みに耐えながら、一歩、また一歩と黒幕へ近づく。


「これ以上、好き勝手させない。学園は、私たちの場所だから……!」

 そう叫んだ瞬間、胸の印から白く眩い光があふれ出す。まるで、自分の意志に呼応して力が溢れ出すようで、身体が熱く、そして震えが治まっていく。


 黒幕はその様子を見て、「やはり聖女の力か……!」と目を見張る。闇の衝撃波が今まさに私を飲み込もうとしていたが、その光が闇を弾くように広がり始める。


 ――これが、私がずっと使えないままだった“真の能力”……? わずかに解放されるだけでも、黒幕の魔力を押し返しているのがわかる。



 一方、エドガーは嫉妬に似た焦燥を募らせるかのように魔力を振るい、レオンハルトも雷の一撃で黒幕の結界を割る隙を狙っている。ユリウスとシリルは、黒幕の護衛に回っていた貴族派を幻術や暗殺術で封じ込め、私に道を作ってくれている。

 床が大きく揺れ、天井から瓦礫が降ってくるたび、私は肩を震わせながらも前進する。そこに突然、黒幕から絶望を煽るような提案が飛び出す。

 「聖女の力で学園を蘇らせたいか? ならば私と“契約”を結べばいい。闇を受け入れた上で支配権を私に譲れば、君の求める平和などいくらでも用意してやろう。……どうだ?」


 立ち止まりかけた私の耳元に、王子たちの声が重なるように届く。


「そんな契約、受けるな!」

「リリア、君は自由に戦えばいい。支配される必要なんてない」

「巻き戻せない一線を越えちまうぞ」

「僕は絶対に許さない。リリアを汚すなど……」


 混ざり合う声と気配に、私の心は揺れるが、答えは最初から決まっていた。

「その提案、断るわ。学園を救うために、あなたに従うつもりはない。私は……私たちの意志で未来を掴む」


 そう言い放ったとき、私の周囲を取り巻く光が一段と強まり、黒幕の闇に風穴を開けるように広がっていく。彼の部下たちは怯え、貴族派の生徒たちは次々と後退していく。

 黒幕が「ふざけるな……!」と怒号を上げて魔力を炸裂させると、激しい衝撃が廊下を包み込む。物が破壊される音と同時に、壁や床が崩れ、私たちは一斉に足場を失いかける。

 その場にいた王子たちがとっさに動き、私を守ろうと身体を張ってくれる。レオンハルトは雷の刃を振るい、エドガーは異形の術式を展開して衝撃から私をかばう。ユリウスとシリルは動きを封じられそうになる私を両側から支えてくれる。


「リリア、ここで決着を!」


  王子たちの声が重なる。私は歯を食いしばり、黒幕の圧倒的な力を正面から押し返す。瞳の奥が焼けるように熱く、背中に確かな力がみなぎる感覚がある。


「私は経済で学園を救おうとした。でも、今はそれだけじゃ足りない。だから、聖女としても最後まで戦い抜く。闇に堕ちた王子たちだって、この学園に残りたい気持ちはきっと同じ。だから……この学園を奪わせない!」


 私が強く叫ぶと、胸の印がまばゆい光を放ち、黒幕の闇を削り取っていくかのように展開する。それを見て、黒幕が苛立ちの声をあげる。


「くっ……! だが、この闇の根源はそう簡単には消せない。最終決戦の場はここだけじゃ終わらないのだぞ……!」


 けれど、すでに結界は崩れかけている。黒幕も確実に消耗しているのか、怒りのあまり声が震えていた。あちこちに破壊の爪痕を残した廊下が、いよいよ限界に近づき、崩落の予兆が軋む音とともに迫ってくる。

 床が大きく裂けて、私たちは危うく落下しそうになるが、レオンハルトが雷の衝撃を放って破片を砕き、シリルが素早く私の腕を引く。ユリウスはその隙を突いて黒幕の背後を狙うが、黒幕はぎりぎりで闇の刃を展開し対抗する。


「このままじゃ、学園ごと崩れ落ちる……!」


 私は必死に状況を見回す。どうやら決戦の場は、さらに奥へと移らざるを得ないようだ。つまり、学園の中心部か、あるいは何らかの広い空間へ誘われている――そんな予感がする。

 黒幕が「来るがいい。私を倒せるものなら倒してみろ!」と叫び、学園の奥へと退いていくのが見える。自分たちに有利な舞台へ誘導しようとしているのかもしれない。


(ここまで追いつめても、まだ勝利は遠い。むしろ最終決戦はこれからなんだ……)


 私は背中で呼吸を整えながら、王子たちを見回す。みんな満身創痍だが、気力だけは失われていない。貴族派の生徒の大半は既に撤退し、黒幕の部下たちも混乱しながら散っているようだ。

 闇の渦が迫り来る廊下を抜ければ、学園の大広間か、あるいは地下施設へ通じる扉があるはず。そこが次の戦いの場になるのだろう。


 王子たちに目で合図を送ると、彼らはそれぞれ理解したように頷く。レオンハルトは雷の刃を握り直し、ユリウスは毒と幻術の仕込みを再確認し、シリルは奥へ続く扉を警戒しながら位置を確かめる。エドガーは闇の魔力に狂気を宿しつつも、私のそばから離れずに黒幕を凝視している。

 私は振り返りながら、崩壊しかけた廊下に散らばる生徒たちや仲間たちに呼びかける。


「ここから先は危険だから、みんなは安全な場所へ避難して! この学園を壊させるわけにはいかない……絶対に」


 細かい負傷者を支える友人や、購買部の管理人たちが、不安そうにそれでも頷いてくれる。私がここまで続けてきた経済改革を信じてくれる人たちが、まだこんなにいる。だからこそ、私は立ち止まるわけにはいかないのだ。


「それじゃ、行こう……!」


 そう小さく声を張り上げ、黒幕を追うために足を踏み出す。廊下の先で待ち受ける最終決戦――そこに勝利がなければ、学園の未来は消え去ってしまう。

 あれほど弱かった私の魔力が、いまは胸の奥で確かな光を放っている。王子たちが闇に堕ちてもなお、この学園を守りたいと願う気持ちがある限り、私にはきっと戦う意味がある。


 教室の壁越しに見える炎と黒煙、そして遠くで聞こえる魔力の炸裂音に、私は歯を食いしばる。誰も犠牲にしたくない。ここで倒れればすべてが終わる。

 ――魔法だけが全てじゃない、と言い続けてきた私。いまこそ、それを証明するために聖女の力も武器に変えてみせる。経済の知識が無駄になるわけじゃない。学園を再建する道筋は必ずどこかにあるはずだ。


 暗い廊下を突き抜け、その先に待ち構える黒幕の闇へ――。足音を響かせながら、王子たちと共に駆けていく。迫りくる崩落音が耳をつんざく中で、それでも私の心は折れない。


(この学園の未来を守り抜く。それが私の願い。……最終決戦は、もう始まっている)

面白い/続きが読みたい、と感じて頂けましたら、

ページ下の【☆☆☆☆☆】から評価をお願いします!

ブックマーク、感想なども頂けると、とても嬉しいです

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