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そして新しい街へ

小神殿の朝は遅い。

神殿では一の刻に起床し、日の出の前に朝の沐浴を済ませると、礼拝堂で朝の祈りを捧げ、二の刻半頃に朝食が始まる。未成年のわたしは、式典以外の日は朝の祈りが免除されているものの、それでも二の刻前には起床している。


そしてこの小神殿の起床は、二の刻過ぎだ。朝のお勤めの有無が厳密に決まっていないらしく、起きるのが早い神官もいれば、ゆっくり寝ている神官もいる。二の刻半から始まる朝食に間に合えば、基本的に朝は自由で、人が少ないだけあって規則はかなり緩い。


奉納式の為に数日滞在し、完全にここでの生活に慣れ始めていた。朝からゆっくりできる小神殿の雰囲気は非常に居心地が良く、貴族のはずの神官も、街の住民に近い生活を送っているせいか、かなり気さくな性格をしている人が多い。


しかし、いつもはまったりとした雰囲気のある小神殿だが、奉納式のある日だけは毎回朝から騒がしい。準備に追われるわたしは、日の出の前に朝の湯浴みで身を清め、身体にはしっかりと香油を塗り込まれ、儀式用の衣装に身を包む。起床してから朝食の時間まで一息入れる暇もない。


そして次の街への移動日である今日は特別に忙しく、朝の仕度を終え、食堂へ向かう廊下を歩いていると、あちらこちらの部屋で慌ただしく片付けを行っていた。


食堂に入ると数人の騎士が食事をしており、テーブルの脇を通るタイミングで軽く挨拶を済ませ、先に食事をしていたリゲルと同じテーブルへ座る。

特に誰かのエスコートはないが、椅子を引いてくれた側使えにお礼をいいながら着席すると、飲み物が注がれ、朝食が運ばれてくる。


ここでも日課となったリゲルと食べる食事。到着初日は小神殿の決まりに合わせ、並んだ大皿料理から取り皿に自分で盛り、家柄関係なく適当に空いた席に座って食べたが、主が気になって食事に集中できないと側使えから異議が上がり、結局、わたしとリゲルには側使えが給仕をすることになった。


「ディアナ、次の街の儀式には他の神官は間に合わないだろう。数日は一人で儀式をすることになるが、大丈夫か?」


朝食を食べながら今日の予定を確認していると、リゲルは食事の手を止め、気遣わしげな表情でこちらに視線を向けた。


二日前に突然決まった、リゲルの早期帰還。最初の予定では次の街まで一緒に行動して、その後、ヘスティたちと合流したタイミングで神殿へ戻る予定だったが、先日の魔法陣の件で神殿にある禁書を調べることになり、急遽、日程が早まった。


一応、ヘスティたちにも連絡はいっているようだが、元々、リゲルとの入れ替わりで同行する予定だった為、自身の受け持つ奉納式がまだ終わっていないらしい。

頼る人がいないのは少し不安だが、曖昧な表情を浮かべ心配をかけるわけにもいかず、無理矢理に口角を上げ、リゲルの目を見て力強く頷く。


「はい。リゲル様がいらっしゃらないのは心細いですが、儀式のやり方はしっかり覚えているので頑張ります。」


わたしの虚勢に気づいているのかいないのか、リゲルも僅かに口角を上げ小さく頷く。


「あぁ。それから、今後の回復薬の管理だが、側使えに任せることにした。君は何本持ってきているんだ?」

「わたしが試作で作ったものを十本持ってきました。」

「君が作ったものは濃度が一定ではないので、私がいないこの先は使うのを許可できない。あとで私が持ってきている物と交換する。」

「えぇ・・・今回の為にせっかく作ったのに。」


回復薬を多用すると、酔った時のような酩酊状態になってしまうので、実は飲む量を厳格に調整している。飲める量は魔力量ではなく、年齢と体重で一日に飲める量が決まるので、わたしの場合、魔力量は多いけれど飲める量は少ない。

