㐧壱譚【その男、魂川 豊司。悪魔につき】
初投稿です、宜しくお願いいたします。
㊟舞台はオリジナリティの強い異世界です。二重鉤括弧《》内に独自用語があります。今話は地名のみであるため、読み飛ばし推奨です。
時は近未来。皇暦2676年長月の中頃、酉初のこと。
異世界の人工惑星、その極東に位置する海国《大金山島皇國》の首都《京師邦》の《石原》にある《初午神社》は、決して大きくはないが境内社――本社以外の社。メインとは別にある小さな稲荷神社や祠の類――があり、境内には天台宗の流れを汲む《阿日宮寺》という別当寺もある神仏習合の神社である。
この神社は木が鬱蒼と生い茂り、昼でも陽が届かず薄暗い。その所為かまともな参拝客はそう訪れない。
参詣する者はせいぜい破落戸や極道者、街娼に博徒に愚連隊と、社会のあぶれ者が関の山である。
その結果‥‥‥‥無法地帯と化していた。
***
今日もまた、境内は喧嘩で血に染まっていた。
しかし血塗れなのは応援団を思わせる長い学ランに身を包む硬派な四人組の不良達だけで、相手をしている男にはキズひとつなかった。
その不良達の1人であるリージェントに不精髭で据わった眼をしており、太い数珠を首にかけた力士が如く筋肉隆隆でいかにも怪力自慢ですという風貌の虎丸は、石燈籠の火袋に頭を突っ込んで気絶していた。
また、後頭部の中央と左右の髪を残してスキンヘッドに剃りあげたモガヘアーの松尾と、角刈りで縦長に角張った濃い顔にビン底眼鏡でしゃくれた顎と口髭が特徴の田沢は参道に転がって目を回していた。
その不良達の一人は鳥居に頭を打ち付けられてぐったりし、一人は石燈籠の火袋に頭を突っ込んで寝ており、またもう一人は参道に転がって失神していた。そして、この者達の中でリーダー格の男は、手水舎 に何度も顔面を沈められている。
そして、右目の傷と口髭、縁の破れた学帽が特徴的な不良達のリーダー格である富樫は手水舎に何度も顔面を沈められていた。
「………っ……がっ……えほっ、げほっ……」
リーダー格の男は呼吸ができず、息苦しさに呻き声を上げる。
「や、やめてぐれ!許じてぐれ……!」
リーダー格の男の後頭部を片手で押さえつけて手水舎に沈めて責め苦を負わせている張本人は涼しいものだ。どれほど懇願されようと顔色ひとつ変える様子はない。
彼はリーダー格の男の伸ばすに任せた蓬髪を引っ張り上げ、一旦水から出すと、
「あ?何言ってンだ?」
と目を見据えて睨みを利かしつつ言い、再び水に沈めた。
「…………がはっ………っ……げほっ……けほけほっ…………」
間一髪死ぬ間際でまた引っ張り上げる。
「助けてくれ、死んじまう!」
と必死に訴えると、あろうことか男は
「うるせぇな、人間本気出せば6分くらい息を止メていられるんだよ」
と冷ややかで歪んだ微笑みを口元に浮かべて暴論を唱えた。余談ではあるが2681年のギネス世界記録に登録されている水中で息を止め続けた最長記録は24分37秒36であるらしい。当然これは訓練したアスリートの話であり、一般的な平均は1分前後であるという。
富樫は既に何度も雑に石の塊に顔を打ち付けられて顔面血まみれである。
***
「こ………この、悪魔…………!!」
石灯籠に打ち付けられて気絶していた虎丸が意識を取り戻し、叫んだ。
他の二人も起き上がれないものの、意識はあるようだ。
たった今悪魔と評された、この凄絶な状況を作り出した張本人である魂川 豊司は
「あ!?」
と凄みを利かせ、標的をリーダー格の男から先程殴り倒し、今自分を悪魔と揶揄した巨漢に変える。
「がっ…! あ……っ…」
魂川が虎丸の腹を蹴撃すると、虎丸は反吐を吐いて前傾姿勢になった。
魂川はまるでゴミでも蹴るかのように、そのまま腹をしこたま蹴り上げる。足蹴にされる度に虎丸の腹部に鈍い痛みが走った。
***
「えほっ……はぁっ…はぁっ…っ!」
リーダー格の男は薄れる意識の中で、なぜ自分達がこのような状況になっているのか思い出していた。
***
そもそもの発端は一刻前、つまり申の中刻。たまたま歩いていた魂川と肩をぶつけ、「なにガンたれてんだ」と絡んだ事だった。
「俺達金に困ってんだけど、ちょっと貸してくんない」
といつも通りカツアゲしようとすると、
「ちょうど今自動球遊器で全部すったトコだよ」
