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聖女と雷と白の世界

小神殿に戻るとまだリゲルたちは戻ってきておらず、やっと到着したらしいヴァルナたちの馬車に乗せた荷物を、下働きの人たちが運び込んでいるのが見えた。

大量の食料品が入った木箱が食堂の方へと運び込まれ、料理人たちは厨房で慌ただしく晩餐の支度をしている。


「おかえりなさいませ、ディアナ様。到着が遅くなりまして申し訳ございません。」

「ただいま、ヴァルナ。あなたたちも無事に到着してよかったわ。」

「はい。予定より時間がかかりましたが、今日中に到着したのでホッとしております。こちらはまだ片付けが終わっておりませんので、晩餐までお部屋で過ごされますか?」

「えぇ。少し疲れたので部屋でゆっくりします。」


最初に着替えを手伝ってくれた側使えの案内で部屋に戻ると、残りのわたしの私物も運び込まれ完璧に部屋が整えられていた。この部屋と続き部屋になっている侍女の部屋を、ヴァルナとこの側使えが一緒に使うことになっている。


ゆったりとした室内着へ着替え、用意されたお茶を一口飲むと、一気に気が抜けたのかすぐに瞼が重くなってきた。

朝から慌ただしく、一日中、気を張っていた。どんなに魔力があっても、所詮わたしは平民の九歳児だ。気力も体力もたかが知れている。


晩餐まで仮眠をとりたいと伝え、側使えが出ていった部屋に一人になると、そのまま座っていた長椅子の背もたれに寄りかかり、目を閉じ深呼吸するように細く長く息を吐く。


長椅子で寝る行為は淑女としてあるまじき姿だと怒られそうだが、もう動けそうにない。というか、もう一歩も動きたくないっと言った方が正しい。

ヴァルナたちも忙しそうにしていたので、僅かな時間の仮眠なら、このまま寝ても誰も来ないだろう。


室内履きを脱いで足を投げ出し、一応、服の皺を気にしながら長椅子に横になった。目を瞑り、ウトウトし始めた頃、遠くの方でゴロゴロと雷が鳴る音が聞こた。


先ほどまであんなに晴天だったのに、天気が変わるのは早い。微睡む意識の中、雷鳴を聞き、あっと言う間に深い眠りに落ちていく。




・・・・あぁ眩しい。


閉じてた瞳の奥に眩しさを感じ、ゆっくりと瞼を開けば、そこは光で溢れた真っ白な世界だった。

あまりの眩しさにもう一度目を閉じ、薄目で確認できるその真っ白な世界に戸惑いを覚える。目の前に広がる景色は、寝ていたはずの小神殿の部屋ではなく、本当の意味で何もない無の場所だった。


雪のようなものが舞っているが、キラキラと光るそれは、多分、雪じゃない。どちらかというと祝福の光に近い気がする。


「夢?」


周りを見渡しても真っ白な世界が続く。非現実的な状況にこれは夢だろうっとあっさりと確信し、ちょっと強めに両頬を叩いてみたけれど眠りから覚める気配はない。ただ叩いたその頬に痛みはない。

痛みがないことで逆に冷静になり、これが夢ならそのうち目が覚めるだろうっと至極楽観的な気分になる。


立ちすくんだまま真っ白な空間を眺めていると、ふと、ここで立ち止まっいる場合ではないという感覚に落ち、無意識にこの何もない空間へ足を踏み出していた。


一歩目の足が着地するのと同時に、わたしの目の前に突如として現れた光の道は、真っ白な世界を縦断するように真っ直ぐ伸び、ここからでは道の終わりが見えない。


この道の先には何があるのだろう。


それなりに好奇心がある方だと自覚しているが、いま感じているこの気持ちはその一言で済まされない何かがある。


光の道に導かれるように歩き出してみると、前へ前へと勝手に足が進む。歩いても歩いても変わり映えのない世界を眺めながら、ただ前だけを見てひたすらに歩き続ける。


行かなければという強迫観念に近い何かに駆り立てられるように、黙々と目の前に伸びる道に足を踏み出しそれを繰り返す。

何かに追われているわけでもなければ、この先に何かあるという確証もない。


歩き始めてどれくらい時間が経っただろう。この世界の時の流れは曖昧で、時間の感覚がない。永遠とも思える長い時間をひたすらに歩いている気がするが、夢の世界だけあって疲れも感じないらしい。


