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Act.9:仇敵の残滓




◆一週間前・エストレージャ警備保障◆




 嫌な情報というのは探す手間もなく向こうから集まってくるものだ。

 メイザース西区画を縄張りとする麻薬カルテル、ロス・サングレのフロント企業たるエストレージャ警備保障の執務室に備え付けられた専用電話が鳴り響く。


 ごく一部の限られた者しか知ることのない番号を鳴らしたのは、メイザースを東西に二分する大組織の一角、スタシオン・アルク・ドレの首魁たるノウェム。果たしてどんな厄ネタが舞い込んでくるやらと、イービス・クレイは憂鬱な面持ちで受話器を取った。


「ノウェムか。こんな夜更けにラブコールとは、お宅も随分と持て余してるようだな」

『面白くもない冗談ね。悪いけどこちらも今立て込んでいて、じっくりと漫談に洒落込んでいる場合ではないの』

「おいおい、そいつはご挨拶だな。青筋の切れる音がこっちまで聞こえてくるぜ? 女帝様よ」

『そうね、ここ最近で一番不愉快な心境であることは確かよ』

「それはまた剣呑なことで。いいだろう、なら本題から聞かせてもらおうか」


 いつになく殺気立っているノウェム相手に、これ以上のジャブは悪手と判断したイービスが話を促す。

 すると彼の魔晶板に一枚の画像が浮かび上がり、その画像に写っていた人物がイービスの視線を鋭く研磨した。


「こいつは誰なのか、と聞いた方がいいのかな?」

『見ての通りよ。ソンブラ・マルコシアス。かつての共和国内戦で政府側として戦った右派民兵組織、アウトディフェンサス・ウニダス・デ・エルドラ──共和国自警軍連合を前身に持ち、現在はロス・ロボスPMCという民間軍事会社を運営する傭兵。あなた達の母体であるFLPEとは浅からぬ因縁を持つこの男が、今晩私の縄張りで花火を上げた。どういうわけかサイズの合ってないバニー衣装を着せられた上でされていたけれどね』

「AUEね……今日の今日まで忘れていたよ。内戦終結宣言が出され、お上がただの芥子畑の番人になってから久しい。連中と直接やり合ってたのは先代までの世代だったとはいえ、耳に入れて愉快な名前じゃねえことだけは確かだ」


 三十年前にエルドラを襲った旱魃に端を発し、国を二分する内戦を経て勢力を拡大した二大ゲリラ。主義主張は異なるものの、同じ麻薬というリソースを持って勢力を拡大した彼らは、いわば同じ穴の狢。抗争の焦点は次第に国家の大義から密売ルートの奪い合いへと発展するのは必然であった。


 とはいえ、元が離反した共和国特殊部隊であるFLPEの武力が増していくに連れて、AUEの活動は徐々に縮小。内戦終結後に樹立された新政府が、国際世論に捧げる生贄として展開された第一次麻薬戦争がトドメとなり、組織としてのAUEは事実上消滅したとされている。


 もっとも、当時の中心メンバーのうち数名はいまだに逃亡を続けており、その中でもっとも有名な活動家の一人が、現在シンジケートにて拘束されているソンブラ・マルコシアスというわけだ。


「それで? マルコシアスの恥ずかしい格好を肴に酒を飲みてえってわけでもないんだろう?」

『全ての問題が片付いた後であればそれも悪くはないけれど、今はまだその段階ではないわね。あたしがこうして一報入れているのは、誤解による衝突を防ぐためよ。経緯はどうあれ、あなた達の昔馴染みがこの街で何かを企てている。その時になってあらぬ疑いをかけられたくないの。狩りの片手間に相手にするには、あなた達は少々厄介にすぎるわ』

