始まりのキジ打ち
N時間前 某所 一月
雨が降る中、俺、田中風太は1人郊外を歩いていた。その雨は今にも上がりそうなくらいであった。
今日はミドル試験という全国の高校生のほとんどが受ける試験の帰りだった。この結果次第で自分の志望校を決めることになる。
手応えはなかなかある。早く家に帰って自己採をするか!
俺はそう決心すると、体は自然と軽くなり家への足取りも早まった。
俺以外誰もいない歩道橋を歩いている時、その雨は上がり始めた。
テストの疲れもあってか、傘をさすのが億劫な俺はすぐにその傘を閉じた。
雨が上がり始めたその空を俺は見上げる。天にテストの結果が良いのを願ってだ。
その時、天から一滴の雨粒が俺のポカンと開いた口へと落ちてきた。その滴は他の雨粒と違い、少し光っていた。
口に輝く滴が入ったその刹那、俺の意識は遠のいた。
そして。
目の前には俺を見て目に涙を浮かべながら笑う白髪のジイさんがいた。背中には白色の羽。それでいて眼鏡をかけていた。
そのジイさんが俺に向かって、
「じゃははは、わしの小便を飲んでしまう若造がいるとはな! じゃははは、すー、笑いが止まらんわ!」
と、座っている椅子から転げ落ちそうになるくらい腹を抱えて笑っている。
ずっと笑っているジイさんを見て、俺は思考が停止しそうになったが、なんとか脳を動かし質問する。そう、小便なんて卑猥な言葉は聞こえなかった。
「あ、あの、おじいさん? あなたは一体誰なんですか? それにここは一体どこなんですか?」
するとずっと笑っていたジイさんは、ここで態度を改めることもなく笑いながら、
「じゃははは、わしは、死者の誘導者じゃよ。ここがどこかって? そりゃお前さん死後の世界じゃよ。それにしても小便とは、じゃははは、すー、笑い疲れたわ」
死者? 死後の世界? 死者? 死後の世界? 小便?
俺の脳内でインパクトのある言葉が繰り返される。ちなみに小便という言葉は聞こえなかった。
「し、死者? 死後の世界? 何を言ってるんです? それとさっきから小便うるさいです」
俺が尋ねると、自称死者の誘導者のジイさんは笑い涙を流しながら俺に説明してくれた。話をまとめるとこうだ。
ここは死んだ人間が最初に来るという死後の世界の一室。他にも部屋があって何人もの誘導者がここで死者の対応をしているらしい。対応というのは、死者を天国に送ったり、第二の人生を歩ませるため異世界に転送することを言うらしい。死者の世界にいるということは、俺は死んだらしい。
俺の死因は、その誘導者の小便の一滴を摂取したから。これに関してもジイさんは俺に笑いながら語った。
この部屋での死者の対応はとても忙しいらしく、休みの時間になるとトイレが混むらしい。そのため、トイレをできなかった誘導者は立ちションをするらしい。基本的には、現世までにはその小便は届かないが、天文学的確率で現世にも落ちてくるらしい。俺はそれを受け取ってしまった…。
これがジイさんから聞いた話だ。これが本当だと仮定すると、俺はとんでもない死に方をしたことになる。そこで、
「なぁおじいさん。ここが死後の世界ってことを証明してくれないか? やっぱり自分が死んだって実感ないし、そもそもそんな死に方死んでも嫌なんだけど」
するとジイさんは笑いを止めこう言う。
「証明はしない。何せ証明したとしてもお主は信じなそうじゃし。それにこれから異世界に行ってもらうんじゃから、いやが応でも分かるんじゃ。安心せい、異世界のスピードは現世での1時間で何十年も進む」
それを聞いて俺は確信した。この台詞は本物だということを。笑いを抑えたあたり本物な気がする。
俺は俯いた。悲しき感情とともに。
するとジイさんは、
「じゃははは、お主何悲しんでおる? お主にはこれから異世界に行って魔王を倒してもらうんじゃからな、すー、じゃははは」
この空気の読めねぇクソジジイが!
悲しみは昇華され、怒りとなり俺は尋ねる。
「異世界? そんなところ行ってどうするんだよ! それに小便飲んで転生なんて、クソダサいわ! せめて事故とか神が間違えたとかじゃないの? 普通!! いやそんなことより現世に返してくれよ! 元はと言えばあんたのキジ打ちが原因じゃん!」
俺は声を荒げていた。そりゃそうだ。いきなり死んでそんでもって異世界だぁ? それに死因がアレなんてもう泣きたい。
するとジイさんは声を大にして笑い始めた。
「じゃははは、じゃははは。もう笑わせないでくれ。現世に帰りたい? 良かろう。ただしな、魔王を倒したら戻してやる。それがルールなんじゃよ、この世界の。それよりもキジ打ちとは。面白い言葉を知ってあるなぁ。すー、じゃはははじゃはははじゃははは」
ジイさんは椅子から転がり落ちていた。なんかこっちが恥ずかしくなるような動きだ。
そしてジイさんは付け足す。
「じゃが、お主には無理じゃな。ここで何人ものチート能力を渡した人間を送ったが、未だに討伐できてないんじゃからな。それにお主小便を飲んでしまう人間じゃ。それじゃ無理じゃろ。じゃははは。わしらの小便は人間には毒であったか。」
このシラガクソジジイィィィ!!!!!
という言葉を何とか飲み込み、俺は質問する。怒りより聞きたいことがあったのだ。
「ち、チート能力だって?! 俺も貰えるのかそれ?」
ワクワクしながら俺はジイさんを見る。チート能力なんてアニメのあるあるだが、実際に使ってみたいという気持ちもある。
それを聞いたジイさんは満面の笑みで、
「お主にはやらん。だって心の中でクソジジイとか言ってんるじゃもん。そんなクソガキに大事なチート能力なんてあげれるか。バーカ」
とても天にいる存在とは思えない言葉遣いだった。
俺はそれを聞いて絶望した。ひとつ、チート能力がもらえないこと。ひとつ、心の中を読むだけの力がジイさんにはあるということ。
するとジイさんは俺が絶望しているのに気付いてこう言う。
「安心せい。チート能力はあげられんが、面白い眼の力をお主には授けよう。こちらにも原子くらいの非はあるんじゃし。ほいこの力をお主にあげーる」
すると俺の左目が光った。その一瞬の輝きはとても眩しかった。
「その力は念ずるだけで使える。あっちに行ったら使ってみるんじゃな。それと言葉は気にしなくても平気じゃ。お主の頭に直接あちらの言語をインプットしてやる。次の死者の導きをせねば行かんから、お主は転送する。久しぶりに笑ったわい、じゃあの」
急すぎる展開に俺は言葉の一つも出なかった。
そして、気づいたら目の前が輝き、俺の意識はまた飛んだ。