後編
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「シルビア・ザッハトール侯爵令嬢! 聞けば貴様は嫉妬に駆られ、エリス・ウバン男爵令嬢を虐めていたそうだな。その様な者がウィルビセス・ラインセント殿下の婚約者に相応しいはずがない!」
それなのに、卒業パーティーというおめでたい節目の最中に始まった側近候補者たちの断罪劇。完全にシルビアを悪者として、シルビアが少女に行った数々の悪事を読み上げて話を進めていく。最終的に私との婚約を解消し、少女に謝罪を要求した。
彼らに問いたい。誰の許可を得てこのような暴挙を起こしたのか。何の権限があって私とシルビアの関係に口を出すのか。このパーティーの責任者である私は許可など一切出した覚えなどないし、私とシルビアの婚姻は王家とザッハトール侯爵家の問題である。
「私はそのようなことなどしておりませんわ」
周りの興味本位な視線と側近候補者たちから受ける憎悪のこもった視線にも負けず、愛しの婚約者は凛と真っ直ぐ相手を見据えて否定した。その堂々とした姿に改めて惚れ直し、やはり彼女が私の婚約者で良かったと再認識する。シルビアこそが私の隣に立ち、共に国を支えるのに相応しい女性だ。決して、側近候補者たちに守られているばかりの少女ではない。
「お前たち何をしている」
けれど、いつまでも一方的に悪者にされているシルビアを見続けるわけにはいかない。彼女は私が守るべき大切な人なのだから。
「殿下! 今、我々がザッハトール侯爵令嬢の悪行を詳らかにしていますので、エリスの隣に居てあげてください。殿下がいらっしゃればエリスも安心するでしょう」
シルビアを断罪する始まりの言葉を告げた宰相の次男が進み出て答える。彼だけではなく、少女を守るようにして左右にいる第三騎士団長の嫡男も、外務大臣の孫も、有名な商会の三男も、我々にお任せくださいと声高に言う。ああ、なんて馬鹿げたことをしているのだろうか。
「シルビア」
「はい、殿下」
「助けが遅くなってすまない。一人で悪意の視線に立ち向かう君の姿は格好良かった。後は私が片付ける。……シルビア、私の婚約者であるのだから下がらなくて良い。堂々と隣に立ってくれ」
私がシルビアを庇うように隣に立つと、淑女らしくシルビアは一歩下がりかけた。それを制し、シルビアに隣に立つことを許可する。本当は許可などなくても、シルビアは私の婚約者である限りいつでも隣に並び立つ権利がある。それが王の妃になるということ。まぁ、今はまだシルビアは貴族の娘であるから淑女らしく下がろうとしたのだろうが。きちんと己の立場を理解しているシルビアはやはり好ましく、妃の器であることが垣間見える。
「殿下? なぜ、その女を庇うのですか!」
宰相の次男が私の行動に疑問を抱いたのか声を荒げ問うてきた。周りの側近候補者たちも、潤んだ瞳でこちらを見てくる少女もどうやら戸惑っているようだ。まるで私が少女の味方だと言うように、責めているようにも感じる。
それに苛立つ気持ちを抑えられそうにないが、気持ちを切り替えなければならない。この国の王子として、全ての民の上に立つ者として下らない茶番にいつまでも構っていられない。私はさっさとこの茶番劇を終わらすために、卒業パーティーという卒業生にとって一生に一度の晴れ舞台をこれ以上台無しにしないために、表情を変えず淡々と裁定を下すことにした。
「貴様は誰に向かってそのような口を聞いている。シルビアは、貴様如きにその女と呼ばれる令嬢ではない。私の婚約者だ。その意味、貴様なら分かるな? この件の処罰は後ほど行う」
裁定を下す前に、ひとまず先ほど宰相の次男がシルビアを下に見た発言を咎めると、宰相の次男は顔を真っ青に変えた。家格を何よりも大切にする貴族社会では、宰相の次男の方がシルビアよりも上である。ただし、私の婚約者でなければ、であるが。その事を忘れて、シルビアを下に見た宰相の次男は相応の罰が王家から下されるだろう。
「さて、次にシルビアがその男爵令嬢に行ったとされる悪行についてだが、それは既に冤罪であることが証明されている。間違っても異を唱えるなよ? 王家の影がシルビアには付けられているのだから、当然シルビアの行動は王家が全て把握しているからな。もし、お前たちが異を唱えるのならば、王家を信用出来ないと言っていることと同義であり反逆の意思ありとみなされるだけだ」
彼らが勝手に口を挟まないように、言葉を畳み掛ける。後半は少し嘘を混じえたが、充分に脅すことが出来たようだ。側近候補者たちの顔が面白いくらいに真っ青になっている。流石に異を唱えてすぐに反逆の意思ありとみなされるなど、通常は有り得ない。冷静であればすぐに気付けるはずだが、彼らは気付かないだろう。元々宰相の次男以外、頭は良くなかった。ただ、高位貴族の令息であること、私と年回りが近かったこと、人脈に期待できそうだったことが側近候補に選ばれた理由だったのだから。それも、新しい側近候補者を見繕った今では簡単に縁を切っても私は特別困らない。
「お前たちが行った次期王妃であるシルビアへ嘘の罪で断罪しようとしたこと、またシルビア・ザッハトール侯爵令嬢の名に傷を付けたこと、王家として到底許すことは出来ない。衛兵、彼らを直ちに捕らえよ!」
彼らが私の言葉を理解する前に、卒業パーティーの警備を担っていた衛兵に指示を出す。衛兵は指示通りに素早く五人を拘束し、私の次の指示を仰ぐ。
「どうして! ウィル様! どうして私を守らないの!? 私は何も悪くないのに!」
その際に衛兵が拘束した瞬間少女が煩く喚き散らしたため、少女は側近候補者たちと違い猿轡を噛まされてしまったが、それは自業自得だろう。猿轡を噛まされてなお獣のように唸り、拘束から逃れようと暴れている。その姿は見るに耐えず、早く王宮に連れて行け、と衛兵に目配せした。
衛兵が彼らを外に連れ出した後、私は未だ事の成り行きを呆然と見続けているパーティーの参加者に向き直り声を張り上げた。
「皆の者、せっかくの晴れ舞台で騒がしてしまってすまぬ。気を取り直して、改めて仕切り直そうではないか! ……シルビア、一緒に踊ってくれるか?」
「ええ、勿論ですわ殿下」
私がシルビアをエスコートして楽団が音楽を奏で始めると、周りも徐々に騒がしくなった。まだぎこちない雰囲気であるものの、私たちのダンスが終わる頃には卒業パーティーが仕切り直せそうだと感じながら、私はシルビアに微笑んだ。
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