グランバルド
複数の機体が援護射撃を行う中で、一機が白を基調とした黒の迷彩柄の機体を必死に切断しようと大剣をがむしゃらに振り続けていた。だが、すべて軽々と躱され斬りかかるだけ無駄になっていた。そこで通信が入る。
「おい!いい加減にしろ!オウマ!先走るな!下がれ!!」
しかし、その声にオウマは従わない。馬鹿の一つ覚えのようにただただ大剣を振り続けている。しかし、それがいつまでも続くわけがない。一瞬の隙をつかれコックピットに白と黒の機体の拳が飛ぶ。
「危ない!」
オウマの機体を蹴飛ばし、隊長機が白と黒の機体の前へと飛び出す。オウマの代わりにコックピットを叩き潰された。
「隊長!!ちくしょぉぉぉぉ!!!」
援護射撃を行っていた他の機体の数機が一斉に動き始める。だが、立ち向かうべきではなかった。白と黒の機体は隊長機の武器を取り上げ、銃を乱射する。そして素早い動きで近付き、斬りつけた。圧倒的だった、誰も抵抗できず死んでいく。そして、白と黒の機体はたった二機だけを残して去っていった。基地に帰還した後、よく顔の似た男にオウマは頬を叩かれていた。
「隊長や他のみんな、お前のせいで死んだ。それをよく理解しているかオウマ。」
「知るかよ、アイツらが勝手に死んだだけだ。兄ちゃんだってそう思うだろ。それに、アイツを殺すのは俺だ、俺がアイツを・・・」
「・・・オウマを地下牢へ。こいつにはしばらく頭を冷やしてもらわないといけない。」
近くにいた兵士に呼びかけ、兵士は暴れるオウマを連れて地下牢へと向かっていった。ため息を吐く男の元に一人の男性がやってきた。
「やぁ、君も苦労するね。」
「博士・・・昔は俺の言うことをちゃんと聞いてくれる弟だったんですけどね・・・」
「それほどまでにアレが憎いのだろうね。君は違うのかね?」
「・・・憎いですよ、出来ることなら自分の手で始末をつけたいくらい。でも、俺は死に急いでない、周りもちゃんと見えてる。・・・仲間と協力して戦うのが一番合理的だ。」
「・・・もし、たった一機でアレに対抗出来るとしたら?」
「え?」
「クラガ君、君の願いが叶うかもしれないと言ってるんだよ。実は今、アレを破壊するための専用機の開発が完了してね。本来ならそのテストパイロットとして亡くなった隊長にさせようと思っていたのだがね。・・・クラガ君、もう一度聞こう。君の願いが叶うとしたら、どうするのかね?」
迷う必要などなかった。答えは即答。クラガはテストパイロットとなった。あの白と黒の機体、零式に対抗するために作られた機体、ブラスト・タイプオーガ。これに今日から乗るのだ。
「この機体はかなりピーキーでね、戦闘面に置いては零式をも凌駕する力を発揮するが、肉体への負荷が激しくてね。下手をすれば死んでしまうかもしれない、それでも乗るかね?」
博士の問いに答えることはない。クラガはただ真っ直ぐに自分の手足となる機体を見つめていた。
「ふふ、愚問だったね。ではーーー」
その時、基地内にサイレンが鳴り響いた。・・・ヤツが現れたのだ。クラガは急いで自分の機体へと乗り込んだ。
「・・・クソッ、こんなことしてる場合じゃないのに・・・」
オウマは牢屋の中で一人膝を抱えて座っていた。
「あのサイレン、ヤツが現れたんだ・・・なのに俺は・・・」
手に力が入る。オウマは昔の事を、あの日のことを思い出していた。幸せだったあの日々を、踏みにじられたあの日々を。ヤツは急に現れた。街を破壊し、俺の家族を踏み潰して行った。人々の返り血を浴び、黒く染まったあの機体、今でも目に焼き付いている。・・・許さない、許せない、ヤツは俺が壊す、徹底的に完膚なきまでに叩き潰す。その時、兵士と博士がやって来て言った。
「君の兄さんが死んだぞ」
時は遡り、クラガは零式の元へと向かっていた。
「必ず、必ず仇をとる、待っててくれ、父さん・・・母さん・・・」
手に力が入り、機体の動きも少し早まる。零式の元へと駆け出していく。
「見つけた!」
先行していたであろう機体、ガゼムの残骸が辺り一面に散らばっていた。
「ここで、終わらせる!」
一気に加速し、距離を詰める。零式が反応するよりも先に顔面に拳を叩き込む。しかし、零式はそれに耐え、ブラストの腕を掴みへし折ろうとしていた。
「させるか!」
もう片方の腕でコックピットを蹴り飛ばし、引き剥がす。次の行動に移ろうとした時、鼻から温かい液体が零れ落ちた。
「鼻血が・・・これが博士の言っていた肉体への負荷か。それでも!!」
クラガはジグザグに移動しながら再び距離を詰める。そして、コックピットを集中的に狙う。反撃を許さぬ連撃に零式は手も足も出ない。そして遂に致命的な一撃が入る。コックピットが大きな音を立てて潰れたのだ。クラガは血反吐を吐きながら終わったのだと確信した。
「や、やった・・・遂に終わったんだ・・・」
だが、それはあまりにも早計だった。まだ終わっていなかったのだ。コックピットが潰れたにも関わらず零式は動き出し、クラガのいるコックピットに拳を叩きつけた。
「しまっーーーー」
一撃だった。金属がひしゃげる音と共に血が少し流れ出した。ブラストが力なく倒れるのを確認すると零式は再び何処かへと姿を消した。クラガの生命活動が止まったのを確認した博士らはブラストを回収しに向かい、帰ってきて、今に至る。
