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下町の洗礼式(後)

神殿長のウィルビウスは、この日の洗礼式も何事もなく終わるものだと思っていた。


神殿での式典において平民と貴族を差別するつもりはないが、魔力を神々へ奉納する貴族の式典は盛大になり、淡々と進行する平民の式典はどうしても簡素化されてしまう。魔力持ちの貴族とそうでない平民とでは、儀式の内容が根本的に別物だ。


「神殿長、失礼いたします。」


祭壇に繋がる扉の前に立つと、神官の手によって上掛けを脱ぎ、儀式用の金色のタスキを衣の上にかけると、皺などを確認し衣を整えた。控えていた別の神官が盆の上に置いた聖冠を持ってきたので、形式的に受け取ると頭の上に乗せる。


あぁ煩わしい。


この金色の聖冠を被ると身が引き締まるっと前神殿長は話していたが、私にはこの聖冠の重みも魅力も残念ながら興味がない。

本来は神聖なはずの神具が、何代か前の神殿長の手で金のかかった無意味な装飾品となり下がってしまった。一切の神聖さを感じないのは、これに使われている装飾品が見た目を重視した美しい宝石に変えれたせいだろう。


チリン


始まりの合図である鈴の音が鳴ると、先ほどまで騒がしかった扉の向こう側が静かになった。魔道具である鈴は、鳴らした音が反響し、子どもたちの喋り声を吸収する効果がある。

聖杯と聖書を持った神官たちが先に祭壇へ上がると、再度、子どもたちの声を吸収するための鈴が鳴り大広間内は完全な静寂が訪れた。


弦楽器が奏でる神への奉納曲が流れ、入場の合図を聴きながら私は大広間へと入る。


「神殿長、入室」


キンッ


なんだ?魔力か?


大広間内の空気は薄い氷が張っているように魔力の膜が張り、私の魔力に反応し張り詰めていた魔力が散った。大広間の異変に、体内の魔力が臨戦態勢に入り一気に体中に巡る。

控えている神官たちの顔を見るが、この大広間の魔力に私以外は気づいていないようだ。

いつも私の側に控えている優秀な側近がいれば何か気づいたかもしれないが、今日に限って別の仕事を任せているためこの場にいないのが悔やまれる。


魔力の正体を探ってみるが、式典に参加しているのは魔力を持たない平民の子と、見覚えのある神官のみでおかしなことはない。


その後は何事もなく洗礼式は続行し、最初に感じた魔力以外、特に違和感を感じることはなかった。

いつもと同じ洗礼式の雰囲気に、益々、先ほどの張り詰めた空気が異様に映る。


「ファンエリオンの子らに神の祝福を。」


チリーン


鈴の音を合図に子どもたちが各々家で習ってきた祈りの姿勢を取り始め、知らない子はキョロキョロと隣の子の祈りを真似していた。


「神に祈りを捧げます。神に感謝を。」

「神に祈りを捧げます。神に感謝を。」


「「「神に祈りを捧げます。神に感謝を。」」」


祈りの言葉を子どもたちが復唱する。やはりいつもと変わらない洗礼式。


ブワッ


祭壇から見えた魔力の流れ。僅かな空気の変動は、悪意があって意図的に流しているように見えなかった。改めて見渡すと、後方にいる女の子の周囲の空気だけが歪んでいる。


魔力をまだ制御できないようだな。


しかし、ウィルビウスはあることに気づき小さく顔を顰めた。いまここにいるのは平民の子。平民の子に魔力はない。

ウィルビウスの考えが正しければ答えは一つしかない。


大方、どこぞの下位貴族の婚外子か。


一番ありえるのは、貴族が下働きの平民を孕ませ、不幸にも産まれた貴族の血を引く子だろう。

基本的に魔力持ちと魔力無しの親からは子どもは産まれにくい。それをいいことに屋敷の下働きの平民に乱暴をするクズも少なからずいる。


そして産まれた子どもに魔力は受け継がれないため、産まれた子どもは平民として生きていく道しかない。しかし、この言い方には少し語弊があり、実はごく僅かだが魔力を受け継いでいるらしい。

その僅かしかない魔力の存在を、感受性の強い幼い時期は感じることができる。だが、魔力量は無いに等しく、魔力を発動させることは不可能だ。


害さえなければ関わる必要はない。貴族社会から既に一線引いたウィルビウスは、周りに気づかれないよう小さく息を吐き、これ以上、考えを巡らせるのをやめた。




「神殿長。平民の子から金の紋様がでました。」


執務室の扉が乱暴に開き、慌てた様子の神官が中に入ってきた。執務室で仕事をしていた神官がその様子に驚き、許可なく部屋に入ってきたことを咎めようと渋い顔をするが、その言葉に彼等も声が出ないようだ。


「まさか、金の紋様だと?あれは魔力の強い王族しか出ない。勘違いではないのか?」

「いいえ。あれは金の紋様でした。私以外にも近くにいた者が見ていたので、間違いないかと思います。」

「しかしだな…」


ウィルビウスは立派に蓄えられた自身の顎髭を撫でながら、神官たちのやり取りを静かに聞いていた。思い出すのはあの張り詰めた空気と、僅かに漏れ出ていた魔力。強い魔力の気配は感じなかったが、金紋が出たのなら多分あの子だろう。


「神殿長、魔紙を使って再度確認を行ってもよろしいでしょうか?」

「ふむ、よかろう。結果が出たら応接室まで連れてきなさい。金紋でなくとも魔紙に反応する魔力を持っているようならば、このまま帰すわけにはいくまい。」


食い気味に返事をし、踵を返した神官の後ろ姿にウィルビウスは口元を歪める。


「面倒な事にならなければいいが。」


呟いたウィルビウスの声とため息は、騒然とする部屋の中ではあっという間にかき消された。

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