それもあって、今回の奉納式に合わせて高濃度回復薬っぽいものを作ったが、成分が信用ならないっということであっさりリゲルに回収されてしまった。


「君の買い込んだ荷物も私の物と一緒に持ち帰っておこう。この後も行く先々で買い込むことを考えれば、荷物は少ない方がいいだろう。」

「・・・ははは。ありがとうございます。思ったより色々買っちゃったので助かります。」


行く先々でまだ買う気だったのがバレていたらしく、若干、引き攣った表情になってしまったけど、荷物が来た時の倍以上に膨れ上がっていたので、持って帰ってくれるのは本気で助かる。


次の街は、ヌアザ領との境界線を馬車でほぼ一日南下した場所にある。リンクほど栄えていないらしいが、周辺の農地はパンの原料である麦の一大生産拠点だ。

その街には五日ほど滞在する予定なので、時間があればまた街の散策をしたい。リンクでもお土産以外に、香油やお菓子作りに使えそうな物を買ったので、次の街でも何か珍しい物がないかちょっと期待している。


「君が春の奉納式から参加してくれたおかげで、今回の行程はかなり楽な日程で組めている。自由時間に買い物をするのは構わないが、王都と同じように一人で行動するのは認められない。腕輪の守りは命の危機には有効だが、勾引かしには発動しないのは分かっているな?」

「分かってます。さすがに知らない街を一人で出歩いたりはしません。」


怒られているわけではないが、呆れたような物言いのリゲルの視線がいたたまれなくて、静かに視線を逸らす。買い物三昧を期待しているわたしの考えなどお見通しらしい。否定はしないけど。


話しを逸らすように、酸味の効いた果物のジュースを口に含む。王都にはあまり出回っていない果物らしく、この街以外では滅多に飲めないらしい。ここで毎日飲んでる密かなお気に入り。

口に広がる幸せな味にホッと息を吐くと、リゲルの小さな溜め息が聞こえた。


「魔力は安定しているようだが、体に不調はないか?」

「はい、大丈夫です。逆に魔力容量が増えてから調子が良いくらいです。」

「そうか。今後の君の体調管理は殿下に頼んである。君の世話を殿下に頼むは気が引けるが、君の魔力量を考えると何かあった場合、ヴァルナの手に負えない。」


まさかわたしの世話をレグルハウトに頼むとは思わなかったが、特に反論もないのでコクリと頷く。

その流れで目の前のパンに手を伸ばし、一口大に千切って口に入れると、薄い塩味が口の中に広がった。


小神殿での食事は嫌いではないが、全体的に薄味だ。このパンも味が無いに等しくちょっと物足りない。最近はこのパンを食べると、改良前に家で出していた味のない硬いパンを思い出し、無性に家族が懐かしくなる。

家族に会いたくなって完全に気落ちしたわたしに、リゲルから訝し気な視線を向けられたが、そのことに触れることなく他愛のない会話をしながら食事は進む。


明日からはこの時間もなくなる。一応、口にも態度にも出さなかったが、リゲルがいなくなって寂しいと思ったことは誰にも内緒だ。




「準備は良いか?」

「はい。よろしくお願いします。」


レグルハウトの声でそちらへ駆け寄ると、腰に手を回し軽々と抱え上げられ、黒獅子の背に乗せられる。続けて軽やかに背に飛び乗ると、とても自然に腕をお腹に回され、鎧で守られた硬い胸元に背を預ける体勢になった。


「其方と乗るのは久しいな。」

「はい。今日も自分の魔獣ではダメなのですか?」


リゲルに代わって、わたしが相乗りすることになったレグルハウト。今日からリゲルとその従者が抜けることで護衛の隊列が変わるので、その流れで一人で乗れると思ったが、その希望はばっさりダメだと切り捨てられた。

