番外編 異能の姫巫女2
2人は抜き身の剣を下げて向き合っていた。
と思ったら女が消えた。
少なくとも、ドミーにはそう見えた。
次の瞬間、凄まじい金属音が鳴り響き、ドミーはびくっと飛びあがった。
見えないほどに早い女の手数を男が全て受ける。
ドミーはその光景に目が離せない。
2人の殺気に喉が干からびる。
空気を切り裂く2人の太刀筋はそれほどに凄まじく、気迫に満ちている。
それでいながら2人の切っ先は、互いの紙一重のところを狙い抉っている。
攻め手が加減しているのか、受け手が攻撃を予測して避けているのかまったく読めない。
互いの攻撃を紙一重でかわしながら、すかさず攻撃に転じているのだ。
誰がこれをあらかじめ決められた動きだと思うだろう。
2人とも全力を尽くして相手を殺そうとしているようにしか見えない。
ぎいんと刃の鳴る音が辺りに鳴り響き、大気を震わせている。
骨の髄まで響き渡る凄まじさだ。
あらかじめ決められた事だと分かっていても恐ろしくなる。
正真正銘の殺気がひしひしと伝わって来る。
2人が決めた型は1つでは無かったらしく、目にも止まらぬ速さで斬り合っていたかと思うと急に走り出した。
すばやく走り回り、勢いをつけて剣戟を交わす。
寸前でかわしているといっても、互いに真剣を使っているのだから1つ間違えれば大怪我をする。
さらに今度はぱっと離れ、距離を取った。
その表情はどちらも恐ろしく険しい。
一分の隙も無く相手の隙を窺っている。
ドミーはごくり、と息を呑んだ。
2人の身体から噴出す闘志が見える。
離れたところに立っているというのに、その気迫に圧倒される。
重圧でその場に膝を突きそうだった。
やがて2人はじりっと足を踏み出した。
それはどんどん変化していき、風のような早さで相手に迫る。
すれ違いざまの一瞬に刃が交じり合い、走り抜けたと思ったら振り返ってもう一撃。
演技だと分かってはいるものの、ドミーは震えを隠せない。
そんなドミーが脂汗で濡れつくし、動悸が激しくなったころ、剣戟の音が止んだ。
2人が剣を納め、ドミーのところへやって来る。
2人とも汗でびしょびしょに濡れていた。
「ドミー、どうだった?」
「今のが完成体なの!」
2人の男女、カイルとシルヴィアが笑いながら聞いて来る。
先ほどまでの殺気が嘘のようだ。
「ああ、すごくよかった」
「そうだろー!なんたって俺とシルヴィは相性抜群だからな!!」
「うん!こんなに信頼して思いっきり出来るのは兄上だけだよー!!」
そこでお互いの名前を叫び抱擁する、バカップル兄妹。
そんな2人にあきれた視線を送る一方、先ほどの殺陣を思い出し、冷や汗がでる。
カイルとドミーは実力で言えば互角だ。
しかし、ドミーが先ほどのカイルのように出来るか、と聞かれれば答えは否だ。
お互いに信頼し合い、呼吸を合わせてするからこそ出来ること。
誰でも簡単にはいかない。
しかもカイルとシルヴィアの体格の差では本来ならば到底できるものではないのだ。
それをやってのける2人に賞賛を向けると同時に恐怖も覚える。
「今のが今度の儀式の殺陣な!シルヴィがこの後に舞う踊りも最高だから楽しみにしてろよ!」
「なんだ、今踊ってくれないのか?」
「当たり前だ!!シルヴィは俺が独り占めだ!」
「・・・・・」
高らかに言って、シルヴィアを抱きしめぐりぐりと頬擦りするカイルはシスコン以外の何者でもなかった。
目のやり場に困り、視線を下に落とすと、何やらカイルのポケットからはみ出していた。
引っ張ると、出てきたのは新聞。
ドミーは思いため息を吐き、カイルはあちゃー、と顔を覆った。
「カイル・・・また集落を抜け出したのか?この文字は・・・英語だな。アメリカか?」
「いんや、金もないし、飛行機乗らんといけないだろ?すぐそこの道にでたら観光客かなんかが捨てていったのがあったんだ」
「お前なぁ、それがどんなに危険なことか分かってるのか!?」
「ごめんって。でもすっげー面白いこと書いてるから見てみろよ」
「ったく・・」
文句を言いつつもドミーだって他国のことに興味があるのは確かだ。
新聞を広げてみると、そこには他分野に渡るニュースが書かれていた。
そして株のページで何故か丸印が入ったところがあり、ドミーはカイルを睨んだ。
「・・・またシルヴィアに株の山張らせてんのか」
「いやー、だってシルヴィが予想するやつ絶対金になるしさ。いいだろ?実際その金で一族が潤ってるんだからさ」
「・・・まぁそうだが」
一族の伝統や血を守っているつもりでも、こうして外界の変化に左右されている部分もある。
新地開拓か知らないが、森が削られ、食べ物が減り、水が汚れ、買わなくては安全な物が手に入らなくなってしまった。
カイルとドミーは一族に内緒で街に出かけることがしばしばある。
世界の動きを知り、移動に適した場を選ぶためだ。
しかしその度にカイルが「シルヴィを連れて来てやりたい」などと言うので、カイル1人で行かせるのは怖い。
もし、カイルがシルヴィアを連れて逃げ出したら?
