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8.大きな図書館の跡と、先鋭化していく脳

とある大学図書館跡にこもりながら、荒廃した世界へ旅立つ二人の親友を待つメルッタの心境。


 ここはとても静かな場所だった。

 

 このクロス・ポートという都市は、かつては交通と経済の要所であり、百万人以上もの人口を抱える大きな都市だったかもしれない。

 しかしもはや今ではほとんどの人がいなくなり、ピーク時の十分の一もいない。

 多くの高層ビルは放棄されており、廃墟となっている。

 

 それでも、この世界でここまでまとまって人が住んでいる都市も少ないのだが、いかんせん縦にも横にも大きすぎる。

 一部、ギャングたちがたむろしている地域を除けば、たとえ外へ出歩いてもなかなか別の住民に会うことはないだろう。

 

 メルッタは基本的に独りぼっちだった。

 普段は、かつて総合大学だったこの場所にある図書館を好き勝手に住居としているが、本に囲まれた中ではとても孤独感を感じるのだった。

 

 だからといって特に暇を感じるはない。

 インターネットだって、珍しく生きている。

 誰もが編集できるような辞典から、研究者の論文まで読める。

 だからメルッタは特に予定もなかった時、本とコンピューターを駆使して、いろんなことを調べたり学んだりしていた。

 しかし、それは、インターネット回線がまだ生きており、それらを保存しているサーバーも安定している故だ。

 どちらも保全が必要であり、サーバーが落ちれば繋ぐことはできなくなるし、回線もネズミなどに齧られたり老朽化すればインターネットは使えなくなるだろう。

 

 メルッタは、社会学の棚のそばに落ちていた、ボロボロの分厚い本を拾う。

 本当は本を大事に扱わなければいけないものだが、棚も壊れたりするし、こんなに多くの蔵書をメルッタ一人で管理するなんて無理な話だった。

 せめて、掃除したり見回ったりしている時に落ちている者を拾うくらいのものだ。

 

 しかし……自分は少し恐怖を覚えていた。

 

 同郷の親友であるイースやキャットは度々この都市に戻ってくるが、ほぼ必ず自分のところに来てくれる。

 話し相手は、この町に来た時の彼らくらいだ。一応二人はこの町を拠点にしながら、各地の廃墟を冒険しているようだ。

 時に危険そうな話もしてきて、メルッタはあまり冷静になれないが、今のところ彼らは月に一度、多い時は四、五度ほど戻ってきてくれる。

 

 ほとんどキャットの好き勝手で行先が決まっているようだが、彼らはいろんな場所に出かけている。

 危険とは思いつつも、それはそれで楽しそうにも聞こえてくる。

 しかし自分にはその勇気はなかった。

 元々外に出るのが怖いと思っていたのもあるが、元々インドアな性格だったかのかもしれない……と、自分にとってはユートピアだと思っていたこの大学図書館跡に来て思ったのかもしれない。

 

 しかしいざここに籠るようになって怖いと思ったことがあった。

 結局広い資料室を持っていても、どこかしら自分の興味で選べてしまう。

 

 理学、工学的な分野なんてほとんど興味が湧かないし、医療的な分野の本なんて怖くて開けない。

 

 そうして、ほんの一部で、社会学や人文学の本ばかり読むことで、自分の脳内が先鋭化していく気がするのだった。

 かつて世界的に一流とも言われていたらしいこの大学の図書館を独り占めできる。

 そんな呑気なことを考えていたのに、今ではなぜかそれが怖くて仕方なかった。

 

 冒険してなくたって都市の中も危険だ。

 この町でも多くの社会活動は止まっており、むしろ多くの人が集まりやすい地政学的なリスクで多くのギャングが住んでいる。

 だが、そうして生きていた方がその不安はなかったのかもしれない。

 

 イースやキャットだって、話を聞くにこの危険な世界で人を殺したりせざるを得なかったこともあったらしい。

 

 だが、自分は昔から運動音痴なところもあり、事実ここに来るまで自分が一番負傷してしまった。

 

 もう、この荒廃した世界の外へ出かけたくない。

 何が起こるか分からない場所より、この大学構内になる危険な物質が詰まった薬品庫で暇つぶししていた方がもはやマシだとすら思ってしまうのだった。

 

「……僕は……いつまでここに居られるかな」


 ふと、天井を見る。

 ペンキが剥れただけならともかく、完全に破損して、大きなコンクリート片が落ちているような状況も見かける。

 

 ないと思っていたが、こうしてみると、この大学も崩壊していくかもしれない。

 事実、このクロス・ポートという都市には、管理も行き届かず老朽化、崩壊したビルはたくさんある。

 

 考えてみれば、イースやキャットが戻ってこなければ、もうどうしょうもないかもしれない。

 

 思えばキャットは、今は故郷を去る際に命を落とした弟に似た無邪気な弟を思い出してくるようで、どこか恋しくなる。

 そしてその弟をかつて救えなかったイースとは、最初はわだかまりや気まずさもあったが、お互い一番の相談相手になっている。

 

 しかし彼だって、キャットのことが気がかりでずっとついてきている。

 

 キャットはかなり冒険的な性格だが、同時に危険が付きまとうことだろう。

 

 毎回、イースとキャットを元気に送り出しているが、無事に帰ってこれるか、気が気でない日もあった。

 

 なんとも虚無な日々を送っているような気がした。

 本を読むことがあれだけ好きだったのに、段々飽きているのかもしれないことにも気が付いた。

 

 学んだことで何になるんだと。

 

 何かに貢献はできるものか分からなかった。

 

 もしイースとキャットが戻ってこれなくなったらどうしよう。

 彼らだって、出発するたびに帰って来る目途を告げてくるものの、必ずしもその通りに帰って来るとは限らない。

 

 兄が困るほど、キャットは危険なことが好きなように思える。

 しかしそれゆえに、一週間ほどで帰って来るとイースは見ていても、戻ってきたのが一か月だったことがあった。

 

 もちろんそれに対して二人を怒ることはできない。

 イースに至っては、度々、深々と誤って来るし、キャットも謝って来るのだ。

 別に構わないのに……。

 

 しかしどうしても、二人が帰ってこれなくなる時が来てしまうのが怖かった。

 

 二人がいなければ、自分はどうなってしまうのだろう。

 

 食糧は、大学の近くにひっそりと残っているお店で買ったりしているし、なんなら融通してもらってる。

 

 しかし、自分の存在意義はなんなのか分からなくなる。

 

 孤立していく、先鋭化していく自分。

 

 世界が憎かった。

 故郷を蒸気で燃やし、自分の夢を奪い、そしてかけがえのない弟を奪った。

 

 だが、自分に限った話でもないし、もはやたてつくこともできない。

 

 いつか、この町に残るビル群と共に、自分も荒廃していくのだろう。

 

 このクロス・ポートという都市では度々、死後月日が経ってしまったような遺体が見つかることもある。

 自分もそうなるかもしれないだろう。

 その日が来るまで、どうしていようか。

 

 今はイースとキャットが帰って来る準備をしよう、と何度もあの「客室」を清掃する。

 

 それが一番の生きがいになっているだろう。

 

 イースが、弟キャット自体をもはや生きがいにしているように、自分もあの二人を生きがいにしていることに気づかざるを得ないのだった。

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