1.沈みかけた廃都と双子の天使
双子の少年たちは、海辺にあるとある廃都に辿り着いた。
かつてあったこの都は、港町として、経済の中心として長く雄大な歴史があったようだ。
およそ七割ほどの土地は、海や湖を埋め立てて作り上げたのが大きな特徴らしい。
町を大きくするに従い、はるか昔から干拓や埋め立てを行ってきたようだ。
「見て見てーお兄ちゃん、あそこに教会が……」
「ほんとだ……」
弟が差していたものを、兄はしっかり注目しようとする。
弟の方が無邪気に指差していたのは、この都市に高くそびえる、鐘塔のある教会だった。
しかし搭は辛うじて残っているものの、多くが崩れ去っているのがよく分かる。
そしてそれは、入口からも比較的目立つように高く見える鐘塔に限ったことではない。
他の建物だって、低層な家から中高層なビルまであったが、長い間放置されたように朽ち果てており、屋外でもこの町の中に入るのはとても危険な状態だろう。
ここから離れた場所で兄が聞いた話によれば、この都は既に五十年程、放置されているとのことだ。
†
兄……イースは顔にも腕にも多くの傷があり、痛々しい見た目をしていた。
弟……キャットは兄に比べれば傷がない。しかし彼の瞳は、いろんなところに興味を持っていろんな場所へ視線を移してるにもかかわらず、兄から見ればどこか濁っているようにも見えていた。
しばらく、二人の双子の少年は誰もいない都市の中を歩いて行った。
この都市の地面は、どうやら比較的充実に舗装されているようだった。
しかしそんな道路の上を歩いていくとかなり頻繁に、その地盤が不安定と思わされるような場所は多い。いつか足元が崩れそうて足がすくわれるような危険な場所であることはすぐに分かる。
これだけは二人とも事前に聞いた話と同じだ。命が惜しければ町の中の方まで入るな、という警告も。
しかし話を聞いてからも、弟のキャットはここに来ることを強く望んでいた。
これはいつもそうだった。
彼はこういった、どうしょうもなくなったような土地を見るのが好きなようだった。
イースから見れば、キャットは非常に危なっかしい弟だった。
幼い頃からそうだったかもしれない。
しかしそのころの興味の矛先は、虫とかリスとか、綺麗な花とか、そういうものだったとイースは思い出す。
それが、いつから動植物園から、こんな灰色でしかない場所に執着するようになったのだろうか。
それでも、表面上の態度は昔から変わってないのだから、どこか不気味に見え、そして心配になるのだった。
しかしイースにとって、キャットを勝手に放っておくことはできなかった。
以前まで考古学者を自称していたが、現在のイースは生きがいもなく、この後どのように生きていくか分からなかったが、自分の鏡写しと言えるキャット一人を、危険な冒険にさせるわけにはいかなかった。
そして今では、イースはキャットを見守ることしか、自分の意義を見出せなくなっていたのだった。
「うわっと!?」
「危ないよ……」
イースがぼんやりと、弟が元気に歩いているのを眺めていると、彼がつまずきかけたのを見た。
つまずかせたのは、小さな彼一人の重みで沈んだ歩道だ。
舗装路にヒビが入り、小さな段差が産み出されていた。
「思った以上に危ないな……」
「でも楽しそうだよ?」
「楽しくないよ。下手したら下にある湖に落ちて溺れるけどいい? 泥だらけだろうし」
「へーきだよ! 僕、よく泥んこになって帰って来たでしょ? イースったらずっと本読んでばかりだったけどさ」
そういえばそんな時代もあったな、とイースは思い出す。
今ではむしろイースの方がボロボロな状態となってしまったので、少し懐かしい気分だった。
またしばらく歩いていると、門から既に見えていた、この都市で一番大きいであろう、鐘塔のある聖堂にたどり着いた。
しかし近くで見ると、残っている外壁がだいぶ下へ沈み込んでいるのが分かる。
内部はすっかり崩壊している様子だったが、健在だった時はもっと大きかったのかもしれない。
「……なんかすごい大きいね」
「そうだな」
「今でも聞こえてくる気がするよ……年末になったらここで大きな市場があって……」
「そうなのか?」
「うん……みんなにとって、この日が一番楽しみだったに違いないよ……!」
キャットは自信を待ってそうに言う。
彼はいつだってそうだ。
この廃墟が、街として健在だった時のことは、二人にとってはよそ者で知ってることも少ない。
強いていえば、昔のこの町の観光用パンフレットを、二人が別の町を訪れた時に資料館で見たことがあるくらいか。
しかしキャットはどうしてこうなのか、イースもわからない。
昔はこうではなかったはずだった。一体いつからこうなったのか。
イースはよく、彼について深く考えることがあるのだが、埒があかない気しかしないのだった。
†
広場の少し歩いた場所に、小さな公園があった。
公園には動物を模した遊具が置かれていたが、二人が入った入口の正面から見て奥の方に、目に付くものがあった。
「これって……天使か?」
「そうだね、二人とも羽がついてるよ」
