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Act3:女帝の戯れ




「さあ、いよいよ本日のメインだ。この胡乱なメイザースの街にあって、この場の何よりも荒唐無稽な代物が、ついにその姿を露わにする時が来た」


 大仰な口ぶりのドットのトーンが、うっかり聞き逃すと気づかない程度の硬さを帯びる。道化じみた所作で、今宵もエンタメの名のもとにいくつもの品を捌いてきたドット・クレイマン。一貫して無粋さを通してきた男が、俄にかしこまるかのような声音を発したことで、オークションそのものよりも歓談をメインにしていた名士達の耳をも欹てさせた。


 まるで天使の通った後のような、意味も脈絡もない沈黙。ここに来て初めてオークションらしき厳粛さを帯びたと、誰もが感じた次の拍子。観衆の注目を一手に集めた張本人がおどけたように両手を上げた。


「おおっと、そんな急に黙るんじゃあねえぜ紳士淑女殿。それともみんなでお祈りかい? 祈る神のいねえこの街で」


 使い古されたローカルジョークでひと笑いかっさらいつつ、気を取り直したドットが改めてステージの注目を誘う。


「出自不明、用途不明、そして正体すら不明。怪しさ三拍子を携え、このクレイマンズハウスに殴り込んできた挑戦者チャレンジャー。無名の錬金術師が人生を懸けて取り組んだ研究の、業深くも大いなる集大成。なぜかの魔術師は、その成果をこんな地の果てに託したのか。深まるばかりの謎に、ワタクシも興奮が隠せません」


 ──来た。

 おそらくこの会場の中で、唯一真剣にドットの口上を聞いていたであろうバルサモの目の色が変わる。しかしあくまでも紳士としての佇まいは崩さないまま、浮足立ちそうになる高揚感を杖を握る手に抑えながら、バルサモは聞き入るようにドットの口上に耳を傾けていた。


 板状のドットは相も変わらず大仰でふざけた物言いだが、今となってはむしろ、無造作に叩きつけられるガベルの音がバルサモの心を鋼のように鍛えてるかのようだった。

 

「刮目せよ! 本日の目玉商品。信じるも信じないも自由! 飲んでよし、飾ってよし。古より伝わりし伝説の妙薬。こいつを競り落とした者が──本日の主人公だ!」


 其は──バルサモが追い求め、ついに自身の手ではなし得なかった奇跡。誇りも矜持も捨て、愚かにも成果のみを追い求めた夢の形。

 嗤うがいい。嘲るがいい。だが一口それを口にしてしまえば、あらゆる誹りも侮蔑も、いずれは遠い過去の囁きに消えて果てる。その薬には、今現在の自身に千の屈辱を押し付けるに足る価値があることを、この会場で唯一バルサモだけが識っていた。


 もはやくどいほどに勿体つけていたドットが、ついにその名を口にする。息を吸う音、発声のために喉仏に力が入る僅かな機微、彼の一挙手一投足を固唾を呑んで見ていたバルサモの口が、無意識にドットの唇の動きをトレースする。


「賢者の秘薬、エリクサー!」


 もはや古文書でしか聞かないような名前に、会場が驚きと疑念、そして失笑の喧騒に包まれた。

 よもや、よもやだ。いかに無粋で悪趣味な品の集うクレイマンズハウスの出品物とはいえ、流石にこれは荒唐無稽が過ぎるというもの。魔術が拓かれてから既に三世紀以上。原理的に死期の到来によって生じる肉体と魂の剥離を防ぐためには、超常の軌跡を起こすマナをもってして無限に近い量を永続的に要求される。それはこの世の最も根源的な因果律の制約に対する無謀な反逆に他ならない。研究によって魂の剥離現象の不可避性が解き明かされたことで、少なくとも魔術的なアプローチで不老不死を実現することは不可能であると結論付けられている。今や魔導学校の初等教育の教科書にすら出てくる魔術の常識だ。


