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ラングンと奉納舞

「ディアナ、あれがラングンだ。」

「うわぁ。思っていたより大きな街。」


大きな川と山を二つ越えると、見渡す景色は一気に様変わりし、ラングンまで伸びた街道の周辺には麦畑が広がっていた。まだ色付いていない緑色の麦畑は壮大で、その広大さはラングンの街の倍以上だ。


「街の左側が王都でいう商人街にあたる。その奥に見える赤い屋根の集まった場所が、麦の出荷工場だ。」

「へー。小神殿はどの辺りですか?」

「商人街の中央にある白い建物が小神殿だ。この街はあまり治安が良くないので、比較的治安の良い商人街の居住区エリアに建ててある。」


ラングンの市街地は、観光地として綺麗に整備されていたリンクの街とは違い、汚れた古い建物が多く、中にはまだ使用しているのか疑問に思えるような朽ちかけの建物もあった。


朽ちかけの建物の間を走る石畳の道路には、所狭しと露天が並び、行き交う多くの人々の間を縫うように、荷馬車が狭い道路を物凄い速さで往来している。

その様子は王都の下町よりも不穏な感じで、歩くだけで荷馬車に引かれそうな雰囲気は、あまり治安の良い秩序ある街には見えない。さすがに今回の街歩きは諦めるしかないようだ。


街の様子を見た後、上空を旋回しながら麦畑の方へ進路を変えると、ミュランドの合図でゆっくりと降下が始まった。

麦畑の方角をよく見ると、広大な麦畑の中に、ポツンと綺麗に整備された開けた場所がある。そこには、上空から見ても分かる大きめの舞台が設置してあり、その周りに人が集まっていた。


「畑の中に舞台だけがあって、違和感というか何か不思議な光景ですね。」


ミュランドと数人の騎士が最初に広場に降り立つと、周囲の安全を確認し、それに続いてレグルハウトや他の騎士たちも降り立った。

突然の騎士団の登場に広場は騒然となっているが、これも既に見慣れた光景だ。


「ディアナ嬢、到着早々で申し訳ないが、すぐに儀式を取り仕切ってほしい。」

「構いませんが、何かありましたか?」

「できればこの街での移動は、日が高いうちに行いたいと思っている。我らが付いているので特段の問題はないだろうが、できる限り安全は考慮したい。」


直々に魔獣から降ろしてくれたミュランドの、その力強い視線が向いた先を見ると、広場に集まった人のさらにその奥を見ていた。そこには、あまり身なりが良いとは言えない者も集まっており、騎士たちが警戒するように鋭い視線を向けていた。


「分かりました。急いで準備します。」


舞台袖に用意された休憩用の部屋に入ると、ラングンの小神殿から派遣された女性神官に手伝ってもらいながら、持ってきた衣装に皺がないか確認し、手早く衣装に着替える。

最高級の生地を使った儀式用の衣装は、皺ができにくい素材を使っており、一人での着替えも視野に入れて脱ぎ着が簡単な作りだ。


髪は、ヴァルナが綺麗に編み込んで、しっかり固めてくれているので一切の乱れがない。一応、最後に身だしなみチェックをしてもらったが、問題はなさそう。さすが優秀な侍女の仕事は凄い。


「ディアナ、準備は終わったかい?」


護衛の為に扉の前に控えていたレグルハウトの声に慌てて部屋から出ると、別の神官の手で舞台の準備も終わったらしく、ここの代表者が持ってきた聖杯が二個、舞台の中央に用意された木の台に並んでいた。


「はい。ヤバいです。緊張してきました。」


緊張を落ち着かせるために深呼吸していると、隣に立っていたレグルハウトが、「其方なら大丈夫」と優しく微笑んでくれる。髪が乱れないようそっと頭を撫でられ、それだけで気持ちが落ち着く。


