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第七話「その巫女を、疑ってはならない」

 今年で十八歳。この世で一番きれいなママとこの世で一番かっこいいパパとの間に生まれた。

 市で一番頭のいい高校に通ってて、友だちもたくさんいる。

 そして、私は特別な存在。困ったひとを助ける正義の味方。

 みんなに愛される、信用される存在。


「――初めまして、私が〝未来視の巫女〟でございます」


 ◇


「生きているひとが『怪異』になることって……あるの?」


 姫眞(ひめなお)が不可解そうな顔をした。俺も最初資料に目を通した時一体どういう意味なのかわからなかった。

『怪異』とは基本、死んだ者の『想い』が変質したモノを示す。だが、中には『器』に入っている状態で変質――腐るモノがある。


「強い思い込みや暗示……己を中途半端に騙している奴が長い時間をかけて『怪異』になることもあるそうだ」

「……」


 話をしているうちに指定された場所にたどり着いた。

 そこは神社だった。真っ赤な鳥居と、竹林に囲まれた石畳の参道。そして入り口には二体の狐の像。

 ――よりにもよって狐か。

 俺が姫眞を伺うと、彼女は残念そうな顔をして首を横に振った。

 なにもいないよ、と彼女のオッドアイが語っていた。


「狐は使役しやすいのか?」

「さあね。俺たちは一応神様に近い位置にいたから、人間に使役されるというより()()()使役する機会のほうが多かった気がする」

「そうか」

「まあ落とされちゃったけどね」


 過去を回想しながら参道を歩く。竹林に覆われているからそれらしい雰囲気がしているものの、特段なにかがいるような気配はない。所詮はハリボテだ。段ボールの落書きと変わらないのである。


「〝未来視の巫女〟、か……」

「各方面ではそう呼ばれているな」

「でも大将や……その、紅凱(時計の旦那)みたいな絶対に外れない、とかいうやつじゃないんでしょ」

「いや? どうにも外れないらしい」

「えっ」


 参道を抜けるとひらけた場所に出た。巨大な日本家屋が目の前に現れる。大仰な正門をくぐり、玄関へ向かうと俺たちの到来を予期していたように、タイミングよく引き戸が開いた。

 中から現れたのは白と赤の着物を身に纏った、一見して巫女とわかる格好のふたりの女だった。

 少女と呼ぶには成熟しているので『怪異』の少女ではないのだろう。


「……ご連絡した水無川(みなかわ)です」

「承知しております。なかで巫女様がお待ちでございます」


 世話役と思われる女に案内され、俺たちは巫女様とやらがいる部屋へ向かった。

 襖には大きく真っ白なダチュラの花が描かれていた。

 雰囲気を出すなら桜だの椿だの使えばいいものを。よりにもよって()()()()か。


『巫女様、いらっしゃいました』


 ふたりが口をそろえて襖の向こうへ声をかける。その様子が見知った光景によく似ていたので、気分が悪かった。もったいぶるような、たっぷりとした間を置いて「どうぞ」という声がかかった。声がかかるのと同時に襖が開き、室内が露にされる。

 室内は薄暗かった。あちこちに蝋燭が立っていて、光源はそれだけだった。眼前に座しているのがおそらく巫女とやらなのだろう。背格好からして少女である。

 彼女が面と向かっているのはごちゃごちゃとした仏具の置かれた祭壇だった。

 案内役が行けと目で訴えかけてくるので、敷居をまたいだ。姫眞も室内に入るとすぐ襖は閉められてしまい、廊下から差す日の光が完全に遮断された。部屋が一段と暗くなる。


「――どうぞ、そこにお座りください」

「……」


 促されて用意されていた座布団に正座をする。巫女は振り返らない。

 ここでしてはならないこと、それは『巫女の言葉を疑ってはならない』ということ。

 つまり、俺はこの()()()()()()()()()()()()ということだ。


 ◇


 少女は振り返った。くっきりとした二重の目に、少し分厚い唇。通った鼻筋と整えられた眉毛。なるほどテレビに出るだけはある――きれいな顔立ちだった。まあ、どんな美麗なものも姫眞の前では薄れてしまうから、比較的きれいな方だという印象しか残らないのだが。

