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古代の魔法陣と神降ろし

目の前に置かれた鏡に写る女の顔は、無表情で青白く、精巧にできた人形のように人間味がない。


彫刻のように滑らかな色白の肌にスッと通った鼻筋。ほっそりとした顎と紅を差したような薄く色付いた唇。ちょっと垂れ気味の夕日のような赤い大きな瞳は、髪の色と同じ金色の長いまつ毛で縁取られ、腰まで伸びた髪には艶があり金糸のように輝いていた。


笑おうと口角を上げるが、顔の表情筋をまだ上手く動かすことができず表情は死んだままだ。今まで散々リゲルのことを精巧な作りの人形のようだと思っていたけれど、これだと人のことを言えたものではない。


成長したあの日から三日経ったけれど、数年かけてゆっく成長するはずだった未来の自分の姿は、面影が残っているとはいえ何度見ても見慣れない。自分の姿を自然と受け入れられるようになるまで、まだ時間がかかりそうだ。


「ディアナ様、お綺麗です。」


髪を結い、いつものように着替えを手伝ってくれるヴァルナ。鏡の前に立つ着飾った自分の姿に、本当によく化けたものだと乾いた笑いが漏れる。


新しく用意された服は今までと趣が変わり、美しい光沢を放つ三種類の生地を重ねた淡い空色のドレスだ。背中が透けて見えるレースは、大人の艶っぽさを纏い、胸元は繊細な刺繍で上品に仕上げてある。鏡の前でゆっくり回ると、ふわりとドレスの裾が広がった。


「もの凄く大人っぽいデザインですね。」

「ふふ、とてもお似合いですよ。成長して美しくなったディアナ様の姿に、皆様驚かれることでしょう。」

「だといいんですが。緊張します。」


わたしは今日、体が成長して初めて部屋を出ることになった。


成長した日から一日をこの部屋で過ごし、身の回りの世話をしてくれる人とだけ会うという、驚くほどの引きこもり生活をしていた。

決して外に出たくなかったわけでも、体調が悪かったわけでもない。部屋から出なかったのはとても単純な理由で、成長したことで着る服がなかったのだ。


今ある服を応急で手直しする案もあったが、九歳の体に合わせて作った服を十五、六歳の女性が着れるまでに仕上げるのは不可能に近いらしい。とりあえず体格が一番近かったヴァルナの服を借りることになったけど、年齢や雰囲気が違うわたしが着ると不格好だった。


緊急事態なので着れれば何でも良さそうだが、合わない服を着るのは貴族として恥ずかしいというヴァルナの大反対で、結局、新しい服の用意ができるまで部屋から出ることを禁止された。


今回は既製品でもいいということで、この街の貴族が利用しているお店の針子たちが呼ばれ、慌ただしく採寸を行ったのが五日前。しかし、わたしの背が一般的な貴族令嬢よりもかなり高いらしく、物の少ない地方の田舎の店舗には在庫がなかった。


ということで、わたしの体格に近い既製品を基に作り直しが始まったが、多分かなり無理難題を言われたのか、次の日には仮縫いが終わり、その次の日には数着のドレスが仕上がった。

鬼気迫る表情で採寸を針子たちの姿が思い起こされる。


ヴァルナに手を引いてもらいながら部屋から出ると、すれ違う人たちは一瞬驚いた表情を浮かべたが、みんな成長のことをリゲルから聞いているらしく、いつもと変わらない表情で挨拶を交わした。


一気に肩の力が抜ける。

自分が思っていた以上に外に出るのが不安だったようで、今までと同じように笑顔で話せたことに正直ホッとした。


もちろん成長したことは辛いが、実は悲観的なことだけでなく嬉しいこともあった。


成長して適度に肉が付いたこの体は、女性らしいメリハリのある体付きになった。貧相な体付きで男の子のような体格だったのが嘘のように、出るとこはしっかり出ている。

特にこの胸。我ながら何度見ても惚れ惚れしてしまう。平均より胸が大きい母とそれを受け継いだ姉。そして、ささやかながらそれはわたしにも遺伝したようだ。

あぁ、神に感謝。


部屋から出て、ヴァルナに案内してもらいながら真っ先に来たこの場所。わたしの部屋の扉と色が違うが、扉に彫られた彫刻の豪華さからここも主賓室の一つだろう。


扉の前に着いたタイミングで、この部屋を使う主の侍従が静かに扉を開けてくれた。ほとんど足音は立てていなかったはずだが、気配で分かったのだろうか。主が優秀だと侍従も優秀らしい。


「ありがとう、プロメ。」


部屋の主であるリゲルの侍従プロメ。年齢はリゲルより年上の伯爵家の次男らしいが、あまりプライベートな会話をしたことがないので素性は詳しく知らない。


このプロメ、主と同じで冷静沈着らしく、いつも涼し気な顔でリゲルの側に控え、焦っている姿を見たことはないのだが、ヴァルナの目撃情報によると、数日前にリゲルが夜間飛行をして護衛や侍従をまいた日は、さすがに髪を乱し、リゲルより一刻ほど遅れてこの小神殿に駆け込んできたそうだ。


