9話 再来
そして次の日、心の中ではハラハラしながら農場に行ったが、農場を辞めさせられることにはならなかった。
だからこそ、私を継続して雇うことは、エイミー様がもう来ないからだと、勝手に安心していた。
しかし、私の考えは甘かった。
数日後、またエイミー様が来たのだ。
「皆さん、先日は私が取り乱してしまってごめんなさい! 今日こそはきちんと皆さんのもとで、学ばせていただきます!」
私はただただ絶望した。
しかし、農場長も考え無しではなかったのか、エイミー様と私が話すことの無いよう担当区域を変える等して取り計らってくれた。
そして、この日はエイミー様が問題を起こすこともなく、また、真摯な姿勢で作業に取り組んだらしく、皆から賞賛の嵐を受けていた。
――普通の作業でも、立場が違えば賞賛が降るのね。
そんなことを思いながら、もう作業が終わり帰る段階となったエイミー様を見ていると、今回は前回と違いコールデン子爵が迎えに来た。
そのため、エイミー様の近くにいた人は皆、領主様の所へ挨拶をしに行った。
「領主様! エイミー様はそれはそれは一生懸命作業してくださいました! 素晴らしいです! こんなにも可愛らしいのに、領地民の目線を知るため、貴族令嬢なら避けるであろう農業に嫌な顔一つせず取り組むだなんて、この領地の将来は安泰ですな! エイミー様はこの領地の天使です!」
この農場長の発言を皮切りに、そこにいた多くの人々がエイミー様の賞賛を始めた。
「エイミー様は何でもお上手で……」
「私たちよりもずっと上達が早いですよ!」
「平民の私たちにも気さくに話しかけてくださって、本当に可愛らしいですわ!」
「それにお優しくて、もう天使そのものです!」
この発言を聞き、コールデン子爵はそうかそうかと嬉しそうに話を聞いていた。
――5年の歳月が経ったけれど、領主様は娘の本質に気付けなかったのね……。
それに、同じ人間に対して、私とほぼ反対の意見を持つ人がこんなにいるなんて。
もうこんな領地に居たくないわ。
絶対に出て行こう。
そう思うと、どこからともなく虚しさが込み上げてきた。
こうして、何も知らないままエイミー様たちが帰った後、エイミー様が作業をしていた場所を見ると衝撃の光景が広がっていた。
エイミー様は収穫量が圧倒的に少ないため範囲が狭いものの、まだ抜く予定ではない部分の野菜が抜かれ、根元辺りで刈るものは根元とは言えない程上の方で刈られ、もう見ていられないような状況になっていた。
しかし、皆初めてだから仕方ないと言い、エイミー様を責めている人はいなかった。
その後、もう来ないだろうと思っていたエイミー様だったが何回も来た。
だが、そのうちの数回は何かと一部の人々の怒りを買っていた。
「きゃあ、虫!」
そう言ったかと思うと、男の後ろに隠れたり、抱き着いたりした。
そして、その男が虫をのけると、
「怖かったです……。あなたがいなかったら大変なことになっていました。頼りになる男性って素敵ですね!」
そう言われると、大多数の人間がエイミー様の可愛さに、よりぞっこん状態となった。
こんなことを、領地で人気の男や婚約者がいる男など、若い男に繰り返し、その男たちを狙っている若い女性や婚約者たちは怒りを募らせていた。
そんなタイミングで、エイミー様は私にしたような失礼な発言をし、特に若い女性陣を敵に回していった。
ただ、12,3歳の年齢の子どもであり、領主の娘でもあるエイミー様にキレる訳にはいかず、怒りを募らせる人々はもどかしい日々を送っていた。
また、エイミー様が帰った後は野菜が残念なことになっていることが多く、そのことに怒りを募らせる人も極僅かだが出てきた。
だが、そんな事実は知らない、見えていない、というかのように、農場長や私の両親以上の年代の人たちの多くは、領主様の天使のしたかわいい失敗と言い、頑張っているんだからそれで良いじゃないかと言い始め、領主様には耳触りの良い言葉しか言わないようになっていた。
領主様からすれば、エイミー様は領地民に愛された天使としか言われないから、さぞ嬉しかっただろう。
ただ、因果関係は断定できないものの、こんな状況に辟易したのか、若い人達は色々な理由をつけ、徐々に領地から出て行き始めた。
そんな日々が続き、私が19歳の誕生日の前日、最後の事件が起こった。
エイミー様が作業中に私のところまでやって来たのだ。
そして、話しかけてきた。
「サンディ、この間のことをまだ怒っているから、私とお話ししてくれないの?」
エイミー様が何を言っているのかもう分からないような気分になりながら、もう無駄に問題が起こらないように冷静に言葉を返した。
「怒っていませんよ。ただ、エイミー様と担当が違っていたので話す機会が無かっただけです」
そう言うと、エイミー様はまた訳の分からないこじつけを始めた。
「サンディがそうなるようにしたんじゃない? きっとそうに違いないわ。だって、今の話し方も怒ってたもの……。そんなことされたら悲しいわ。怒っているならそんな遠回しじゃなくて、直接言ってよ。サンディのやり方はズルいわ」
「ズルい……ですか? 私はもともとこんな話し方であって、怒っていませんよ。ですから、怒っていないのに、ズルいと言われとも困るのですが」
「ほら! 今も怒ったわ! ずっと昔から一緒に居たから分かるもの。どうしてそんな嘘をつくの?」
――妙に説得力あるような変な言い方するから、周りの人が聞いたら、また私が悪者みたいになるじゃない!
それに、平民が領主の娘に何か言い返したら、きっと取り返しのつかないことになるわ……!
もう嫌、しつこい!
怒ってないって言ってるのに、どうして素直に聞き入れないの……!?
そう思っていたところ、事態を急速に察知したカイが農場長を引き連れてやって来た。
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