 この世の美の体現とはすなわち、姫眞だ。ゆえにそれと並ぶような存在はどこにもない。たとえ彼女の妹であっても、だ。

 閑話休題。

 彼女の名は事前に調べてあった。朝川(あさかわ)あかね。聞いていた年齢よりずいぶん若いが、『怪異』のせいだろうか。

 巫女の力に目覚めたのは高校に上がってすぐで、友人に降りかかる災厄のすべてを事前に予知したらしい。その後大規模な災害についても言及する様が取り沙汰され、ネットニュースを賑わせた。以降もずっと彼女の予知があらゆる方面において当たるので、マスコミが騒ぎ始めたという。

 しかしメディア露出が増えると、当然批判的な者が内外に現れる。


 ――予言は嘘、それらしいことを言っているだけ。


 そういった誹謗中傷に対し、彼女は罰を与えた。

 愛妻家を謳っていたとある芸能人は多重不倫をすっぱ抜かれて職を失い、ある評論家は自身の著作に盗用が判明し出版停止。今度の活動に大いに影響が出る結果となった。

 そういったことが芸能人問わず、彼女の言動に異を唱えた全員に――ネットの書き込みにすら――降りかかった。そのどれも、人生が破滅するほどだった。

 結果、『彼女の予言をわずかでも疑う者は例外なく罰せられる』という噂がつくようになって、彼女の未来視を疑う声は鳴りを潜めつつあった。今や小娘の言うことを聞かぬ者はいない、とまで実しやかに囁かれている。

 渦中の人物が眼前で笑った。


「初めまして、私が〝未来視の巫女〟でございます」


 恭しい敬語で小娘は言った。

「私は」としゃべろうとして小娘は手で遮った。なんだ、ひとがしゃべろうとしているところに。


「――水無川菊臣(きくおみ)様と月名(つきな)(あゆむ)様」


 名前を言い当てた、と何も知らぬ者はそう思うのだろうか。

 そんなことは調べればわかることだ。大体会う約束を取り付けたときに名乗っているのだから知っていて当然である。


「……はいそうですが」

「ふふふ、失礼。癖なんです」

「はあ……癖、ですか」

「ひとの名を言い当てるのが」


 得意げに笑う小娘に俺は溜息をつきたくなった。

 ()()()()()()()を目の当たりにしているからか、小娘の言動すべてが滑稽に見える。

 巫女というより道化師のようだ。


「それで、如何なお悩みで私を頼りに?」

「ええ、あの」

「あ、ちょっと待ってくださいね」


 だからなんでいちいちお前は俺の言葉を遮るんだ。

 俺は苛立ちを覚えつつも大人しく口を噤んだ。

 小娘は祭壇から仏具をひとつ手に取ると、俺の前に掲げた。それは錫杖だった。


「言わなくても結構ですよ。私には視えますから」

「……」


 じゃあなんで聞いたんだ。

 言わずに胸の中に押し留める。


「……ええっとこれは……ふうん? へえ?」


 ふむふむと言いながら小娘は錫杖を振っている。しゃらしゃらという涼やかな音色は懐かしかった。

 暫くして小娘は錫杖を置いた。それからすっと目を細め、俺を見つめた。


「……菊臣様、あなたは」

「はい」

「――浮気、されていらっしゃいますね?」

「……は?」


 一番ありえないことを言われて俺は思いっきり顔を歪めた。

 ――俺が浮気? 誰と? なぜ?

 俺が絶句しているのをいいことに小娘はさも真実かのようにでたらめを話し始めた。


「菊臣様はここにいる歩様以外にもお付き合いされている方がいらっしゃいます。しかもかなりの数ですね、これはひどい」

「……」

「何度もホテルに出入りする様が視えます……」

「……」


 姫眞も呆れているようで無言だった。

 俺も「馬鹿な」とか「そんなわけがないだろう」とかいう否定の言葉が出てこなかった。

 根も葉もない嘘であるから。

 必死に否定すればするほど小娘の予言は過熱するであろう。しかし、疑っていることを前面に押し出さなければ『異界』への扉は開かない。

 不承不承だったが俺は口を開いた。


「全くの出鱈目ですね」

「え?」

「あなたの言うことはすべて嘘です」

「……なぜ、そうお思いに?」

「なぜって……嘘だから嘘だと言っているだけですが」

「……」


 小娘の顔から表情がなくなった。真顔である。

 しかしその中に動揺している様子はなかった。寧ろ、


「……そんなことをおっしゃってよろしいのですか?」


 と煽ってくる始末だ。

 俺は煽られるのが好きじゃない。


「どういう意味ですか」

「私の言動を疑うとどうなるか、ご存じないのですか?」

「知っていますよ、罰を受けるんでしょう。――それも、私は信じておりませんが」


 非科学的だ、と言っておいた。ダメ押しだった。

 すると小娘は楽しくてたまらないという風に笑いだした。腹を抱え、しまいに大声を上げて。

 その瞬間、ぐわんと三半規管が持っていかれる。『異界』に入ったのである。

 ――このタイミングで?


