Act.11:デトネーション・トランジション
◆メイザース・旧市街◆
何もかも台無しだ。
全く予期していなかった第三勢力の登場により、ソンブラは捕縛。彼が現地で雇ったという運び屋が誰なのか、そもそも運び屋にエリクサーが渡ってるのかすら不明。さらにオークションハウスで騒ぎを起こしたことでシンジケートとの直接対峙が不可避となった今、旧市街にて潜伏中のバルサモは次手を講じあぐねていた。
もっとも、バルサモの言う『第三勢力』など初めから存在してはいないのだが、オークションにてエリクサーを競り落としたノウェムがわざわざ薬を強奪する理由がない以上、バックヤードで起きていた珍事を知る由もないバルサモがその存在に思い至るのは、全く自然の帰結であった。
「そもそも、どうして運び屋の情報を共有せなんだ。この無能どもめ」
バルサモのもっともな罵倒に対し、矢面に立たされたロス・ロボスPMC副長のナット・ロッド・アンデルセンが不快げに口を開く。
「うちの団長は慎重だからねえ、一番大事な仕事は自分でやり遂げるタイプなんでさぁ、ダンナ」
「そのソンブラがしくじっているから、こんなクソ忌々しい街で足止めを喰らっているのだろうが」
そう返されては言葉もないのだが、しかしナットはバルサモの主張を鼻息ひとつ飛ばして食い下がる。
「そうは言うがな、バルサモのダンナ。あんたからのオーダーには第三勢力の可能性なんてかけらほども想定にはなかった。エリクサーだか干し草だか知らんが、あんな荒唐無稽なものを本気で欲しがる馬鹿なんていないってな。だから最低限の人員のみ会場に潜り込ませる方針で合意したんだろうが。てめーのリサーチ不足をこっちの責任みてえに言われちゃあ、そいつはこっちもちょっとムカついちまうぜ」
ナットの目が血に飢えたサメのような凶暴さを帯びる。今にもバルサモに向かって飛びかからんばかりの勢いであったが、この窮地に今更責任の押し付け合いをしたところで何にもならないことは彼とて理解していた。
起きたことは起こってしまった。その事実が覆らない以上、考えるべきはこのどん詰まり状況をどう切り抜けるか。幾多もの修羅場を掻い潜ってきた現役の傭兵の思考は、隊長不在の中でも澱みなく機能していた。
「ともかく情報が足らねえ。何をどうするにしても、まずはとっかかりを掴まないと人員の分配もままならねえ」
「人員を分配だと? ナット、貴様……この期に及んで薬のこと以外に人員を割くつもりか?」
ナットの口ぶりから何かを察したバルサモが、今度こそ怒りに目を血走らせながら食い下がる。
バルサモの目的も、彼らが雇われた理由も、全てはクレイマンズハウスに出品されたエリクサーを手に入れる事のみに焦点を当てている。ナットの言わんとしていることは、その一点の目的とは別の何かを含むニュアンスがあった。
「貴様、マルコシアスを助けに行くつもりだな?」
「当然だろ、あれでもうちのボスだ。うちの看板にあんな恥ずかしい格好させた奴らには、きっちりケジメを取らなきゃならねえ」
「傭兵風情が矜持を口にするでないぞ。駄賃目当てに死体を積むことしか能のない犬どもめが」
「その犬がいなきゃ何も出来ねえ老耄が随分な口叩くじゃあねえか。耄碌のあまり札束と手綱の区別もつかねえか?」
ナットの双眸にいよいよ掛け値なしの殺意が宿る。だが、彼らを雇っているのがバルサモである以上、雇い主のオーダーこそが絶対。それは金銭によってのみ成立する雇用関係の中で、決して違約することの出来ない不文律であることは明らかだった。