 これには会場の参加者だけでなく、ダラダラと会場内の巡回警備がてらに立ち聞きしていたデュールでさえ唖然とした。


「はっ……馬鹿も行くとこまで行ったら一種の芸術だな。悪趣味とか無粋とか、そんな領分の話じゃねえ。こいつら根本的にどうかしてるんだわ」


 このオークションを通して、彼らが出品物の価値に重きを置いていないことはすぐに分かった。そもそも彼らにとって、物の真贋など大した問題ではない。重要なのは、競りの過程で、札束を積み上げ合う競合相手との摩擦とドラマ。大枚を叩くことでしか得られないエクスタシーそれ自体を求めているのだ。だからどんなに荒唐無稽で馬鹿馬鹿しい品物にも、信じられないほどの値段が付けられる。


 そういう意味では、かのエリクサーとか言う妙薬の存在は、そのあらん限りの胡乱さの先に、途轍もないドラマ性を秘めている。それを競り落とすものが現れたのであれば、なるほど確かに今宵の主人公と呼んで相違あるまい。


 もっともその実態を垣間見たところで、何事も実用性と信頼性に重きを置く生粋のリアリストたるデュールからしてみれば、連中の娯楽は微塵の共感も理解も及ばない茶番であることに変わりはないのだが。


「さあ、紳士淑女達。メインイベントの始まりだ! 胡乱なる賢者の秘薬、エリクサーの開始値。七百万ミスルからスタートだ!」


 まるで鬨の声のようにドットが宣言すると、途端に会場のあちこちでステッキが光る。

 七五〇万、八〇〇万、九〇〇万──。瞬く間に一千万の大台を超え、スタート値が倍額に釣り上がるまでに一分とかからない。そして寸刻みに上がっていったエリクサーの落札価格が二千万に差し掛かった時、ここで一気にレイズを仕掛ける男の声が上がる。


「三千万」


 まだ損得勘定の働く余地のあるチキンレースを抜き去るように、実に九〇〇万近くの上乗せをやってのけたその男──Dr.バルサモに、会場の視線が一挙に集まる。


「誰だ、あのオヤジ」

「見ねえ顔だな。余所者か?」


 訝り半分、驚き半分。どよめく会場の空気など一顧だにしないかのような、静かな佇まいに勝負師の顔を貼り付けたバルサモの貫禄が冴えわたる。


「おおっと、こいつはとんでもねえ額が飛び出してきやがった。既に本日の最高落札価格を超える額をこの秘薬に叩きつけたのは、当オークション初参加の御仁、Dr.バルサモ。ただの金遊びとは思えないあの貫禄……これはもしかしたら、もしかするのか!? かの紳士は! このエリクサーに、我々の預かり知らぬ価値を見出しているとでも言うのか!?」


 本日最高潮の盛り上がりを予感したドットの言葉に、より一層の熱がこもる。こいつはとんでもないことになる。こんな海のものとも山のものとも知れぬ小瓶が、一体どんなドラマを生み出すのか。期待に胸を膨らませながら、ドットのトークのギアが上がる。


「さあ、三千万。三千万が出ました。皆様よろしいですか? 私としては、ここにもう一声、かの御仁の挑戦を受ける猛者の登場を願ってやみません!」

「──そう、なら受けて立ちましょう。三五〇〇万ミスル」


 バルサモ渾身の挑戦状に対し、雅な女の声が艶やかに響き渡る。茶番など百も承知。だが茶番であるからこそ、そこには真っ向から楽しむ価値がある。もしもそんな酔狂なセリフを吐く者がいるのであれば、その言葉が似合うのはこのメイザースにおいて「彼女」を置いて他にはいまい。


「なんと! Dr.バルサモの挑戦状を受け取ったのは、メイザースの歓楽街に燦然と君臨する夜の女帝。当オークションの出資者でもあるスタシオン・アルク・ドレグループの首魁。ノウェムの通称で知られるこの御方だ!」