終わりの見えないこの道を、黙々と歩き続けるだけの面白味のない夢だ。わたしは一体どれだけ歩いたのだろうか。後ろを振り向くと、歩いてきた道は消えていた。


しかし、何事も終わりは突然だ。


全く終わりの見えなかったその道も、道とはいつか終わりがくるもので、気づけば終着点への道を示していたらしい。


何気なくまばたきをした瞬間、何の前触れもなく光の道は消え、一瞬で世界が切り替わった。まさに瞬く間の出来事。


何もなかった世界は、別の世界へと様変わりし、足元には色褪せた石畳、その上には見覚えのある噴水やベンチがあった。そこには神殿と似た景色が広がっていた。


わたしを取り囲むように鎮座した二十体ほどの神の石像は、よく見ると割れているものもある。神殿で神の石像が割れているということはありえないが、神殿の雰囲気に似た場所にいることで気持ちが落ち着く。


― 刻印を持つ者よ 汝の到着を歓迎しよう ―


突如、無音だった空間に聞こえてきた声。慌てて周りを見渡しても、この場所には虫一匹たりとも存在しない。


― 我ら一同 汝の到着を待っていた ―


その声は頭に直接語りかけるように聞こえていた。何とも言えない不思議な感覚で、すぐ耳元で囁かれているようにも、目の前にいる人と会話をしているような距離感にも思えた。

そして一番不思議なことに、その声色が男性か女性か、大人か子どもか全く分からない。その声色はとても現実味がなかった。

しかし、そもそも今の状況自体が曖昧で、非現実的だ。


― かの地は守られた 汝の今回の働きに感謝する ―


― 褒美だ 汝の魂に新たな刻印を授けよう 受け取るがよい ―


よく分からない状況だが、不思議とこの声にも恐怖はない。だが、これは何の夢を見せられているのだろうか。


一体、何の褒美なのか、そして刻印とは何か、疑問に思ったことを聞くために声を出そうと口を開いたが、喉まで出かかった言葉は声にならなかった。

喉に小骨が引っかかったような異物感があり、わたしの声は言葉を紡ぐことができない。


― ウィトゥムヌスの采配により道を与えられ アルゲンティヌスまでの道は示された ―


― 刻印を持つ魂に祝福を ―


聞こえてきた祈りの言葉の一節。洗礼式で始めてお祈りの言葉を聞き、神官になってからは何度も唱えた神への感謝の祈り。

舞っていた光りが激しく瞬き、我慢できない眩しさに慌てて目を閉じる。その刹那、頭の中がぐるりと回るような浮遊感。そして次の瞬間には、体が水の中に沈んでいくような感覚と共に意識が遠くなった。


「・・・ディ・・・アナ!・・・起きろ・・・」


ゆったりと水中に沈んでいく感覚から、一気に地上へ引っ張り上げられた。水面から顔を出した時のような、一瞬で意識がクリアになる。


「ディアナ!しっかりしろ!ディアナ!」


ゆっくりと瞼を上げると、揺らぐ視界の中に人影が見えた。強く肩を揺さぶられ、半ば無理やり上半身を起こされる。


「んっ・・・」


座る状態まで体を起こされ、背中をバンッと強く叩かれた。予想外の起こし方に驚きと痛みで頭が冴え、涙目で背中を叩いた人物を見上げた。


「リゲル様、痛いです。何て起こし方ですか。」


眠る前と変わらない小神殿の長椅子に座り、目の前には眉間に皺を刻んだリゲル。


「やっと目覚めたか。」

「女性の起こし方としては最低ですよ、リゲル様。」

「君が何度呼びかけても起きないからだ。」


そう言ったリゲルが、いつものように首筋に手をあて魔力の流れを確認した後、「問題はなさそうだな。」とゆっくりと息を吐いた。

なぜ魔力を確認しているのか。喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。その理由は一つしかない。わたしは腕輪と指輪を確認し、何度か指を動かしてみる。


「寝てる間に魔力が漏れてましたか?」


仮眠する前は動くのが億劫なほど気怠かったのに、驚くほど体が軽い。腕輪と指輪は光っていないけれど、信じられないほど体を巡る魔力の流れがよくなっていた。普通に寝ただけでは魔力に干渉することはないので、絶対にこんなことは起こらない。