「いいですよ、そう思いたければ思って。あなたの人生滅茶苦茶になりますけれどねえ?」


 勝ち誇った顔で小娘が言う。

 俺の人生なんざもとより滅茶苦茶だ。それがさらに混沌を増したところで俺にとっては心地が良い。

 上等だ、どんな罰を寄越してくれるんだ。甘んじて受けてやろう。


「――呪われるがいい」


 怨嗟の言を放ち、巫女は笑った。


 ◇


 さて、どうするか。

 あの後すぐ部屋を出ていくよう言われてしまい、拳銃を取り出せなかった。生きている者に対して銃は有効なのだろうか。

 俺は腰のホルスターを触りながら、正門の前にいた。

 肝心の正門はぴしゃりと閉じられている。ここは相手に有利な場所なので当然のように何をしても開かなかった。


「旦那、どないすん? これってまだあの子の創った『異界』の中なんでしょ?」

「ああ、そうだな。まったく、よりにもよって俺が浮気するなどと……」

「まあ半分くらい真実じゃない? 俺と出会うまではとっかえひっかえだったんやろ」

「心外だな、俺から誘ったことはないぞ」

「それはつまり誘われてたら受けていたってことじゃん」


 断ると食い下がっている奴もいたから面倒だっただけだ。

 得にならない関係性など切り捨てるに限る。


「で。マジでどーすんのこれ。ずっと待ってんの?」

「……そうだな」


 策を練っているところに突然ジャケットの内ポケットに入れていたスマートフォンが着信を告げた。こんなときに一体誰が、と考え、即時その可能性を切り捨てた。

 ここは『異界』だ。外から連絡など来ようはずがない。つまり、この連絡は。

 俺はディスプレイされた名前を見た。やはり、知らない女と予測される名前だった。


「……もしもし」


 電話に出ると間髪入れずに、


『あなた今どこにいるの!?』


 というヒステリックな女の声が答えた。うるせえ。


「……耳元で喚くな、お前は誰だ」

『誰……誰ですって? ひどい……そんな……っあんなに愛し合ったのに』

「すまないが、興味のない女の名前なぞいちいち覚えちゃいない。名乗れ」

『なにそれ……一夜限りだっていうの? 愛しているって……君だけだよって……言っていたじゃない』

「誰だそれは、人違いじゃないのか。褥でそういうことを言う奴を気軽に信用しないほうがいいぞ、たいがい嘘だ」

「あんたが言うのかそれ」


 姫眞の突っ込みが入った。

 一夜限りである以上、遺恨がないように「この関係はこれっきりだ」ときちんと宣言するし、口が滑っても「愛している」も「好き」も言わないし、加えて口づけもしないことを事前に伝える。それに了承したうえでなら抱いてやる。そう決めているのだ。


『……ひどい、ひどいひどいひどいひどい!!』


 耳元で叫ぶな。


「ああ本当にひどいな、お前を抱いた某は」

『ひどい……ゆるさない……ぜったいに、ゆるさない……』


 恨み言を垂れて電話は切れた。切れた途端に再び電話がくる。違う女の名前だった。


「はい」

『菊臣ぃ~! どこにいるのぉ? 真奈美(まなみ)ぃ、まちくたびれちゃった』

「……」


 甘えるような声が不快だったので切った。

 切るとすぐさま別の女から電話がかかってくる。その後も切るたびに別の女の名前がディスプレイされる。傍目から見れば本当に浮気しているように思われるだろう。


「旦那、これって」

「――()()()()()()()()()、ということか」


 俺はもう電話に出ることをやめ、鳴るたびに切っていた。着信履歴に多種多様な女の名前が羅列された。十回ほどそれを繰り返して俺はスマートフォンの電源そのものを落とした。