しかし、それは彼らの間に雇用関係という楔が機能している間の話。いざ首尾よくエリクサーを手中に収める目論見が達成されたとして、その後はどうなる? 契約が満了した暁に彼らが矛先をこちらに向けてくる可能性は十分以上に存在する。そういう意味では、ナットがソンブラ救出を主張した時点でバルサモに選択の余地はなかった。
「クッ……仕方あるまい。だがあくまでも薬の入手が最優先だ。あれがなければ貴様らへの報酬は一ミスルとて払う気はない。そもそもしくじったのはソンブラ自身の不手際だ。貴様らも傭兵を名乗る以上、そのくらいの分は弁えよ」
「フン、そんな事いちいち言われなくても分かってらぁ。精々美味い祝杯を上げられるよう祈るんだな」
ナットはそう啖呵を切ると、部下たちに下知を送り、バルサモに対して数名の護衛を残す以外、自身もまた踵を返そうとするが、その背に対してバルサモの制止がぶつけられる。
「待て。貴様ら当てはあるのか?」
「あぁ? んなもんあるわけねーだろ」
「馬鹿もんが……探るならこの街の中央にあるプロヴィデンス・ヒューマン・ネットワークという情報屋を当たれ。くれぐれも目立つ真似はするなよ」
「PHN……確かあんたに俺達を斡旋した会社だな。確かに行き当たりばったりよか勝算は高そうだ」
そんな言葉を残し、今度こそナットはアジトを後にする。バルサモはその背を忌々しげな目で見送り、硬くくたびれたスツールに当たり散らすように座った。
「後一歩、それで我が宿願は成就する。こんなところで躓いてなどいられるものか……」
固く握りしめた杖の感触に妄執を込めながら呟くバルサモの言葉は、埃まみれの廃屋の中にこだますら残さず消えていった。
◆メイザース・中央エリア◆
夜の色が一層濃く染み渡るオフィス街を、イコノクラスィア第二分隊を乗せたバンが隊列をなして移動していた。
その最後尾のバンの後部座席にて、闘争の気配に血を滾らせながら不敵に笑うのは、同隊の指揮官として抜擢された分隊長にして、イコノクラスィアの副隊長を務める短髪の偉丈夫、バリー・K・コナーであった。
「なんや、街中がピリピリ張り詰めとるやんけ。なかなか良い塩梅やないの。えぇ?」
「いけませんよ副隊長、あなたは我々の指揮官なのですから、おいそれと前線に立とうとしないでくださいね」
そう部下に諭されながらも、当のバリーはまるで意に介さぬかのように凶悪な笑みに口元を歪ませる。
「アホ吐かせ、久々の鉄火場やぞ。しかもお相手は本国が散々煮湯飲まされたっちゅう宿敵の残党や。そんな連中に引導渡せるんやから、お前らもこんくらい気合い入れんかい」
「だからダメですって。想定勢力の中にはシンジケートも混じってるんですから、連中に死人出させたら女帝に戦争の口実を与えちまいますよ」
「安心せえや。俺かてそこまでアホやない。暴れる場所はきっちり選んでことを構えるつもりや」
「言いましたからね? 今の言葉、忘れないでくださいね?」
「しっつこいなぁもう。お前は俺のオカンか」
部下の念押しに鬱陶しげに頭をかきながらバリーは応じる。冷徹な殺戮マシーン揃いのイコノクラスィアにおいて、バリーのような分かりやすい直情型がムードメーカーとして機能しているのは確かなようだが、かと言ってそれだけで部隊の副長を務められるほど甘い組織ではない。
先ほどからバリーが拳同士を合わせる度、生身の人間から出るものとは思えない金属音を発している理由が、彼を生粋の戦闘者たらしめる所以。何を隠そう、この「拳鬼」のバリー・ナックル・コナー。彼は自らの拳を極限以上に鍛え上げた結果、腕の骨を修復不能なほどに破損し、両肘から先の骨をアダマンタイト製の人工骨に換装させた筋金入りのステゴロ狂い。己の拳のみを頼りに部隊のナンバー2までのし上がった生粋の戦闘者である。
