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6.また今度

   

「全く、食糧を買うのすら大変だな」


 イースは値札を見ながら言った。


「またいつものでいいのかい?」


 翌朝、イースとキャットは大学の近くでひっそりと建ててあった食材店に寄る。

 自分より十ほど年上の、細身の男性一人で切り盛りしているが、会うたびに銃をいつも持っていたりして、建物も金属の網で囲っており、常に重装備だ。

 

 メルッタによれば、彼は三世代ほど前からこの店を継いできたらしく、今もこの店を守ろうとしているようだ。

 大学のそばにあったことで、大昔は学生たちがよく来ていたらしいが、今ではまともな客は自分たちしかいない。

 

「しかし……お前らインスタントな食品ばかりだなあ」

「いえ、いつも旅先で食べていますので……こういったほうが便利なんです」

「いや、君たちはいつも遠出だし別にいいんだけど……大学に籠ってる彼くらいはいいのに」

「ああ……メルッタのことですか。あいつは料理みたいなのは嫌いだからなー」


 イースはお金を払って、携帯食料を鞄に詰め込む。


「それに、あいつだって金はない」

「私だってこう言うと心苦しいものだけどさ、図書館以外の大学の金庫破ったりはしてないのか? どうせこのまま崩れるなら……」

「あいつはそういうことをすごく嫌がりますからね。僕よりずっと真面目な人です」

「そうか……前から好きだったぜ、そういう学生さんは」


 イースはふと、店の中からも見える、巨大な廃墟を眺めながら言う。

 メルッタも既に起床しているが、彼は彼で図書館のどこかを見回ったり清掃していたりしている。

 実はイースも、図書館や大学の他の場所で管理されている金庫を破り、中身を使うことを説得させたことがあった。

 メルッタは強く拒否していたが、あのままでは近いうちに餓死してしまうし、図書館を管理しているのだから罰はあたりやしないだろう、とイースに説得したのだった。

 ところがいざ図書館の金庫を開けた時の彼と言ったら、その貴重な、いくら桁が多くても紙屑の価値になっていく紙幣を、イースたちに渡してくるのだ。


「あんたらは自給自足でなんとかなるかもしれないが……」

「できるよ! この前兎捕まえたもんね!」

「……」


 キャットは黙ってくれ、とイースは言いそうになったが黙る。

 しかし、イースもイースで廃墟から物色していることもあるので、何も言えない。

 メルッタと同じく、こんなことをしてはいけないと当初思っていたのに、だんだん「もったいないからいいだろう」と盗っていくことも稀に行うようになってしまった。

 だから自分も、メルッタに汚い説得を容易くしてしまったのかもしれない。

 メルッタに比べ、自分はかなり手を汚してしまったものだ。


「まあ、ただいつまでこの乾麺を作っている工場が稼働しているか分からないんだ。そうそう、この町のすぐ北にあるんだけどね。そこで仕事している一人の技術者が休日行った旅先で死んでしまったと聞いてね……」

「……事故ですか? それとも殺されたんですか?」

「いや、蒸気災害だよ。別荘に行ったみたいで、あの日まで残っていたことにとても感謝していた様子だって言っていた。でもその人はそこで滞在していた間に蒸気に巻かれた。そこを自治する町の三分の一くらいの面積が今や住めなくなってるし、彼含め数十人くらい死んだって話よ」

「そうでしたか……」


 隣を見れば、品物を不思議そうに見ていたキャットだったが、工場の話をじっくりと聞いていた。


「ここまで運んでくれる船やトラックだって、もともとたくさんあったものは壊れてしまったし、新しいものを作る機会なんて稀だ。そして運転手も貴重。ひどい世の中だよ。この辺なんて、昔は大陸で一番裕福で、国も技術力はあったっていうのに、技術者を出せる目の前の教育機関も何もかもほとんど機能しなくなってるし、そろそろ僕も海を越えなきゃいけないかな、なんて思ったこともある。でもどこも同じだ。そうだろう?」

「……否定はできませんね」


 イースとキャットは、片手で数えるほどだが、この町から川を下って、更に河口を出て海へ出たことがある。

 しかし行った先でも、ここほどではないにせよ厳しい状況なのは代わりない。

 

「まあ、そういうわけで、大学にいる彼にはとことん付き合おうってことよ。結構口数少ないけどね」

「そうですか? まあ、ちょっと人見知り気味な方ですけど」

「でも大事なお客さんだ」

「……そういえばお兄さん、この野菜とかはどうしてるの?」


 キャットはふと、また陳列棚に戻って、キャベツやトマトといったものが並んでいるのに指を差す。

 

