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第6章


 私がこれまで守ろうとしてきた学園は、いまや戦火に包まれかけている。あらゆる場所で魔法の閃光が(ほとばし)り、建物は部分的に崩れ、混乱に陥った生徒たちが廊下を逃げ惑っている。ほんの少し前まで、魔法と経済を掛け合わせて再生を図っていたセレスティア魔法学園とは思えない有様だ。


 その真っ只中で、私は黒幕と向き合っていた。つい先刻、誰もが警戒していた「黒幕の正体」がようやく姿を現し、思いも寄らない名前――学園の理事や王国の高官とも繋がりを持つ、有力貴族の一人――が裏ですべてを操っていたことが判明したのだ。


「まさか、あなたが黒幕だったなんて……!」


 私の言葉に、相手は薄い笑みを浮かべる。外見上は穏やかそうな老紳士だが、その眼光は危険な輝きを宿している。


「聖女リリア、君を手中に収めるつもりが、どうも計算が狂ってしまったようだね。魔法を持たずに経済を操る……まさか学園をここまで立ち直らせるとは思わなかったよ」


 その声には嘲弄が混じり、背筋が寒くなる。貴族派や闇の組織を裏で指揮し、学園の財政破綻を意図的に促してきた人物――証拠を掴んだシリルが告げた名前を、私は信じられない思いで聞いたばかりだ。

 どうりで、これほど激しい妨害や陰謀が渦巻いていたわけだ。学園を衰退させ、混乱を引き起こすことで、黒幕は自分たちに都合のいい新体制を打ち立てようとしていた。そこに私が突然現れ、経済改革を成功させかけているのが気に入らなかったのだろう。


「あなたが、私の改革を妨害し、王子たちを闇に落とした張本人……?」

 そう問い詰めても、黒幕は楽しげに笑うばかりだ。

「戦争の敗北によって、王家や貴族社会が崩壊した。それを逆手に取り、王国を再構築できるのは私たちだけだと思わないかね? 魔法はもう古いと言われているが、それでも強大な力には変わりない。経済を武器にする君も興味深いが、結局はこの国を掌握できるのは“闇”を制する私たちなのだよ」


 私は唇を噛んで反論しようとするが、黒幕の周囲から放たれる殺気がまとわりつき、うまく声が出せない。思考をまとめる暇もなく、背後で激しい斬撃音が響く。そちらに目をやると、レオンハルトが雷魔法を(まと)った剣で敵を一掃しているところだ。


「リリア、早く下がれ! そいつは一筋縄じゃいかない!」


 レオンハルトが短く叫ぶと同時に、黒幕の部下たちが私を取り囲む。私は小さな護身用の魔法具を取り出しながら、何とか対抗しようとするが、圧倒的な魔力の前にうまく動けない。


 そこへユリウスとシリルが駆けつけてくれる。ユリウスは毒や幻術の使い手として素早い判断で敵の動きを阻み、シリルは影のように滑り込み、冷静な暗殺術で相手を無力化していく。

