第59話 衛視さん達とユースティア神官
市庁舎の入り口にはあのときの2人の衛視さんが既に待っていてくれたらしく、優しく微笑みかけながら私たちを迎えてくれた。その横に、黒い喪服のような僧服を着た、優しい表情のまだ10代後半の少年のような、聖職者風の佇まいの人が立っていた。
先生は「おはようございます、護衛を申し出て頂いてありがとうございます」と挨拶すると、私もまた慌てて「ありがとうございます、今日はよろしくお願いします!」と何とか衛視さんに伝えられた。
「おはようございます、フェブリカ先生、レニーナちゃん。馬車の準備の方はできているのですが、実は、こちらの男性が、ユースティアの神官だそうで護衛がおらず、同乗されたいと…。良いでしょうか…?」
そう初老の衛視さんが申し訳なさそうに尋ねてきて、先生は「もちろんです!道のりはまだ安全か分かりませんし、僕たちこそご一緒できれば、と」といい、私も「もちろんです!」と慌てて言った。
「それはありがち、では馬車なんですが、こちらの方です」と先導してくれて、衛視さん2人の後についていくと、市庁舎の裏に黒塗りの立派な馬車があった。
「ロイ護民官はこの馬車をあまり使おうとしませんでしたので、ご覧の通り綺麗なままです。あの方は本当に立派なかたでした」
そう、初老の衛視さんは寂しい表情で私たちを馬車の前に案内してくれて、「そうだ、私はクラムといいます。あっちの若い方はガイ。市庁舎の警備を任されています」とさきほどの表情を隠し、私と先生に微笑んで頭を下げ、私たちも慌てて「よろしくお願いします」と頭を下げた。
「さて、被災地に行った後は、ローズクォート市に行くのでしたか。村までは私が御者をやりましょうか?」とガイさんが言うと、先生は頭をかいて言った。
「いえ、僕が御者をしてみようと思います。このまま馬車をお借りするなら、早めに慣れておいた方がいいですからね」と微笑みながら言った。
「それじゃレニーナちゃん、馬車、乗れるかい?」と尋ねられ、「はい、乗れます」と、乗ろうとしたが、ドアと地面が結構高さがあってステップを使っても厳しく、先生は苦笑した。
「無理しないで、ほら、これで乗れるかい?」と私を抱えて馬車の中へと乗らせてくれ、私は馬車の座席にちょこんと座った。
「それじゃ、そろそろ向かいましょう、帰る頃が暗くなってしまう前に」とクラムさんはいい、馬車に乗って私の前の席に、ガイさんはクラムさんの隣の席に座った。
遅れて馬車のステップを上がり「お邪魔しますね」と声変わりをしていないような、鈴の鳴るような綺麗な声の、ユースティア神官のかたが私の隣に座った。
「では向かいましょうか、遅くなると良くない」と先生は後ろを向いて言い、クラムさんとガイさんも頷いて、私も頷き馬車が走り始めた。
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お世辞にも舗装がしっかりされてるとは言いがたい道をかなりの振動でガタゴトと馬車が走り、私は道について父に尋ねた事を思い出した。道の整備がもう少しされていれば、救援を待つ事もできたのかもしれない…そう思うと、道の整備の権限を持つ領主への怒りが湧いてきてしまった。
「…レニーナさん、でしたね。私は女神ユースティア様に仕える神官のヨシュアと申します。何かに怒りを感じているのですね…」と、隣の神官さんが呟くような言葉で声をかけ、私は内心、それに悟られた事に驚き胸の鼓動が少ししたのが収まってから、「はい…少し」と答えた。
「…この道については、ロイ護民官はせめて1年に1度の整備を求めていたんですけどね…。住民のために定期的な乗合馬車があってもいいんじゃないないか、とも」とガイさんは呟くように言った。
「護民官は、地方貴族には自分についての監査官ですから…。嫌がらせだったのかもしれませんが、まさかこんなことが…」と、目を伏せながら、クラムさんは言う。
それを知って、私は急に抑えきれない怒りが湧いて爆発しそうになった。しかし、手が頭に載せられ優しく壊れ物のような撫でる感覚、隣の神官の、ヨシュアさんの手だった。
「怒りや憎しみを持つな…とはもちろん言いません。ですがそれになすがままに飲まれるのは、生きている貴方を不幸にします」そう、声変わりをしていないような少年のような声で、優しくその言葉は耳を打つ。
「怒りや憎しみは、今のレニーナさんは、持っても当然なものかと思います。ただ…悲しみのあまり、『その原因は?』と、人は悲劇に原因を求め『何故?』という、本来なら遭わなくても良い悲劇だったのではないかと、『誰のせい?』と考え、実際にその人のせいか分からくても、悲しみは対象を見つけると怒りと憎しみに転じます」
私はつい、無言なり、押し黙ってしまった。私は、リィズを……。
「誰も貴女に対して『赦せ』とは言える存在はいないでしょう…。女神スセジも、『赦しなさい』と言えないでしょう…。ただ、しかし、そう怒りと憎しみで、それで見えなくなったあらゆる事…場合によっては、悲しみからのはずだったのに、悲しみすらも忘れさせ、悲しみを見えなくしてしまいます」
私は再び胸の鼓動が早くなり、脂汗のような、いやな感覚の汗が出ているのを自覚した。
私はロンドさんに言われる前…そう、ロンドさんに言われるまで、村をこうしたとリィズと神々を憎悪して赦さないと怒っていて…忘れていたのだ。父と母に会いに行く事を……。
「レニーナさんは、今、『赦せない存在』はいますか…?『赦せ』とは誰も言えません…。女神ですら。ただ…本来の悲しみすらを忘れさせ、現在を生きる事を忘れさせ、全ての幸せを忘れさせる…そういった、怒りや憎しみに貴女が気づき、それに狂った自分を『赦せない』とするなら…『赦しなさい』と、私は貴女に言います」
ヨシュアさんがそう言葉を結ぶと、誰も言葉を発する者はいなくなった。ただ、ガタゴトという音が、今の私にはかえって、助けとなり…聞こえないと願いながらの声で、「パパ、ママ…ごめんなさい…」「リィズ、ごめんなさい…」と、泣き叫けばずその言葉だけに抑えられた。
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