何が起こったのか分からず慌てて顔を上げると、リゲルは険しい顔でこめかみを押さえ、深い溜め息を吐いた。


「魔力は漏れていない。が、寝ている君の体が魔力を帯びた光の膜に覆われていた。一体、何をしたのだ?」

「わたしが聞きたいです。わたしは普通に寝ていただけです。」


自分の手のひらを見ながら首を傾げると、リゲルはわたしを見下ろしながら手を伸ばし、両手で顔を包み込むように頬に手を当てた。

至近距離でガラス玉のように透き通ったブルーの瞳に顔を覗き込まれ、恥ずかしさで目を逸らすと「魔力が溢れただけなのか?」と呟きながら額と額がコツンと当たる。


「瞳の色がいつもより濃いな。」


さらに近づいたリゲルの端正な顔に、うっ、とわたしは言葉に詰まった。シルバーの髪がわたしの顔にかかり、魔力を確認する為に流したリゲルの魔力が、ジワリと体の中に流れ込んでくる。


「魔力は減っていないようだが、魔力容量がかなり増えている。本当に何も気づいたことはないのか?」


困惑顔のリゲルはわたしから額を離し、頬を包んでいた手をまた首筋にあてた。何度確認されても寝ていただけなので、わたし自身は魔力を使った覚えはない。

ただ言われてみれば、圧迫感があった体内の魔力に余裕ができた感じがする。


「そう言われましても、普通に寝てただけですよ。」


わたしの曖昧な返答に、呆れ顔のリゲルは大きな溜め息をついた。そんな表情をされても知らないものは知らないのだ。わたしも意味が分からないのだから、答えを求められても困る。


それよりも、至近距離で見たリゲルの顔色の悪さの方が問題だと思う。見慣れたとは言え、青白く生気のないその顔は、精巧に作られた人形が動いているようで怖い。


「わたしのことよりも、リゲル様!かなりお疲れのようですね。顔色が悪いですよ。癒しをかけるので、そのまま動かないでください。」


リゲルが至近距離にいるのをいいことに、首筋に置かれたままの手首を引っ張り、隣に無理やり座らせることに成功した。一瞬のことに驚いたような表情をしていたが無視だ。


何か言われる前にリゲルの手を両手でギュっと握り、早口で癒しの呪文を唱えると、魔力を帯びた腕輪が光り、指輪から金色に光る魔力が一気に溢れ出た。


何をするつもりか気づく前に、全身を覆うようにわたしの魔力が流れたので、早々に抵抗するのは諦めてくれた。抵抗したところで、悪意のない癒しの術には抗えない。


「あまり無理しないでくださいね。」


血色の良くなった顔色と消えた目の下の隈を見ながらニヤリと笑うと、リゲルは不意打ちが不服だったのか「事前に言ってくれれば抵抗はしない。」と苦虫を噛み潰したような顔だ。

事前に言ったら抵抗はしないが、そもそも絶対に断るだろうと思ったけれど、言ったら不機嫌になりそうなので言葉を飲み込む。


「君は自分の心配だけしていればいい。魔力容量が突然増えたことをここでは調べようがないが、原因が分からない以上、体に異変が起きないとも限らない。君も無理はするな。」

「はい。・・・また仕事を増やしてすみませんでした。」


握ったままの手をもう一度ギュっと強く握り、頭を下げると、頭の上で溜め息が聞こえた。呆れられていると思ったが、わたしの言葉にリゲルは「そうではない。」と呟いた。


「昼間のことも含めてこれは君のせいではない。そもそも奉納式で起こったことは、誰も予想できなかったことだ。あの魔法陣は、古代文字を使った今は使われていない様式の魔法陣だった。」

「魔法陣のこと、何か分かったのですか?」

「・・・いや、何も。」


今日の調査では、あの魔法陣が何なのか、いつ描かれたのか、使われていた古代文字の意味、何も分からなったそうだ。

後日、王宮から調査団が派遣されるということになり、日暮れ前に調査を打ち切ったらしい。


「君にも調査団から直接話が聞きたいと要請があるだろう。確認だが、あの奉納舞で何か感じたことや気づいたことは本当になかったのだな?」

「はい。魔力をたくさん引き出されてるなっとは思いました。それ以外は何も分からないので、多分、調査団のお役には立てませんよ?」


リゲルたちも分からないことを、わたしが分かるわけがない。式典の進行通りに奉納舞を踊っただけなので、本当に何も分からないし知らないのだから。


眉を寄せ顔を顰めたわたしの表情に気づいたリゲルは、手を伸ばし頭を優しく撫でてくれる。そういえば、以前はなかったこういった小さい触れ合いが最近は多い。養女になれば、リゲルの妹になるからだろうか。