冷静になった頭で儀式の流れをもう一度確認し、神官へ目配せして大きく頷くと、それが儀式開始の合図になった。どこからともなく聞こえてきた鈴の音が会場に響く。


レグルハウトに見送られ、舞台に向かって歩きだすわたしの動きに合わせ、金色の大きな聖杯を恭し

く持った神官が後に続く。


「これより、奉納式を始めます。代表者は舞台へ上がって来て下さい。」


わたしが舞台へ上がり、式の進行を行ったことで、広場にいた人が分かりやすくざわりとする。取り仕切るのが大人の神官ではなく、子どもということに驚いている様子だ。この反応は予想していたことなので、特に気にはならない。

それに、集まった人への牽制の為に、騎士たちが舞台の前に立ち睨みをきかせているおかげで、それ以上の騒ぎになることはなかった。


舞台に上がってきた代表者たちも、頭を下げたままチラチラとこちらの様子を伺ってはいるが、神官である以上、子どもでも貴族だという認識らしく、不躾な視線が向けられることはなかった。


聖杯の前に立ち、リゲルの儀式を思い出しながら、聖杯の持ち手の部分にある大きな魔石に手を触れる。


「天と地の万物の創造主 最高神アルゲンティヌス 我らが願い 御身の力を解放し 豊穣の神ウゥルカーヌよ 広い大地を癒し 新しい命を育む力を 与え給え」


聖杯に流れた魔力の影響で、聖杯が金色の光を放つ。予想通り広場からは、驚きと興奮でどよめきの声が上がった。何度も儀式を見ているはずの農民からも、溜め息にも似た感嘆の声が上がっている。


「御身に捧げる祈りと感謝 森羅万象そのほどを得たらん 御身の息吹 光輝く恵みの力 清らかなる御加護で満たし給え」


あっという間に魔力で満たされた魔石は、強い光を放った。それに触発されたのか、興奮した人たちが口々に祈りの声を上げる。


「豊穣の神ウゥルカーヌに祈りと感謝を」

「神に感謝を!」

「神に感謝を!」


祈りを終え、並んでいる代表者へ聖杯を渡すと、ここでも受け取った聖杯を天高く掲げながら舞台を降りていく。無事に聖杯の受け渡しが終わったことで、広場は最高潮の熱気で盛り上がっていた。


「あのちっこい神官様すごいね!」

「いつもより光が大きかったな。」

「きっと今年は豊作だな。」


周囲の人と奉納式の感想を言い合いながら、盛り上がる農民たち。最初の困惑が嘘のように、突然やってきた小さな神官へ向けての称賛の声が、会場のあちらこちらから上がっている。その様子にホッとしていると、一息入れる暇もないまま奉納舞へ続く。


進行役の神官が指示を出し農民全員で舞台上を素早く片付けると、広場にいたほとんどの人が大小様々な楽器を準備し、奉納舞が始まるのを今か今かと持っている。まさかの全員参加型だ。


「ディアナ様、お願いいたします。」


神官から聖剣を受け取り腰の帯に差すと、一気に緊張が増す。何度踊っても聖剣の重さを体で感じるこの瞬間は慣れそうにない。いい踊りには緊張感が大切だとヘスティは言っていたけれど、毎回この緊張感は勘弁してほしい。


緊張で吐きそう。


舞台の中央で片膝をついて俯き目を瞑ると、緊張で高ぶっていた体の中の熱が静かに落ち着く。その雰囲気に周囲も同調したのか、騒然としていた広場も徐々に静寂に包まれた。


シャーン、シャーン


水面に波紋が広がるよう、静寂に満ちた広場に鈴の音が広がる。呟くように奉納舞の最初の文言を口にし、農民がそれを唱和する。


舞台前にいた農民が乾燥させた大きな木の実を木の棒で叩くと、その楽器が奏でる高音の甲高い音で空気が震え、それと交互に叩いた重低音の楽器からは、地を這うような振動が音となり伝わってきた。