「口から出まかせを言って嘘だと言及すると、それを強制的に真実にする……あの少女の『怪異』の正体だな」

「たしか、文句言うひとのほとんどが不倫すっぱ抜かれて社会的地位失ってるんやったよね?」

「ああ」

「まあ一番ひとが動揺しやすい話やし、話題になりやすいネタだね」

「しかも一度嘘だ、でまかせだ、と言っているからな。印象も悪くなりやすかろう」


 一度否定した事柄が、実は本当だった。

 それがわかった時の世間の印象など火を見るより明らかだろう。狡猾に己の過ちを隠したと思われる。

 スマホの電源は切ったので静かになったと思いきや、今度は参道の向こう側からひとの声が聞こえた。段々と迫ってくるそれはカメラを携えた撮影クルーの軍団だった。


「……マスコミか」

「旦那ってば芸能人やったん?」

「一度だけ雑誌の取材を受けると芸能人になれるのか?」

「いや、雑誌の取材受けてんのかいっ」


 二度目の突っ込みだった。小気味いい。

 後方に土埃を幻視する勢いで軍団は俺へ迫ってくる。各々のマイクやボイスレコーダーを向けて口々に「複数の女性と不倫していたという報道について一言お願いします」だの「事実なんですか」だの「隣にいる彼女も!?」だの「奥さんを愛しているというあの発言は嘘だったんですか」だの聞いてくる。

 あの発言ってなんだ、あと非常に眩しいんだが。


「……っち、鬱陶しいな」

「えっ!?」


 暴言を嬉々として録音しようとするマスコミたち。

 俺は嫌になったのでホルスターから拳銃を引き抜き、発砲した。すると銃弾を受けた軍団は煙のように掻き消えた。


「えっ消えた?」

「……まあ、そうだろうな」


 ここは『異界』なのだから、現れるすべてが『怪異』の断片である。

 銃弾で祓い清められないわけがない。


「正門は開かないな」

「開かへんねえ」

「どこか裏口のようなものは……ん?」


 ひとりごちて天を仰ぐと、曇天の空から何かが降ってきた。

 雪かと思ったが違う。長方形の紙だった。

 落ちてくるそれを手に取って確認したところ、写真だった。

 俺と見知らぬ女がホテルやレストランで仲睦まじく寄り添っているのを様々なアングルから盗撮したものである。


「うわあ、すげえこれ。合成にしちゃよくできてんね」

「……合成ではないだろうな」


 これもまた、歪められた真実である。

 薄気味悪い笑みを浮かべて女の手を握っている俺。女の腰に手を回し、ラブホテルに入っていく俺。車の助手席に座る女の頬に口づける俺。路上でキスする俺。――路上でキスなぞしたらそりゃすっぱ抜かれるだろうが、危機感なさすぎだろ。

 不貞の証拠がこれでもかと降ってくるが、姫眞は楽しそうだった。


「ねーねーこの顔! この笑顔、なかなかブキミじゃない? あ、あとこれもにやにやしててすけべっぽい! でもさあ、実際豪縋(ごうつい)さんこういう顔しているときあるよねー!」

「……そんな顔してないだろ」

「してるよー! ま、自分の顔は自分じゃわからんもんねー 記念に何枚か持って帰ろうかなあ♪」

「やめろ」


 なんの必要がある。

 言おうとしたその時だった。正門が開いて中から小娘が飛び出してきた。

 額に汗を浮かべて、必死の形相である。


「な……なんで?」

「何がだ」

「なんで……っ、動揺してないのよ!? 普通動揺するでしょ!?」

「俺の感性はひとと違ってイカれているのでね、この程度で心を乱すことはない」

「はぁ……!?」


 小娘は理解できずに白黒させている。


「意味わかんない……ここまでして、どうして私の事を信じてくれないのよ……!?」

「信用するものなにも、最初っから本当の事なんて言うてへんやん自分」

「……へ?」


 姫眞が写真を選別しながら言った。正論である。

 しかし小娘はなおも理解していなかった。


「嘘っぱちを本当にしたところで()()()やって。まあ、嘘から出た実、なんて言葉あるけど。でも自分のはずーっと嘘やん。嘘を無理矢理本当にしているだけでしょ?」

「書類に書かれていることを根拠もなく自分の都合だけで書き換えたらそれは不正だぞ小娘。高校にまで行っているのにそんなこともわからんのか」


 俺が姫眞の言葉に付け加えると、小娘は唇を戦慄かせ始めた。

 そんなことを言われると思っていなかったという反応だった。真実言われたことなどないのだろう。

 本当を捻じ曲げられた数多の人間たちは全員最終的には彼女の言うことを聞くようになってしまっているから。その中には捻じ曲げられた事実に耐えきれず、死を選んだ人間もいる。自業自得だ、と世間は冷ややかであったが。