「報告書を作る為に、形式的なことを聞かれるだけだ。分からないなら分からないと答えればいい。あいつらは自分たちが目にしたことしか信用しないので、君への聞き取りは事務的なもので終わる。」

「それならいいのですが。」


面倒なことになったなっと小さく息を吐き、何気なく部屋の中に目を向けると、テーブルには寝る前に飲んでいた飲みかけのお茶が、片付けられることなく置いてあった。それだけ見ると、ヴァルナや他の側使えがこの部屋に来ていないことになる。


「そういえば、なぜリゲル様がこの部屋にいらっしゃるのですか?」


晩餐の準備ができたのなら、支度があるので来るのはヴァルナか他の侍女だろう。そもそも、リゲルがわたしの部屋に来ること自体が滅多にない。

理由が分からず、ジッとリゲルの顔を見ると、一瞬バツが悪そうな顔をして小さく溜め息を吐いた。


「部屋で休んでいると聞いて回復薬を持ってきた。外出をしたと聞いたので、魔力も体力も問題ないのだろうが、君は魔力が枯渇しかけた前科があるからな。だが、逆に魔力が増えている様子を見ると、これは必要ないようだ。」


おもむろに腰に下げているポーチから取り出した上級回復薬。リゲルのお手製で高級素材が惜しげもなく使用されている。

わたしが深い眠りについていた間、毎日一本飲ませてもらっていたらしいが、それを金額に換算すると恐ろしいので、心の平和の為にも深く聞かない方がいい。


「ご心配をおかけしました。少し寝たのでいまは完全に元気です。あの、いま何刻ですか?」

「七の刻過ぎたくらいだ。君が外出から戻って一刻も経っていない。」


窓の外に視線を向けると、確かにまだ空が明るい。少し赤みがかってきた青い空が、夕刻だということを証明している。

長い夢を見ていた気がして、なぜかかなりの時刻が経っていると勝手に思い込んでいたけれど、一刻も寝ていなかったようだ。


「あれ?そう言えば雷が鳴ってませんでしたか?」


窓の外は雲一つない青空で、雨が降ったような気配ない。眠る前に聞こえていたあの雷の音は何だったのだろう。リゲルは「寝ぼけていたのではないか?」と怪訝そうな顔をしているが、あれは夢だったのだろうか。


「あの魔法陣が何が分かっていない状況なので何とも言えないが、あれだけの魔力を使ったことを考えると、この回復薬をいつでも飲めるように常備しておくといい。それから、先ほどの魔力の件も気になるので、今後は一人で行動するのは禁止だ。君が一人にならないよう交代で人を付ける。」


さすがにそれは息が詰まると反論したかったが、状況を考えると反論できそうな雰囲気ではない。心配してくれているのが分かっているので、渋々ではあるが首を縦に振って口を噤む。それでもわたしの表情で言いたいことが分かったのか、リゲルは頭を撫でてくれる。我ながら本当に甘やかされていると思う。


「とりあえずは晩餐まで私がこの部屋にいよう。」

「え?リゲル様が監視役?」


困惑するわたしをよそに、リゲルは外に控えていた自分の侍従を呼び、執務をするのに必要な書類をこの部屋に持って来るように指示を出している。

恐ろしく仕事の早い侍従の手で、あっという間にわたしに与えらた部屋が、リゲルの執務室へと変貌した。


晩餐まで自由にしていいと言われたが、既に眠気もなく、そもそもこの状況で自由に何かできるわけがない。決してそんな図太い神経の持ち主ではない。


「お手伝いします。」


結局、いつものようにリゲルの横で執務を手伝う。容赦なく目の前に積み上げらた書類を見て、当たり前のように仕事を始めるわたしも、中々リゲルの仕事人間ぶりに毒されている一人だろう。

ただ残念なことに、そんなリゲルの側が落ち着くのだから仕方ない。

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