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2.天使達は昔から

 

「あ、ちょっと待って……まだ調べたい」

「ちょっとじゃない!」


 イースは乱暴ながらも足を速めて、キャットを離れさせた。

 

 するとすぐにキャットもふと上の方を見て、兄がこうした理由が分かったようだった。

 高層建造物から、大きな瓦礫が落ちてきたのだった。

 

 その瓦礫は、天使達を巻き込みながら、大きな音共に地面に落下し、公園の周りに塵が飛ぶ。

 

 イースは、最初に落ちてきた小さなもので、上を警戒してよかったと、唖然としている表情をしつつも怪我がなかったキャットを見て安堵していた。

 

「あ……て、天使さんたちが……」


 しかしキャットはそう言って、まだ塵の中へ飛び込もうとするが、イースは抑える。

 

「もうちょっと待て……少しは安全になってからだ」

「でもでも……ああ……みんな壊れちゃってる……」


 だんだんと塵の霧が晴れてから、キャットの悲痛な声とともに状況が分かりつつあった。

 

 「修復」されてない方の天使はあとかなくもなく姿は消えていた。

 

 一方で、修復された天使も、「存在感」は残っていただけで、ほとんど人の形を留めていなかった。

 

「まあ……しょうがないさ……」


 イースは悲しそうなキャットを慰めようとするも、すぐに異変を察知する。

 

 地面が揺れ出していた。

 

「な、何? 地震?」

「……いや……」


 イースは何度か、大きめの地震を経験したが、今回は変わった揺れ方だ。

 確かにここも、地震はたまに起こることがあるらしい。

 この町が陥没して放棄されたのも、それを決める直前に連続していた中規模の自身が理由だとも言われていたりする。

 しかし今回の葉、まるで、下から何かを続けて突き上げてくるような……。

 

 廃墟の中にあるのだから、ここに留まっては危険だとイースは判断したが、身動きがとれなかった。

 事実、また落ちてくる瓦礫もあった。

 潰されるのではないかと思っていた。

 

 自分はともかく……キャットを死なせるわけには……。

 そう思いながら、ただ揺れが収まるのを待っていた。

 

 

   †


 

「イース……収まったのかな?」

「……かな?」


 揺れは一分ほど続き、ピタッと止まった。

 

「町を出よう」


 イースはまた、キャットの手を握って、外へ向かう。


「え? でも天使たちが……」

「天使よりお前が大事だ」


 キャットはどうやら、あの崩れた像が気がかりだったようだが、イースは気にもしないように、走るように弟を町の外へ引っ張った。


 しかしそうしているうちに不思議な感覚があった。

 

 来た時にこんな、走っても何も恐れずに済むようなことがあっただろうか。

 

 地盤はぬかるんでいる場所が多かったが、それでもなんとなく崩れる気配はない。

 頭の中ではキャットの無事ばかりを考えているが、また足場が崩れてしまって、自分も弟も土砂の藻屑になってしまってはどうこうもない。

 

 しかし段々と、町の外へ離れて行く度に、そのリスクが思った以上に小さくなっていたと考えるようになった。

 

 

   †



「どういうことだ……?」

「もう……イース……足早い疲れた……」


 町の門まで、二人は戻ってこれた。

 

 しかし明らかに、ここに最初来た時よりおかしいと思えることがあった。

 

 丁度この門付近が、かつての湖と陸地の境界だったらしい。

 しかし街の方を再び見ると、全体的に町が、浮かび上がっているようにイースは見えた。

 

「……気のせいか?」

「町、上がってるよ! どうしたの!?」

「……キャットにも分かるのか」


 キャットの「勘」を信じるべきかはともかく、今この場にいるのは自分たちしかいない。

 他に仲間を呼ぶこともできたかもしれないが、人望の無いイース、ほとんど人間関係が絶たれているキャットが呼んだところで、誰がこれを判断できるだろう。

 しかしこの町は、危険だからと来る人はめったにいないが有名な都だった。

 おそらくその判断は、他の元同業者ができるだろう。

 もっとも、その時がいつになるかは分からないが。

 

