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タブー~その男は今日も妻を愛でている~  作者: 可燃性
『〝いわくつき〟マンション』
13/14

第十二話「天上、局長室にて」

 狂輔(きょうすけ)さんに呼び出された。

 手早く着替えを済ませ、『管理局』に赴く。『管理局』に向かうのは基本的に俺ひとりである。だが今回は姫眞(ひめなお)も連れて来いとのお達しだったので連れている。

『局長室』に入ると、狂輔さんは「やあやあどうも~」と手を振ってきた。友好的な態度は注意である、ロクなことがないからだ。


豪縋(ごうつい)君」

「なんでしょうか」

「目つき悪いよ、(かや)みたい」

「……もとからです」

「そう? 閉じ込められたときの榧そっくりだよ」

「……」


 ――本当に底意地の悪い。

 母親である海津(かいつ)榧は仲間内でも厄介扱いされるほどに性格に難があり、電話一本するのでもかなり気を遣う。血が繋がっている事実を否定するつもりはないが、ここでそういう母親に似ているという発言をするのは挑発以外の何物でもない。

 狂輔さんは父さんと違って、俺が皮肉や冗談にきちんと対応するタチだとわかっているから、いちいち俺の神経を逆撫でするようなことばかりを言うのだ。

 ――まさか、そんなくだらないことを言うためだけに?

 俺はせり上がってくる苦々しい感情を押し殺し、彼女の言葉を黙って聞いた。


「お仕事順調なようでなによりだよ。まあ、『怪異』についてはまだまだあるから、お疲れ様は言わないでおくけれど」

「はあ、そうですか」

「ひとまず次の仕事がね、ちょっと大がかりなんだよね」

「大がかり……?」

「そう。――マンションがまるっと『異界』になっちゃっているんだよね」

「……はい?」


 俺は思わず上ずった声で返事をしてしまった。


 ◇


 所謂事故物件、だそうだ。

 そのマンションは安くない土地に建てられた、それなりに立派な代物だったそうだが、入居者が相次いで変死したためにもう誰も住んでいないらしい。――であれば既に取り壊されているはずだが、なぜだがそうされることもなく、マンションは今もなおその場所にあるという。

 維持費だって馬鹿にならないだろうに。

 その理由を狂輔さんが


「心霊マンションってことでいろんなマスコミがこぞって報道したらさあ、いいお金になっちゃったらしいよ。だからその土地の所有者が止めてんだって」

「……」


 呆れて物も言えなかった。

 姫眞が隣で「ええ……」と不可解を露わにしていた。


「今もなお動画配信者とかオカルト番組の取材班とかいろいろ出入りしているっぽい。だから入るのは簡単だよ」

「しかし、マンション全体が『異界』になっているということは既に禁忌は犯されている、ということですか? そんな状態で一般人が出入りして問題は?」

「あるよ。だから、今も立ち入った誰かがいなくなったりやばい死にざま晒していたりいろいろあるわけ。そのせいで結構やばい感じなんだよね~」

「……」


 先んじて処理すべき事案だったのでは……。

 まあ今更言っても仕方がない。

 念のため、『怪異』と『異界』の定義をもう一度頭の中で整理しておこう。


 ――置き去りにされたひとの『想い』が変質したモノ、『怪異』

 ――その『怪異』が生み出す領域、つまり『怪異』にとって居心地の良い居場所、『異界』

『怪異』は俺たちと同じで『外』にはいられない。だからこそ息をするのが容易い場所を己で生み出す。その場所に立ち入るための条件が、『禁忌を犯す』こと。

 マンションが既に『異界』になっている。禁忌は既に犯されている。

 ――一体、誰に?


