眼とパンイチと戦闘
「…………。アンタ何やってんのよ?」
二体のディアを倒して、カバンから取り出したナイフで、その鹿の肉を集めているエナが俺に尋ねる。
「何って? 見ての通り、川に飛び込んだんだが」
「…………」
エナが俺のことをゴミのように見てくる。こんな目で見られるのももう何回目か。
Y分前
エナに一体の討伐を押し付けられた俺は、“この変態眼”を使ってディアの嫌いなことを理解した。
嫌いなものは、水と書いてあった。
だから俺は防具である、タオルとパンツを脱ぎ、川に飛び込んだ。
そう俺は全裸なのである!
本来なら、水の魔法でも使えれば楽に勝てるのだろうが、残念ながら俺は無職で魔法も剣も使えないため、ディアが襲ってこれない川に飛び込んだのだ。
川に入る前に、標的を俺にしてもらうために一回石を投げて怒らせたが、それ以外は攻撃をしていない。
なぜなら秘策があるからだ。
現在
石くらいしか投げれない俺がモンスターに勝てるわけがない。だから俺は戦わない。
作戦はこうだ。
川に飛び込み、ディアに襲われないようにする。先に二体倒したエナが俺の行動に気づく。そのエナがディアから俺を守るために、ディアを倒すというストーリーだ。
しかも保険かけてある。我ながら完璧だ。
「パンイチ、もしかしてあたしがアンタを助けるってこと考えてないわよね?」
「う……」
早速バレましたか。
ふーふーと吹けない口笛をしていると、
「吹けてないわよ変態。助けないからねアンタのこと」
早速助けない宣言ももらいました。だがここまでは想定内だ。
ここからが保険。
「アー。シマッター。パンツを脱いでしまったけど、そこ場所にはディアがいて取りに行けないヨー」
チラッ。俺は棒読みしつつエナを見る。彼女は俺とは真逆を向いている。
ならもう一押し。
「アー。ドウシヨー。このままだと全裸で川を下って、ギルドにかえらないとナー」
その言葉を聞いて、エナは体をビクッ! と震わせた。
ここでとどめに入る。
「クソー。この格好のまま帰るのは、恥ずかしいナァー」
この言葉が効いたのかエナは舌打ちをして、エンハンスと一言。
殴ッッ!!!
という音とともに、俺が倒すべきディアは、エナに思いっきり殴られ、その場に目をバツにして倒れた。
作戦はうまくいった。エナの共感性羞恥をくすぐるように俺が言えば、彼女は絶対に動くと踏んだのだ。最低でも、クズでも、なんとでも言うといいさ。
ふー。という息を吐く音とともにエンハンスを解除したエナは、若干顔を泣き目にしながら言ってきた。
「し、仕方なくだよ。あ、アンタに本物の変態になって欲しくなかっただけだからね?!」
アンタは何年前のツンデレですか?
「いや助かったよ。これでパンイチで帰れるぞ! アーヨカッター」
俺はそう棒読みしつつ、使っていた眼を閉じ、タオルとパンツを脱いだところに戻る。
この間にもエナの好き嫌いをたくさん知れたが、それはまた別の機会。
俺がパンツを履き終わるのと、エナが鹿の肉を集め終わったのは同時だった。
「パンイチ、これでクエストは終了だからギルドに帰るわよ」
「ぺたんこ、了解した」
俺はほっぺたをエナに1分ほど強く引っ張られた後、頬をさすりながら聞く。これはずっと気になっていたことだ。
「なぁエナさん? エナは共感性羞恥に弱いのに、俺のパンイチ姿は平気なのか?」
その質問にエナはドキッ! と体をビクビクさせる。
聞いちゃいけなかったのか?
「ベベベベベベベベ、別にアンタの格好だってじゅじゅじゅじゅ、十分に変態だととととと思うわよ? ででででで、でもその格好でわ、わわわわわ私が恥ずかしががががが、がらないのは、かかかかかか過去にゴニョゴニョ」
「おいどうしたエナ? 落ち着け! 氷から出てきた人みたいにガタガタ震えてるぞ!!」
顔を真っ赤にし涙目なエナに対し、俺は珍しく優しい言葉をかけた。
訂正。珍しくはない。高頻度だ。
しかし、過去が云々って言ってたけど、パンイチが平気で全裸がダメな過去って、アイツどんな世界生きてきたんだよ。まぁ、あそこまで動揺することだ。触れないでおこう。
そこで質問を変える。
「なぁエナ」
俺に呼ばれてビクッとするエナに気にせず、
「クエストには今まで行けてなかったんだろ? なんでそんなに強いんだ?」
思ったことを聞いてみた。
するとエナは、深呼吸を深くしてから俺に言う。
「今まで1人で森に入ってはモンスターを狩っていたのよ。報酬は出ないけど、ドロップしたものは私のものになるからね。それに昔……」
「なるほどな。あと昔の話はしなくてもいいぞ。さっきから挙動がおかしいからな」
俺が軽くフォローすると、
「変態のくせにフォローするな!!」
と一蹴されてしまった。
ギルドに向かって森を歩くこと何分か。例のフラグがやってきた。
前を歩いていたエナが急に立ち通り、俺に手で静止しろと合図を送ってくる。
「(どうした?)」
「(最悪ね。ビッグベアが現れたわ。あっちの方向を見てみて)」
小声で会話しつつ、俺は指を刺された方向を見る。そこにいたのは……。
大きな熊さんでした。その熊さんとの距離は20メートルはある。
黒の毛皮のためかより一層恐怖に包まれる。
「(ここから逃げるわよ。多少遠回りになっても安全策に出るわ。私ももう力あまり残っていないから、アンタを守りながらじゃ戦えないわ)」
先ほどとは違い、冗談が通じないような空気になった。
「(ああ。分かった。逃げることに力を注ごう)」
そう言って、俺たちは違う方向に進もうとした時、冷たい風が吹いた。
「へっ! ヘックション!!!」
先ほど川に入って、タオルで多少拭いたとはいえ濡れた俺が、その風でくしゃみをしてしまった。
「バッ、アンタ何やってr」
エナの言葉は途中で切られた。なぜなら、ビッグベアが俺たちの方を向き、叫び声を上げ走り出してきたからだ。
俺たちはがむしゃらになり走り始めた。しかしその差はどんどん詰まっていく。
高校生平均レベルの俺の体力と走力に、戦闘で疲弊し、鹿の肉も持っているエナの体力ではとてもじゃないが逃げきれない。
その距離が5メートルになった時、エナが熊の方に振り返って言う。
その熊は体長7メートルはありそうであった。よく見ると目は赤く染まっていた。
「ハァハァ、もう逃げきれない! ここでやれるだけやるわ!」
そう言って空手のようなポーズをとり、エンハンスと言う。
「クソ、元はと言えば俺のせいだ! せめて奴の弱点くらい見てやる!」
俺は“この変態眼”を使う。先程とは違い、発動するのに若干時間がかかった。
視界が黄色になったと同時に、俺の体は不自然にも地面に倒れた。
「ハァハァ……力が……入らな……い?」
ビッグベアが俺たちとの距離を一歩一歩詰めてくる。
倒れながらも俺は、ビッグベアをこの眼で見る。エナは俺の方には向いてないが、俺を庇うように立ってくれる。
その眼で見た熊の嫌なことを、俺はなんとか伝える。
「……、コイ……ツの弱点……は、火……だ」
そこで俺の意識は一気に遠のく。
どこからか、何かの声が聞こえたような気がした。
目の前は真っ暗になった。
そして……。