「君の兄は死んだ。君はどうする?そこで黙って余生を過ごすかね?」
「俺に跡を継げってことですか?」
「嫌ならいいさ、別の者を探す。ただ、君は弟だから適合率が高い可能性がある。それに、君も兄さんと同じく零式を憎んでいる・・・違うかね?」
「やりますよ、どんなことだってやってやる。アイツをぶっ壊せるのならなんだって・・・」
「良い心意気だ。さぁ、彼を牢から出したまえ、検査の時間だ。」
オウマは牢屋から出た後、真っ白な部屋に連れてこられた。そこでは適性があるかどうか検査するとのことだった。検査なんてどうでもいいから早く乗せろという気持ちが強かったが、機体が機体なだけに動かすだけで精一杯なんてことになりかねないとの事だった。そのため渋々検査を受けることになった。検査中、あまりにも暇だった為、強烈な眠気に襲われオウマは寝てしまった。気が付くと検査はすべて終わっており、博士がオウマの顔を覗き込んでいた。
「気分はどうかねオウマ君。どうやらぐっすりだったようだが?」
「特に異常はないです。寝起きで少し気怠いくらいで」
「ならばよし。そして、検査の結果を伝えよう。合格だ。君はパイロットに選ばれた。さぁこちらに来たまえ、君の乗る機体を紹介しよう」
そうして連れてこられた場所にあったのは全身が黒い機体だった。
「これの名は、ブラスト・タイプオーガ。今の君ならこの機体の隠された力を引き出すことすら可能だろう」
その時、オウマは何かを感じ取り、博士にパイロットスーツを要求した。その瞬間、サイレンが鳴り響いた。
「博士、早く俺にスーツを下さい。ヤツは俺が破壊します」
「よろしい、行きたまえ」
博士から渡されたパイロットスーツを着て、ブラストに乗り込む。手を差し込んで操縦桿を握る。不思議なことにまるで自分の手足のように自由に動く感覚があった。一体どんな技術で作られているのか・・・と一瞬考えたがそれはすぐに消え去った。何故なら今の彼には零式を破壊するという事しか頭になかったからだ。
「スラーズ・オウマ、行きます」
オウマは勢いよく発進し、零式の元へと向かう。零式と対峙するにはそう時間はかからなかった。コックピットの潰れた零式がこちらを見据えている。
「コックピットが潰れてる・・・?なんで動いてるんだ?・・・まぁいい、コックピットを潰してダメなら全部壊すだけだ!!」
ブラストは勢いよく走り出す、零式と真正面からぶつかり合い、顔面を擦り合う。
「邪魔なんだよぉ!お前の存在がぁ!!」
互いに拳を繰り出し、距離が開く。攻撃しては避けられて、攻撃されては回避してを繰り返す。
「お前が俺から奪った!お前のせいでみんな失った!お前のせいでみんな死んだ!!!!」
オウマの怒りに呼応するようにブラストの装甲がスライドし始め、まるで鬼のような姿になり、口が開口した。そして、一瞬して零式に詰め寄り、左腕に噛み付くとそのまま噛み砕いて引きちぎった。零式の反撃を躱し、バックステップで距離を取った。
「もっとだ、もっともっと食い殺せぇぇ!!」
ブラストが雄叫びをあげる。まるで生き物のように、獣のように。零式が少し気圧されたように感じた。ブラストは襲いかかる、獲物を見つけた飢えた獣のように。零式も反撃をしようとはするものの、ブラストの速度があまりにも早く攻撃が当たらない。一方的に攻撃を受け続けボロボロになっている。
「終わりだッッ!」
ブラストの右手が零式の顔面を鷲掴み、ミシミシと音を立てている。あと少しで潰れるという時、零式から声が聞こえた気がした。
「・・・理解・・・不能・・・」
バキッという音が鳴り響き、零式は活動を停止した。しかし、オウマの怒りは収まらず、何度も何度も零式を跡形も残らないほど叩き潰した。
「やった、やったぞぉぉぉぉ!!!!みんな!やったんだ!!俺はやったんだぁぁぁぁ!!!」
オウマは雄叫びをあげる。そして、基地へと帰還した。みんなが拍手でオウマを出迎える。博士がオウマの元へとやってくる。
「よく帰ってきたオウマ君。必ず零式を破壊して帰ってくると信じていたよ」
「はい、はい!俺は、俺はやったんです!ようやくみんなの仇をうってーーー」
「ならば用済みだ」
博士は拳銃をオウマの額につけ、引き金を引く。オウマは仰向けで床に倒れ、額からは血ではなくオイルが流れ出していた。
「これでようやく終わりをつげた。失敗は成功によって帳消しとなる。」
兵士達はオウマだったものを片付けている。兵士の一人が博士に話しかける。
「スラーズ・オウマの肉体はどうしますか?」
「処分したまえ、不必要だ。彼は充分役目を果たしてくれた。これ以上は何も望むまい。ゆっくりと眠らせてあげたまえ。これで彼らの復讐劇は終わったのだよ。」
博士は独り言を言い出した。
「高性能AIを乗せ、パイロットを乗せ、暴走したプロトタイプ、通称零式、またの名をシュヴァルツブラッド。零式を破壊する為に作られた機体に乗るために知らず知らずのうちに意識だけを機械に移された道化。すべてが終わった、すべてが零になった。しかし、我らにはブラストが残った。またここから始まるのだ、我らの探求は。いずれくる終末の為に我らは日々進化せねばな・・・はははっ」
そうして、とある兄弟の人生が終わった。