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3.大都市だった『大都市』

第2章です。イースとキャットが旅している背景が垣間見えるかもしれません。全4話です。


 兄、イースと弟、キャットの二人は、運河で運行している船に乗って、とある大都市に辿り着いた。

 

 その年の名前は「クロス・ポート」。

 大都市といっても、現在の全盛期に比べて十分の一もなく、人口は十万を下回っている。それでもこの時代にしては人は集まっている方だ、


 二人は何度か、この都市を訪れることはあったが、相変わらず多くのビルが廃墟となっている。

 短いスパンで来ると分かりづらいが、日に日に滅んでいくのも、イースはなんとなく実感できた気がしたし、兄と違って考古学からは遠いはずのキャットも「また寂しくなってるね」と言及することがある。

 

 この都市は、古くから大きな銀行の本社があったり、大河と運河の交差点だったりと、金融と水運による物流の要所になっていた。

 

 もちろん今もそれは規模は大きく変化しつつも機能的には変わらないはずなのだが、もはやほとんどの建物が必要のないものとして廃棄されており、まさにこの世界のありようを描かれているとも思える。

 客船も貨物船も一日に数本来るかもしれない程度だし、食料を手に入れるのも難しいのは他の土地と変わりがない。むしろ比較的人が集まり、またここを目指す人が多いだけ難しい場合もある。

 もっとも、二人にとっては、物心が付いた頃からこんな時代だったので、昔の繫栄していた時代など知らない。

 

「お父さんだっけ、昔ここで仕事してたことあるって言ってたよね」


 船から降りて、しばらく雑草が生え放題の大通りを歩いていると、キャットは言った。

 

「出張でよく行った……って話だったかな」

「うん……もっと賑わっていて、人もたくさんいて、なのにすごく綺麗な町だったって言ってたよね」


 キャットはすぐそばにあったベンチを見る。

 完全に端の両足が破損しており、座面もかなり傾いて使い物にならないだろう。

 それでも、一人の男がすがるように座り、生気を感じられないような目で、こちらを見ていた。


「やあ……少年……」


 しばらくキャットが目を合わせていたのか、こちらを見てきて、声をかけてきた

 あまり不用意に人を見たり話しかけるなとイースは以前から注意していたが、彼は一向に聞いてくれなさそうではらはらしてしまう。

 とはいえ、この男に関しては何度か会っているし、軽く話すこともあった。

 こんなボロボロのベンチなのに、まるで特等席と認めているかのように、見かける時には座っているのだ。

 以前彼から聞いた話だが、どうやらそのベンチには大事な思い出があるらしい。

 それも、今は亡き妻と、結婚前からよく一緒に座っていたという。

 男の歳が四十か五十くらいはあると考えれば、まだ世界が健在だった時のこともあるのかもしれない。

 

「こんにちは」

 

 キャットは礼儀正しく挨拶した。

 すると、男は少し弱々しくも「こんにちは」と会釈する。


「ああ……よく見たら君たち、以前にも会ったかな?」

「え、ええ、何度かこの町に来てますね」


「じゃあ大丈夫かね……この先は気をつけてくれよ。暴れてるやつは多いからね」

「ええ……分かってます」


 イースは腰に据えていたものをそっと触る。

 そしてちらっと、横で弟が持っているものを見せびらかしてるのを注意する。


「キャット、人に刃物を見せるんじゃない」

「あ、そう?」

「何を考えてるんだ、行儀が悪い」

「いいナイフだ。ああ、先月君たちにあった気がするよ」


 しかし男は特に怒りもせず、むしろ朗らかそうに言った。

 考えてみれば、刃物を見せたほうがまだ威嚇できるかもしれない。


「大学跡方面に向かうのだろう」

「ええ……」

「無事を祈ってるよ」


 相変わらず男は固い顔で言うが、イースもまた弱々しくうなずいて応えた。



   †



 男と別れてから二人は大通りを歩き続ける。

 ちょうど現在歩いている横では、この都市でも特に高層なビルが建っているが、窓が割られていたり、コンクリートの大きな破片が落下した跡が見られたりと、ほとんど荒廃している。

 ほぼ完全に崩れてしまったものも何棟か見かけるが、瓦礫が片付けられていないものもある。


 しかしあちらこちらから、人の気配もするし、ボソボソとした話し声も聞こえる。


 イースたちのような、故郷を失った者が、こういった都会に来ることは昔からあったようだが、既に荒廃してしまったこのクロス・ポートの場合、廃ビルで雨風を凌ぐことが多いようだ。