「狂輔さん」

「うん?」

「禁忌が繰り返し犯されることで『異界』の質……のようなものが変わることはあるのですか?」

「あるよ」


 あっさりと狂輔さんは肯定した。


「なるほど……。つまり、そのマンションにとって『立ち入る』ことそのものが禁忌であり、その禁忌が繰り返し徒に犯されている。だから、そのマンションの『異界』は他と一線を画す、と」

「そ。お手本みたいな状況説明どうもありがとー」


 感謝の欠片も見られない言葉だった。

 ――だが、俺の考えはおおむね想像通りらしい。

 狂輔さんも意図して放置していたわけではなさそうだ。これまで俺たちが立ち入った『異界』、そしてそれを成すに至った元凶である『怪異』。いずれもさほど強敵とは呼べなかった。『鬼』の力を解放したのも、ひとえに面倒だったからである。

 今回は一筋縄ではいかないようだ。だから最短で処理できるものから選ばせた、ということだろうか。


「なんか勘違いしているみたいだけれどさあ」

「……なんですか」

「小生は別に順番とか気にしてないよ?」

「……」

「姫眞ちゃん」


 姫眞がきょとんとして、狂輔さんを見た。可愛い。小動物のような動きだった。


「あ、はい。なんでしょう?」

「小生が今回呼んだ理由はね、釘を刺すためなんだよ」

「はあ、釘ですか……」

「そう。君に」

「俺ですか?」

「そうだよ、姫眞ちゃん。君さ、同伴するのはいいけれど、()()()()()()()()()()()()。旅行気分なのかなあ? それじゃあダメだね、全然ダメ。進行状況は著しく悪いんだよ、まったくさ。――腑抜けてもらっちゃ困るんだよねえ?」

