第90話 お屋敷に到着とアリエさん達との別れ
門が開かれ敷地の中へ入っていくと、見事な公園のような芝生があり、やがて庭園に入り左右の離れに建物を見つつ、木の枠で出来た蔦の絡みついた幾十のアーチをくぐっていくと、もはや宮殿ではないかと思うような、非常に大きな屋敷があった。
その屋敷の前に馬車を止め、「車庫はこちらです」という衛兵らしき人に促され、「車庫に入れてくる。先に行ってろ」とリーグさんが言い、私たちは馬車を降りると、衛兵達とどうやら執事、メイドらしき人々を左右にさっきのフォスティー……どうやら、私の従兄らしき少年が、笑顔で私たちを出迎えた。
「命の恩人達、旅の一行よ。ようこそ、僕達フェンローゼ家の双頭牛宮へ。まずは護衛の冒険者の皆さん、執事のオーストに従って、身を休めてきて下さい。レニーナ達はこっちへ」という。
まあ、身を休める必要はあると思ってそこでアリエさん達に、「のちほどまたあいましょう」といったん別れる。
そして私たちは先導され案内されながら屋敷へと入っていくと、とても豪勢な玄関とホールがあり、従事しているらしい人々が10人ほど並んでいる。何だか居心地が悪いが、フォスティの家なのだからあまり文句を言うわけにはいかないか、と思っていると、リィズが少し驚いたように、「貴女も学習能力があるのね」という。私にだって学習能力くらいは確かにあるが。
やがて大きな部屋に非常に豪華な調度品に彩られた部屋に案内されて入ると、第二王女殿下とやらがローテーブルに置かれたお茶を飲みながらソファに座っており、入り口で「王女殿下、参りました」とフォスティが言うと、「やっと来たのだな!」と年相応に笑顔で出迎え、「よいよい、気を楽にしてまずは席に着くがよい!」という。
身分制度か、慣れ親しまないが、ある程度は文化として尊重しなければならない。王女の横にフォスティが座った後、私たちは一礼をするとソファに座った。
「さて、改めて怪我をした兵士達の治療、そしてわらわ達が襲撃に遭っている所を救ってくれて礼を言うぞ。感謝する。わらわは神聖ファース王国の第二皇女たるレメディ・クゥト・ラタ・アルティミウスという」と頭を下げ、隣のフォスティも頭を下げる。
「私は、ルピシエ州の州総監を務める父を持ち、また現在の王国政府の次席宰相をしている祖父を持つ、フォスティーラ・ルゥ・フェンローゼです」と、二人とも頭を下げるので、地球では王族、皇族が感謝の言葉を言うのも珍しく頭はなるべく下げてはならないはずなのだが、文化の違いかそれともそういった良い人柄なのか、と思いながら、どちらにしても礼を尽くされたのだからと思った。
「どうかお顔をお上げ下さい。僕は、エニシア州のウェスタ地区の護民官であったロイ・フィングルと、その妻のシェラ・フィングルのご息女であるレニーナ・フィングルをお連れした、家庭教師をしていたヨスタナ・フェブリカと申します。持参した書類をご一読されたかもしれませんが……」とヨスタナ師は、一端言葉を切ると、フォスティは言葉を引き継ぐように言った。
「シェラ・フィングルの旧姓がシェラ・ルゥ・フェンローゼ、つまり……僕の父の妹、叔母様であり、レニーナちゃんが従妹である、という事ですね……。事実確認のためにウェスタ市に今確認をとっているので、しばらくかかりますが、よろしいですか?」と尋ね、ヨスタナ師は「それは当然のことです」と答える。
「しかし……当家の当主、お爺様がどう反応されるか……」とフォスティは顔を曇らせる。「その……やはり、フェンローゼ家は結婚に賛成していなかったのですか?」とヨスタナ師が尋ねると、「当然です!」とフォスティは叫び、はっとすると「いえ、すみません、当然というのは、貴族の令嬢ですから、家出ということで、非常に色々と問題になったのです」と言葉を選びながら答える。
「当然、当家としての必死の捜索をしたそうですし、見つかった頃には既にロイ氏とシェラ叔母様は結婚していて、それでも二人が別れるよう、法的な手は取ったそうなのですが……」とフォスティは言い、続ける。
「護民官として法に基づきそれを争うロイ氏と、弁護人として最高護民官のクレイ・アロウド氏が立ち、その裁判は我々が負けたと聞いています。フェンローゼ家としては裁判に負けるなど、かなり異例の事だったそうです」という。
「ただ……僕としては、成人年齢にはシェラ叔母様は達していましたから父母、つまりお爺様の同意は必須ではありませんでしたし、『ロイ氏に誘拐され洗脳された』などという主張は到底通じなかったでしょう。貴族の義務に基づいて、というのは道徳論ですし、負けて当然の裁判だったのではないかと思います」とフォスティは納得しているかのように述べた。