「なるほど。それでそのバニー野郎から他の話は聞けていないのか? 雇い主、街に入り込んだ人員と配置。何よりも重要なのはその目的だ」

『それが……』


 電話口のノウェムが唐突に口籠る。別段意地悪を言ったつもりも、聞いて困るような事を言ったつもりもない。ノウェムの言う「誤解による衝突を避ける」という意図を汲むならば、イービスとしても当然に把握しておくべき事柄であり、それをノウェムが言い渋る理由があるとは思えなかった。


「どうした?」

『言いづらいのだけど、今の彼、どうやら記憶がないみたいなのよ』

「おいおい、そりゃ何の冗談だ?」


 コメディにしても古すぎるオチに、流石のイービスも素の反応を禁じ得なかった。


『言ったでしょう。コスプレさせられて伸されてたって。その時に頭を強く打ったみたいで、爪と歯を全部抜いても記憶がないの一点張り。おかげでこっちの捜索も大混乱よ』

「なるほど……」


 わざわざ電話まで入れてきたのはこれが理由か。要はノウェム自身、敵の全貌を掴みきれておらず、顔だけは有名なソンブラの存在を明かす事で、街に潜伏したネズミどもの退治に集中したいという思惑があると見た。


「それで? 俺たちにどうしろと?」

「手を出すな、と言いたいのは山々だけれどね。相手が元AUE絡みとならば、そっちの血の気の多い連中が先走らないとも限らない。その時に無用な血が流れないようにあなたが取り計らってくれればいい」

「流血を避けたいのは俺としても同じだが、とはいえ情報がこれだけっていうのもな。他に何かないのか?」

「確証はないけれど、奴の雇い主に関してなら、ロッソ・バルサモという男が現段階での最有力候補ね。今のところ姿が見えているのは彼だけ。当面はこの男を手がかりにメイザースに潜伏しているハイキングツアーを炙り出すことになるでしょうね」

「ロッソ・バルサモ……聞いたこともないな。まあいいさ、こっちでも人を出して探ってみよう。互いに得た情報は逐一共有するって事で構わないか?」

「助かるわ」


 通話が切られ、執務室に再び静寂が訪れる。

 ノウェムの言葉を全面的に信じることは出来ないが、彼女がこうしてわざわざホットラインを繋いできたこと自体、こちらとの直接対決を避けたい意図を説明するには十分だった。であるならば、イービスに切れる手札も必然的に決まってくる。


 イービスは直属の部下につながる無線のボタンを押して構成員に招集をかけた。


「イコノクラスィア第二分隊に告ぐ。バリー・K・コナー分隊長、同ユニットメンバーは装備Cにて出撃。標的はロッソ・バルサモという人物に加え、彼が使役していると思しき傭兵集団、ロス・ロボスPMC。これの捕縛および敵対勢力の排撃」


 イービスがそう指令を飛ばすと、程なくして無線が応答ノイズを鳴らし、マイクテストを兼ねた咳払いが返ってくる。


『あー、こちら第二分隊長バリー・ナックル・コナー。ボスぅ? 聞こえてまっか? 装備C(最低限)とはいささか控えめに聞こえるんやけど、派手にぶちかまそうってわけではないんか?』


 南部訛りの強い口調で話すバリーの言葉に、イービスは短く頷いて続ける。


「そうだ。現場ではノウェムの私兵とかち合う可能性が高い。連中に対して遠慮をする必要はないが、無駄に死体を積む必要もない。バリー、お前ならそう言った加減は効くと判断した」

『了解了解。銃だ杖だはオレの性に合わへんからなぁ。オスとして生まれたんなら、喧嘩は拳で語るんが一番や。サクッとぶちのめしてボケ共の首を持参してくるとしますわ』


 無線越しに聞こえてくる好戦的な声音が、鉄火場に赴くバリーの悦びを物語る。彼の持つ術式の特性を鑑みれば、よほどの大事には至らないであろうと判断したイービスの考えに、おおよそ間違いはなかった。


 ──だが、せめてもう一人、バリーのブレーキになる人間をつけておくべきだったとイービスが後悔することになるのは、そう遠い先の話ではないのであった。

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