~幕間~真夜中のお茶会
小神殿に九の刻を知らせる鐘が鳴る。
人の少なくなった小神殿の食堂では、晩餐の残り物と追加で作ってもらった酒の肴をつまみに、騎士団の面々が酒盛りを始めていた。
この小神殿は、料理人を含め最低限の人手しかいないこともあり、ここの神官たちは効率を考えて食堂で食事をしている。普通、貴族は侍従たちと同じテーブルにつくことはないが、郷に入っては郷に従えということで、リゲルやヴァルナ、王族であるレグルハウトたち全員で同じテーブルで一緒に食事をすることになった。
並んだ大皿料理に、案の定、側使えは主人たちの世話を焼こうと動いたが、それを無言で手で制し、椅子に座るように促した。渋々と言った表情で椅子に座り直した側使えの姿を見て、ディアナの世話を焼こうと立ち上がったヴァルナも動きを止めた。
この様式で食べ慣れていない侍従たちは、次々にテーブルに並ぶ大皿を見て完全に引き気味だったが、逆に騎士団に所属していたリゲルはあまり気にしていないようだった。
就寝の早い小神殿の者たちは手慣れた様子で早々に食事を済ませ、談笑もそこそこに自室に戻り、同じように全く気にならないディアナもさっさと食事を終えると、リゲルたちへ挨拶をしヴァルナと共に部屋に戻った。
酒が進み始め周りは誰も気にしていないようだったが、ここに子どもがいつまでもいるのは精神衛生上よくない。お酒の入った大人の会話を子どもが聞くのは無粋だろう。
「殿下、少しよろしいでしょうか?」
周りと談笑しながら気分よく酒を飲んでいたレグルハウトは、声を掛けてきたのもかかわらず、あいかわらず表情の乗っていないリゲルの顔に苦笑いしながら、何の話題か察していたこともあって二つ返事で了承をした。
騎士団の階級としてはまだまだ下のレグルハウトだが、貴族社会では上位に位置していることから、同じ新人の騎士たちはレグルハウトの同行に気を使い、動き出すだけで痛いほどの視線を感じる。
しかし、酒の席ではありがたいことに、みんな酒を飲み盛り上がっているので、席を立っても誰も気に止めなかった。
食堂を出ると、廊下は下町の家と同じようにロウソクの火を灯していた。ここは神官が数人しかいないので、魔力節約の為に魔道具に頼らない生活をしている。
ランプの火は魔道具の灯りと違い、温かみのある色だがほの暗く心許ない。そして何より、神官の私室があるエリア側は既にロウソクの火は消え真っ暗だ。
通された客室へ入ると、リゲルは持ってきていたランプ代わりの魔道具に魔力を込め、部屋に灯りを付けた。昼間のように明るくなった部屋に、僅かにホッとした。さすがに男二人で会話するには、ロウソクの灯りでは微妙だ。
しかし、ホッとしたのも束の間、神殿の執務室同様、書類の積み上げられた執務机を見て、顔が一瞬、引き攣りそうになったが、リゲルという男の仕事人間ぶりを知っているだけに、呆れ顔になっただけで余計な言葉を飲み込んだ。
「魔法陣の報告はミュランドから受けた。其方の話はディアナ個人のことであろう?」
ソファに座るように促されたが、そのテーブルには客をもてなす為のお茶やお菓子はない。内密な話なので、側使えに入室の許可をしていないので仕方ないが、この堅物はせめて酒でも酌み交わして話そうと言う気にもならないらしい。
背もたれに寄りかかり呆れて苦笑いしていると、リゲルは先ほどまで酒を飲んでいたとは思えない硬い表情で正面に座り、盗聴防止の魔道具をテーブルに置き起動させた。
「最近は安定していた魔力が急激に増えておりました。はっきとしたことは分かりませんが、あの魔法陣が何か関係している可能性が高いでしょう。街に出たと聞きましたが、そこで何か変わったことはありませんでしたか?」
「あぁ。昼間は私の目から見て、特に変わった様子はなかった。しかし、あの魔法陣は害あるものではなかったのだろう?」
「全て解読できたわけではありませんが、魔法陣の構成自体に問題はありません。」