指先まで神経を行き届かせ、天に向かって手を伸ばしてくるりと舞えば、美しく刺繍された衣装の袖がひらりと翻る。

さらに顔をクッと上げ、一振り一振り細心の注意を払いながら舞った。剣が空を切る音が響き、聖剣の青い魔石は魔力に満たされ光り輝く。


周囲に響いた太鼓の音にゆったり舞っていた体が反応し、気持ちが引き締まる。集落によって使う楽器が違うので、曲は同じでも別の音楽のように聞こえるから面白い。


ドンッ、ドドン


その重い音に空気が震えた。その瞬間、グンっと一気に聖剣がわたしの魔力を吸い上げる。


あぁ。これは、初日に舞った時と同じだ。


実はリンクでの初日以降、厳重に警戒していたリゲルたちをよそに、特に何事もなく奉納舞を行えていた。聖剣が魔力を吸い上げる量も驚くほど極僅かで、魔力の少ないヘスティたちが神事を取り仕切っていたことに納得できる量だった。


初日のあれが何だったのかいまだに解明はできていないが、恙なく進む奉納式に完全に警戒が薄れ、リゲルがいなくなった今日に限って初日と同じ現象だ。


わたしの顔色が変わったことにいち早く気づいたレグルハウトは、舞台袖からこちらに駆け出してこようと動いたが、舞台に出てこないよう僅かに首を横に振り、視線で制する。


奉納舞の中断は農家にとって死活問題だ。この不思議な現象に、農民は何も関係ない。いま奉納舞を中断するわけにはいかないだろう。


農家は奉納式で納められた魔力を使い、土壌を肥えさせ、その土地で苗を育てる。そして奉納舞は、その土地に溜まった悪いモノを最初に浄化させるっという意味がある。

奉納舞で清められ、納められた魔力で満ちた土地と、そうでない土地とでは、収穫量に大きな差が出るらしい。


レグルハウトが動いたことで騎士たちも異変に気づき、素早く護衛の隊列が変わったが、幸い誰も騎士団の動きに気づいていない。


体内の魔力が外へ流れ出ないように集中しながら舞っているが、一定量の魔力が聖剣に吸い取られ、腕輪が淡く光りだした。


やばい。呼吸が苦しくなってきた。


舞はまだ動きがそれほど速くない前半の部分だが、既に体は熱く、額には汗が浮かんでいる。こんなに神経をとがらせて舞ったことは今まで一度もない。

魔力を想像以上に吸われているらしく、首にかけたネックレスも徐々に熱を持ち始めた。


腕輪は強く光り輝き、聖剣の刀身が青白く光る。剣を一振りするたびに魔力の光が飛び散る神秘的な光景に、舞台に近い一部の農民たちが異変に気づき始めた。

だが、誰もがこの式典の重要性を分かっている為、楽器の手を止めたり、騒ぎ立てる者はいない。


演奏は続き、曲の終盤に向け演奏の音が早くなる。呼吸が乱れないよう舞うことだけに集中し、腕を限界まで伸ばし、剣を美しく優雅に振る。


それに合わせるよう魔力も一気に吸い上げられるが、不思議なことに気持ちは焦るどころか、波一つない湖面の様に静かに落ち着いていた。


頬に当たる空気の冷たさをしっかり感じながら、二本の剣を鞘に収め、最後にまた跪く。静かに目を瞑って呼吸を整えていると、儀式の終了を知らせる鈴の音が辺りに響く。


その刹那、目の奥に激痛が走った。あまりの痛みに片手で目を押さえ視界を遮った瞬間、魔力がスッと体から抜ける。


「ディアナ!」


レグルハウトの叫び声が聞こえ、目を開け立ち上がると、足元が光り始めていた。光の線が幾重に走り、見覚えのある魔法陣が舞台上に浮かび上がった。


舞台袖から駆け出したレグルハウトの手がわたしに伸びるよりも早く、グンッと大量の魔力を引き出され、魔法陣の光がゆっくりと大人の身長を越えた高さまで上がる。

全てがほんの一瞬の出来事。


レグルハウトは躊躇なく光の柱が立った魔法陣の中に入って来ると、体力の限界で動けないわたしを抱き上げ、素早く魔法陣の外に出ると、その勢いで舞台から飛び降りる。


「大丈夫か?」

「あっ・・・はい。ありがとうございます。」


状況が分からず舞台袖で立ちすくんでいた神官も、騎士に引きずられるように舞台から離された。そして、初日と同じように魔法陣は真っ直ぐ天に向かって伸び、青い光の柱が屹立した。


