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大人の恋路

最後の金星

作者: 陸 なるみ
掲載日:2021/07/11

 



 イギリスの夏は午後9時半まで明るい。だが、暮れなずむことはない。

 水色の空は(はん)を過ぎれば、カタンと音を立てたように濃紺に変わる。


 独り暮らしの気ままさで、夕食の洗い物を済ませて散歩に出てみた。

 夫も私も18年間通勤に使った青い橋まで。

 たった8メートルの小さな橋。

 水面までは結構遠く、空を映す水幅も3メーターないくらいだ。

 真ん中に佇んでゆっくりとした流れを見つめる。

 スローな川には水深があるらしい。


 ふと、頭の上から声がする。聞き慣れた声なので私も振り返りはしない。

「何を見ている?」

「白鳥……」

「今日はもっと上流、駅のほうで見たが?」

 声はそれ以上私を問い詰めることはしない。


「一緒にいられて、いいなって」

「見えるのか?」

「見えるよ」

「何度も何度も、見たな」

「うん。見つけたらメッセし合ってたよね。待ち合わせて眺めた」

「お前には待たされてばかりだ……」


 真意がわからなかった振りをして、私は白鳥の話題を続ける。

「日本では冬鳥なのに、ここでは夏、子育てが見られるもの、見ない手はないわ」

「かわいかったな」

「うん、泳ぎ始めがかわいい。体大きくなっても当分グレーで」


 ウェスト周りにふと圧がかかる。

「飛ぶな、まだ、迎えに来たわけじゃない……」

「絆がまた切れたの」

「お前が切ったんじゃないのか?」

「そうなのかな?」

 俯いたら涙になった。


「なんでみんな私は大丈夫だと思うんだろうね?」

「大丈夫だからだろう?」

「冬の白鳥さん、見に行けるかな?」

「迷惑でなけりゃあな」

「そうだね……」

 自分の存在自体が迷惑だと、思えてならない。


 夜の帳は降りて、辺りは漆黒の闇に変わる。

 思い出したように街灯が、ぱらんぱらんと点滅してから、家に続く道を照らした。

 あの家には、声の主はもういない。

 川に目を戻すと水面は見えず、残像の白鳥が2羽、橋の下を浮遊した。


 私は身長より低い青い欄干を越える。


 輝きだした金星が水面に映っていた。

 それが最後に見たものだ。





 挿絵(By みてみん)

by 秋の桜子さま



挿絵(By みてみん)

by 天理妙我さま


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― 新着の感想 ―
[一言] 物語でしか救われないこと、物語にしか救えないことってありますよね。 ひとによってはバッドエンドに見えるラストも、主人公にとっては救いのひとつだったでしょうし、この物語があるからこそ、なるみ…
[良い点] コンパクトにまとめている中に、とても美しい描写がこめられていて、まさに絵画になるような美しさが素敵だなぁと感じました(^^♪ [一言] 『声が聞こえるなら生きていたほうがいいだろうになぁ』…
[良い点] 切ないですね。まだ迎えにきたわけじゃないって言ってたのに…… >>なんでみんな私は大丈夫だと思うんだろうね? この一文にその時の辛さが詰め込まれているように感じました。 ラスト、身代わ…
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