旅の思い出と甘味処
リンクの街の近くにある遺跡は、ファンエリオン建国以前にあった神殿の遺跡らしく、大陸内でも神の聖域に近いとされる国だけあって、各地に神殿の遺跡がある。
各地で見つかった遺跡は、既に発掘調査が終わっているものがほとんどで、どの遺跡も国民へ開放され観光地として賑わっている。
「そこの綺麗なお嬢さん、リンクの街限定、遺跡で採れた守護石を御守りにどうだい?」
「女神様がお肌のお手入れに使うという泉の水を使った美粧水、旦那、奥様のお土産に買っていかないかい?お貴族様も御用達だよ!」
「遺跡に行った記念に神殿の焼き印が入った、焼き菓子がおススメだよ!」
「お兄さん、旅の思い出に遺跡の絵付け皿はいかが?」
食事が終わり、レグルハウトたちと街を散策することになった。歩道はたくさんの人が歩いているので、はぐれないようにレグルハウトとしっかり手を繋ぎ、騎士たちは変わらず付かず離れずの距離を保っている。
お土産を買おうと店先から店内を見ると、観光地らしく売り子のお姉さんたちが愛想よく声をかけてくる。ここでは守護石の付いた御守りがお土産の定番らしい。
他にも貴族御用達っと書いてある化粧品は若い女性に人気で、その中でも効果が高いと噂の美粧水だけをわざわざ買いに来る人もいるそうだ。
遺跡を見に来た思い出に絵を買い求める人は多く、遺跡の周辺で、遺跡の絵を描いて売っている露店も多い。土産としては少し値は張るが、遺跡の絵付けが入った陶器の皿やコップも人気らしい。
同じような品物を取り扱っている土産屋が多いので、色々教えてもらいながら店先に並べてある商品を見るのは面白い。
「レグルハウト様、ちょっとこのお店を見てもいいですか?」
「かまわないが、其方も守護石の御守りが欲しいのか?」
「家族のお土産に良さそうだなっと。お菓子も気になりますが、日持ちを考えたら買うのは無理でしょう?」
守護石を使った品物が並ぶ棚で、数種類の色付きの紐が編み込まれ、小さな石が付いた腕輪を手に取った。よく見ると、使っている紐の色や編み込み方が全種類違っているらしく、家族全員分を買い揃えてもよさそうだ。
腕の太さで結び目を調整できるので、手首の太い父や成長途中のインディにも合うだろう。
隣で一緒に選んでくれるレグルハウトは、家族の目や髪の色を聞き、的確に良さそうな物を何個か見繕ってくれた。顔の良い男は、センスも良いらしい。
その中から選んだ腕輪を手に持ち、店内にある他のお土産品を見ていると、石がほんのり温かくなってきた。既視感のあるこの感覚には覚えがある。
「もしかしてこの石って魔石ですか?」
隣にいる男の顔を慌てて見上げると、「何を言っているんだ?」と言わんばかりの不思議そうな顔をし、至極当然といった表情で頷いた。
「あぁ。魔石として使い道のない屑魔石だ。僅かな魔力でも石が粉々になるので、我々は使わない。」
「え!?それ、先に言ってください!」
どう考えてもこの石は、わたしの魔力に反応している。屑魔石を使った加工品は普通に出回っているらしく、こんな風に平民でも簡単に手に取ることができるらしい。
魔石は魔獣の心臓部として機能している為、採取の方法は、魔獣を倒し体内から取り出すしかない。しかし、魔獣の倒し方が悪いと体内で魔石が割れていることもあり、その粉々になった魔石は使い道がなく、貴族は屑魔石と呼んでいる。
貴族にとって屑魔石でも、天然石より簡単に入手できる綺麗な石にかわりないので、平民の間では、御守りや装飾品の飾りとして使われているそうだ。
急いで支払いを済ませ、極力、石に触れないでいいように、厚手の布の小袋に入れてもらった。おまけで付く小袋と違って追加で袋代がかかってしまったが、袋も可愛いのでこれはこれで良しとしよう。
「商品をダメにするかと思って焦りました。魔力で粉々になるかもしれないものを、自分用に買わなくてよかったです。」
「なんだ、自分用にも欲しかったのか?其方は腕輪を持っているではないか。」
「そうですけど、自分用に何かお土産も欲しかったので、せっかくなら家族とお揃いの物を持つのもいいかなっと。」
わたしの言葉にレグルハウトは少し考え、繋いだ手を引いて歩き出すと、近くの土産屋に入った。お店の扉や窓には色ガラスがはめ込まれ、店先にはガラス製の動物の置物が並んでいる。
ガラス細工を取り扱っているお店のようだが、ガラスは高級品だ。並んでいる置物は可愛いが、値段は全く可愛くない。
「綺麗。物凄く精巧な作りですね。この鳥、今にも飛び立ちそう。」