 そして、健在だった時のように、この通りが一番人口が集中しているのであろう。


 しかしその暮らしも当然楽なものではない。

 食料や生活に最低限欲しい物品は簡単に手に入らないし、管理もされないまま雨風や寒暖に煽られて、ビルも崩壊が続くのでいつも怯えながら暮らすしかないようだ。


「……気をつけて、イース!」

「ん?」


 イースはただ目的地へさっさと向かおうとしていた。

 しかし、ほぼ同じペースで歩いていたキャットはイースのすぐ後ろにつき、何かを止めた。


「くっ……」


 キャットは小刀で、いつのまにか後ろから二人を襲ってきた男の拳を止めていた。


「ガキが! 何しやがる」


 男はすかさず、刺されたまま、その手で自分が携帯していた拳銃を手にしようとした。

 しかし、すぐにその拳銃は、砲音と共に地面に落ちた。


「は……」


 男の腕からは、さらに血が流れ出していた。

 打ったのはイースだった。

 持っていたのは、知り合いの家から譲ってくれた、普通の拳銃だ。


「くっ……覚えてやがれ!」


 そして男は、怪我を負わなかったもう一つの腕で銃を拾い、その場を去った。

 ここで去ってくれたのは幸運だ、とイースはおもった。


 こういう、血も流しかねない厄介ごとは珍しいことではない。もしかしたらこの廃都で過ごすにあたって一番の問題なのかもしれない。


 みんな生きるのに必死だ。

 食料を得るには、この町がおそらく一番集まっているはずなのだが、なにしろ人も集まり過ぎている。

 これでは足りなくなるので、飢えた者は必死になって他の者から奪おうと考えるようになる。


「イース、銃だけ狙って落とす、みたいなことできないの?」

「そんな技術ねえよ」

「できたらかっこいいのに……」


 キャットはどこか笑顔を浮かべてそんなことを言ってくる。

 笑えるような世界だろうか。

 イースはそうは思えないし、多くの人もそう思っているに違いない……と踏んでいた。

 そんなキャットだって、どこか寂しそうに見えた。

 

「お前、傷ついてるじゃないか」


 イースは言った。

 キャットの頬から赤いものが流れ出し始めていた。


「うわ、切られたのかな? 擦り傷だと思うけど……」

「ほら、ちょっと顔をこっちに寄せろ」


 イースは鞄から救急箱を出しながら言った。

 中には消毒薬や絆創膏が入っているが、どれも貴重だ。


「僕だって人に傷つけたくねえよ」


 キャットに処置を施しながらイースは話の続きをする。


「難しいか……なんでこんな世界になっちゃったんだろう。昔は違ったってお母さん言ってたのに……」


 誰もが思っている感情だ。

 

 イースとキャットが生まれたころには、すでに文明が崩壊しつつあった時期であり、それ以前のことは人との会話や本などの資料上のことでしか知らない。


 あれはあれで決して楽な時代ではなかったと、日々仕事で忙しかった父親が言っていたのをふと思い出す。

 しかし、ここまで常に死と隣り合わせだった時代よりはずっとマシだったとも、言っていた。


 いったん応急処置を終えた後、二人は再び目的地へ向けて歩き出した。

 しばらくすると、クロス・ポートの役所らしい場所にたどり着く。

 十階建ての大きなビルが二棟あるが、主に上層は使われてる気配はなく、下の方だけ綺麗に見える状態だ。

 一応この建物は機能は部分的にもしているようである。

 しかし、警察、火災など、状況に合致しないこの都市の広大さを管理しきれていないのは間違いない。


 しかしこの建物の前に来るたびに目につくものがあった。

 すぐ横には人口、今日の死者数・出生数が数字で書かれており、一人の職員がその数字を消して書き換えていた。

 書き換えられたのは出生数で、一、増えた数字を表した。


 こんな状態だから、行政の目の届かないところで死んでしまった者もいれば、生まれた子供もいることだろう。

 だが、どちらの数字も、ゼロではないことがほとんどなのだ……ほとんど片手で数えられるような数字だが後者も例外ではない。


 富裕層だっていなくなったこんな町でもしっかり家庭を築いている世帯はあるらしい。

 こんな時代に生まれた子供は、一体これからどう生きていくのか……イースもわからなかったが、とりあえず祝っておこうと思うのだった。

4日連続で更新予定です。

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