 彼女の参戦によって、事実上競りはバルサモとノウェムの一騎打ちの様相を呈していた。それもそのはず。スタシオン・アルク・ドレの興業の一環であるクレイマンズハウスのショーにおいて、元締たるノウェムが直々に参加すること。それはすなわち、エリクサーのみならず、シンジケートの沽券を懸けた勝負に他ならない。そんな世紀の大勝負に外野が後出しでちょっかいをかけるというのは、それこそ無粋の極みと言えるものであろう。


 だが、彼女の参戦に誰よりも驚いていたのが、いよいよ退屈な警備仕事にうんざりし果てていたデュールであった。もはや声すら上がらない程の驚愕に、顎も外れよとばかりにあんぐりと口を開けながら、デュールは思わぬ人物の到来に釘付けになっていた。


「あ……姐さん……? なんでここに。え? もしかしてそれだけのものなのか? あのエリクサーとやらって」


 シンジケートのトップが直々に競りに参加。これはもう尋常ではない。馬鹿げた落札価格と大物すぎる参加者。そんな状況が重なれば、否が応でもあの秘薬のような何かの格が詳らかになると言うもの。デュールがそう解釈してしまうのは、まっこと自然な帰結であった。


 まさか、まさかまさか。あのノウェムが、生粋のゴシップ好きの道楽趣味の持ち主で、ただ「面白そうだから」という理由で競りに参戦した真実になど思い至るはずもなかった。


「さあ、私を愉しませて頂戴。素敵なおじさま」


 そう言ってノウェムが指を弾くと、会場の照明が一段暗転し、二つのスポットライトがノウェムとバルサモに当てられる。すなわちそれは、ノウェムがバルサモに対して正式な一騎打ちを挑んだことを意味していた。


 このオークションにそのようなルールは無いのだが、そんなことはもはや知ったことではない。仮にもクレイマンズハウスはシンジケートが手掛ける一興業。彼女の粋な計らいを汲み取ったクレイマンをはじめとする会場のスタッフたちが、言葉を介さないまま、各々がよりふさわしいと考える勝負の場を整えたのだ。


 ──いいだろう。どこの誰かは知らないが、不老不死の妙薬の持つ真の価値を知るバルサモが、ただの札束の殴り合いごときで諦めるなどありえない。決然たる眼差しに炎を灯したバルサモがステッキを点灯させ、落札額を吊り上げる。


「四千万」

「四七〇〇万」


 しかしノウェムは余裕の笑みのまま、ほぼ反射的とも言える速度で上を行く。五百万ではなく七百万という上乗せ額は明らかにバルサモを試している。ここでもしバルサモが百万程度の少額でチキンレースを始めれば、次の瞬間には更に大きな額でノウェムはこちらを仕留めにかかる。どうあっても先に五千万の大台に乗せたい腹づもりだ。


 全く、安い挑発だ。ノウェムの意図を察したバルサモは、即答でも熟考でもない絶妙な間を置き、あくまで平坦にステッキを掲げた。


「五二〇〇万ミスル」

「へえ……」


 競りが心理戦の様相を呈し始めたのを感じ取ったデュールが、本日初めて嫌悪以外の感情を抱いた。

 上手い手だ。落札額こそノウェムの提示した値より小さい額ではあるが、先ほどと同じ金額でレイズしてペースを維持しつつ、なおかつ最低限大台には乗せる。相手に底を悟らせない意味でも理に適った選択と言えた。