「リゲル様。神殿の執務室より酷いことになってるじゃないですか。」


挨拶を済ませ、驚きで顔が引き攣りそうになるのを静かに耐える。大量に積み上げられた書類は、執務室で仕事をしている時より酷い。プロメ以外の侍従を連れてこれなかったので、仕事が片付かないらしい。ここへ来て、ほとんど寝ずに仕事を行っているそうだ。


「問題ない。君が動けるようになったことで、必要なくなった書類もある。」


あいかわらず疲れを表情に出さないので分かりづらいが、こっそり顔を伺うと、隠しきれない薄っすらと乗る目の下の隈が溜まった疲労を表していた。


「癒しの術をかけてもいいですか?」

「必要ない。それに君は当面の間、魔力の使用は禁止だ。」


わたしが座るソファの目の前の席に座ったリゲルは、いつもと変わらない涼しい顔で足を組み、優雅にお茶を飲んだ。


どんなに仕事が忙しくてもわたしの息抜きにと、毎日お茶の時間を設け、テーブルに並んでいるお菓子は、わたし好みの物をわざわざ取り寄せてくれたらしい。


驚いて困惑するわたしの顔を見て小さく息を吐くと、ソファに背を預けたまま長い足を組み直す。表情に出さないリゲルの顔からは、何を考えているのか全く読めない。


「器が大きくなったことで魔力は安定しているようだが、君にはその魔力を使いこなすだけの経験がない。神殿へ戻って魔力制御の練習をするまで魔力の使用は禁止だ。」

「そんなぁ・・・ここで練習してはダメですか?騎士団の人たちも広場で訓練してますよね?」

「ダメだ。いま君の魔力が暴走したら騎士団とて無事では済まない。」


確かに魔力は増えたけれど、騎士団が手に負えないとは言い過ぎではないだろうか。しかし、静かにこちらを見ながら、本気なのか冗談なのか分からない声のトーンで言われ、背中がゾクリと震えた。

許可が出るまで魔力を使うのは控えた方がよさそうだ。


そういえば、魔力が使えないとなると奉納式はどうなるのだろうか。そもそも奉納式で着る衣装がないので、参加するのは無理だ。この衣装に関しては材料の問題で王都に戻らないと作り直しができず、こちらにあるお店でどうこうできる問題ではなかった。


「奉納式はどうなるのですか?」

「君が担当だった地域は他の神官へ振り分けたので問題ない。元々は君がいない前提で組んでいたので、それに戻しただけだ。」

「へスティ様たちが行ってくれるのですね。よかったです。」


今後の奉納式のことを考え、無意識に硬くなっていた表情を緩めると、こちらへ視線を向けていたリゲルは、呆れたような表情で眉間に皺を寄せる。


「君は自分のことだけを考えていればいい。王都へ戻ってからはしばらく忙しくなるぞ。」

「王都にはいつ帰れますか?」

「二日後には帰れる手筈だ。私はこちらに残ることになるので、君は騎士団と共に帰ってもらう。」

「え?一緒に帰らないのですか?」

「あぁ。神殿へ正式に調査への参加要請がきた。」


小さう息を吐くリゲルは、心底面倒そうに目を伏せ僅かに息を吐く。

詳しい進捗状況は知らされていないが、王宮から派遣された調査団だけでは思うような進展がないらしい。新たに古代文字が読める専門家も参加することになったが、神殿にも調査への参加要請がきたそうだ。


神殿側としては奉納式の最中に起こった事なので完全に無関係とも言えず、とはいえ神殿に所蔵している書物だけでも膨大で、禁書も含めどこから手を付けるべきかという状態らしい。


難しい顔をするわたしに一度視線を向け、後ろに控えていた侍従に何か指示を出すリゲル。心得たように侍従が書類をテーブルに並べると、その中の数枚の古い紙にあの魔法陣に似た魔法陣が描かれていた。


「リゲル様、これ!」


勢いよく顔を上げ正面に座るリゲルを見ると、思ったより声が出ていたらしく、淑女らしくないと咎めるような視線を向けらたが、特に怒られることはなかったので、そのまま前のめりで神に描かれた魔法陣を見る。


よく見ると魔法陣の構成は似ているが、発動した魔法陣とは別物だ。しかし、敢えてリゲルがこれを用意したのには理由がある。あの魔法陣と何か関係あるのかもしれない。


そこには魔法陣の他にも古代文字で何か文章が書いてあるが、劣化で文字が薄くなっている箇所もあり全く読めない。


「これは儀式に関係ある魔法陣の一部だ。今は儀式で魔法陣を使うことはないが、昔は神降ろしと言って儀式の際に魔法陣を発動させていたようだ。」

「神降ろし?」

「神の恩恵を受けその感謝を伝える為に、季節毎の儀式で神を地上に呼び、豪華な食事を振る舞って楽器や舞で五穀豊穣を祝っていたそうだ。それが今の奉納式の起源だと言われている。かなり大昔の文献だが、実際に神が降りていたという記録がある。」


リゲルがトントンっと指した資料には、現代の文字を使って儀式の詳細が翻訳されていた。聖書のような言い回しが多用され、現代の文字を使ってあるが、本来の意味をすぐに理解するのは難しい。


