息子の為に
「ふぅ…。」
鼻腔をくすぐる紅茶の香りが私に一時の安らぎを与えてくれる。
遠くに愛おしい息子の笑い声を聴きながら美しい庭園の花々を愛でる。なんて幸せな時間かしら。
私、ヴィクトリア・トレハロースはひと月前までヴィクトリア・キャノーラと名乗っておりました。ええ、夫とは離縁しましたの。
元夫は家族にとっては優しい夫でしたわ。家族以外には恨まれていたでしょうけれども…。
結婚した当時、私は十八歳で元夫は二十四歳でした。典型的な政略結婚でしたが私も元夫も互いに夫婦として努力をしておりました。ですからスムーズに息子もできたのですけれども。
息子が出来てから私は元夫と義父に息子が近づきすぎないように気をつけました。
二人がが善人でない事には気がついておりましたから。
胸や脚が露になるようフォームチェンジできるようになったメイド服なんて普通の人は着させない。しかも同じ様に豊満な身体をした者達ばかり。
私が気がついた事に元夫は気づいていなかったわ。
寄付している孤児院で元夫が声をかけた子達は次の訪問時は居なかった。
私、街で偶然似た子を見かけましたわ。どの子も痛々しい傷があり幸せそうでは無かった。しかも一人では無く何人も…。
夜会では知らぬ間に居なくなり終わる頃戻ってくる。夜分に何処か分からぬところへ出かける事も多い。愛人がいるのではと疑いましたが、一度尾行した際に評判の悪い方々と会っているのを目撃し、そこに義父もいたので察しました。
私は愛する息子を守る為にいつでも離縁出来るように準備し、教育も夫が勧めるもので怪しいものはそれとなく排除してきました。
それが功を奏し、突然届いた破滅の知らせに即座に対処する事が出来たのはとても大きいと思います。お陰で今があるのですから。
「母上~!」
「余所見すると危ないわよ。」
大きく笑顔で手を振ってくれる息子に父親が居ないという憂いはみえない。少しは寂しく思っているのは分かっているけれど、強がる息子の成長を見守りたい。
社交界に出れば風当たりは強く、今までのようにはいかない。けれどフラウア侯爵夫人が不憫に思い手を差し出してくださり、お父様が息子の後見として動いてくれたから最悪ではないわ。
「はぁ……。」
「お嬢様、そろそろお時間でございます。」
「そうね、出かけましょうか。」
今日で元夫と会うのは最後になるでしょう。処刑前の温情で呼ばれたのは私と息子、しかしもう息子には会わせません。
キャノーラ家の名前と一緒。元夫はもう私達には不要な存在なのですから。
私はヴィクトリア・トレハロース。