「その後、貴族の子息子女の平民との結婚は父親の同意が必要である、という法律を、お爺様が奏上しましたが、とユースティア大神殿のエルシー大神官総長が『愛し合う男女に身分差をつけるのはユースティア様の御心に沿わず』と慈愛院によりその法案の成立に待ったがかかって廃案になり、今に至るわけです」とフォスティは言葉を切り、また続ける。
「お爺様はそういった事があったため、面子を潰され恥をかかされたと、その直接的な原因であったロイ氏とシェラ叔母様に非常に怒りを抱いており、当家では長らくその話題をするのはタブーとされていました」とフォスティはため息をつく。
「それではレニーナちゃんをお屋敷に上がらせる事は大丈夫だったのですか?」とヨスタナ師が穏やかに尋ねると、「分かりません」と答え、「お爺様は頑固ですから……ただ、使用人達には『王女殿下と私の命の恩人』とだけ伝えています」といった。
ところでアリエさん達が遅い。「あの、アリエさんたち、わたしたちの、ごえいのみなさんはどうしましたか?」と尋ねると、フォスティさんがその後が分からないような表情をして、尋ねるように執事……執事の中でも、立場の上らしき存在に「ホルト? その後彼らはどうしたのだ?」と尋ねると、彼は「冒険者諸君には十分な報酬と謝礼を渡しました。ご安心下さい」という。
「そうでなくて! そのあとにこちらに来ることになっていたはずですが?」というと、「そうおっしゃられても、冒険者は冒険者で、報酬と謝礼を与えた後は、やはり長く逗留させるわけにもいきませんし、帰ってもらいましたが……」と、押し隠しながらもかなり戸惑う様子だったが、「かれらはどこにいますか?!」と尋ねると、「お、恐らくは勝手口の方に廻っているかと……」というので、「あんないを!」と叫ぶ。
私たちがどたばたと急いで走り、「お、お客様、当家ではあまり走ることははしたなく……!」というので、「いいから!」と言うと、「はぃぃ」とホルトさんは言い、何度も角を曲がって調理場を過ぎ勝手口まで行くと、アリエさん達の背中が見え、「アリエさん、リーナさん、リーグさん!」と私が叫ぶ。
3人が驚いた顔でこっちを見たが、アリエさんが「レニーナちゃん様、お見送りに来て下さったのですか? ありがとうございます」と何事もなかったかのように微笑む。
「わたしたちはだいじょうぶですが、アリエさんたちも、いのちのおんじんなのに、こんな……!?」というと、「あはは、ありがとうね」とリーナさんが誤魔化すように笑うと、「ボク達は冒険者だしね、いつまでもお邪魔はできないよ。ご迷惑がかっちゃうしね」という。
私がどう言えばいいか悩んでいると、リーグさんも「冒険者とはそういうものだからな」と頷く。ヨスタナ師が「アリエさん達、ありがとうございました。残りの分の報酬です」と渡そうとすると、アリエさんは「実は私達は報酬を既に代わりに頂きました。決まっていた額の3倍ですから気にしないで下さい」と微笑む。
「それではこちらは次回依頼の際の指名料ということで。また今度よろしくお願いします」とヨスタナ師が微笑み、私も「よろしくおねがいします!」とぺこりとする。
「ありがとう……。名残惜しいけど、そろそろ行かなくちゃね」とリーナさんがいう。「ローゼクォートにいるので、よかったらあそびにきてください!」と私がいうと、「ああ、使徒レニーナちゃん様……! 感激ですぅ……!」とまた始まってしまう恐怖を感じると、「さあ、アリエ、行くぞ」とずるずると手を引っ張るようにして、リーグさんが引っ張っていく。
と、急に「申し訳ありませんでした。実はその……以前にあったことで、当主様が冒険者を苦手としているもので……失礼を致しました」と執事のホルトさんが頭を下げる。私は、なるほど、父の件があったら、それは警戒するかもしれないと思った。
アリエさん達は笑顔でホルトさんに「気にしないで下さい、お仕事ですから」といい、「未来の宮廷魔術師の護衛の座、よろしくね!」「レニーナちゃん様、またお話下さい!」「それではな」と3人が去っていき、手を振って見送った。
そしてさきほどの部屋まで、恐縮しながら案内してくれる執事のホルトさんは、「申し訳ありませんでした」と言ってくれたが、父の件があったら、そういう空気になっても仕方ないのだろうと思い、「わたしこそすみませんでした」とぺこりとして歩くとホルトさんは軽く驚いたようだった。