「……」

「小生が言いたいこと、わかるよね? 豪縋君」


 視線が俺に注がれる。

 狂輔さんの目に俺を非難する感情と挑発する感情がどちらも存在していた。すなわち、事実を言いながら俺の自尊心と同時に姫眞をも傷つけようとしている。

 ――仕事が遅い、伴侶と乳繰り合っている場合じゃないぞ

 ――甘えてばかりで仕事を滞らせるな

 というわけだ。

 激情が湧き上がるのを、奥歯を噛み締め、拳を握ることで抑える。ここで怒鳴ったところで相手の思うつぼである。


「……仕事の件に関しては、申し訳ございません。私の不徳の致すところでございます。……が、ただ」

「なあに? 言い訳? いいよ、小生は良い上司を目指しているから聞いてあげるよ」

「……姫眞は、私と旅行を楽しむ気持ちでついてきているのではありません」


 俺に対してはどうとでもいえばいい。

 だが、彼女に関しては駄目だ。俺は黙っていられない。


「彼女はきちんと成すべきことを成している。時には不出来な私の強力な助けになってくれています。ですから――」


 俺は『局長』を睨みつけた。口元の緩みは変わらない。にやにやと、腹立たしい顔である。


「彼女を軽んじる発言については、撤回していただきたい」


 何も知らないお前が、容易く俺のものを傷つけようとするのは許さない。

 姫眞が俺と旅行気分で来ている、だと? 馬鹿なことを。

 この子はしっかり己のすべきを見据えて俺について来てくれている。

 甘えているのは寧ろ、俺のほうだ。


 沈黙。それから。


「『局長』はんはほんにいけずなお人やな~」


 けらけらとおかしそうに笑う声が聞こえて、俺ははっとした。

 姫眞は、狂輔さんに言われたことなど気にしている風ではなかった。

 しまった、この子はそういう悪意に慣れている。余計な口出しをしてしまったか――と考えている最中、姫眞が俺を見てウインクした。


「蜘蛛やさかい、お外出られへんかて、そない意地悪言わんでおくれやす。引きこもると性格がじめじめするさかいしゃーないんやろうけど」

「……は?」


 強烈な物言いに俺も驚いて固まってしまった。


「たまにお日様浴びひんとねじれてもうて戻られへんよ、『局長』はん。俺にいけず言いひんで、お外出られたらどうおすか?」


 にんまりと笑って、姫眞はとびっきりの皮肉をぶつける。

 さすが『惡神(あくがみ)』の異名を与えられるだけある――というのは、少し意地の悪い言い方になるだろうか。

 狂輔さんも予想していなかったのが、頬が引くついていた。夫の雷龍(らいりゅう)さんが笑いを堪えているのが傍目に見えた。


「……へえ? 健在のようだねえ、『月光都(げっこうと)』?」

「どうですやろ。俺はもう旦那の妻やし? 寧ろ姉御に似てきとるんちゃいますか?」

「……榧は小生のことを拳で黙らせるタイプだよ」

「そっかーじゃあ違いおすな。腕っぷし弱いもん」


 シャドーボクシングをしながら言う姫眞は、可愛い。

 フォームが滅茶苦茶で、可愛い。


「ま、そゆことで。俺にイジワル言っても無駄だよ、局長さん。何を言われたって、俺は豪縋さんと一緒に行くのはやめないからね」


 突然真面目な顔になった姫眞は、真っ直ぐに狂輔さんを見つめて断言した。そして、「まあ」と言ってから嘲るように、


「安全圏から物言う様はほんとーに『カミサマ』って感じでいいと思うけれどネー」


 猛毒を吐いた。

 狂輔さんは完全に沈黙した。雷龍さんは――とうとう、声を上げて笑っていた。


「あっはっはっはっはっ!! 最高だねえお嬢ちゃん。いやー最高だ、狂輔の皮肉を倍にして返すやつなんざぁ……はははっ、ひー……面白ぇ……」


 雷龍さんはくるりと椅子を回転させてこちらを見遣った。相変わらず不健康そうな顔色で煙草を吸っていたが、その黄金の目は少年のような輝きがあった。

 机の上には山になった煙草の吸殻が見えた。


「はあ、まったく。狂輔、だから言ったろ。たとえお前ェさんでも『惡神』の名を冠した『月光都』にゃ勝てねェぞって」

「……むぅ」


 狂輔さんがふくれっ面を披露してくれたが、姫眞以外のそれを見ても俺の感情は微塵も動かない。

 ああ、そんな顔もできるんですねくらいの感想だった。


「あー……、すまんすまん。狂輔はよ、気ぃ遣ってんだ」

「気を……?」

「ちょ、雷龍……!!」


 このひとが? 気を遣う?

 明日は槍でも降るのか?


「この仕事を頼んでいるのはお前ェさんらしかいねェわけだからよ。万が一ふたりとも『怪異』に取り込まれて帰ってこねェってなったら事情を知るやつがひとりもいねェってなるだろ? だから少なくとも事情を知る誰かがこっちにいた方がいいだろってハナシなんだよ」

「……ああ」


 一理ある。

 俺はいかなる仕事内容も、一定の信頼が置ける他人以外には決して洩らさない主義である。仕事に関する情報には当然、機密事項が含まれているからだ。みだりに他人にしゃべるべきではない。

 ――とすると、俺がどこでなんの『怪異』に対処しているかを知るのは、傍にいる姫眞だけということになる。

 俺が仕事でへまをして帰ってこない、となった場合――安否を知る術が失われるかもしれない。

 それを狂輔さんは案じていたのだろう。


「なんや。せやったら最初から素直にそう言えばよろしおすに」

「こいつが言うかよ」

「……言わへんねえ」

「だろ? お前の仕事ぶりは想定以上だった、大変助かっている。――だが次の仕事はいかんせん規模が大きいからな、嬢ちゃんを連れて行くって前提なら、どこへ行って何を対処するかは上司として把握しておくべきだと狂輔は思ったわけさ」


 俺の所在をはっきりさせるためにわざわざ仕事を指定してきた、と。

 なんだ、意外に良い上司じゃないか。と俺が狂輔さんを見ると、彼女はいなかった。

 正確には机の下にもぐっていた。


「……狂輔さん?」

「……」

「穴があったら入りたい、ってこと?」

「ああ、なるほど……」


 それから部屋を出るまで、彼女は一度も顔を出さなかった。

 資料については雷龍さんから端末経由でもらうことになった。

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