「この街のガラス細工は品質が良いので、王家の献上品にもなっている。この店は若い女性が好みそうな物を取り揃えていると聞いたが、其方の好みの物もあるのではないか?」
お店の中は、お土産用のたくさんのガラス製のランプが吊り下げられ、鍵の付いたガラス棚の中に並んだグラスは、色ガラスをカットして模様を施したカットグラスだ。細かな模様は、熟練の職人の技だろう。
「そうですね。どれも素敵ですが、わたしが持つには不相応といいますか高価すぎます。」
レグルハウトの言うようにこのお店は若い人向けなのか、取り扱っている物は使い勝手の良さそうなシンプルな物が多い。でも値段は桁が多くシンプルじゃない。
「これ、綺麗。初めて見ました。中の液体を動かすと雪が降ってるみたいに見えますね。」
「それはスノードームだ。私も幼い頃はよくお土産に買ってもらっていたな。」
「見てて飽きませんね。中の風景も色々あって面白い。あっ、これって王都の神殿ですね。」
大小並んだスノードームを手に取ろうと腕を伸ばし、チラリと見えた金額にそのまま腕を引いた。想像していたより値が張る。ただの置物にしてはありえない金額だ。
スノードームを前に頬を引き攣らせ、ドン引きしているわたしに気づいたレグルハウトは、苦笑いしながら別の棚へと誘導する。
「この香水瓶はどうだ?いま使っているのは使いにくいと言っていなかったか?」
「はい。今のは大きすぎるので小さいのが欲しかったんです。これ可愛い。あっ、こっちの瓶の形も使いやすそう。」
棚に並んだ香水瓶を手に取って、大きさや使いやすさを確認してみる。大きい瓶はお高いが、シンプルな小瓶は買えないこともない値段。
一応、行った先でのお小遣いとしてリゲルにお金は貰ったので、今のわたしでも買えないことはない。デザインの凝った可愛い物は残念ながら高い。
お小遣いとして受け取ったこのお金は、神官になったわたしに支払われる給金から引き出してもらった。神官になると衣食住が保証されている為、支払われる給金は薄給らしいが、元々が貴族の給金を基準としたらっということなので、平民基準だとなかなかの金額になる。
神官になる前に手伝っていた分も給金として支払われていたらしく、知らない間にかなり貯まっていたらしい。
それ以外にも香水や香油代としてアーレウスが支払ってくれたお金や、考案したデザートのレシピ代としてリゲルや神殿から受け取ったお金がある。
香水や香油代は基本的に材料費がかかっていないし、レシピ代に関してはわたしも食べるので必要ないと言ったのだけど、新しいものは所有権で揉め事の火種になりやすので、色々はっきりとさせていた方がいいらしい。
お金のことは両親に話していたそうだが、わたしのお金なのでっとそのまま貯めていたらしい。わたしや家族が管理するには金額が大きいので、今もお金の管理はリゲルに丸投げしている。
「んー。これと、この小瓶を買います。」
散々悩んで香水瓶と、香油を入れる用の瓶を買った。結婚祝いに香油をエミリに渡したかったので、丁度いい大きさの瓶があってよかった。
懐は軽くなったけど、買い物でかなり気分が満たされた。
「満足いくものが買えたようでよかった。」
「はい。レグルハウト様、何か甘い物が食べたいです。」
「そうだな。では、この後はカフェにでも行くとしよう。」
わたしの顔を見ながらニコリと微笑み、当たり前のように手を繋ぐ。買った物は先ほどからさり気なく店員から受け取り、そのまま持ってくれている。やっぱり紳士だ。
店の外で待っていた騎士たちと合流し、調べていたカフェへ向かった。ヌアザ領の有名店で修業した料理人が開いたお店で、平民だけでなく大店の奥様や貴族のお嬢様に人気らしく、いつも行列ができている店だ。
お店に近づくと周囲に甘い香りが漂い、期待に胸が高鳴る。興奮してちょっと魔力が溢れそうになったのは秘密だ。
「うわぁ。可愛いお店ですね。お菓子も美味しそう!」
色とりどりのお菓子が、ガラスケースに並んでいるのが外からでも見える。壁に掛けてある白地の板に金字で店名を書いたそのお店は、それだけでとってもお洒落。
お店の入口はウッドデッキになっており、木目を生かした淡いグリーンの壁に、白地の淵の窓枠で、女の子が好きそうな外観と美味しそうなお菓子に、気持ちが高ぶらない方が無理。
パッと見たところお店の中は満席のようだけど、外の行列は少ない。いつもは大行列だと聞いていたので、今日は少し待てば入れそうなので運がいい。