前回と同じ現象だが、魔法陣が現れたタイミングで魔力持ちは急いで舞台から離れたこともあり、今回は倒れるほど体調を崩した者はいなかった。


それでも騒然となった広場は、騎士たちが統制のとれた動きで鎮圧し、すぐに王宮と神殿へ伝令を飛ばしていた。


「回復薬は持っているな?顔色が悪い。小神殿へ行く前に先に飲んでおけ。」

「大丈夫です。舞で疲れただけなので、魔力は問題ないです。」

「回復薬は体力にも有効だ。」


これ以上の有無も言わさない勢いに、荷物を管理している騎士から回復薬を受け取り、一瓶、一気に飲み干す。

ジワリと体が温まり、消費していた体力と魔力が回復しているのが分かる。魔力が体を巡る。


「レグルハウト様、回復薬を飲んだのでもう大丈夫です。自分で歩けます。」


舞台から避難する際に急いでいたこともあって抱き上げてもらったが、その後もレグルハウトは一向にわたしを地面に降ろす気配がない。これはいわゆるお姫様抱っこという体勢だ。

それどころか、本人は気にした様子もなくそのまま広場を歩くので、みんなに注目されて恥ずかしい。


「顔色は戻ったが、眉間に皺が寄っているぞ。どこか体に異変があるのではないか?」

「えっ?」


目の奥の痛みを報告するべきか悩んでいるうちに、その痛みが表情に出ていたらしい。驚いてレグルハウトの顔を見上げると、先ほどまでの心配していた表情が一変し、呆れているような怒ったような表情だ。


回復薬を飲んだ今も痛みは引かず、目を開けていることが苦痛で仕方ない。普通のケガなら回復薬で治るはずなので、この痛みの原因は多分、魔力の影響だろう。


曖昧な表情を浮かべると、それを肯定と捉えたのか、体が安定するようにしっかり抱きかかえ直された。お姫様抱っこでも恥ずかしかったのに、抱き締められているかのように体が密着する。


「其方の魔力管理は私が一任されている。何かあればちゃんと話してくれ。」

「はい。すみません。」


レグルハウトの腕の中で目の痛みを報告すると、ジッと瞳を覗き込まれる。この慣れない至近距離に身じろぎすると、突然、回復薬の瓶が口に押し付けられ、口の中に流れ込んできた回復薬を、慌てて一気に飲み干す。驚いて吐き出さなかったわたし、偉い。


乱暴なその行動に驚いて瓶を持った人の顔を見ると、眉尻を下げたエンフィードが申し訳なさそうに立っていた。抗議しようと口を開くより早く、回復薬を二本も飲んだ効果で意識が遠くなる。酩酊状態だ。


ダメだ。瞼が重い。


意識が途切れそうになりながら、回復薬の講義でリゲルから言われたことを思い出していた。回復薬を飲み過ぎると、身体が酩酊状態になる。それがさらに効きすぎると、身体が休眠状態になるので、飲む場所を考えなければならない。

講義を受けている時は、その状態を想像できなかったけれど、まさに酩酊状態から休眠状態へ移行しようとしている今がそれだろう。


騎士たちは回復薬の扱いに慣れているので、こうなることが分かっていて無理矢理飲ませたのだろうが、何の説明もなく飲ませたエンフィードの意図が分からないし、その行動を止めなかったレグルハウトもレグルハウトだ。


少しでも抗議の意思を伝えたくて、掴んでいた襟元から手を離し胸元を叩こうと手を振り上げるが、腕は全く上がらず力なくダラリと投げ出される。

意識も途切れ途切れで、口は開かず、もう抗議はできそうにない。心配そうにわたしの顔を見ている金色の瞳を見ながら、静かに瞼を閉じた。

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