4.大学図書館
二人はしばらく街の大通りを進んで行き。そしてある場所で横の狭めの道へ逸れた。
この道だって人気はいないがそこを狙うような者もいる。
数は少ないが、むしろもっと残虐な武器を持っていることもある。これから会う、この町に住んで長い友人によれば、実際にそこで死体が見つかることが多いという。
もっとも、それは目立つところだ死んだものを隠すために横道に向かったことも考えられるのだが。
それからまた、二人がしばらく歩いていると、大きな建物が立ちはだかる広場に辿り着く。
そこには門があり、「クロス・ポート総合大学」と書かれた、剥げかけの大きな看板がある。
その奥には古い講堂から未来的な建物まで並んでいる、巨大な廃墟があった。
看板通り、この建物は数十年ほど前まで大学として使われていた、巨大な施設だ。
今では世界でも両手で数えるほどしかないらしい、総合大学の形態であり、全盛期には万単位の学生が在籍し、賑わっていたという。
現在は放棄されるように閉鎖されてしまい、かつての面影はほとんどない。
現在のイースたちにとっては、この建造物こそ、この都市を幾度か訪れる目的地となっていた。
「メルッタさん、どこにいるかな?」
「さあ……いつもなら図書館にいるだろう」
メルッタとは、二人にとって同郷の、旧知の仲であるその友人だ。
イースもキャットも、故郷に住めなくなり、この世界を放浪するようになったが、ほんの最初だけ、メルッタと三人で行動を共にしていたのだった。
しかし三人が初めてこのクロス・ポートにたどり着いたとき、彼は彼でここに個人的な居場所を見つけたようだ。
すっかり荒れ果てた大きな建物だが、彼はその「大学図書館」と呼ばれる場所にい続けることに希望を見出したのだ。
その時のメルッタの表情をイースは思い出してみると、彼にとってあの場所にいることが、キャットにとってこの世界を巡るのに等しい希望なのだろう。
「とりあえず図書館に行こう」
「うん! メルッタにも会いたいし、僕も本読みたいからね!」
「……絵本か?」
「ちゃんと本読むよ! 橋の本とか!」
「は、橋?」
二人はまずいつものように図書館へ向かう。
広い施設だが、何度か行っているので、各所にあるボロボロの案内板を見なくても、図書館の入口までは難なく辿り着けるようになった。
ただ、彼はいつも図書館にいるわけではないようだ。
時折大学のどこかへ出かけたりしている。
だがこの敷地の外へ出かけることは、イースも把握したことがない。ただ食料品を買いに少し外出しているということは聞いていた。
しかしその頻度も月に一度あるかないかくらいらしい。
†
大学図書館、といっても、かつて名門と言われていた総合大学だけあって蔵書数も多く、これまた非常に大きな建物だ。
五階建ての高層なものであり、また一つ一つのフロアがとても広い。
健在だった頃だって、地図でもなければ迷いそうだ……という学生もいたかもしれない。
「メルッタ―! きたよー!」
キャットは図書館の中に入るや否や、そうやって声をかけた。
キャットの無邪気な声は、この広い空間へ引き渡った。
すると、どこか遠くから、パタッと何か落ちたような音がした。
「おいおい……あまり大きな声を出すな……どこか崩れたらどうするんだ」
「ここってそんなに脆いの?」
「……そんなことはないと思うが、何が起こるか分からん。一応ここだってずっとこうなんだ」
「わかってるよ、それは僕だって……ごめん」
この建物に限らず、大学の建物も、短くとも十年以上放置されているありさまだ。
管理はいきわたっておらず、この旧大学も例外でなくこの都市の他の建物のように廃墟になっている。
「それに、一応そのさ、一冊でも本が落ちたりしたらメルッタもあまり嬉しくないだろ?」
「それもそっか……ごめん」
「わかればいい」
そう話し合っていると、階段から降りてくる足音が聞こえてきた。
それを耳にして二人がそのまま立ち止まって待っていると、彼は姿を現した。
「……おお、イースにキャット。良かった……また会えた……」
「メルッター!」
キャットはメルッタの方へ飛びつくように飛んできた。
メルッタのほうも笑顔を見せて、キャットの身体を受け入れる。
メルッタはイースやキャットと同い年だ。
しかし二人より、ほんの少し背が高く、また眼鏡をかけており知性を感じさせる風貌だった。
持ってきた服が限られているのか、最初に着ていた服は自分たちより立派だと思ったが、日に日にボロボロになっているように思えた。
服に限らず、彼自身も会うたびにくたびれているように見える。
故郷にいた時はハンサムなイメージが強く、今でもそうだとは言えるがやはり疲れ切っているような表情をしていた。
彼は彼でこの図書館に閉じこもっているようなので、それはそれで負担なのだろう。
そして自分たちのことも言えないが、すっかり痩せこけてしまっている。彼の食糧問題は本当に大丈夫なのだろうか? とイースは思う。
「イース……今回はどのくらいこの町にいるんだい?」
メルッタはキャットの頭を撫でつつ、イースに聞いてきた。
「そうだな……申し訳ないけど、明日には出るつもりだよ。尤も船が動いてたらな」
「明日かー……もうちょっといてもいいからね?」
「僕だってそうしたいところだ。いろいろ疲れているからな。でもキャットがまた行きたいところを見つけてしまってな。ちょうどここを経由するものだから寄ったところがある……」
イースは、くたびれた様子で、キャットの方を見る。
「そうか……あまり無理しないでくれよ?」
「ああ……キャットが危なくなったらすぐに戻るつもりさ」
「……」
イースが言うと、メルッタは少しキャットから目を逸らして、どこか難儀な表情をした。
「まあいいさ……君たちは僕よりよっぽど生き抜く方法を知っているようだからね。僕はと言えば、もうここから出られなくなってしまったよ」
そう言ったメルッタはどこか寂しそうだった。
†
疲労が溜まっていたのか、廃図書館でイースは何も考えずに過ごしていると時間はあっという間にたち、夜になった。
考古学の本でも読もうかと思ったが、疲労感とともに、仲間に糾弾された時のことを思い出すと、そんな気も起きなかった。
夜になり、キャットは図書館の一室にあった小さな部屋のベッドで寝ていた。
この部屋は、いつも兄弟が泊まるためにメルッタが準備してくれたものだった。
ベッドはメルッタがしっかり綺麗にしてくれたおかげで、おそらくイースたちが住むところでは一番過ごしやすいベッドだろう。
「僕は疲れたから寝るねえ、おやすみー」
「あー、おやすみ、キャット」
そうイースが言うと、キャットはすぐにぐっすりと眠った。
「……」
イースはふと、彼に頬についた絆創膏を見、そして自分の腕に巻かれた包帯を並列するように見て思う。
彼はいつまでこんなことしているのだろうか。
考えてみれば、キャットは昔から、誰も行かないような場所を好んで行っては怒られるような子だったと思う。
一番ひどかったのが、故郷で保全ができなくなり解体工事をする直前の古い教会に入ったことだろう。
確かに自分も彼もあの教会が美しく思えて気に入っていた。イースだって、保存方法はないものかと思ったがこんなご時世だから解体できるうちにした方が良かったのだろう。
だがさすがにキャットのような冒険心までは理解できなかった。
警察……といっても、小さな村を数人でかろうじて治安を維持しているくらいの規模だが、酷く叱られたものだった。
それでもある種自由な身にある彼にとっては、この世界は楽園なのかもしれないな、とイースは思った。
「まったく……どうしてお前と僕はここまで違ったんだろうな……」
なぜか呑気そうな表情に見えたキャットを見て、イースは呟く。