第52話 最悪の別れ方
コンコンコン。ノックの音がする。先生にしては早すぎる。ぎぃ…と押し開けるようにドアがゆっくり開き、リィズが現れた。
「………………何の用?」
私は自分でも驚くほど無機質で温度の欠片も感じない声が、自分の喉から出ているのに気付いた。そうだ、私は今正常じゃない、リィズに少しだけ時間をもらおう。そうすればきっと…。
「ごめんなさい……ごめんなさい……来てしまって、傷つけて、ごめんなさい……もう、私、貴女が望まない限り、現れないから…」と許しを乞う、罪人のような、あるいは救いを求めるような声で、私に頭を深く下げて、下げ続け、私は胸が締め付けられるような身体を、自分の頬を思いっきり叩き、思考を正常にした。
すると、私は乾いたような…いや、口内はもはやカラカラに乾き、なのに嫌な汗をうっすらとして、そして、まさに、小馬鹿にするような、あるいは絶望から出たような、自分でもよく分からない笑いを上げ、言った。
「…ぁ、ははははははは!!!!やっぱりそうだ、救う気なんか無かった!!嘘がバレるから、逃げ帰るんだ!!早く帰って!!もう二度とその顔を見せないで!!!」
私は自分の身体がそんな無茶苦茶な事を、そんなことがないのは分かるはずのことを、口にしている、それを冷静に俯瞰して見ていた。自分でも滅茶苦茶すぎる。ヨスタナ師も言ってたじゃないか。助ける気がないなら来てない、「救わなかった」と「救えなかった」は違う、と。
しかし、もはや私の身体は、もう脳は壊れているのかもしれない。ただただそう暴言を吐き、罵り、そして最後に、花瓶を握った。「やめろ!」と私は叫び何としても止めようとする。だが私の身体は狂暴で残忍な笑みを浮かべているはずだ、その花瓶を、リィズに投げつけた。ガラスは砕け、床に花は散り、入っていた水でリィズのドレスは水に濡れ、額からは赤い血が流れた。
「……ぁ…………ぁ…………」
これは自分の声だ。私の冷静な部分が悲鳴を上げている、今頃になって。取り返しのつかない事をしてしまった、と。こんなことを、私は本当に望んでいたのか?こんなことをして、父と母が喜ぶだなんて…あるわけ、ない…。そう思いながらも、私の喉から出る声は、この、かすれた声にもなっていない声だった。
「………ぁ……」
「……………ごめんなさいっ!!」
リィズは、彼女は、涙を流しながら…そう、この一週間、彼女が涙を枯らした事はなかった…そう、泣きながら後ずさり、そしてドアを開けて走り去ってしまった。
「………ぁぁ………」
開いたままのドアから、食事の載った湯気の漂うトレーを持ちながらフェブリカ先生は驚いた顔をして、そして次に、力なく無力そうな表情をして、トレーをテーブルに置き、言った。
「……………リィズ君は、出て行ってしまったんだね?」
私は「はい」とも「いいえ」とも言えず、乾燥しきった口の中が舌を動かそうとして摩擦して痛かった。あらゆる焦燥感が、あらゆる罪悪感が、この一週間の間の記憶から、とめどもなく溢れ……私は、泣いてしまった。
「さあ……食事をしなさい。何をするにしても、まず食べなければ。それで始まる事もあるさ…」
そう、先生はいい、トレーをテーブルの私の前に改めて置き、そして私がようやく食べ始めるまで、根気よく、ずっと、待ってくれていた。
味が、とても美味しい。身体に染み渡る。そして、身体が、脳が動き始める。私は途中から夢中になり、泣きながら貪るように食べた。
食べ終わり先生は、「もう休みなさい。胃腸を動かしたのだからね。それは、結構な運動になっているんだ。身体は疲れてるはずさ、……心も休めなさい。それじゃ、おやすみ…」と、そう言い、部屋から出て言った。
私はベッドに横になり……そのまま闇に飲み込まれるかのように、意識を手放し、眠った。
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