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リンクの街と小神殿

小神殿に着くと、ヴァルナたちが乗った馬車はまだ到着しておらず、今朝早くに出発した馬車に乗った下働きの人と、小神殿の神官が慌ただしく部屋の準備をしていた。


今回はレグルハウトたち騎士団が使う部屋の準備もあるので、数人の神官で切り盛りしている小神殿はてんやわんやのようだ。わたしのせいで申し訳ない。


街の中心部にある小神殿は、王都にある神殿の三分の一程度の大きさで規模は小さいけれど、真っ白な石造りの見慣れた建物だ。正面の広場には神殿と同じ噴水のある真っ白な石畳が広がり、美しい神々の石像が並んでいる。どう見ても王都の神殿の縮小版だ。


小神殿の中は、吹き抜きのこじんまりとした礼拝堂があって、街の人口を考えてもこのくらいの広さが妥当らしい。

礼拝堂の続き部屋では、安息日の日に月二回、平民の子ども向けに字と簡単な計算を教える神殿学校を開いているそうだ。


「ディアナ様、お待ちしておりました。お部屋の準備はできておりますので、先にお召替えをいたしましょう。」


魔獣が広場に降りたのが見えたのか、中からリゲルが派遣した側使えが出てきた。何となく見覚えがある側使えなので、多分、リゲルの屋敷にいた人だ。

後から聞いた話だが、リゲルの要請で前日から前乗りしていたそうだ。至れり尽くせりで本当に感謝しかない。慌ただしく儀式用の服でそのまま帰ってきたので、できれば衣装を汚す前にさっさと着替えたい。


「はい、お願いします。レグルハウト様たちはこの後どうされるのですか?」


魔獣を魔石に戻し、兜を外した騎士団の面々は、隊長であるミュランドの指示待ちではあるものの、基本的に宿泊先まで送り届けた時点でその日の仕事は終了らしい。

ミュランドはリゲルと共に戻って来る予定なので、実質、仕事は終わったのと同然のようだ。レグルハウトは少し思案顔になったあとで、何かを思いついたような表情で騎士たちを見渡した。


「まだ準備が整っていないようなので、私たちがここにいても邪魔であろう。少し遅くなったが、昼食を食べに街の方に出ようと思う。」

「街の方にですか?」

「あぁ。この街は比較的、治安が良い。・・・其方も来るか?」

「行きたいです!!でもわたしも街に出てもいいのですか?」

「私もいるし、他の者も来るので問題ないだろう。」


レグルハウトはわたしが目を輝かせた瞬間を見逃さなかったようで、自分の提案に喜ぶ姿を見て満足そうに唇の端を上げた。

外出はリゲルが簡単に許可を出さないだろうと諦めていたので、あっさり外出できることになって素直に嬉しい。


「それでは急いで準備してきますね。」


案内された部屋へと入れば、神殿の客室よりも若干狭いけれど、見た感じ必要な物は全て揃っている。第一陣の馬車で送っていた荷物は片付けられ、いつ戻ってきてもいいように湯浴みの準備をしてくれていた。貴族間では当たり前らしいが、至れり尽くせりすぎて若干、引き気味になってしまったのは内緒だ。


優秀な側使えの頑張りであっという間に準備が整い、集合場所に指定された玄関ホールに着くと、レグルハウトはすでに支度ができていたようで、長い足を優雅に組み書類を読んでいるところだった。


「お待たせしました・・・レグル、ハウト、様?あの、その髪の色は?」


難しそうな顔で書類を見ていたレグルハウトは、わたしの声に気づいて顔を上げると、髪が頬にかかり、色気をまき散らせるようにゆっくり髪をかきあげた。

その髪色は、存在を際立たせていた王族の証である黒髪ではなく、リゲルと同じ高位貴族の者に多いシルバーだ。


「街歩きの時は魔法で色を変えている。黒髪は目立つからな。」


見慣れていたので忘れていたが多種多様な髪の色があるが、王族の色である艶のある黒髪は街中では目立つ。そもそも顔が良いので、さらに目立つことは間違いない。

見慣れた黒髪ではないけれど、シルバーの髪色もよく似合っている。顔が良いと何でもありだ。


「もしかしなくても遊び慣れてます?」


レグルハウトの街歩きの格好は、上質ながら簡素な真っ白なシャツにネイビーの上着を羽織り、細身のパンツを履いたかなり気楽な服装だ。

変装というより「街歩きしている貴族」という感じだが、多分どんな格好をしても醸し出す育ちの良さは隠せないので、下手に変装するよりいいのかもしれない。


「ん?そうだな。訓練が休みの日は、騎士団の連中と酒を飲みに街へ出ることは多い。其方は普段はそういった服装をしているのか?やはりそのような服装だと年相応に見えるのだな。よく似合っている。」

「・・・ありがとうございます。」


似合うと褒められたが、さりげなく今まで年相応に見えていなかったことも暴露され、複雑な心境。大人っぽいと言われて嬉しい時もあるけれど、今のは素直に喜べない。乙女心は繊細なのだ。


ちなみにわたしの格好は、白い丸襟でローズ色をした膝丈のワンピース。裾には繊細な刺繍模様が銀糸であしらわれ、地味すぎず派手過ぎず。足元は貴族女性は足を見せるのを良しとしないので、膝上まであるブラウンの編み上げブーツを履いている。