そんな肉食獣のような男に、目の前にぶら下がた獲物を食わずに我慢しろとのたまうことがどれだけ摂理に反しているか、それが分からないほど部下たちの頭もおめでたくはない。
「ともかく、まずは情報を集めないことには始まりません。シンジケートの連中もロス・ロボスがどこに潜伏しているかまでは掴めていませんからね。手始めにPHNに頼ってみるとしましょう」
「ま、そいつは仕方ねえな。ちゃっちゃと情報取って、サクッと連中をボコボコにしてやろうじゃねえの」
上手いこと部下に乗せられていることに薄々感づきながらも、それが最も合理的であると判断し、バリーは再び拳を合わせて闘気を研ぎ始めた。
「ただし副長、ご注意を。現在シンジケートの実働部隊を動かしているのは、ヤン・メット・デペット率いるノウェム直属の私兵部隊です。確かあまり折り合いが良くはありませんでしたね」
「ヤンか。あの胡散臭い奇術師野郎まだ生きとったんかいな」
愉快さとは程遠そうに眉間を歪めながらバリーは吐き捨てる。彼らの間に過去どんな因縁があるのかは部下たちとて詳しくは知らないが、バリーの性格を思えばそのヤンなる人物が「胡散臭い」と評されているだけで、彼がそう言った人物と折り合いが悪いと言うことは直感的に理解も出来る。
とはいえ、曲がりなりにもイコノクラスィアのナンバー2の名が持つ看板はそう軽い物ではない。バリーとてそれは弁えているはずだし、よほどのことが無い限り、今回の敵はあくまでもAUEの残党。処理する相手が同じと言う意味ではシンジケートとカルテルの利害は一致している。
唯一懸念する要素があるとしたら、獲物の取り合いでシンジケートとの間に諍いを生む可能性を排除しきれない事だが、それを防ぐためにも、角度の高い情報を最速で取りに行き、寄り道せずにピンポイントで標的を排除する。幸いにして敵の頭はすでにシンジケートによって抑えられているので、指揮系統を失った流れ者をこの街で抑える分には、大した手間はかからないはずだ。
部下の判断はおおよそこんなところであり、状況への対処としてはこれ以上の手段はない。まったく最善の判断と称してなんら不足はないと言えた。
だが、彼は知るべきだっただろう。
最善の判断が、必ずしも最良の結果をもたらすとは限らないと言う事を。
◆PHNオフィスビル◆
洗練されたフォルムと無駄を削ぎ落とした機能美。メイザース中央エリアの象徴的なランドマークとして知られるPHNビルの先進的な外観は、夜のネオンに照らされることでどこか未来的な妖しさを醸し出していた。
情報の鮮度と速さを至上命題とする千里眼の社に眠りの時はなく、年間を通して二十四時間体制でオフィスの門戸は開け放たれ、働いているスタッフも日勤と夜勤を交代で回しながら、この生馬の目を抜くメイザースの街で逐一情報の処理に動き回っている。
彼らの手にかかれば、このメイザースで起こっている大概の事件は庭の木の具合同然の事案であり、その情報網は時に警察機関すら凌駕するほどに広い。
ノウェムの勅命を受け、クレイマンズハウスへの襲撃を敢行した疑いの強い武装集団、ロス・ロボスPMCの情報を引き出すべく現れたのは、シンジケートの実働部隊を率い、『奇術師』の呼び名をほしいままとする仮装めいた長身の男。ヤン・メット・デペットであった。
「んん〜、いつ見ても無駄なく洗練された佇まい。素晴らしい! このメイザース随一のビルを影も形も残さず消し去るイリュージョンのアイデアがあれば、ワタクシもマジシャンとしてさらなる高みに至れるに違いない! そこんところどう思いますか? 我が親愛なるギャラリーよ」