レグルハウトは背もたれに寄りかかったくつろいだ姿勢のまま足を組み、硬い表情を崩さないリゲルの顔を見る。上位の貴族らしく表情こそ変わらないが、声色は僅か困惑しているのが分かる。
晩餐前に召集があり、ミュランドから現状の報告があったが、特に何か問題があるような言い方ではなかった。結局のところ、ここで魔法陣の善し悪しを議論したところで、詳しい解読を待たなければ何も分からないということだろう。
「それで、其方が私を呼んだ理由は他にもあるのだろう?」
軽く片眉を上げ視線を正面に座る男へ向けるが、感情を表情に出さず、すぐに本題は出さない。お互い腹の探り合いで疲れるが、これが貴族流のやり方だ。
もちろん、今回の件に関してだけ言えば不明瞭なことが多く、はっきりと口に出せないという理由があるが、元々の性質か、この男は本当に腹の内が読みにくい。
「今回、調査団が動くことで、ディアナにも聞き取りが入るでしょう。神官である以上、改めて身元確認はないと思いますが、念のため、書面上は正式な養女にしておこうと思っています。」
冷静に話しを聞いていた反動か、思ってもいなかった話しに表情が崩れ、驚きで目を見張った。開いた口が塞がらないとはこのことか。
そもそも、リゲルは養女の件にかなり消極的だった。いつかは必要なことだと割り切ってはいたようだが、時期をギリギリまで調整し先延ばししていた。そんな経緯を知っているからこそ、まさかこのタイミングで早めるとは意外としか言いようがない。
リゲルほどの手腕ならば、今まで通りディアナの存在を隠し通し裏工作でもできそうだが、それだけ今回の件で、王宮から目を付けられる可能性が高いということだろう。
確かに、今まで存在すら知られていなかった古の魔法陣を起動させたのだから、簡単に調査が終わるとは思えない。
「そうか。私はすぐにでも養女にした方がいいと思っていたから、この件で反対はしないよ。」
リゲルは「ありがとうございます」と頭を下げると、改めてレグルハウトと向き合った。だが次の言葉を選んでいるのか、先ほどまでの硬い表情は崩れ、視線を僅かに彷徨わせ困惑したような表情だ。
「何だ?はっきり申せ。」
最近の二人の話題は八割がディアナのことだ。リゲルにこんな表情をさせるのもディアナだけで、多分、何かディアナのことで言いたいことでもあるのだろう。
珍しくはっきり言わないリゲルに訝しげな視線を向けると、小さく息を吐く音が聞こえ、合わなかった視線が絡む。
「不躾な質問をすることをお許しください。殿下はディアナの後継人として、今後もその立ち位置は変わらないとの考えでよろしいでしょうか?」
「何が言いたい?」
「アークツルス家の養女になれば、我が家と縁を結ぼうとディアナに寄って来る者が出てくるでしょう。魔力量を考えると、王家からの打診も考えられます。」
平民という点はネックではあるが、魔力量と侯爵家の養女という後ろ盾があれば、歳の近い王子たちの婚約者候補に挙がることは可能だ。魔力持ちの結婚は魔力量が近い者同士が相応しい為、魔力が多い第二王子あたりの候補になる可能性もある。
最終的に婚約者として選ばれなかった場合も、数多いる令嬢の中から候補に挙がったというだけで、その令嬢の価値は上がる。そうなれば、魔力量のあるどこかの侯爵家の嫡男あたりが次の候補に名乗りを上げるだろう。
「何だ、其方は私にディアナを娶れとでも言うつもりか?」
「はい。王家から打診があるのは間違いないでしょう。ですが、王位継承権のある王子たちの候補には出自が悪すぎます。整った容姿は武器になりますが、年頃の王子たちの視界にいれるのは逆効果かと。」
レグルハウトは、どこぞの親バカのような発言だなと思いながらも、それがあながち間違いではないので特にその発言に突っ込むことはしなかった。
顔合わせをしてしまえば、確実にディアナは王子たちの目に留まるだろう。王家の黒持ちは、本能的に自分にない明るい色に惹かれやすい。あの光り輝く金色の髪と赤い目は、黒持ちの王家が欲する色だ。
「口が過ぎるぞ。其方はディアナの庇護者ではあるが、王家の婚姻に口を出す権限はない。」
