5話 分かれ道2〈サンディ視点〉
それはまさに、青天の霹靂といった発言だった。
「私とサンディは同じ金髪で同じ緑色のお目目のはずなのに、どうしてサンディの髪の毛と目の色は綺麗じゃないの? 何か……、濁って――」
私はショックだった。
そのため、エイミー様が言いかけていた言葉を遮るように、つい怒鳴ってしまった。
「エイミー様! エイミー様の髪色や瞳の色は私と比べると透き通るようにお綺麗ですが、私はこの自分の髪色を気に入っています! 綺麗じゃないなんて思ったことありません! どうしてそんな酷いことをおっしゃるんですか!?」
私はやってしまったと思ったが、そんな中、侍女様がエイミー様に話しかけた。
「お嬢様は今サンディに悪い言葉を言いました。お嬢様はサンディを傷付けたんです。謝りましょう?」
いつもと違い、怒った口調の侍女様に驚いたのかエイミー様は泣きながら答えた。
「そんなに怒るなんて思わなかったんだもん! ただ、不思議に思って!」
「不思議に思っても、言い方は大事です。濁ってるなんて言われたらお嬢様は傷付くでしょう?」
「だって私は濁った髪色や瞳の色じゃないから綺麗だけど――」
「お嬢様がお生まれになる前に亡くなられましたが、サンディの髪色は、お嬢様のお祖母様の髪色にそっくりですよ。それでも綺麗じゃないと言うんですか?」
そう言われてから、エイミー様はウワーンと泣き出し喋らなくなった。
それを見て、カイが侍女様に声をかけた。
「いくら何でも子ども1人に詰めすぎなんじゃ……。エイミー様が可哀想ですよ」
そう言われ、侍女様はキッとカイを睨みながら言った。
「こういう人の独自性を踏みにじるようなことを言う場合には、これくらい言わなければなりません。年齢も関係ないです。むしろ、お嬢様は貴族なのですから、言葉一つが致命傷にも成り得るのです。今の内に誰かが言ってあげないと、お嬢様は間違ったまま育ってしまうんですよ!? あなたが責任を取れるとでも!?」
そう言われ、カイはウッとした反応をしたかと思えば、私に対してエイミー様に聞こえない声で話しかけてきた。
「エイミー様はまだ7歳なんだ。何もそんなに怒鳴らなくても良いじゃないか……。 サンディがあんなにもまともに反応したから、こんなにも事が大きくなったんだぞ? サンディは13歳なんだ。そりゃ、エイミー様の言い方も良くなかったが、ちょっとした疑問感覚じゃないか。そう目くじらを立てるなよ。な? 許してやれよ。 サンディが侍女様に声をかければきっと丸く収まるはずだ」
――言われた当事者でもないのに、どうしてそんなことを言うの……?
怒っている私がただの心の狭い人間みたいじゃない!
私はカイのこの言葉に両親の出来事と同じくらい裏切られたような感覚に陥り、酷くショックを受けた。
それと同時に、好きな気持ちはどこへやら、カイに嫌悪感を抱いた。
すると、シンが睨みながらカイに詰め寄ったかと思うと、カイの足を思い切り踏ん付けて、泣きわめいて収拾が付かなくなったエイミー様の元へ向かった。
そして、足を踏まれカイがシンにキレていることは関係ないといった様子で、シンはエイミー様に優しく声をかけた。
「エイミー様、知らなかったのでしたら僭越ながら私がお教えいたします。サンディの髪色も瞳の色も綺麗です。これは断言できます。世の中にはたくさんの種類の色があるんですよ。ほら、ここに咲いているお花は、ピンクとも言えるし紫とも言えます。他にも黄色とも言えるしオレンジとも言えるようなお花もあるでしょう? 緑も薄い緑もあれば、濃い緑もあるように、色々な種類があるんです。エイミー様とサンディの髪色や瞳の色は、その種類が違うだけで、どちらかが綺麗で、どちらかが綺麗じゃないということにはなりません。どちらも綺麗なんです」
その言葉を聞き、エイミー様は俯いて泣きわめいていたが、涙を零しながらも恐る恐ると言った様子で顔を上げ、不思議そうにシンに問うた。
「どっちも綺麗……?」
すると、そう問われたシンは笑顔で答えた。