「いや……それはさすがにボスに怒られるかと」
開口一番、胡乱な事を嘯くヤンの問いに、部下たちはあからさまに困惑を浮かべながら無難に応える。ヤンはそれに対し怒るでも訝るでもなく、ただ演技じみた渋面を見せ、大仰な振り付けで身を捩った。
「残ん〜念っ! エンタメとは諸人を驚かせ喝采を報いとする至高の行い。ワタクシの勝手な振る舞いで主の機嫌を損ねるわけには参りませんッ! ここは涙を呑んで、この企画案は没と致しましょう」
さて、と。ヤンはやはり大仰な手拍子で部下たちの注目を集める。
「我々の目的は主に二つ。ひとつは不遜にも我が主、ノウェム様に弓を引いたノンデリの輩を、タネも仕掛けもないビックリ切断ショーにご招待すること。そしてもうひとつはッ! 我が同士ドット・クレイマンの手元から消えたノウェム様の落札品。不老不死の妙薬たるエリクサーの回収。恐らく両者はセットで移動している可能性が非常ぉ〜に高い。よって敵勢力の幹部相当の人間は生け取りに。残る雑魚は血祭りに。よろしいですかな?」
「了解!」
大袈裟に、しかし的確に状況を確認しつつ、ヤンは奇術師よろしくマントを翻し、純白の装いに身を固めた部下たちを率いて三箇所あるPHNビルの東ゲートから切り込んでいくなり、エントランスで声高高に口上をあげ始めた。
「レディース&ジェントルマン! ワタクシはヤン・メット・デペット。今宵は我が主、スタシオン・アルク・ドレ最高経営責任者たるノウェム様の名代として参じました次第。どうぞお見知り起き──を」
しかし、ヤンの名乗りに被せるかのように、彼らとは反対側のゲートから荒々しい声を上げながら、黒の迷彩服に固めた連中がドカドカと雪崩れ込んでくる。
「邪魔するでえ。ロス・サングレのバリー・コナーや。今シンジケートの連中と揉めとるっちゅうロス・ロボスPMCについて聞きたいことあんねん。誰でも良ぇ、対応してくれへんか──のぅ……?」
聞き慣れた声……否。もはや聞き飽きた声。両者共に特徴的な言葉遣いを聞き逃せるはずもない。向かい合うゲートから同時に参上した黒衣と白衣の軍団たちが、唐突に沈黙して睨み合う。
ここは中立地帯にして緩衝地帯の中央エリア。両組織が互いに不可侵を誓った領域。その掟を考慮に入れたとしても、このメイザースの覇権を競い合う二大組織の実働部隊が正面から対峙してしまうという事態が、ただのすれ違いで済まされるはずもない。
「なんや、おどれら。相変わらずふざけたカッコしよってからに」
「そちらこそ、こんな夜中にジャングルクルーズでも?」
「おどれらこそ仮装して捕物ハイキングやろうが。あんま調子こいてるとしばき倒すぞ」
「はっ、相変わらず優雅さのカケラもないようですね。喧嘩屋バリー。今すぐにでも殺し合いたいのは山々ですが、あいにくと我々も忙しいので」
「こっちのセリフじゃボケナス。言っとくけど先にここ着いたんはこっちやからな。黙って後ろの列に並んどけ。このコスプレ野郎が」
「聞き捨てなりませんねぇ、先に口上を上げたのはどう考えてもワタクシが先。順番の話をするならそちらが我々の後ろに並ぶべきでしょう」
全くもってどうでもいい論点を巡り、みるみるうちに両者の表情が剣呑に研ぎ澄まされていく。窓口は決して一つではないのだが、もはや二人にそんなことは眼中にはなかった。ここでこう相対してしまったことそのものが、両者にとって決して譲れない分水嶺へと貶めてしまっていた。
「うるせえぞテメェら、公の場でピーチク吠え合ってんじゃねえ」
だが、そんな両者の事情など一顧だにしないかのように、今度は正面ゲートから灰色の軍服に身を包みズカズカと上がり込んでくる一団に、誰の目も釘付けになる。
