初クエスト!
青く茂り、ある程度の高さがある草の上を歩く。ここはライトの街から1番近い、森だ。
森の名前は知らん。森だ。
エナの家も周りは木々に覆われていたが、ここでは草木の数が圧倒的に多い。
そんな森を、ぺたんこリーダーとパンイチマントで歩く構図は、相当やばい。
何がやばいって、俺の格好がやばい。ぺたんこは枕詞だ。
草が俺の裸に当たり擦れて痛い。俺は少し前を歩くエナに尋ねる。
「なぁ、ぺたんこ。今回のクエストのディアというのは強いのか?」
「パンイチは、私のストレスを溜めるのが得意ね。ディアの代わりにアンタを討伐してやろうかしら」
俺の質問には答えずに、エナはいつものごとく顔にピキピキが入る。
「確か3体討伐だよな。初めての戦闘でワクワクするな」
異世界に来てどれくらい経ったかは分からんが、異世界ライフの定番、戦闘を経験できそうだ。
といっても、俺は剣も魔法も使えないがな。しかも防具は、パンツ1枚とタオルだけ。どっからどう見てもチート能力とは遠い。
そこから何分か歩いた時、エナが歩みを止めた。
「どうした? トイレか? ならそこの茂みでしてきたr」
俺の言葉は最後まで言い終わる前に、エナに口を塞がれた。塞いでいるエナの手の力やばい。
「んんん。んんんんんん?!」
エナは自分の唇に指を当て、静かに! というジェスチャーをしてくる。
俺はその本性さえ知らなければ、心から可愛いと思える行為を目に焼き付けて、囁き聞く。
「(何があった?)」
「(この森の強モンスターである、ビッグベアの足跡を見つけたわ。違う方向に行ってるみたいだけど、念のためここからは静かに行くわよ)」
なんかすごい事になった。こういう展開では、クエスト終了の帰りに件のモンスターに出会すパターンがベタだ。まぁそうはならんと思うがな。
という三級フラグを立てて、俺はゆっくりとエナの後を追う。
また少し歩くと、エナは歩みを止めた。
「パンイチ、みてみて! ドグがいるわよ。あれで戦闘というのを見してあげるわ!」
「どく? 毒なんて危ないだろ。何を言って」
俺の言葉が言い終わる前に、ドグというモンスターの姿が視認できた。
犬だった。少し大きめで太った犬型モンスターであった。
ドッグだからドグということなのか? というかこの世界のモンスターの名前、ダサくないか?
そんなこと考えていると、エナが空手のような構えをとる。
「いい? パンイチ。私の戦闘スタイルでも見ておくのね。それと“この変態眼”でも使って慣れておくことね」
「あいあい、ぺたんこ」
乾いた返事をして、俺はダサい名前をつけられた眼を使う。
視界が黄色くなり、件のモンスターを見る。するとそのモンスターの周りに文字が浮かび上がる。
《好きなもの:可愛いメス 嫌いなもの:中年のオス》
?!?!?!?!
何だこれは。なんちゅうモンスターだ。だが、その気持ち分からんでもない……。
そんなことを考えているとエナの雰囲気が変わった。
「エンハンス」
エナの周りに薄く赤いオーラが見えた。ちなみにエナの好きなこと嫌なことも見える。
ダンッ!!! 地を強く蹴りモンスターに走り出すエナ。
五メートル以上あった距離を一瞬にして詰め、飛び上がる。
刹那、ドグは自分の体の毛皮を膨らませた。風船のような体型に変化した。
防御の体制か?
空中に飛び上がったエナは、回転して足を高くあげて、そのまま風船のようなドグへと落ちていく。
そして。
鈍い音がして、俺の眼からドグの情報が消えた。倒されたということだろう。目をバツにして倒れている犬の姿が、なんとも虚しい。
空中からのかかと落としをドグに与えたエナは、解除と一言言ってから、俺に笑顔で口パクしてきた。
あんたもこうなるかもね
先程ぺたんこと言ったことにキレているのか、俺は恐怖に包まれた。
俺は使っていた眼を閉じようとする。そのとき、エナの周りに書いてある文字が増えていることに気づいた。
《好きなもの:褒められること》
という言葉が加えられていた。見ている時間が長いほど、情報は足されていくようだ。
ほほーん。あいつ褒められるのが好きなのか。これは命を守るために使わせていただこう。
俺はその眼を閉じ、笑顔でキレているエナに、パチパチ手を叩きながら言う。
「エナ! お前すごいな! なんだあの技は?! 一撃でモンスターを倒したぞ! 流石はライト一の怪力だ!!」
わざとらしく褒め称えた。やり過ぎか? と思ったが、エナは満更でもない顔でえへへと頭をかいている。
このぺたんこ、扱いやすくて助かるな。それにしてもこの眼すごい! エナに殴られずにすんだぞ!!
「えへへへへ。パンイチも良いこと言うじゃない。エンハンスっていう身体能力上昇のスキルを使ったのよ」
「そんなスキルが?! 流石だぞ!」
俺は適当に褒めて、歩き始める。
しばらく歩くと、小川の近くに目当てのモンスターである、ディアを見つけた。なぜそのモンスターがディアと分かったのかと言うと、シカがいたからだ。ディアーがディアになったってことだろう。
エナが小声で俺に伝えてくる。
「やっと見つけたわ。しかも3匹。私は2匹やるからあんたも1匹くらい倒しなさい」
「へ?」
「何よ?」
「いや俺武器ないし、無職だし」
「でもその変態な眼があるじゃない」
「……もしかしてエナさん怒ってます?」
「……別にアンタがわざと私を褒めて、殴られるのを回避したことなんて気づいてないわ」
「……戦いに善処させていただきます」
エナの声は低かった。多分キレてるんでしょう。
しかし戦闘か。パンイチマントの俺が何ができるかは分からんが、エナに殴られるのとシカに突かれるのは、どちらも最悪の選択肢だ。
俺は眼を開く。視界が黄色くなる。
まぁ戦い系のアニメやマンガラノベはよく読んでいた。そんな雰囲気でいけるだろ。
パンイチマント変態眼の戦いがついに始まる!!!