少年の像であった。
キャットが言った通り、それは対になっているように二人、お互いを向くように立っており、二人には天使のような羽がついていた。
「結構立派なものだな……この造りは初めて見たかも」
イースはじっくりと見ていた。
さっきの聖堂より、なんとなく魅力的で長く見てみたくあるものだった。
「……なんとなく、かなり古い気がするね」
キャットは、まじまじと、落ち着かない様子でいろんな角度から、二人の像を見ていた。
「キャットも分かるか?」
「わかるよ。多分……この公園は、あんな遊具より、もっと立派なものが建ってたんだろうね」
「んー? そこまではわからないな」
イースは、ボロボロの遊具しかない公園を見ながら首をかしげる。
周りには、似たような廃ビルが並んでおり、この公園はその中でひっそりと挟むように作ったように思える。
この天使だって、公園内のオブジェに過ぎないと思われるだろう。
二人は、イースとキャットの兄弟と同じく、一卵性の双子のようだった。
まるで線対称になっているかのように、鏡映しになっており、装束もほとんど同じデザインに掘られている
「おい、何をするんだ?」
しばらくすると、キャットは、片方の像を触ろうとしてきた。
イースはそんな彼を慌てて止めようとした。
こういった廃墟で、このような貴重な遺物を不用意に触ると崩れ去るかもしれないし。
なにより彼の身に危険が降りかかるかもしれない。
「うーん……なんか、片方だけちょっと新しい気がするの……」
イースはキャットからそっと像を離そうとしたが、それに気にもせず流されながら言った。
「後から作ったんじゃないのか? 一人だと寂しいからって」
「いや、作ったのはどっちも同じ時期だよ、多分」
「……お前、何が言いたいんだ」
「後から弄ったんじゃないかなってことだよ……これ、多分一度壊れてるよ」
「ふーん?」
話半分に聞いていたイースだが、「付き合ってやるか」というふうに、彼もキャットに付き合うように像を見る。
長い間野ざらしになったんだ。
いくら変色しようと、そんなことは疑っちゃいないと思った。
しかしキャットから言われてみれば、確かに糊のようなもので補修されたような跡も見られる。
しばらくイースは、両方の像を慎重に見比べる。
よく見れば右腕や、左手の何本かの指、首など、付け具合が片方だけどこかアンバランスさを感じさせていた。
雨に濡れた跡とも思えたが、段々と、傷から溢れた接着剤の跡とも考えられるようになった。
イースだって、「集まり」から追放されたが仮にも考古学者をやっていた身だ。
キャットよりかは築年数、物理的な崩壊の過程などははっきり予想できるはずだと自負していた。
しかし全く疑問も浮かばず、見過ごすところだった。
「確かに、後から直したところもあるな」
「そうなの?」
「結構上手に治したのかもしれない。素人目からパッと見ればきっと変わらないだろ」
「うん……僕は分かるけどね。そんなこと言って、イースったら、気が付かなかったこと、認めたくないんじゃないの?」
「からかってやるな。でもこれを修復した人はよくやったな。接着剤も、かなり良いもの使って修復されているようだ」
「へぇ……」
「なにしろ、何十年も耐えてるだろう。雨だって降るし、このあたりは湿気の多い季節が長い……でもこのままならまたいつかバラバラになりそうだな。今だって軽く蹴り付けたらそうなるかも……」
「え? お兄ちゃん、蹴りつけるの? 可哀そうだよ」
「いや、しないよ……可哀そうだし、像の下敷きになるもん」
イースは断りながら、ボロボロながらも健在な、またもう一人の像を見つめる。
この町が機能していた間は保全も行われていたのだろうが、長い歴史が垣間見えるほど変色している。
見たところ、言われてみなきゃ「修復された」方とは変わりがないように見えた。
だから気が付かなかったんだ。もしくはいつものようにぼーっとしていただけだ、とイースは言い聞かせた。
そんなことを悶々と思っていたところ、どこかで何か重いものが落ちた響いてきた。
「え? 何!? 何の音?」
「……どっかで建物が崩れたんだろう」
ここまで来ていた時にも、ところどころで対象の建物が積もった瓦礫となっている場所も多かった。
老朽化なのか、陥没によるものなのか、少しずつこの町は壊れていくのだろう。
「しかしこの辺は、高層な建物が多いな……大昔は農業の為に干拓したって聞いたんだけどな」
「だから地面がぐちゃぐちゃになったの?」
「さあ……それは確実なことは分からん……」
イースが、十以上もの層があるだろう、建物の上を眺めていると、何か異変に気が付いた。
「ん……?」
その瞬間、何か小さな塊がゴトッと、音を建てて落下した。
小さいと言っても、落ちてきた高度によっては当たったら痛いじゃ済まされない程度の大きさはある。
「……おい、キャット」
「え?」
「すぐに離れるぞ!」
明らかな異変を察知したイースは、すぐにキャットの手を握って、天使の元から去ろうとする。
はじめまして。
当作品は不定期更新の予定です。