2話 濡れ衣〈サンディ視点〉
私が6歳の時、領主様に初のご息女が生まれた。
自分より歳下の子どもが領地に生まれたということは、当時6歳だった私にとって、非常に喜ばしい出来事だった。
普通なら領主の娘の誕生をそんな理由で喜ぶなんて有り得ないことだろう。
しかし、領地民と距離の近い領主様だったことと、身分の差を理解しきるには当時の私はまだ幼かったこと、領地民が少なかったことが、その考えに至る原因になったのだろうと今なら思う。
だからこそ、このときの私はまさかこんなにも可愛らしい産まれたばかりの子どもや、この身分の差が私を苦しめることになるなんて夢にも思っていなかった。
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エイミー様が生まれ2歳になった頃、私の人生が変わり始めた。
私は農民ではあるものの、1番歳が近いことや同性ということで、私はエイミー様のお友達遊び相手として、異例の抜擢を受けたのだ。
そのため、8歳になった私はコールデン領主家に呼ばれ、エイミー様と週に2回ほど会うこととなった。
当時8歳の私は戸惑った。
何せ、2歳の子どもとの遊び方なんて分からなかったからだ。
しかし、おもちゃやぬいぐるみを見せたり話しかけると、エイミー様は喜んでくれた。
その姿は、本当に可愛らしくて、エイミー様が笑うと私も嬉しかった。
また、歳が近く同性という理由だけで、農民の身分ではあるものの他の同身分の人よりも特別扱いされるうえ、それと同時に可愛い子を見ることができ、この時は楽しい一年だと思えた。
エイミー様が3歳になった。
私には1つ年上の幼馴染の男が2人いたが、今まではその2人と遊んでいたのに、エイミー様と会うことによって2人とタイミングが合わなくなり遊べなくなった。
他の子達も同年代の子同士で楽しそうに遊んでいるのに、何で私は3歳の子と遊んでいるんだろうと徐々に嫌になってきた。
エイミー様が4歳になった。
私は10歳になり、自分が絶世の美女や飛び抜けて可愛い顔という訳では無いことに気付きだした頃だった。
だからこそ、私は家族しか言ってくれない「可愛い」という言葉を、ありとあらゆる人から毎日言われるエイミー様が羨ましいと思い始めた。
しかし、たった4歳の子に嫉妬する自分が恥ずかしく、この気持ちはずっと胸に秘めたまま過ごした。
エイミー様が5歳になった。
このとき、私にとって忘れられない出来事が起こった。
エイミー様とエイミー様付きの侍女様1人と一緒の部屋にいた。
そのとき、ふと侍女様を見ると、座っていたことや部屋の暖かさが原因か、侍女様はうたた寝をしていた。
――いつもは寝ないけど、今日は疲れているのかな?
この部屋は暖かいから私も眠くなる時があるんだよね。
そう思ったため、侍女様を起こしはしなかった。
すると、エイミー様がひそひそ声で話しかけてきた。
「ねえねえサンディ、このクッキー食べてもいい?」
私はエイミー様に私の分のクッキーを食べて良いか問われた。
しかし、エイミー様はまだ5歳。
エイミー様自身のクッキーも食べた挙句、人の分のクッキーまで食べるのは食べ過ぎになると思い、止めなければならないと幼いながら判断した。
そのため、私はこう返した。
「エイミー様はご自身のクッキーを食べましたよね? これは私の分のクッキーですので、エイミー様が食べられる分はもうないですよ」
11歳だったこともあり、私は大人のように上手い返しができなかった。
だからか、エイミー様は私の言葉を聞き、少し怒った様子になりこう言った。
「サンディがクッキーをくれなかったこと、おとーさまに言っちゃおっかなー」
私は焦った。
身分差についてようやく分かり始めた頃だったこともあり、この言葉を聞き私の心に不安が過った。
そのため、いけない事と分かりつつ、ついクッキーをあげてしまった。
すると、エイミー様は怒りの表情を消し言った。
「ありがとう! サンディ! 大好き!」
私はこの言葉を聞き良かったと安心した。
しかし、その考えは甘かった。
しばらくすると、さっきクッキーをあげたにもかかわらず、またクッキーが欲しいと言い出したのだ。
しかし、今回に関しては私の分のクッキーもないため、どうしようもない。
そのため、エイミー様に言った。
「エイミー様、あげたくても1枚もクッキーは残っていないので、もうおしまいですよ」
すると、エイミー様は
「もうないの? それならいいや」
と答えた。
意外とあっさり引き下がったため、私は5歳は気まぐれな年頃だものねと思いそのまま過ごした。
そして、そのまま私が帰る時間になり、侍女様達が玄関まで送ってくれた。
すると、エイミー様が珍しく見送りに行くと言い、玄関までついて来た。
そして、玄関に着き領主宅から出ようとすると、突然エイミー様が泣き出した。
「どうしたのですか!? エイミー様! どこか痛いのですか?」
慌てた様子で侍女様がエイミー様に声をかけた。
私も突然どうしたのだろうとオロオロしていた。
すると、泣きながらエイミー様が衝撃的な発言をした。
「あのねっ……、あのねっ、クッキー食べたかったのにねっ、サンディが私の分のクッキー食べちゃったのっ!」
私は焦りながらすぐに弁明した。
「エイミー様! エイミー様が私の分を食べたじゃないですか!」
するとエイミー様は言った。
「どうして嘘つくの? サンディが私のクッキーを食べちゃったから、私はクッキー食べられなかったんだもん。本当は食べたかったのに……。サンディの意地悪!」
そう言いながら泣き出した。
すると、侍女様がエイミー様を宥め、私に言った。
「サンディ! あなたお嬢様のクッキーを食べるだなんて自分の立場を考えなさい! ……今日はもう帰りなさい。今はエイミー様も興奮してらっしゃるから、今度来た時にきちんと謝るのよ?」
「いえ! 私は何もっ! エイミー様が――」
「いいから帰りなさい!」
そう言い、家から追い出された。
――何で? 私何も悪いことしてないのに、どうして……!?
悔しくて悔しくて私は泣きながら家まで帰った。
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