そしてその異様な視線に気付いた一団もまた足を止め、自分たちが誰に対して悪態をついたのか、遅まきながら悟ることとなった。
そう、誰あろう現在メイザースの二大巨頭が血眼になって捜索をしているならず者の集団。クレイマンズハウスを襲撃し、かつて共和国内戦にてFLPEのゲリラ部隊と正面から渡り合った右派民兵組織、アウトディフェンサス・ウニダス・デ・エルドラの残党。ロス・ロボスPMCの一団が、よりにもよってこんなタイミングで追っ手の前に躍り出てきたのだ。
「…………」
出口のない密室の中で、うっかり手榴弾の安全ピンを抜いてしまった気分とは、おそらくこういうものなのだろう。ストライカーが信管を叩き、弾体の内部で燃焼する化学物質が爆薬に触れるまでの数秒間。もはや炸裂は免れない運命の只中に放り出された三者は、これ以上なく「ヤバい空気」を奇しくも共通体験として全身の毛穴から感じまくっていた。
であるならば、もはや選択肢は一つしかあり得ない。炸裂した爆弾の破片を誰に向けて、いかに早く浴びせるか。それぞれの状況を一瞬にして悟った三部隊のリーダーたちは、ここで奇しくも完全なる意見の一致を見ていた。
気の毒なのは、この掛け値なしの修羅場に居合わせたPHNのスタッフたちだろう。まるで水と油とルビジウムが、遮るもののないフラスコの中で一点に集まっていく瞬間を、ただ地に伏して見守るしかないのだから。
三者の目が交錯する。銃爪に指をかけるわずかな音ですら聞こえるような、重たすぎる沈黙が横たわる。
──次の瞬間。
「撃ちまくれ!!」
瞬間、世界が一瞬にして銃火に包まれる。
閃光が弾け、鼓膜を裂く銃声が炸裂し、空気が熱と鉛で満たされた。
PHNのスタッフが悲鳴を上げて伏せるよりも早く、 三者はそれぞれ別の動きを取っていた。
バリーの拳が地面を砕く。
瞬間、石畳が爆ぜ、粉砕された岩片が一気に捲れ上がってバリケードとなり、銃弾の雨を真正面から受け止めた。
一方でヤンは自身のマントを広げた。その瞬間、弾丸の雨が奇妙な軌道を描く。まるで見えない糸に引かれたかのように、銃弾は空中で急旋回し、撃った本人たちに牙を剥いて襲いかかる
向けられた銃口の数だけで言えば単純に二倍。さらに片方に打ち込んだ弾丸がそのまま返ってくるとなれば、ナット達に浴びせられる火線の数はよりシビアであった。
しかし、ナットは逃げも隠れもせず二方向から襲い来る火線を前に、両手で空間を押さえ込むような動作をもって、部隊の周りに不可視の何かを展開。すると、飛来する弾丸が触れると同時、紙片が焚火に投げ込まれたように、閃光とともに消し飛ぶ。まるで彼らの周りに、圧縮された高圧の大気が弾丸を焼き削っていくかのようであった。
割れた石畳の破片が、無作為に飛び回る跳弾が、狙いの逸れた流れ弾が、鉛の嵐となって施設内に吹き荒れる。照明を破壊し、調度品を破壊し、逃げる術を持たなかったスタッフ達に容赦なく降り注ぐ。
絶え間ない発砲音と悲鳴の中、三者は互いの銃弾が尽きるまで一切攻撃の手を緩めない。しかしどれも決定打たり得ず、誰もがいたずらに銃弾を浪費するしかない事に気付くのに、そう時間はかからない。まずは最前に立つ隊長格をどうにかしない限り、この無意味な撃ち合いが終わることはない。
「なんやおどれら、けったいな術式使いやがって」
「ふん、そういう貴様はただの力任せか。化け物め」
「ワタクシのイリュージョンの前に、物理でどうこうしようと思うのがそもそもの間違いなのですよ。原始人ども」