それは一族の崩壊と滅亡を示していた。
一族の者達の精神状態はすでにピークに達している。
とても危うい均衡を保っているのだ。
そんなときに縋りつく者を無くせばどうなるか、考えただけで怖い。
シルヴィアのことを考えれば開放させてあげたほうがいいのは分かる。
しかし、シルヴィア1人のために皆が駄目になってしまうことを考えれば、少ない犠牲だろう。
そんなことを考えていると、何かゾクッとするような冷たい視線を感じた。
シルヴィアだ。
その冷め切った瞳はまるでドミーの頭の中を見透かしているようで、目を逸らした。
今考えたことをカイルに知られたら殴られるだろうな、と思う。
だって、ドミーは皆のためにシルヴィアが犠牲になることを享受しているから。
シルヴィアのことを頼っているから。
シルヴィアがまだ5歳の子供、しかも女の子であることを忘れているから。
シルヴィアが自分達と同じ、人間であることを忘れているから・・・。
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儀式が行われる前に集落の移動を先にすることが決まった。
理由は集落付近で、最近2人以上のよそ者を見かけたから。
そして、運命の日は訪れる。
銃を前に、今だ剣と拳しか攻撃手段をもたない一族は壊滅した。
皆、死ぬ時に姫巫女、と叫んで死んでいった。
姫巫女、と言えば助かるとでも思っているのだろうか?
姫巫女が助けに来てくれると?
皆馬鹿だ。
そして愚かだ。
姫巫女は誰だ?
そう、シルヴィアだ。
自分達より明らかに10以上にも年下の小さな女の子だ。
まだ、産まれてから5年しか生きていない小さな可愛い、ただの女の子。
皆、シルヴィアをシルヴィアだと思っていない。
ドミーは今更ながらに気づいた。
カイルとドミー以外に、シルヴィアの名前を呼ぶ者がいないことに。
皆にとってシルヴィアは’姫巫女’以外の何者でもないのだ。
’姫巫女’と言う名の一族の生き神。
(そうか、シルヴィアは背負っていたんだ)
あの小さな肩に、一族全ての重みを。
一族全ての願いを、思いを、そして命を。
何て事をしてしまったのだろう。
大人が支えるべきだったのに、逆に支えられ、縋りついた。
何て醜いのだろう。
弱い自分達が情けなくて、涙が出た。
視界の端にカイルを捕らえる。
(せめて、2人だけでも生き延びてくれ)
カイルだけは絶対に殺させない。
だってシルヴィアの幸せはカイルのはずだから。
カイルがシルヴィアの元へ駆け出していくのを確認して、盾になる。
身体に無数の銃弾を喰らい、穴が開いて、そこから血が流れた。
(もう、少しだけでも)
時間稼ぎをしなくては。
カイルがシルヴィアにたどり着けるまで。
それがせめてもの罪滅ぼしだった。
いつの間にか倒れていて、男が馬乗りに跨っていた。
近づいて来るナイフに、もう恐怖すら感じなかった。
意識が朦朧とする。血を流しすぎた。
目にナイフが当たるのを感じ、そこで意識が途切れた。
あんなに練習した2人の殺陣がお披露目されることはなく、シルヴィアの踊りも結局見ることはできなかった。
(見たかったな)
しかし自分は死んでしまう。
それに、目が無くなってしまった。
それでも月がいつものように俺を見下ろしているのはわかった。
カイルは無事にシルヴィアを迎えに行けただろうか?
俺は願う。
いつも見守ってくれる、月の女神様に。
2人の幸せを。
一応これで終わります。。
書き足りなかったらまた番外編書くかもしれません。
ここまで読んでくださってありがとうございました。。
本編はちゃんとハッピーエンド予定ですので、本編もよろしくお願いいたします。。
本当にありがとうございました。。