「ああ、一応売り物さ。もちろん貴重な食料だ。買ってくれるひとはいる。町の端からな」

「すごい値段だね……売れてるの?」

「ああ。でも余ってしまう。正直もう上がったりだよ。難しいね」


 確かに、もしメルッタが自炊できても買っているとどんどんお金は減っていくだろう。

 二人がよく買う乾麺でさえ値段はひどいものになっている。

 大規模な災害が起き、農場や工場が大量になくなった時に二桁ほど増えたので限界なのかもしれない。

 

 機械を要しない農産物だって、農薬や肥料も限界があるし、そもそも耕せる土地も減っていっている。

 人手の話は言うまでもない。

 

「まあ……いつか私も限界が来るだろうね……それまではこっちにいたいつもりだけど」

「お兄さんはこっちで産まれたんだっけ?」

「ああ、栄えていたのはまだ赤ん坊の頃だから覚えてないけどね」


 キャットの問いに男は答えた。



   †

   

   

 お店を後にして、イースとキャットは再び大学図書館へ戻った。

 メルッタはくたびれている様子でパソコンを弄っていた。

 

「それ……まだ壊れてないのか?」

「おお、もう帰ってきたのか……」


 すぐ近所の店だったので、そんなに長い時間出かけてきたわけではない。

 なので、メルッタの反応は当然なのだが、どこか寂しそうにしていた。


「パソコンのことかい? ああ、こいつは大丈夫さ。でも段々アクセスできるサイトは減っていっている。サーバーもどんどん死んでるからね」

「いや、他のコンピューターは壊れてるっていうのによく生きてるなって」


 イースが言うと、メルッタは言った。

 

「そうだね……まだ生きてるのは図書館に三台あるよ。生存率一割弱ってとこかな」

「この前二割って言ってなかったか?」

「……ここ一か月で結構死んじゃった。多分機械的な寿命さ。十年以上前からあるだろうし。そんなものだよ。でも間違いなく今がピークだと実感はしてる……」

「直すことはできないの?」


 キャットが言うと、メルッタは苦笑する。

 

「そんな器用なことはできないよ。部品だってないしね」

「しかし……お前」

「大丈夫だ。インターネットの世界もかなりの勢いで狭くなっているし、いつかは用済みになる……ここにあるパソコンだって多分持たない。でもここには本がある。多分飽きはしないだろう」


 そして、ふとメルッタは、二人が荷物を持って来ていたのを見て言った。

 

「ああ、もう出発するのかい?」

「早ければいいと思ってな。夕方の船じゃ行き先の町に着くのも怪しい」

「そうか……」


 よく見ればメルッタまで、上着を着て外出の準備をしていた。

 この町は四季が比較的はっきり定義でき、今は春だが夏でも少し肌寒い。


「え? メルッタも行くの?」

「いや、大学の入口まで……見送るだけだよ」


 メルッタは弱々しそうに言った。


「キャット……いつものことだろ」

「うぅ……」


 キャットは心配そうにメルッタを見ていたようだった。

 図書館を出て三人で並んで歩く。

 真ん中にいたキャットはメルッタを一度見て、イースにささやいた。

 

「メルッタも一緒来てくれたら楽しいのに」

「そんな目で見るな。僕には外に行ける自信はないんだ……」

「キャット、お前のやりたいことは危険なんだっていい加減自覚してくれ……それより忘れ物はなかったのか? なんか買い物に行くギリギリまで本読んでただろ」

「え? 多分ないと思うけど……」

「まあ……」


 イースはちらっとメルッタの方を見た。彼はただ何も言わず、近づいてくる大学の門のほうへまっすぐ見ていた。

 やっぱり彼のことは心配になる。

 同い年なのに、彼だけ老けていくように見える。

 ただ、それは彼もイースのことについて思っているようで、他人事ではないと言える。

 

「別にここが旅先ではないからな、大事なものでなければ大丈夫だ」

「二人とも、無事に帰って来てね」


 大学の南門に辿り着くと、メルッタはそう言って、無理矢理気味ながらも、笑みを作る。

 

「ああ」

「またね、メルッタ!」


 イースとキャットはそうメルッタに言って、大学の敷地から出た。

 

 キャットが元気よく手を振って見せると、メルッタも軽く手を上げて返してくれたのだった。


 それからしばらく歩いてから、何かイースは心残りがあるような感覚を覚え、また後ろの大学のほうを見た。


 しかしもうすでにメルッタの姿はなかった。


「……また、すぐに帰るからな」


 そうイースはパクパクとつぶやいた。

2章はこれで終わりです。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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