㐧弐譚【空より舞い降りし狐少女】
酉の下刻、血に染まる《阿日神社》。
リーダー格の男の顔面を手水舎に何度も沈めて遊んでいた魂川 豊司の背後で、何かが降ってきたような爆音が3つ轟いた。
振り向くとそこには、三疋の怪物がいた。
「何だ、コイツらは?」
魂川は今迄こんな生物を見た事がないが、まさにそいつらは、怪物と表現する他ない獣であった。
獣の姿は猿か川獺のようであり、全身を赤い体毛で包み口には短い嘴・背中には亀のような甲羅・手足には水掻きがついている。体臭は生臭く肛門が三つあった。
「うあああぁぁ……松尾? なぁ、…… 返事しろよ……頼むから…………!」
「………うっ……うっ……」
「…………松尾……? 虎丸……」「!! 松尾!」
「………あ……」
嗚咽混じりの泣き声とともに、血祭られていた不良達の声が聞こえてくる方を向くと、そこには先程の怪物と、新しく別の怪物がいた。
新しく現れた別の怪物は、全身が毛に覆われていて口には牙があり、鼻の造形がはっきりしない。更に頭部には窪みがあり、そこには水が溜まっている。手には親指があり、足にはかかとがある。
そしてそこには、もう一つ新たなモノがあった。
それは……松尾だったモノ…………。
「な、なぁリーダー………松尾が喋らないんだけど……な、なぁ……なぁ!」
「………う……落ち着け、田沢」
喋らない。
当たり前だ。
いくら日頃鍛えていたとはいえ………声帯が切れても声を張り上げ続けて文字通り血反吐を吐きながら倒れるまで檄を送り続ける松尾とはいえ……………
下半身が吹き飛ばされ、上半身だけしか残っていない状態で生きていられる訳がない…………。
「わあぁぁ、田沢ぁぁぁ!」
今度は、インテリの田沢が殺された。
恐らくこの怪物は人間の肝が好物なのであろう。殺された松尾と田沢の内臓を、指で摘んでぴちゃひちゃと美味しそうに啜っている。
そして、これも恐らくだがこの怪物の知能は獣並みに低いのであろう。
怪物は人語を解していない。狭義の言語ではなく、獣と同じでただただ叫ぶばかりである。
これでは話が出来ない。まあ尤も、仮に言語が通じたところで、怪物と話し合う気もないが………。
それに、突然の出来事でパニクっているそこの不良達も、最早まともに言語を話せていない。
泣き叫ぶばかりのまさに渾沌状態だ。
***
ここで魂川は、意外に冷静な自分に気付いた。今の自分は、いやに落ち着いて怪物を解析している。
恐らく、今そこで取り乱して猖っている不良達の方が、まだ人間味があるのではないだろうか。
未知の化け物に遭遇し、人間が無惨に殺されているのだ。いざそうなると、常人はこの不良達のように取り乱すのではないだろうか……。
少なくとも、冷静に判断し、落ち着いて分析など出来ないのではないだろうか。
しかし魂川は、えらく冷静に、且つ落ち着いて分析していた。
まるでその怪物が初見ではないような気さえする。いや、そんな筈はない。
怪物が実在するなど、聞いたこともない。別に魂川は「自分が見たことだけが絶対の真実だ」などと言う気は毛頭ない。
だが、怪物が暴れているのを目の当たりにしても、未だに理解が追いついていないのだ。
***
トンっ
また某が降り立つ轟音が響く。
振り返ると其処には、8才ほどの少女が一人で立っていた。
(どうして少女が降ってくるンだ?)
流石にこの場違い感には、魂川も少々驚いた。
しかし考えてみれば、そもそも怪物が降ってくる時点でおかしい事に気付いた。
しかもよく見るとその少女は人間ではなかった。
狐のような耳と尻尾が生えており、首元に紅い布を巻き、手には巻物を持っている。
(なんだ?あのケモミミと尻尾は。本物なのか?)
などとどうでも良い事を考えていると、狐少女は尻尾に付いていた玉のようなものを打ち合わせ乍ら
「【φώσφορος …~Z:15~~A:30.973762 u………」
と唱え始めた。
(………………いや、何やってんの?!)
魂川は謎の少女の奇行について行けなかった。
「……Baum verfällt ist Flamme…ヒトボス……!!】」
どこの言語かすら分からない謎の言葉はよく聞き取れなかったが、最後だけは何となく聞き取れた。ヒトボスとはどういう意味だろうか。
すると急に青白い炎が無数に顕れ、集まって大きくなったかと思うと、先程の怪物を包み込んだ。
「ヒョーヒョー」「ガワッガワッ」「グワッグワッ」
怪物達は苦しそうな声を上げ、青く光る炎と共に浄化され消えていく。
「大丈夫じゃったか?おぬしら」
古風な話し方での確認と共に、少女は此方を振り向いて尋ねた。
【Fortsetzung folgt(次回へ続く)】