「私たちは外で待ってますので、お二人で食べてきてください。」
最後尾の列に並ぼうとするわたしをやんわりと制し、エンフィードがお店の中に入って店員さんに声をかけると、すぐに踵を返した。店員のお姉さんが心得たように、外で待つ私たちにニコリと微笑んでくれている。
さすが人気店らしく、貴族の予約枠があるらしい。事前に二人分の席を予約してくれていたらしく、ここでも至れり尽くせりで申し訳ないほどスムーズだ。
「ご予約のお客様ですね。ご案内いたします。どうぞ。」
案内されたのが、店の裏側に隣接する広場がよく見える窓際の席。まだ寒い時期なのでテラス席は解放されていないけど、広場にある噴水や花壇を見ながら食べれる外席は人気なのだろう。
開いた品書きには、それぞれのデザートの名前と値段の上に、色鉛筆で皿に盛りつけた完成の絵が描かれていた。
「どんな盛り付けか絵で描いてあって、分かりやすいし素敵ですね。」
このお店は味だけでなく、盛り付けにも定評があると聞いていたが、そこに描かれた絵を見れば、なるほどと頷ける。
困ったことにどれも美味しそうで、目移りして選べない。
レグルハウトはうんうん唸りながら悩むわたしを楽しそうに眺めていたが、品書きを見るとさらに笑みを深めた。
「確かに、これは迷うな。」
品書きとにらめっこしたまま悩むわたしを眺めるのに満足したのか、一番人気の季節のタルトプレートと、期間限定の季節の盛り合わせプレートを注文し、それによく合うお茶をオススメで注文した。
「其方が悩む姿を見ているのは飽きないが、店員もこちらの注文を待っていたようなのでな。他に食べたいのがあれば追加で頼めばいい。」
「いえ、さすがに全種類は食べれません。」
わたしの答えが予想外だったのか面食らったような表情をし、手で口元を抑え笑いをこらえている。
そもそも悩んでいたのは全て美味しそうで、どれがいいか選びきれなかったからだ。叶うなら全種類を一口づつ食べるという贅沢食いがしたい。
しかし、わたしにとってお残しはご法度なので、その願いは涙を呑んで諦めるしかない。
「数日はこの街が拠点となるので、また食べにくればよい。奉納式は昼間に行うので、基本的に夜は空き時間ができる。息抜きで外出するくらいは許されるだろう。」
「はい。次に来るときは、こっちの人気の盛り合わせプレートにします!」
このお店の噂は王都まで届いているようで、奉納式でこの街に行くことをエミリに話したら、絶対に行っておかないと一生後悔するよ、なんて力説されてしまったのだから、興奮して鼻息荒くなってしまうのは仕方ない。
「お待たせいたしました。キルシュ香る春の小道タルトプレートです。本日のクリームは、濃厚な中にも優しい軽さが特徴のクレインタールミルクを使用しております。どうぞ、ごゆっくりご堪能くださいませ。」
「うわぁ。美味しそう!」
わたしたちの目の前に並んだ、三種のタルトと二種のケーキの乗った洒落た絵付け皿。たっぷりのクリームと贅沢に粉砂糖が使われた皿の上に、果物やソース。飴細工の花びらが季節を表している。
見るからに美味しそうで、品書きの絵よりも実物の飾りつけは美しい。
「これは見事だな。」
お茶も文句なしに良い香りで、さっそくタルトにフョークを刺そうと手に取った。フォークを持つ手にも力が入る。
なんだかこれを崩して食べるのがもったいない。
「んー。美味しい。」
さすが行列ができる人気のお店なだけあり、見た目だけでなく味も絶品。甘い中にも感じる、焼いて焦げの入った砂糖のほろ苦さとクチンの甘酸っぱさが上品すぎて、頬が緩んでしまう。
王都でも美味しい物をたくさん食べさせてもらっているけれど、世の中には、美味しい物がまだまだあるんだね。
気づいたらお皿の上のケーキは消えていた。夢心地のまま夢中で食べていた自覚はあるけど、楽しい時間はあっという間だ。お茶を一口飲み、満足感で安堵のため息が出る。
「噂通りいいお店だった。街歩きは楽しかったか?」
「はい。また来ましょうね。」
幸せな気分のまま店を出ると、陽が落ち始めていた。このまま帰るのは惜しいが、観光客で溢れたこの街が夜の喧騒に包まれる前に帰った方がいいだろう。
レグルハウトも同じように思っていたのか、空を見上げた後、自然と手を繋ぎ小神殿への帰路についた。
この場にいるのがどう見ても不相応な男の姿に、周りにいる女性たちの熱い眼差しが気になるけど、気にしたら終わりだ。
こちらへ刺さる視線が痛いが、多分、わたしのことは妹くらいにしか見えていないだろう。