「どこの誰だか知らんが、あのオッサン見た目に違わずなかなかふてえ野郎だぜ」


 そんな風に、デュールが両者の趨勢を占っていると、慣れない足取りにさらにぎこちなさを足した様子のアンが、額に汗を浮かべながら歩いてきた。


「なんだよ、アン。そんな小便漏れそうな面して」

「漏れそうなんだよ。マジでもう先っちょまで来そうなの。なのに防犯上の都合とかで競りの間は外に出られねえんだ」

「おっと……」


 先っちょとは一体どこを指しているのやらという邪推はさておき、アンは結構本気で焦っているようだった。

 しかし悲しきかな、この場で彼女がいくらデュールを頼ったところで、彼には会場内のロックを解除する手段の持ち合わせがない。


「我慢しろ。どの道そう長くはかからねえさ。俺の見立てじゃ、この競りは一億かそこらが勝負の分水嶺だ」

「一億でも一兆でもどっちでもいいっつうの。こちとら一生の恥が懸かってんだ」

「ならせいぜい気張るんだな」


 薄情にもそう言って、デュールはタバコに火を付けた。もはや言っても無駄と判断したアンは、尿意を堪える顔に怒りを滲ませ、悪態をつきながら踵を返す。


「ケッ、何だよ。デュールのアホ。死ね! こんがり野郎」


 言いたい放題のアンをよそに、デュールは再び競りの様子に目を向ける。バルサモが釣り上げた落札額は五二〇〇万。老獪な手管でうまく自分のペースを維持したかの者に対し、果たしてノウェムはどう出るか。


 ノウェムのステッキが妖しく光る。伸るか反るかの攻防の中で、彼女が次に提示したハンドサインにまたしても会場がどよめき、興奮冷めやらぬドットのトーンがボルテージを上げる。


「六千万だ! 順当に額を積んだバルサモに対し、大胆にもオーナーが次の大台に乗せやがったぞ! 一体どれだけの余力を残しているのか、全く底が見えない!」


 七百万の次は八百万。先のレイズ額と比較的近い数字を出しつつ、バルサモにとってより苦しい選択だ。勝負を決めるにはまだ控えめな上乗せというのが、まったくもって狡猾と言わざるを得ない。仮に次もバルサモが五百万刻みのペースを維持しようものなら、ノウェムはすかさず九百万で応じてくるに違いない。そうなってくると、バルサモの安全策の雲行きも怪しくなってくる。


 だが、それとは別にバルサモの脳裏には別の問題が生じていた。それはこの競りをどう制するかの思案と、ほぼ同じくらいの質量を帯びた懸念要素──そう、彼はあまりにも目立ちすぎていた。当初の計画ではなるべく早期にエリクサーを競り落とし、そのまま正体不明の男としてさっさと会場を出る腹づもりでいたのだが、こうも拮抗してしまってはその計画も下方修正を余儀なくされた。


 無論、その修正された計画の中にでさえ、「撤退」の二文字はありえないのだが。


 バルサモが六五〇〇万を──そしてノウェムが七四〇〇万──

 


 ──やはりだ。ノウェムの提示額が百万ずつ上がっていく。おそらくは少しずレイズを増やしつつ、心理的にプレッシャーを掛けるのが狙い。バルサモが次も変わらず五〇〇万を上乗せすれば、彼女は満を持して一千万のレイズを仕掛けてくるに違いなかった。


 だが、そうはさせない。バルサモは先の五百万に加え、おそらくノウェムが次に積むであろう一千万を足した一五〇〇万ミスルを上乗せした。


 これで合計落札価格は八九〇〇万。一億の大台を目前とした競りに会場の熱気がまた一段上がった。


 さあ、どうする。勝負に出たバルサモの入札が、重いプレッシャーとなってノウェムにのしかかる──階段式に入札額を吊り上げていったノウェムの思惑はこれで崩れた。果たして、ノウェムの入札はいかに。


「──九千万ミスル」


 それは、誰の眼にもノウェムの失速と映ったであろう。段階的に入札額を上げていたノウェムが、ここに来てその法則を崩した。九千万の大台に乗せたのは紛れもなく彼女の方なのだが、勝負の趨勢はバルサモに傾いたと誰もが思ったに違いない。