「でもどうして!? まるであの天使を壊したのがスイッチだったみたいだよね?」

「……さあな」


 あの双子の天使達は、この町の歴史においてどういう立場だったのかは分からない。

 しかし、こんな奇跡が起ころうものなら、どこか大きな存在だったことは分かる。

 

 なぜあんな、埋没したようになってしまったのかは分からない。

 もしかしたら、昔はもっと目立っていたが、町が発展し、建物が高層化していくにしたがってそうなったのかもしれない。

 それとも、昔はもっと重要なものだったのかもしれないが、段々と忘れ去られていくものだったのかもしれない。

 この都市でなにか宗教的なものがあるとするなら、この世界で広く信仰されている宗教が、ここにも広がっている証拠は、浮かび上がってなお目立つようになった中央の聖堂のようにあるのだから。

 

「まあ、あの天使たちは……」


 イースは弱弱しく言った。

 

「お互い、壊れたかったのかな」


 何もかもが、推測に過ぎないだろう。

 しかし、もしも、あんな簡素な修復で済ませた天使を見て、悲しんだのだとしたら……。

 

 イースは思う。

 肉体で言えば、痛みを伴いながらもばらけた身体を無理につなぎ合わせたようなものだ。

 そうすると、この都が滅んだのはもしかしたら、忘れ去られた太古の神の怒りなのだろうが。

 

 しかし、この町はすっかり陥没してしまっていたのだ。

 今更奇跡のように浮かび上がったところで今更遅い。

 完全に崩れたからおかしくなったのか。


 この都に限らず、この世界全体で、少なくとも自分たちのような人間は昔に比べてほとんどいなくなってしまった。

 その代わり、このような不思議な現象が度々報告されるようになった。

 

 そんなことを学会かなんかで報告すれば、「狂ってる」と言われてしまうことが今でもある。

 しかし目撃数は増えているのだ。

 どこまで「狂ってる」なんて扱いできるものか……とイースは町を眺めながら手を震わせる。

 

「イース?」

「……」

「大丈夫?」

「ん? ああ、大丈夫だ」


 どこか不審な表情を見せてしまったかと、イースは自分を落ち着かせようとする。


「またこの町に人が戻ってきたりするのかな? もうお兄ちゃんも、足場がグラグラする心配なかったじゃん……あんなに走っちゃて」

「確かに足元が一番の問題だったが、浮かび上がっただけじゃどうしょうもねえよ。昔はこの町が中心で……周りにあった衛星のような村もみんなゴーストタウンだ。近くの町まで、車があったとしても結構な時間がかかるぞ」

「じゃあ誰も戻ってこないってこと?」

「それは確実なことは分からないよ……でもまず、誰も戻ってこないだろうな」


 おそらく、天使達もそう思っていたことだろう。

 

 あの天使たちがどうやって忘れ去られるような運命にあうことになったのか、どんな経緯があったのかは分からない。

 

 しかしあの天使たちはこうしてそっとして欲しいようだった。

 

 これはイースにとっては、自己陶酔による推測だろうか……と胸に自分の手を添える。

 

 自分だって、この世界から旅立ちたいと強く思っている。

 しかし、キャットという、生き写しの存在があるから、自分もどうすればいいのか分からない。

 

 彼を一人にしたらどうなるのだろう。

 自分のことはもしかしたらどうとも思ってないかもしれない……が、この寂しい世界に彼を置いておくのは気がとても引ける。

 

「さあ、キャット、行こう」

「ん……ん……」

「キャット?」

「天使達、またどっかで会おうね」


 キャットはそう言って、町のどこかへ手を振った。

 

 一体何を考えているのか分からない。

 しかし彼なりに、心残りがあるのかもしれない。

 どうしょうもなかったが。

 

「次はどこに行きたいんだ?」

「ええっと……こっち、こっちの砦に行ってみたい」

「……分かった」


 ここまで逃げるのに、イースは自分なりに必死だった。

 キャットも、あの時の怖がっていた表情から察するに恐れていただろう。

 

 しかしキャットはそれでも、そんな壊れかけの大きな建物へ行きたいという。

 

 一体この旅はいつまで付き合わされるのだろうか。

 そして、イースという男、キャットという男、それぞれの終着点はどこにあるのか。

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