「……ちがう、私は……っ、嘘なんか……()()()()()()()()()()……」

「もうその言葉も嘘やんな。自分、嘘つく才能しかあらへんのんなあ」

「ちがうっ、わたしは……うそなんか……」


 小娘は同じ言葉を繰り返している。

 うそなんかついてない、と何度も。自分に言い聞かせているようにも見えた。

 だがこいつの自問自答などどうでもいい。

 俺は仕事をするだけだ。


「このまま茶番に付き合ってやるほど俺たちは暇でもやさしくもない。ここいらで幕引きにさせてもらうぞ、小娘」


『怪異』は既にわかっている。小娘の背後、にやにやと笑みを浮かべる女ふたりである。

 どういう関係なのかわからないし、知る必要もない。

 照準が定まっているのならすることはひとつだけ。


「いやっ、やめてっ!! 私は」

「引き返せる場所で引き返せ。そうでないと」


 俺は指に力を込めた。


「――戻れなくなるぞ」


 もう遅いかもわからんがな。

 それは口の中で呟き、引き金を引いた。乾いた銃声と共に視界が晴れる。

 そこにあったのは呆然自失になった巫女の格好をした女と荒廃しきった神社だけだった。


 ◇


「小娘チャンは両親がいなくて兄弟姉妹もいなかった。学校にもなかなか馴染めなくてさびしくてさびしくて作ったのが架空のオトモダチ……〝イマジナリーフレンド〟ってやつだった……」


 姫眞が資料を読みながら考えに耽っていた。

 早い話が己の中だけで留まるはずの空想が、小娘自身の思い込みにより増幅し結果『怪異』になっただけという話だった。()()()()()()()()()()()()()ようだったが。

『怪異』は小娘がネットに書き込むことによって方々に広まり、同時に『異界』の領域が拡大してしまったらしい。『怪異』を祓い終わると〝未来視の巫女〟の情報はあっという間に立ち消え、不倫をすっぱ抜かれて芸能界を引退したはずの芸能人は何食わぬ顔でテレビに出てのろけを連発しているし、作品盗用疑惑の評論家もまた何事もなかったかのように執筆している。

 ただし、自ら命を絶った人間たちに関してはそもそも存在していなかったことにされていた。

 いかなる場合も覆らない事実。


 死んだ者は二度と戻ってこない。

 ――()()()()()()()、執着が強くなければ。


 だがそうやって生き続けても、ひとの形を保っていられるとは限らない。そして、三度も繰り返した俺たちは永遠に死ぬ機会を逸してしまった。

 輪廻を無理矢理捻じ曲げた結果だった。


「そっか、俺たちも死人なのかあ」

「『器』は既に砕かれている……ここにあるこれは『()(しろ)』に『執着』を詰め込んだ、いわば人形のようなものだな」

「そういう難しい話はヨソでやっておくれやすー。……ま、俺は死んでいようが生きてようがどっちでもいいかな」

「え?」

「だってさーここにいるってことが全部、すべてじゃない? 結局ここにあるのがほんとう、でしょ? 豪縋さん」


 にっこりと、この世の美しさをすべて詰め込んでいながらにして、純真無垢な笑みを姫眞は浮かべた。

 俺は万年筆を置き、報告書を閉じた。こんなものはあとでもいい。

 今は、


「姫眞」

「うん? どったの豪縋さん。報告書おわ」

「今からお前を抱く」

「へ……へ!?」

「抱くと言ったら抱く。ああ、布団か? 少し待てすぐ敷いてやる」

「え、ありがとう畳は痛いからね……ってじゃねえわ、お風呂も入ってないしおゆはんだってまだやし、なにより疲れてないの豪縋さん……!?」

「疲れなぞ吹っ飛んだ飯も風呂も後だ今すぐお前を愛したい」

「近年稀に見る早口なんだが!? ちょ、……ま、まってってば……まってええ!!」


 待たない。もう待てない。

 そんな笑みを向けられては俺の理性は一秒だって持たん。

 ここにあるお前をすぐに感じさせてくれ、なあ姫眞。


 第七話〝ホンモノ〟了

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