 そしてバルサモ自身、ここが勝負の仕掛けどころであると確信した。今こそがオール・インの絶好のチャンス。ここで一気に勝負を決めるべく、バルサモのステッキが煌々と輝きを放った。


「一億二〇〇〇万」


 その時、会場の空気が一瞬にして沸騰した。これだけ巨額の金がこのオークションハウスで動くことはめったにない。この謎の老人が何者であれ、今宵の主人公はまさにこの男であると、誰もが確信したに違いなかった。


「すげえ……すげえぞ! 一億二〇〇〇万! なんということだ。我がクレイマンズハウスの歴史の中で、間違いなく三本指に入る入札額だ! これは決まったか? 決まってしまうのか!? 不老不死の秘薬をその手に掴むのは、本日初参戦のバルサモになるのか!?」


 ドットがこれでもかとばかりに観衆を煽り、熱狂を煽る。まるで燃え盛る炉に酸素を運ぶふいごの様に、煽って煽って煽りまくる。

 

「さあ、さあさあさあ、さあ! 一億二〇〇〇万、一億二〇〇〇万です。よろしいでしょうか。今宵この時、古より伝わりし不死の霊薬エリクサーを、このDr.バルサモが手に入れることに異存は無いでしょうか! さあスポット! その光をノウェム様に!」


 ドットのコールに合わせ、照明係がノウェムにライトを当てる。勝利を確信したバルサモの顔から、深い思案に耽るかのような美貌に光が移り、ノウェムの思考に猛烈なプレッシャーが伸し掛かる。伸るか反るかの瀬戸際で、水底の青を思わせるノウェムの瞳に瞼が被さり、閉じていった。


 あるいはそれは、勝負を降りる諦観の眼差しに映ったかも知れない。バルサモが勝利を確信した──次の瞬間であった。


「…………え?」


 その疑問符が誰から発せられたものだったのか、もはや判然としない。無言のままに掲げられたハンドサインは、この場にいる全ての者から思考と言葉を奪い去っていた。

 その意を完璧に理解していたのは、この天上天下においてただ一人。バルサモが罠に掛かる瞬間をずっと待ち構えていたノウェムだけであった。


「──二億。二億ミスルよ」


 それは紛れもなく、確実な勝利の一手。段階的に入札額を吊り上げ、そのルールをバルサモ自身に察知させた。人間は自分で気付き見知った情報の価値を過大に評価し、あたかもそれが重大なものであると誤認する。ノウェムは自分の入札のターンが来るたびに百万ミスルずつ額を上乗せし、いずれ一千万という入札が来るとバルサモが予測するように誘導。ノウェムの意図を挫くための大量入札を促す。

 だが、それこそがノウェムの罠。直後に九千万の大台に乗せると見せかけた少額入札を実行し、ノウェムはバルサモのシミュレーション下にある理想的な敗北シナリオを再現。これによりバルサモは完全に勝利を確信し、全額投資によって一気に勝負を決めに来た。


 まだノウェムが余力を残しているかもしれないという可能性よりも、バルサモは自身の「気づき」の価値を過大評価し、勝負どころを完全に見誤った。そうして全弾を撃ち尽くしたバルサモの勝機を完全に打ち砕く一撃を、最後にノウェムが叩き込んで勝負を決したのだ。


 無論、こんなのは勝負が決まった後でようやく気づくものであり、そこで何を分析しようが、所詮は岡目八目の論評に過ぎない。重要なのは、この針穴を通すような博打を躊躇なく実行するノウェムの大胆さだ。


 完全にノウェムに食われる形で敗北を喫したバルサモは、しかして実に静かな佇まいであった。ただ、黒檀の杖を握るその手には、爪が割れんばかりの力が込められており、悔恨と屈辱が今にも滲み出さんばかりであった。


 ──このままで終わると思うな、汚れた街の死人共め。


 そう、オークションでノウェムに負かされて尚、依然としてバルサモの選択肢の中に撤退の二文字はありえなかった。


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