ハエたたき
腰を中心に背筋を伸ばし、自分の鼓動を感じながら少し息を吐いて身体の深くまで空気を入れると、自分の中でスイッチが入る感覚がする。
ゆっくりとした動作と呼吸法は身体に染み付いている。後は余計な事を自分の中から除外して指を外すだけ。
ターンと的を射ても直ぐに集中は切らさない。
「今日も見事な皆中だったね~。」
「夢花もいい線いってたな。」
「今日は三本も図星に当たってたからね!」
ご機嫌な様子の夢花の頭を撫でると更に笑みを深める。この瞬間ちょっと可愛く見えるのは口には出せん。
部活を終えて着替えて二人で校門に向かうと、野球のボールが勢い良く飛んできたからリュックサックのサイドポケットから特製アイアンハエたたきを取り出し打ち返した。
このハエたたき中々使い勝手が良くて、今みたいに飛んできた物を打ち返せるし包丁等の刺さる系にも強い。
重たすぎず銃刀法違反にもならないどころか筋トレにもなる素晴らしい代物だ。
元々は傘立ての一部だったけど何故か取れて以降持ち歩いている。ハエたたきと言っているのは形が正にというのと職質された時の為だ。
「なんかそのハエたたき使うとスッキリしそうだよね。」
「確かに爽快感はあるな。」
「私も使ってみたい!」
「フラグしか立たんから無理だ。」
「むぅ~。意地悪~。」
この時既にフラグは立っていたのかもしれない。
「じゃじゃーん!見て見て!!」
次の日、夢花を迎えに行くと珍しく準備万端な様子で玄関に立ち右手にハエたたきを持って掲げていた。
「ドウシタンダソレ。」
「私専用ハエたたきだよ!ママに買ってきてもらったんだ~!はやとみたいなのは駄目って言われたからピンク色の本体にラインストーンをつけて可愛くしてみました~。」
「…ソレ、学校には?」
「もちろん持って行くよ~!」
魔法少女が持っていそうなキラキラしたハエたたきは夢花のリュックサックのサイドポケットに仕舞われたがポケットの深さが足りず俺のみたいにピッタリ収納されず柄が出ている。
「夢花、ソレ置いていった方が良くないか。ちゃんと入ってないだろ。」
「え~大丈夫だよ。ほら、行こ行こっ!」
背中を押され強制的に玄関から出されたけど不安だ…。
そして不安は的中した。
「黒、おは~?なんかいつもより生気がない。」
「藤崎…夢花からアレを取り上げてくれ……。」
机に身体を預けながら夢花を指さすとキラキラのハエたたきを手に自慢げにしている。
「……魔女っこステッキ?」
「そんな可愛らしいもんじゃない。ハエたたきだ。アレのせいで今朝は酷い目にあった…。」
そう…柄が出ているせいで周りの人の服や鞄に引っかかっる引っかかっる。そして階段から落ちそうになるわホームに落ちそうになるわいつもの倍疲れた。
「黒…私には無理だから頑張れ。」
「藤崎~。」
くそっ。誰か夢花からアレを取り上げるやつはいないのか…。
結局、その後校内で携帯し続けられたハエたたき。
すれ違い様に引っかかっり階段から落ちるのが二回、カラスに狙われ襲われるのが一回、振り回して遊んで転びそうになる事三回。
「禁止だ。今後コレを携帯するのは禁止!」
「え~横暴だよ!」
「異論は認めん。しかも壊れたんだから丁度いい。」
部活終わりにまた野球部からボールが飛んできた。
俺が打ち返そうとしたが夢花が前に出てハエたたきを構えたが結果、折れてボールとハエたたき両方から夢花を守ることになった。ホント勘弁してくれ。
家に送ったらおばさんにキッチリ事情説明するからたっぷりみっちりお説教してくれるはずだ。
「あ~今日はマジで疲れた……………アレ?何だこの真っ白空間。」