9.渡り鳥
双子の兄弟、イースとキャッツトはある小さな農村を通過していた。
そこには大根やピーマンなど、久々に見るような野菜があったが、さっさと通過しようとしていたところキャッツは倉庫にツバメの巣を見つける。
しばらく見ていると、農村に住む一人の男がやってきた。
※1話完結の短編です。
これはある海岸の近くにあった農村での話だった。
「ふむ……ここに植わってるのは大根だな」
「おいしそう。食べたいねぇ」
「長いこと食べてなかったな……でも、そうも行かないだろ。人が住んでるってことは、ここに定住するので精一杯な人がいるってことだ。あまり邪魔にならないうちに通過するぞ」
姿を見れば瓜二つの双子の少年、イースとキャットは、中央の砂利道をすたすたと歩いていた。
二人とも、身体も服も傷みの多い状態だったが、特にイースは昔からあるような傷はとても多かった。
それでも、わんぱくな弟に置いてかれないように、イースは歩き続けた。
農村に入ってから、キャットはチラチラと畑を見ていた。
しばらく進んでいくと、小規模ながらピーマンや茄子を栽培している様子の農場が近くにあった。
「うーん……美味しそう」
「お前ってピーマン嫌いじゃなかったっけ」
「う……そ、そうでもないよ。だいたい好き嫌いできないでしょ? このごじせい? って奴?」
「……」
一昔前のキャットや、今は亡き友のポロットからは考えられない言葉だ。
二人が現在変えるべき拠点としているクロス・ポートに定住している、同郷の親友、メルッタからは一時期運よく手に入れられた苦瓜を使った料理が連日振舞われたことがある。
たかだか一週間の間だったが、それでキャットはなんとか慣れたのかもしれない。
彼は彼で、人に対してとても気を遣うからだ。
「とにかく、こういうところは余所者を嫌うだろう。さっさと通過した方がいい」
「うん、そうだね……」
イースはそう、再三言って弟の腕を掴んで、速いペースで砂利道を歩いた。
キャットは何も嫌がることなく、ただ笑顔で頷いて兄の言う通りにした。
ほぼ荒廃しきっており、食糧の確保も困難なこの世界では、こうして自給自足している者からは離れた方がいいだろう。
下手に農産物泥棒だと誤解されてしまえば面倒なことにしかならない。
しかししばらく歩いていると、倉庫らしき建物の中にあったものに、キャットが見つけて、足を止めた。
「どうした?」
「あ、見て! イース!」
「なんだ?」
「ツバメの巣がある!」
無邪気にそう言ったキャットの指先には、土で固められたものが軒下についていた。
それを確認すると、一羽の燕がそこへ飛んでいき、中からピーピーと鳴き声も聞こえてきた。
キャッツの言う通り、あれは燕の巣だろう。
「珍しいな……渡り鳥の巣なんて」
「そうなの?」
「燕みたいな渡り鳥がどのように遠くへ渡るのか、僕も詳しくは知らないけど……彼らの渡航先が無事かどうか分からないだろ?」
渡り鳥は季節が変わると別の暖かい地域などへ、遠くへ飛び立つ。
しかし今の時代、その行先にこの周辺のような十分な食糧があるのか保証がないのは彼らと同じだ。
そう考えると、幼かった時のように彼らを可愛いなどという視線で観察する気になれなかった。
少なくとも渡り鳥の巣を見かけたのは、クロス・ポートで一回あっただけだ。
燕ならもっとあの地域にいてもいい、とイースよりずっと物知りなメルッタも言っていた。
「……おや? お客さんですか?」
そろそろキャットも引き上げて、この場から離れようとしたとイースが考えていたところ、後ろからしらがれた男の声が聞こえた。
振り向くと、帽子から白髪がはみ出ていた、長身な老紳士がいた。
「こんにちはー」
「すみません、あの、すぐにここから離れますので」
キャットが男に挨拶するする一方でイースは焦るように言ったが、男は落ち着いていた。
「君たち、何を驚いているのかね?」
「あ、いえ……こんにちは。僕たちは旅をしているのですが、あなたたちの平穏な生活を邪魔するわけにはいかないでしょう」
イースが言うと、男は感心したように言った。
「旅人か。なるほど……それも一理ある。確かに私以外の家では客が来ても良い顔をしないだろう。しかし久しぶりの客だ」
男は「少しばかり待ってくれ」と言って、倉庫から離れた。
このままどうするかイースは迷ったが、一応警戒はしながら待った。
しかしどこにも不穏なことは怒らず、しばらく経ってから、男はお茶を持ってきた。
「ゆっくりしてくれ」
「いいんですか? あ、ありがとうございます……」
「そう畏まらんでいい。自家製のお茶だ」
そう話し合っている間にも、燕がまた餌を持って戻ってきた。
「燕ってかわいいよね、イース」
「……ああ、そうだな」
イースはどこか動きが慎重になってしまう。
あまり旅先でもてなされるということはないのだ。
多くの者が生きるために食糧や財産を、誰のものであれ探して行動するものだから、外部者に警戒されるのはほぼ当たり前のことだ。