「はい、どちらも綺麗ですよ。お嬢様は自分の髪色や瞳の色が好きですか?」
「うん! 好きよ!」
「そうなんですね。サンディも自分の髪色や瞳の色が好きなんですよ。お嬢様は自分の好きな髪色や瞳の色を綺麗じゃないと言われたらどう思いますか?」
「悲しいわ……。嫌よ」
「そうなんですね。実はサンディも、エイミー様のお言葉で、悲しいし嫌な思いをしたんですよ。エイミー様、サンディに謝りましょう? 1人で謝れないなら、私も一緒に謝りますよ?」
「……1人で謝る」
「っ! そうですか。では、私は見守っていますね」
そう言われ、エイミー様は私の元までやって来た。
エイミー様の後ろにいるシンは、いつの間にか真顔に戻っている。
こうして、エイミー様は泣きながら言った。
「ごめんね。綺麗じゃないって言って。サンディを傷付けてしまうと思わなかったの。サンディの髪色も瞳の色も、私と違うだけで綺麗なんだね。私のこと許してくれる?」
そう言われ、私は思った。
――この状況で許してくれる?と問うてくれるのは、私が許すと思い込んでいるからなはずよ。
というよりも、流石にこの年齢なら普通、綺麗じゃないって言葉が人を傷付けるって分かるわよね?
もう許すと言って、出来るだけ関わらないように、関係を絶とう。
そうするしかないわ。
じゃないと、私はもう耐えられそうにないから……。
「はい。今回は私だから良かったですが、他の人には二度と傷付くようなことを言わないでくださいね」
「うん! ありがとう! サンディ!」
――本当に分かっているのかしら?
それに、もうカイとは会いたくないわ。
何だか良くない予感がするし……。
だけど、それにしてもシン……、あんな風に話すことも出来るのね!
そうも思っているうちに、エイミー様はシンの元へ駆け寄って行った。
「ちゃんと謝ったよ!」
「はい、謝りましたね」
「何かもっと……無いの?」
「何がですか?」
こう答えるシンは、確実に意図が分かっているはずなのに何も知らないという表情をしていた。
そんなシンにエイミー様がもどかしそうに言った。
「謝ったんだから、少しはご褒美をくれても……」
語尾を濁しながらもそう答えたエイミー様に対し、シンは当たり前だが結構キツいことを言った。
「エイミー様が謝らなければならないことをしたから謝っただけなのに、どうして私がそのことでお嬢様にご褒美を、という話になるんですか?」
――全くもって正論でしかないけれど、こうも貴族の令嬢にはっきり言うなんて大丈夫かしら?
そう思いながら2人の様子を見守った。
「他のみんなはくれるもん!」
「エイミー様が謝ったら、エイミー様のお父様もお母様もご褒美をくれるんですか?」
「お父様とお母様はくれないけど……。でも、領地の人達はくれるはずだもん!」
すると、シンは諭すように話しかけた。
「エイミー様、自分が悪いことをして謝ることになったのに、謝ったからご褒美をもらおうと、見返りを求めてはいけません。悪いことをして謝るのは当たり前のことです」
「でも……」
「ただ良い事をしただけならくれるかもしれませんが、領地の人であっても謝ったからとご褒美をくれません」
「そうなの?」
そんなお花畑な返答をするエイミー様に、シンははっきりと事実を突きつけた。
「はい、そうです」
そう言ったシンの答えを聞くと、エイミー様はたちまち目に涙を溜めだした。
――あっ! 泣いてしまうわ!
そう思っていると、泣きそうなことを察したカイがすかさずエイミー様に飴をあげた。
すると、エイミー様は嬉しそうな顔をして言った。
「わーい! カイお兄様ありがとう! 大好き!」
能天気なこの言葉を皮切りに、この日は解散となり、この出来事は幕を閉じた。
この時、私は自分の感情を押し殺すことに必死だったため気付かなかったが、エイミー様とカイが一件落着と喜んでいる中、侍女様とシンの目は一切笑っていなかった。
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