小さく頭を下げ「申し訳ございません」と形式的に謝罪を口にするが、その表情から腹の内は全く読めない。こちらも腹を探らせるつもりはないが、実践的な経験の差かくぐり抜けてきた修羅場の違いか、この男はこちらの僅かな変化も読み取っていそうで分が悪い。
話しの引き際を弁えているリゲルは、置いてあった盗聴防止の魔道具を片付け、執務机に置いたベルを鳴らした。魔道具の一種であるこのベルは、遠くの部屋にいる側使えにも聞こえるようになっている。案の定、すぐに扉をノックする音が聞こえ、お茶の準備の為に側使えが部屋に入ってきた。
「いつも飲んでいるお茶と随分色味が違うな。」
「ディアナが新しくブレンドしたお茶です。渋味が強く濃いですが、酒のあとや執務中に飲むのに適していますよ。」
言われてお茶を口に付けると、普段飲んでいるものとは違う渋味が舌の上に広がった。想像以上の味に一瞬、顔をしかめそうになったが、慣れてくると意外とありなのかもしれないと思える芳醇な香りだ。普段から常用するにはクセがあるが、眠気覚ましに飲むにはいいのかもしれない。
このお茶は神殿以外では出していないそうだが、他のお茶はアーレウスの奥方が香油と一緒にお茶会で広めているらしく、貴族の間でもディアナのブレンドしたお茶が出回り始めているそうだ。
今のところ表向きの発案者は神官の誰かということになっているらしいが、今後、ディアナが正式な養女になり次第、発案者として名前が出ることになっている。図らずも既に上位貴族の一員として流行を作っているディアナだが、本人にその自覚はない。その為、貴族になった途端にお近づきになろうとする貴族に困惑し、その扱いに苦労するのが目に見ている。
「ディアナが考えた物は若い世代に受け入れられているようだな。新しい香油のお陰で女性の臭いに嫌悪を感じることが少なくなったと、騎士の間でも話題になっている。」
もう一度お茶を口に付けると、口がこの渋味を覚えたのか最初ほどの衝撃はない。それどころか味わい深く感じるから不思議だ。
用意されたお茶菓子も、この中の一部はディアナが考えたものだ。貴族の見た目重視の菓子と違い、ディアナの作る菓子は味に力を入れている。たまに質素な焼き菓子を出されることもあるが、見た目に反して味は抜群に上手い。
焼き菓子を一枚手に取り口に入れると、舌の上でホロっと崩れ、優しい甘さが広がる。甘さ控えめで少し塩気もあることから、甘い物が苦手な者もこれなら食べやすいだろう。
「そういえば、先ほどの話だが。」
「はい?」
「ディアナを私の婚約者にと既に打診済みだ。」
「は?」
持っていたカップが僅かに揺れたが、その動揺を見せないところはさすがとしか言いようがない。リゲルの驚いた表情を見てやろうと、あえて先ほどの会話では断言しなかったが、自身の父親には既に話しを通してある。侯爵家の当主であるリゲルの父に話がいくのも時間の問題だろう。
部屋に控えていた側使えも、聞いていはいけない話しを聞いてしまったと、あきらかに動揺している。本来は壁なりきっている侍従が、主人たちの話しに反応をするのは教育が行き届いていないと見なされ、貴族社会では良しとしない。
レグルハウトとしては側使えの耳に入ったことにさして興味はない。最初から盗聴防止の魔道具を起動させていないこのタイミングで話したのは、周りに隠すつもりがないからだ。それよりも、見たかったリゲルの驚いた顔が見れなかったのは面白くない。この鉄仮面と悪態をつきそうになったのは言うまでもない。
「ディアナの様子は、婚約者として私も気にかけておくよ。」
レグルハウトは、リゲルのその表情を見てニヤリと口角を上げると、残ったお茶を飲み干し優雅に席を立つ。
見送りは不要とばかりに側使えに片手を上げ部屋を出ていった後ろ姿に、誰もがまだ婚約者じゃないと突っ込むことも忘れ、最後に爆弾を落としていった客人を静かに見送った。
もちろんあのリゲルでさえも、呆れ顔で静かに片手で額を抑えていた。




