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Act.10:予期せぬ変数




◆クレイマンズハウス◆




 ゲスト達の避難を終え、一部のシンジケート関係者が残るのみとなったオークションハウス。いまだ行方の分からないノウェムの落札物と、それを強奪したと思しきロッソ・バルサモの捜索は遅々として進んでいなかった。


 後の調査によれば、バルサモは今回の件に当たってそれなりに入念な事前準備を整えた上で事に及んでいたと思われる点がいくつか見つかっており、競りに負けた腹いせによる場当たり的な犯行ではなかったことが判明した。


「やっぱり、あの薬は本物だったって考えざるを得ないな。この状況的に」


 捜査に協力させて欲しいと名乗り出て、うまいことチームに加わったデュールが所感を述べる。あの老骨の周到な準備には素直に驚きもあったが、逆にその計画性が、事の発端となったアンの凡ミスの隠れ蓑になっていたのは嬉しい誤算だった。

 しかもどうやら、ドット・クレイマンの殺害を実行した犯人──ノウェムによれば元エルドラの右派民兵組織の活動家、ソンブラ・マルコシアスが、犯行直後に偶然アンに倒された際の怪我が元で記憶を飛ばしているというのだから都合がいい事この上ない。


 残る問題はといえば、シンジケートの私兵たちにガチガチに固められた布陣をどう掻い潜るかという物理的な制約だ。


「モノの真贋なんてこの際どうでもいいのよ。というよりあたしは最初からそこに執着なんてしていないわ」


 傍のノウェムの口ぶりは静かでありながら、目の奥では爛々と燃えるような怒りが揺らめいている。普段は飄々とした遊び人のような女だが、こういうメンツに関わる事柄に関して一切の妥協がないあたり、さすがはマフィアといったところか、是が非でもドットを殺した連中のひき肉でハンバーグバイキングを開催しようという腹積りだ。


 願わくはそのミートパテに自分たちの血肉が混ぜ込まれないよう祈るばかりではあるが、そのためにも早いところバルサモの首級を上げ、あわよくば何かを喋る前に始末してしまいたいところだ。バルサモの雇った傭兵がソンブラただ一人であるとは到底思えないし、残党が街の中に潜んでいるならば、この後起こるのはエリクサーの所在を巡るバルサモ陣営と、彼らに塗りたくられた泥の落とし前をつけたいシンジケート陣営との大混戦だ。


 メイザースはそんなに大きな街ではない。混乱に乗じ、外様の老骨一匹を「事故死」させるのはそう難しいことではない。


 要はアンが犯したミスを有耶無耶にできればそれでいい。そういう意味では、シンジケートのキャッチした情報をダイレクトに受け取れるデュールたちの配置は、時間の裏で暗躍する上では実に都合が良かった。


 正直、想定していたよりもずっと動きやすいと思っていたのだが、そんなデュールの思惑に水を刺すかのように、クレイマンズハウスに二組の男達が現れる。


「来たわね」

「げっ──」


 振り向いたノウェムに倣って同じ方を向くと、そこには長身長髪の男が一人、その傍には厚手のローブに身を固めた小柄な男がもう一人。メイザース随一の情報機関、プロヴィデンス・ヒューマン・ネットワークに所属するエージェント、『相剋』のフォージと『天網』のダンテであった。


「あぁれれれれ? なんだよ便利屋の御一行じゃねえの。相変わらずトラブルに愛されてんねえ」

「フォージ、てめえなんでここに」


 早くも絡みに来たフォージに、狼狽えた様子のデュールの声が思わず上擦る。


「なに、ほんの野次馬がてらシンジケートに貸しを作ろうって魂胆さ。何でもこれからバーベキューが始まるってんだろ? そんなイベントに仲間外れとは連れねえ話じゃねえの」

「ま、フォージはこう言うけれどね。ノウェムさんに呼ばれたのは僕の方さ。失せ物探しに手を貸せって、社長経由で派遣されたってわけ」

「へ……へえ。そりゃ大変だな」


 最悪だ。デュールとしたことが、この二人が介入してくる可能性をすっかり失念していた。

 フォージはまだいい。おおかた戦闘に不向きなダンテの護衛として付き添っているだけなのだろうが、問題はダンテだ。こと遺失物捜索に関して、彼ほどの調査官はPHNにはいない。その上本人の知りたがりな性格も絡んでくるとなれば、事件の真相になどあっという間に辿り着くに違いない。


 現状最も近づいてほしくない人間が、よりにもよってシンジケートの依頼という大義を引っ提げて事件に直接介入してきている。これが最悪でなくして一体なんだというのか。


 この状況を、少し離れたところで所在なさげに立っていたアンが目線で訴えてくる。「どうすんだよ、厄介事が増えちまった」と。


「姐さんらしくもねえな。こんな連中使ってまでやらなきゃいけないことか? 確かあんた、エリクサーそのものには興味ないんじゃなかったっけか?」

「そうよ。けれどバルサモ達があの小瓶に並々ならぬ執念を燃やしていたのは明白。ならば彼らを直接追いかけるよりも、その標的を追う方が効率的──」

「でもよ、姐さん──」

「デュール。まだあたしが喋っているわよ」


 語気を強めるでもなく、鋭く睨みつけるでもなく、あくまで同じトーンでノウェムは言葉を遮ったデュールを咎めた。その言葉の裏に隠された尋常ではない圧力に、さしものデュールも口を紡がずにはいられなかった。


「簡単な話よ。エリクサーがどれだけ胡乱な品であれ、足を生やして一人で歩き出すなんてことはあり得ない。今もどこかで必ず息を潜めているはず。ならばそれを先んじて入手して、ファンマ達を釣る餌に使う。品物も手に入ってついでに馬鹿どもの掃除も終わる。一石二鳥というわけよ」

「…………」


 だからそれが都合が悪いのだが、まさかそんなことをこの場で口にするわけにはいかない。ただでさえ街の歩き方を弁えていない外様の連中と、いつ記憶が戻るかも分からないソンブラという不確定要素に加え、現状デュール達にとって最も厄介な変数が加わったことで、一気に身動きが取りづらくなってしまった。


 このままではまずい。相当にまずい。PHNの二人組の登場により、デュールとアンの二人の計画は大きく加筆、修正することを余儀なくされた。


 彼らを事件に触らせてはいけない。この最優先タスクにあたりデュール達が取れる手段は、もはや一つしかない。奇しくも両者共に全く同じ発想へと至り、互いの視線が合意の交錯を果たした。


 ──そう。


 ──こいつらを、全力で邪魔するしかない。

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