今でも、周りに誰かが撃ってきたりしないか、安心できない。
村を訪れた者を殺して荷物を回収する話も珍しくないからだ。
「ここにはほかに住んでる方がいらっしゃるんですか?」
「ああ、私のほかに四人いる。だが、お前さんの言う通り、外部にはやはり冷たい態度をとるだろう。はぁ……みんないい人だったんだけどね。昔なら紹介してあげたいところだったんだけどな」
男はこの建屋の東側にある土地を見ながら言った。
「まだここの畑は生きている。だから私たちはまだ生きていられる。だがらこそ、貴重な食糧を求めた泥棒も狙いに来る。ここにその類の客が初めて来たのだ半年くらい前だった。一度場所を知られると、また来るかもしれないし、話を広めるかもしれない。そうなると考え、私たちはそいつらを殺した」
イースは相槌を打った。
この世界では珍しくもない話だ。
一度畑を見つければ、もうそれは自分の者だと考える連中はたくさんいる。
もし生かしたままにしておけば泥棒は定期的にやってくるだろう。
「じゃ、じゃあ僕たちも……殺される?」
キャットは少し怯え気味に言った。
「はは、君たちは見てる限り大丈夫だと信用しよう」
「……どうしてですか?」
イースが探るように聞くと、弟のキャッツは「え?」と前を丸くした。
「あなたがたがコソ泥なら、すぐに離れようとしますし、すぐにその腰にある銃を構えようとしませんか?」
「……それだけで判断するのは危ないと思います」
イースは率直な意見を告げる。
「僕たちが、ここのことをならず者たちに知らせる保証はないと思いますか?」
「ほう……そうか」
男は関心するように言った。
「そうだな。私だってもちろんそういう警戒は怠るわけがないさ。むしろここにいる私以外の住人は君を警戒するだろう。しかし安心して欲しい。私はただ……以前のような会話をしたかっただけだ」
「……」
イースは思わずうなずいてしまう。
度先で訪れたこんな小さな村で、地元の人とお茶をすることなど、今の時代じゃ難しいことが多いだろう。
張り詰めたような顔で、お茶をしていたのがもったいなく感じてしまう。
「分かりました。もちろんここのことは黙っておきます……」
「うむ、とても助かる」
一同は親鳥が巣から飛び去って、小鳥たちが静かになる様子を眺める。
「餌を採りに行ったのかな?」
「燕か……これまでのところ、毎年のように燕がこの倉庫で巣を作って、雛を育てていたんだよ。ここは私の倉庫だからね、巣立った後の掃除は大変さ。でも今年もここに来てくれて安心した自分がいる。我々もいつまでここで野菜を育てつつ狩りをしながら生活できるか分からないが、それは渡り鳥である燕にとっても同じさ」
男は寂しそうに言った。
「申し訳ないな。せっかくの善良な客だ。野菜でもあげようかと思ったんだが、流石にみんなで共有しているからそれは難しいな……」
「いえ、それは全く気にしないでください。こっちも充分に用意して旅を出ているので」
「うん! 大丈夫だよ!」
あれだけ野菜を欲しそうにしていた弟も、そう元気よく言った。
「そうかい……しかしどうして旅をしているのかい?」
「そ、それは……」
「旅がしたいからだよ!」
キャットは言った。
「ええと、ぼくが旅したいって言ったの。その……友達がいろんなところを見たいって言ってたんだけど、死んじゃってさ」
弟の様子を見て、イースは黙っていた。
そもそも自分には、これといった旅の目的はないのかもしれない。
この弟のため。
この弟の護衛。
一見すればイースがキャットを連れているように見えるのかもしれないが、彼の希望に沿って、彼についていくように行動しているだけだ。
「なるほどな……」
「うん、その友達は僕と同じところで生まれて大きくなったんだけど、その町も全部蒸気で燃えちゃったの」
「そうかい……」
クロス・ポートにいるメルッタの弟であるポロット。
イースはキャットの様子を見てふと思わざるを得ない。
キャッツは確かに以前からわんぱくな性格をしていたが、友人に家族と故郷を失ってしばらくしてから、あのポロットを思わせるやんちゃな部分が垣間見える気がした。
尤も自分も彼もまだ成長途中と言える段階だ。
自分で思うのもなんだが、彼だって性格が未熟だ。
「まあ、旅をするのも、この世界では大事なことなのかもしれんな。なにしろ、この世界ではすぐに見れなくなってしまうようなものが絶え間なく起きている。我々だってこうしていつまで暮らせるのか分からない……。この燕たちも、来年また見れるかどうか以前に、渡った先が見つかるといいのがね」
男は無念そうに、雛たちが静かに待っているだろう巣を見つめていた。
「あ、戻ってきた!」
キャットは入口から飛んできたものを指さして言った。
しばらくすると、またツバメの親鳥が倉庫の入口から入ってきた。
小さくてよく見えなかったが、親鳥はミミズらしき、餌となるものを運んできて、巣は賑やかになった。