けれど黒幕本人は、そんな混乱を楽しむかのように(たたず)んでいる。その姿があまりにも不気味で、私は心がざわつく。


 ふいに横合いから闇の魔力が噴き出し、私の足元を狙ってくる。とっさに飛び退くと、そこには狂気に満ちたエドガーの姿があった。


「リリア……こんなところにいたんだね。やっぱり君は危険な目に遭ってる。こんな学園、いっそ破壊してしまえばいいのに」

彼の瞳は血走っていて、そこにあるのは“私を助けたい”というより“私を自分のものにしたい”という狂った欲望だ。


「エドガー、落ち着いて! あなたまで黒幕の手に落ちる必要なんてないわ」

 私は必死に呼びかけるが、彼は首を振りながら笑う。

「落ちる? いいや、僕はもうとっくにこの闇に染まっているよ。それでも君を守りたいと思う気持ちは、本物なんだけどね」


 そう言いながら、エドガーは黒幕のいる方向を睨みつける。まるで“自分以外の誰かにリリアを奪われたくない”という執着だけで暴走しているように見える。

 一瞬、黒幕の部下がエドガーを取り囲もうとするが、彼は凄まじい破壊魔法を放って一掃してしまう。衝撃波が走り、私は思わず目を覆う。


 ――学園内で大規模な戦闘が始まった。レオンハルトとユリウス、シリルが連携して黒幕の勢力に立ち向かい、エドガーが闇の魔力を振り回して暴れる。その結果、貴族派の一部が黒幕側へ寝返り、さらに混乱が加速する。

 私は騒ぎの最中に取り残された生徒たちを助けるため、走り回らなければならない。保健室代わりに使えそうな教室へ誘導したり、崩落しそうな廊下から避難させたり、息つく暇もない。


「大丈夫、こっちへ来て!」

「怪我をした人はこの部屋で手当てをして!」


 混乱する生徒たちをなんとか誘導していると、視界の端で貴族派の学生たちが黒幕側に加勢し、学内の備品を破壊し始めるのが見える。

(どうしてそこまでして……!)


 しかし、それだけ黒幕の力が圧倒的なのだろう。私には信じがたいが、王国全体をも揺るがす計画が進められていたということが、シリルの証拠資料で明らかになっている。もし黒幕を止められなければ、この学園どころか王国全体が崩壊しかねない。


 やがて、混乱のさなかでシリルとユリウスが苦戦しながらも、貴族派の一部を取り押さえ、黒幕の計画書類を押収することに成功する。そこに書かれているのは、学園を崩壊させ、経済と魔法の両面で王国を乗っ取る壮大な陰謀だった。

 と同時に、黒幕が私を利用して“聖女の力”を国ごと掌握するつもりでいたこともはっきりする。


 その事実を突きつけられ、私は息を飲む。

「私の力……魔力がほとんどないと思ってたのに、それでも“聖女の印”を欲しがるなんて。いったい何が……」


 すると黒幕は高笑いしながら、私に視線を据える。

「神託による聖女の力は、必ずしも魔力量の多寡に左右されるわけではない。君がいまだ真の能力を開花させていないだけで、潜在的には強大な力を秘めているはずだ。私はそれを利用したかったのだよ」


 ――その瞬間、私の背中をぞわりとした悪寒が走る。潜在的な聖女の力。それがまだ眠っているからこそ、神託を受けたにもかかわらず私は魔法を使えないままでいる。逆に言えば、もし本当にその力が解放されたら、今の状況を一気に変えられるかもしれない。でも、それがどんな代償を伴うのかは誰にもわからない。


 黒幕は私に「選択」を迫る。

「聖女の力を解放して私に差し出すか、それともこの学園と共に滅びるか、好きなほうを選ぶがいい。私に従うなら、戦闘を止めてやってもいいのだが……?」


 その言葉に、私は激しい動揺を覚える。黒幕が本気で学園を破壊しようとしているのは明らかで、現にもう手遅れかと思うほどの惨状が広がっている。さらにエドガーの暴走も加わって、あちこちで大爆発が起こり、魔法の余波に巻き込まれている生徒も多い。


(このままでは本当に学園が消えてしまう……でも、黒幕に従えば、私は自分の意志を捨てることになる)


 その葛藤を見透かすように、ユリウスが苦しげな息の中から声を上げる。

「リリア……駄目だ、従う必要なんかない。こんな奴らに聖女の力を渡したら、王国全体が奴らの思うままだ」

 同じようにレオンハルトも血の(にじ)む肩を押さえながら睨む。

「おまえが闇に屈するなら、俺はそれを止めるまでだ。……絶対にそんな選択をさせはしない」


 一方で、シリルは冷静な視線で黒幕を見やりつつ、私に囁く。

「学園を守るために、犠牲になってはいけない。これまで君が築いた改革は無駄にならないはずだ……僕たちで、奴を倒すしかない」



 そんな彼らの言葉を聞いて、私はわずかに目を伏せる。心の中でいろいろな感情が渦巻いている。もし私が黒幕に従えば、いまは戦闘が止まり、多くの人の命が救われるかもしれない。だけど、その後に待つのは黒幕の支配する闇の王国。そんな世界に未来があるとは思えない。