「ここ数百年は神降ろしの儀式自体が行われていないのですね。奉納式は今も変わらずやってますし、何か途中で出来なくなるようなことがあったのでしょうか?」


儀式そのもののやり方は昔とあまり変わっていないようだが、最後に神降ろしをした記録はかなり大昔だ。儀式で魔法陣が発動しなくなったことで、本来の奉納式の目的である神降ろしの存在が忘れられたのだろう。


この現代文字で翻訳してくれた人も、地方の農村へ奉納式で行った際に村のお年寄りが伝承のように語っていたと書いてあるが、もしかしたら今はそれすらも途絶えている可能性がある。


「国が粛清を行ったことで魔力の少ない者が神官となる時代が続き、魔法陣の発動条件を満たせなかったのだろう。」

「粛清?」

「あぁ。以前は、神殿関係者も国の中枢に入り、政に口を出すほどの力を持っていた。神降ろしもそうだが、昔は神の存在が近く神殿は王家より民の支持を得ていた。それもあって王が神殿の傀儡となるには時間がかからなかったのだろう。最後は当時の宰相たちの手で、秘密裏に神殿の粛清が行われたようだ。」

「そんなことがあったのですね。神官が悪者だったなんて信じられないです。」


神殿は無条件に清廉潔白の敬虔な場所だと思っていた。そしてそこで働く神官は、神の存在を近くに感じ国の儀式を取り扱う崇高な仕事をしていると。

信者も多く民からも慕われているのに、なぜ、貴族の中でも魔力が少ない者が働く閑職と言われているのか不思議で仕方なかった。


しかし、この資料を読むに静粛当時の神殿は完全に悪だ。権力を手に入れ、金に目が眩んだ神官たちの度重なる増税で、疲弊した民たちの暴動が国中で相次ぎ、国内の混乱に乗じた他国からの侵略も国境沿いで頻発した。この大国が崩壊寸前まで追い詰められたのだ。


粛清が行われた以降、神殿に力を取り戻させないように、魔力の少ない者が神官職に就くようになった。貴族の神殿へ対する不信感から気づけば閑職のような扱いに変わり、それが今の神殿の始まりらしい。


「この粛清は文献にも残っていない。王の指示でその時代の歴史書は全て書き換えられたらしい。神殿にあった書類や魔道具も、当時のことが伺えるものは全て粛清時に処分されている。王家としても王が神殿の傀儡に成り果てたなど黒歴史でしかないからな。」

「歴史を改ざん!?ではここにあるものは口伝で伝わったものですか?」

「神殿には一部の神官しか知らない隠し部屋がある。本当の歴史を後世へ伝える為に、神官の誰かが処分を逃れる為に隠したのだろう。」


もちろん表向きは、文献が残っていないことになっているが、実際は禁書として一部の者しか見れない場所に保管してあるらしい。


「粛清当時の話に興味があるならウィルビウス様に聞いてみるといい。神殿長に代々伝わる口伝の中に粛清の話しもあるそうだ。」

「それってわたしが普通に聞いても大丈夫なのですか?」

「あぁ。文章に残せなかっただけで、他の人が聞いても問題ないようだ。」


話し好きのウィルビウスは、今でも暇を見つけるとわたしの話し相手になってくれている。聖書の読み聞かせから、儀式で話す神話まで解説付きで話してくれるので、一人で本を読み込むより勉強になる。


「この魔法陣は静粛前に構成されたものだ。君が発動させた魔法陣と使われている文字や構成が似ているので、やはりあれは神降ろしの儀式に関係するものだと考えている。これを見て何か気づく事はないか?」


わたしが「いいえ」と魔法陣を見ながら首を横に振ると、リゲルは「そうか」っと呟き、小さく息を吐いたのが分かった。その表情には落胆の色が見える。


「当事者である君にも調査へ参加して欲しいと要請があった。体調不良で断っているが、王都へ戻るとなると聞き取り調査に協力せざるを得ない。だが、聞き取りには私かウィルビウス様が立ち会うことになっているので、特に心配する必要はない。」

「はい。分かりました。」


リゲルはわたしの返事を聞くと、カップに残る冷めたお茶を飲み干し、そのまま席を立ち執務机に移動する。それがお茶の時間の終わりの合図だったらしく、隣の部屋で仕事をしていた侍従や神官がこちらの部屋に出入りを始めた。


いつもならこの流れで執務の手伝いをしていたけれど、このドレスだと書類整理の手伝いができそうにない。そうなると何もすることがなく、出入りする侍従たちに向けられる視線が痛い。


「リゲル様。今日はお手伝いできそうにないので、部屋へ戻りますね。」


お茶のお礼を言って部屋を出ると、扉の前で不思議そうな顔をしたヴァルナと護衛が待機していた。

いつもと違いエスコートなしで一人で出てきたことに、驚いているようだ。


その表情に対して曖昧に笑って返すと、何とも言えない気持ちで胸の奥が重くなった。もっとお喋りをしたかった?エスコートしてもらえなかったことが寂しい?この感覚が何なのか、わたしには分からない。

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