自分の魔獣で飛ぶ練習をしたのは一体なんだったのか。


「魔獣の扱いが上手くなったのは知っているが、其方が単独で飛行するより誰かと相乗りした方が我らも隊列を考えやすい。魔獣で飛ぶ練習をしたのは緊急事態に備えてだ。」

「護衛の為だと言われたら諦めるしかないですね。」


小神殿の広場に並んだ騎士団の魔獣は、既に飛び立つ準備ができており、あとはミュランドの合図を待つ状態だ。


誰でも入れるこの広場には、騎士団や神官以外にも、リンクの街の住民が騎士団を見る為に集まっていた。よく見ると、遠巻きにこちらを見ているのは子どもや女性が多い。


奉納式の会場でもそうだが、今回の奉納式には騎士団が同行していると噂になっているらしく、騎士団見たさに若い女性や騎士団に憧れる男の子たちが来ているそうだ。


兜を付け魔獣に乗る姿に興奮した男の子たちの叫び声が聞こえ、魔獣から降りて兜を取ると女性たちの黄色い歓声が上がる。その中でも、見た目が極上のレグルハウトへ向けられるのは、女性たちからの悲鳴にも似た狂気のような歓声だ。


王族の証であるさらりとした黒髪。少し長めの前髪の向こうから、周囲を射抜くような金色の瞳。冷ややかに周りを見渡すその目は切れ長で、すっと通った鼻梁と薄い唇は、完璧なまでに整い美しい。

遠目に見ても分かるその美しさと、眩暈がするほどの色気は、見慣れているわたしでも刺激が強い。


そして分かってはいたけれど、騎士と相乗りしているわたしに対する視線は痛い。子どもが向けてくる視線は憧れる騎士と相乗りするわたしへの切望だが、女性が向けてくる視線は「何であんな子どもが?」というような顔をしている。毎回この視線を浴びせられるのかと思うと、憂鬱で仕方ない。


「女性の視線が痛い・・・。」

「見送りに来ているのだから当たり前だろう?」

「これは見送りというより熱視線です!これだからモテる男は!」


いたたまれないので少し前かがみの姿勢にして離れてみても、お腹に回った腕にグッと力がこもり、背中がぴったりと密着している状態になる。

魔獣が動き出せばどうせこの体勢が楽なので結果的にこうなるが、今だけは女性の視線から少しでも外れたい。


気を紛らわすように黒獅子の上から周りを見渡すと、見送りに来たリゲルは少し離れた場所に立ち、あいかわらず温度の無い表情でこちらを見上げていた。


「殿下、ディアナのことよろしくお願いいたします。」

「あぁ、問題ない。」


わたしたちを見送るその顔から表情が読めないが、それでも先に帰ることを申し訳なく思っているのは朝食の時に話して分かっている。これでも心配はしてくれているのだろう。


「出立!」


ミュランドの言葉を合図に一斉に騎士が騎乗し、魔獣は軽やかに動きだした。改めて統制のとれた魔獣が飛び立つ姿は圧巻だ。


「リゲル様、いってきます。」


飛び立つ騎士団に向かって遠くで女性の黄色い歓声と、追いかけるように走り出した男の子たちの興奮した叫び声が聞こえる。

騎士団はその声に答えるよう、ゆっくり広場を旋回しながら上空へ駆け上がっていく。


レグルハウトの魔獣も静かに動き始め、バサリと羽を動かすと軽やかに真っ青な空へ駆け出した。小さくなるリゲルの姿に、本当に一人で大丈夫なのかと不安が押し寄せてくる。

どんどん遠くなるリゲルを見て不安になったわたしに気づいたのか、それとも偶然か、お腹に回された腕に一瞬、力がこもる。


胸に寄りかかり背中を預けているわたしの耳元にレグルハウトの唇がよった。「大丈夫だ。」甘く囁かれ身震いする。間近で響く声は驚くほど甘い。

大人の色気はお子ちゃまなわたしには刺激が強すぎる。目的地まで心臓が持つきがしない。

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