 ――まるで時が止まったような緊張感の中で、私は意を決して黒幕に背を向ける。

「私は……私自身の意志で学園を守りたい。あなたに力を差し出すつもりはないし、このまま滅びる気もない。……最後まで戦うわ」


 そう告げると、黒幕は表情を歪め、冷酷な笑い声を上げる。

「いいだろう。ならば、完全に滅ぼしてやるとしようか。君の大切な学園も、王子どももろともな」


 それを合図に、黒幕の周囲から信じられないほどの闇の魔力が渦を巻いて立ち上る。周囲の空気がビリビリと震え、魔法の嵐が吹き荒れる。私は恐怖で身体が(すく)みそうになるが、同時に胸の奥が熱くなる感覚があった。


(ここで諦めたら、何のために学園を改革しようとしてきたのか……。私は逃げない!)


 私が立ち尽くしていると、レオンハルトが私の隣に駆け寄る。傷だらけの顔で、それでも私を守ろうと剣を握り締めている。ユリウスとシリルもそれぞれ魔法と暗殺術を構え、エドガーは狂気的な眼光を(みなぎ)らせながら黒幕へと牙を()く。

 黒幕が圧倒的な力を見せつけても、誰ひとり退こうとしない。むしろ、“リリアを守る”という点だけは全員が一致しているようにも見える。



「おまえたち……なぜそこまで……」

 思わず漏れた私の呟きに、レオンハルトは視線を外さずに言い放つ。

「黙れ。今はおまえの顔を見てるだけで力が湧くんだから、余計なことは言うな」

 横でユリウスが苦笑まじりに肩をすくめる。

「欲しいものは何が何でも手に入れたい。それが君なら、なおさらね」


 そしてシリルは一瞬だけこちらを見て、淡々とした口調で言う。

「もし君が屈したら、僕の追ってきた黒幕との決着も台無しだ。……最後まで、手伝わせてもらうよ」



 そんな彼らの思いを受け取った私は、自分の中で何かが覚醒しそうな予感を抱きつつ、大きく息を吸い込む。

(この学園を守るために、私はあらゆる手段を尽くす。魔力がなければ経済で立ち向かう。それでも足りないなら……聖女の印に秘められた力を、恐れず解放するしかないかもしれない)


 黒幕の闇が学園の崩壊を加速させようとする中、私は再び立ち上がる。足元が崩れかけているが、仲間たちの力を借りてなんとか踏ん張る。

 学園の行方をかけた最終戦が、いよいよ本格的に始まろうとしている。


 黒幕が重々しい呪文を唱え始めると、あたり一面の空気が(ゆが)む。見る間に巨大な闇の結界が形成され、そこへ私たちは閉じ込められてしまう。廊下や教室がどんどん暗黒に覆われ、外の様子が見えなくなっていく。


「このままじゃ、学園の他の生徒たちまで巻き添えに……!」


 私は必死に出口を探そうとするが、行く手をふさぐように黒幕の部下たちが立ち塞がる。暗黒の軍勢が私たちに殺到し、激しい衝突が始まる。剣戟の音や魔法の爆発音が闇に反響し、何がどうなっているのか分からないほどの混戦だ。

 その中で、レオンハルトは雷魔法を駆使して周囲を一掃し、ユリウスとシリルがカバーするように背中合わせで戦う。エドガーは独自の禁忌魔法を暴走させ、黒幕に殺意をぶつけている。それでも黒幕の圧倒的な魔力には歯が立たず、私たちはじりじりと追い詰められてしまう。