最初の掃射を撃ち尽くし、第二射の装填を待つ間、それぞれがそれぞれに対して悪態を投げ合う。分かってはいたことだが、この調子では早晩千日手に陥るのは明白。事態の打開のためには敵勢力の頭を落とす。三者がそれに向けて同時に動こうとしたその時、それぞれの動線が交錯する一点を遮るかのように、さらなる影がその前身を阻みにかかった。
「お前……は」
自発的に即静止したのはバリーとヤンの二名。事情を知らないナットに関しても、眉間の急所に指を添えられて身動きが取れないまま制されている。こんな混乱の只中にあえて身を投げ出す者がいるならば、それは余程の馬鹿か、この三すくみを同時に相手取っても生還できるだけの実力を持った豪傑しかあり得ない。
そして、歴戦の経験を誇る彼らの意識の慮外から突如として割り込むことが出来るのだとするならば、必然。その者は後者以外にはあり得なかった。
「やれやれ、派手な音がしたと思って降りてきたら……いったいなんです? この有様は」
柔和な物腰に、確かな怒りを込めながら、努めて抑揚を抑えた声音が狼藉者達の耳朶を叩く。
情報機関、プロヴィデンス・ヒューマン・ネットワークの社長にして、同機関最高の実力者として君臨するメイザースの顔役。
──そう、彼こそが。
「──千里眼」
「オクトラス──」
当然と言えば当然。しかしそれでも彼を知るヤンとバリーの驚愕は計り知れない。そして彼の指に直接触れられているナットにしてみても、今一歩でも動けば即座に眉間に不可避の一撃が叩き込まれることを肌を通して感じていた。
「バリーさん、ヤンさん。お二人は当然分かっていたはずですよ? ここが中立地帯であること。あなた達のボスが、血で血を洗う抗争の果てに擁立した聖域であるということを」
紳士的な態度を崩さないオクトラスの言葉は、そうであるが故に異質な圧力が込められていた。
しかし、ここで気圧されたとあってはメイザース二大巨頭の看板を預かる者として示しがつかない。バリーとヤンはあくまでも強硬の態度を崩すことはなかった。
「とは言うがな社長さんよ、それも時と場合によるんと違うか? 俺らの欲しい情報が、自分からノコノコ歩いてやってきよったんや。そいつがこの街のルールを知らんまま、場も弁えずにぶっ放したら、こっちとしても黙っちゃおられんやろ」
「珍しく気が合うではありませんか、喧嘩屋バリー。おっしゃる通り、我々はあくまで正当防衛として降りかかる火の粉を払ったまで」
「僕が──お二人に弁明を求めているといつ申しましたかね?」
オクトラスの声音に明確な硬さが宿る。それは握り締められた拳よりもなお硬く、領地を荒らされた君主の怒りにも等しい布告に他ならなかった。
「ここは僕の会社で、僕の城。従業員は皆僕の領民であり大切な財産です。それをいたずらに害すとあらば、それなりの負債は覚悟してもらわなければなりません。イービスさんにもノウェムさんには悪いですが、緊急性を鑑みて事後承諾させます」
「待てやオクトラス──あんた自分で何を言っとるのか分かっとるんか?」
「無論、あなた方にも事情があるのは承知しています。なので話をシンプルにまとめましょう。今から全員表に出なさい。そして僕はあなた達をタコ殴りにします。調度品一式、照明器具、備品諸々の弁済分は別途請求するので良いとして、迷惑料分はこの拳で片をつけて差し上げましょう。あなた達は私の攻撃を凌ぎながらであれば、どうぞご自由に目的を遂行してください。あらかじめ申し上げておきますがこれは脅しではありません」
まずい。オクトラスは本気だ。彼はたった一人、この三つ巴を相手取って大立ち回りを演じるつもりなのだと、彼らは揃って言外に悟った。
そう、オクトラスの宣言はもはや脅しではない。言うならばそれは──
「確定事項です」