と切り返された。
「まあ、苛ついてたから丁度イイ。喧嘩なら買うゼ」と付け加える。
「コラ、またお前等か」
するとそこへ、遠くから見ていたらしい国家憲兵が駆け付けてきた。
「チっ、邪魔が入ったか。ずらかるぞ、お前等」
職務質問が面倒な一行はそう言って取り敢えず逃げ出す。
「じゃ、良イ場所教ェてやるよ。一般人はまず来ねェ金!暴力!SEX!の聖地だ」
と提案され、マッポを撒きつつ神社に移動する。
「さあ、闘るか」
と、指を鳴らしながらこちらの準備が出来るのを待つ魂川。
「へへ、よっぽどの馬鹿だぜ、コイツ」
「ああ。コイツ、俺達四人相手に勝つ気でいやがる」
「どうせ後に引けなくなってるんだろうよ」
「早く始めようぜ それとも芋引いてんのか? お前等。根性ないな」
ビキっ×4
「「「「上等だ、コラ!!!!」」」」
***
俺達は地元ではそこそこ名の知れた不良だった。
俺は上代から続く情報屋のそれなりに由緒正しい家柄の嫡男だが、いかんせん縛られるのが嫌だった。
あそこは束縛が多すぎる。自由を求めた俺は反発して不良になり、好き勝手やっている。不遇な生育歴の中で過度に厳しい躾は非行の要因になるのである。
最初は更生させようとしていた周りの連中も、今ではもう諦めたようだ。
家は優秀な弟が継ぐ事になった。子分の三人は元々俺の分家筋で、本家を勘当された今でも慕ってついて来てくれた。
今迄世間の人々には、それなりに迷惑をかけてきた。悪いことなら外患誘致と殺人以外は全てやったと自負している。
飲酒や喫煙、薬物乱用などは俺達にとって基本の嗜みだ。
昔足を踏み入れた暴走族とは今もよくつるんでいる。本職の知り合いも多い。
深夜徘徊やカツアゲや刃物等所持、万引きなんかで国家憲兵に補導されるなんざもはや日常茶飯事だ。
一号生の中で番を張っていた塾は元々よくサボっていたが、最早登校する気もない。
***
だからあの時、俺達はこんな奴に負けるなんて思ってもみなかった。なにせ、こっちには4人もいるんだ。
こんな奴、いつものように4人で囲んで私刑して、日頃のストレスを発散しつつ、ついでに小遣いでも貰えるカモネギくらいにしか思っていなかった。
しかし今、4人の不良達は果てしなく後悔していた。馬鹿なのは自分達であった。
コイツは化け物だ。何か武道をやっているような動きである。が、武道だけではないだろう。
それ以上に、単純に喧嘩慣れしている動きだ。俺達の攻撃を難なく避け、勢い余った此方の味方に激突させる。
また、此方の力を利用して投げたり崩したりする。それだけでなく、たまに来る突きなどのやや乱暴な技は鋭くて手痛い。
一体どれほど喧嘩をしてきたのかと思うほど強い。
先程の技など、武道で出来るものではない。それこそ反射的に体が的確に動かないと真似出来ない芸当である。
何度も殴り合っているうちに、自然と感覚を掴んだのであろう。
まさか4人で一斉に襲い掛かって勝てないとは思いもしなかった。
襲い掛かった瞬間、鞄を投げつけて狙いを逸らされる。
その一瞬で松尾と田沢がいっぺんに吹っ飛ばされた。その時点で田沢は気を喪った。
呆気に取られている間に松尾が一撃でノされて血塗れで倒れた。
虎丸は少しは攻撃を繰り出したが、全て見切られ余裕で躱され、燈籠に向かって投げ飛ばされ気絶した。
俺は懐から伸縮自在の匕首を出して振り回したが、脚を払われ横転した。そして腹をしこたま殴られる。
「!! がっ……はっ…………」
重い衝撃が加わり、腹に鈍い痛みが走る。
どぷっ……
「…………うっぷ……おえええええ……」
堪えきれず腹に貯まった液体を吐き出した。酸呑で口に苦味が広がる。
「うわ、吐きやがった。汚ェな」
そう言いつつ、魂川の拳は止まらない。完全に歪んだ笑顔でとにかく殴り続ける。
どふっ……どかっ……
「あ゛っ……あ゛……あ゛…………」
すると今度は、自分よりいくらか大きい体を片手で引き摺って手水舎に連れて行き、打ち付けるように頭部を水に沈めた。
嗚呼、何故自分達はこんな男に喧嘩を売ったのだろう。
あの時喧嘩を売らなければ、こんな事にはならなかったであろう。
こんな限度を知らぬ男に。
こんな人心を知らぬ悪魔に。
【Fortsetzung folgt(次回へ続く)】