 ――学園の崩壊が目前に迫っている。床の裂け目から吹き上がる黒い稲妻が、天井を砕き、壁を崩しているのが見える。もしこのまま戦いが長引けば、建物全体が瓦礫(がれき)の山と化すのも時間の問題だ。

 私は胸の奥の熱い鼓動を感じながら、黒幕に目を向ける。あの闇を払うには、やはり私の中にある“聖女の印”の力が必要なのだろうか。


「リリア。おまえがやらなきゃ、この状況は変わらないんだろうな」


 レオンハルトが血に塗れた剣を握りしめながら、険しい目で私に言う。ユリウスとシリルも、視線だけで同意を示している。エドガーは一瞬こちらを見やるが、その瞳には迷いよりも執着が強く宿っている。

 私は一度深呼吸して、強く頷く。


「怖いけど……私が学園と、あなたたちを守るために行動しなきゃ意味がない。経済でずっと戦ってきたけど、もうそれだけじゃ乗り越えられないかもしれない。だったら、聖女としての力を……ちゃんと受け止める」


 そう宣言する私を、黒幕が嘲笑する。

「ふふ、無謀だな。君がいまだにその力を扱えないのは、恐れがあるからだろう? 中途半端に解放すればどうなるか……」

 しかし、私はもう迷わない。ここで踏みとどまらなければ、学園も王子たちもすべて失われる。私は手首に装着した魔法具を取り外し、意を決して聖女の印が刻まれた胸元に手を当てる。すると、微かな発熱を感じる。


「……! これが、私の……?」


 意識の底で眠っていた力が呼応するように、視界の端で光の揺らめきが見える。黒幕は目を見開いたまま、口元を引きつらせている。

 その瞬間、頭上から崩落する天井の瓦礫(がれき)を、レオンハルトが雷の刃で切り払ってくれる。ユリウスとシリルも周囲の敵を押さえつけ、エドガーは私を守るように異形の闇を喰らい尽くすような魔法を放つ。


 激しい閃光と闇が交錯する中で、私は小さく息を飲む。今まで薄ぼんやりと感じていた“何か”が確かに身体に宿っている。ここで逃げたら、もう一生自分の道を否定することになるだろう。


「私は……負けない。みんなを守る。経済の力も、聖女としての力も、すべて私が受け止めて、絶対にこの学園を再建してみせる!」


 そう叫んだ瞬間、私の視界は眩い光に包まれる。黒幕が歯噛みしながら叫んでいる声が遠くに聞こえるような気がする。身体の奥からわき上がる炎のような力が、熱となって胸の中心を満たしていく。

 ――このまま私は、本当に聖女の力を解放してしまうのだろうか。もしそうなれば、王子たちとの関係はどうなる? 経済改革はどうなる? と、不安と混乱が入り混じる。

 だが、もう時間はない。黒幕の圧倒的な闇の魔力が押し寄せ、このままでは学園もろとも破滅してしまう。私は震える声で、最後の決意を吐き出す。


「いくよ……皆……!」


 レオンハルトやユリウス、シリル、そしてエドガーの視線を一身に受けながら、私は限界を超える意志を叩きつけるように、闇に立ち向かう。学園の運命をかけた、私の選択――。


 崩れ落ちる廊下、乱舞する魔力の嵐、甲高い悲鳴が入り混じる中、聖女の印が眩しい光を放ち始める。その光と闇が激突する刹那、私は確かな手応えと共に、学園を守り抜くための究極の一手を見つけたような気がする。


(ここからが本当の戦い。絶対に諦めない……!)


 勢いを増す黒幕の襲撃に、王子たちと共に立ち向かう。もう戻れない。ここで決着をつけなければ、学園も私たちも生き残る道はないのだ。かけがえのない仲間たちと築いた未来を守るために、私は聖女の力に手を伸ばす――。


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