普段からこういった格好かと言われたら少し語弊はあるが、エミリの趣味で平民の中ではわりといい服を着ている自覚はあるので、否定はしないでおく。


「では、行くとしよう。」


とても甘い笑みを浮かべ、慣れた様子で手を差し出し、こんな子ども相手でも当たり前のようにエスコートしてくれる姿は、さすが貴族だなっと感心する。


そして当のわたしは、まだまだ付け焼刃感が否めない。いつものエスコートのように腕を組んだ方がいいのか悩んでいると、痺れを切らしたのか、そのままわたしの手を取り歩き出した。

普通に街歩きなので、手を繋ぐだけでよかったようだ。貴族のエスコート、難しい。


小神殿前の広場で待っていた騎士と合流し、いつものように馬車にでも乗るのかと思っていたら、そのまま歩きで中心街へ向かう道を歩き出した。

貴族の屋敷は郊外にあるが、王都と違い高い塀で住み分けしていないので、貴族の街歩きも興味本位で見られることがないらしい。


「王都も人が多いですが、この街もすごく賑わってますね。」

「街の規模はさほど大きくないが、観光地としてしっかり整備されているので、王都から旅行に来るのに適しているのだろう。」


街を見渡す限り、この街は完全に観光地化されている。王都の下町と違って石畳の補修が行き届き、道路も馬車が通る道と歩道がきっちり分けれらているので、行きかう馬車や荷馬車を気にする必要がなく歩きやすい。


小神殿の周辺は生活に直結した商店が多いように思えたが、中心街まで出ると、土産屋や休憩を兼ねたお洒落なカフェが軒を連ねている。ヌアザ領に隣接しているだけあって、この街も甘味に力を入れているようだ。


「レグルハウト様はこの街に来られたことがあるのですか?」

「あぁ。高学院に通っていた時は、友人の屋敷がこの街にあったのでよく遊びに来ていた。当時は遺跡が注目され始めた頃で、街が急速に整備されていたな。」


この街にある貴族の屋敷は、ほとんどが別邸だ。社交界のない時期に保養目的でやってきては、ゆったりと郊外の静かな屋敷で過ごし、また社交界の始まる時期に王都に帰るそうだ。


例に漏れず友人の屋敷も別邸で、高学院が長期休暇に入ると遊びに来ていたらしい。王族なのにわりと自由に生活できたんだなぁっと一瞬思ったけれど、レグルハウトはその高学院時代に王位継承権を返上していた。自由にできたのも納得である。


「ではこの街にお詳しいのですね。時間があれば遺跡の観光もしたかったですが、今回は無理そうですね。」

「遺跡へ行くのは無理だが、食事の後に街で買い物をする時間くらいはあるぞ。どこか入りたい店があれば寄るのは構わない。家族に何か買って帰りたいのだろう?」

「本当ですか?ありがとうございます。」


わたしの歩調に合わせゆっくりと歩いてくれるレグルハウト。手を繋いだ隣を歩く男の横顔は、珍しく緩みっぱなしだ。彫刻のように整った顔が無駄に微笑むものだから、すれ違う女性たちが頬を染め、通り過ぎた背中から黄色い歓声が聞こえる。

いつもは腹の内を探らせない作られた表情だが、今日は普段の感情を読み取れない表情が嘘のようによく変わる。


前後を歩く騎士たちも談笑しながら歩いているけれど、さりげなくわたしの歩調に合わせ、距離が開かないように気を付けてくれている。忘れていたが彼らは護衛も兼ねての同行だった。


騎士たちの街歩き用の私服は派手過ぎず、動きやすさを重視したかなりラフな格好だが、よくよく見ているとすれ違う女性たちの視線は、レグルハウトだけではなく他の騎士にも向いている。


レグルハウトやリゲルを見慣れているせいで忘れそうになるが、貴族は魔力の影響なのか比較的、美男美女が多い。それは騎士たちにも言えることで、みんな顔立ちも良く、訓練で常に鍛えているので体付きもいい。


「ディアナ、甘い物は後だ。先に食事をしよう。」


考え事をしていたせいで、無意識に可愛らしいカフェに足が向かっていたらしく、手を引かれレグルハウトの方に体を引き寄せられる。


「あっ、すみません。」


淑女らしくない行動に呆れているだろうと思い、表情を伺うように顔を見上げると、口元を手で隠し「ククッ」っと喉を鳴らし楽し気に笑っていた。

何だろう。絶対に子どもっぽいと思われている。まぁ子どもだけど。


昼食を食べるお店は最初から決まっていたらしく、着いたのは外にテラス席もある煉瓦造りの小洒落たお店だ。


観光客だけでなく地元民にも人気のお店らしいが、先に騎士が入って席の空きを確認すると、昼食の時間帯から過ぎていることもあって店の中はさほど混んでいなかった。


「適当に注文しますね。ディアナ嬢は食べれない物や嫌いな物あります?」

「いいえ。お任せします。」


騎士の一人がメニューを見ながら適当に注文したが、肉料理がやたらと多い。っというか肉料理しか注文していなかった気がする。


注文を聞いた店員が下がると、すぐに全員分のお酒が運ばれてきた。もちろんわたしの前に置かれたのは果汁だ。さっさと乾杯し、料理が並ぶ前に一気に飲み干す。

いつもの感じでお酒も優雅に飲んでいるイメージだが、こういった場所ではあえてその雰囲気を崩しているのか、その煽るような飲み方は下町の兵士と変わらない。みんな気持ちいいくらいに飲む。


いつの間にか頼んでいたらしい二杯目の酒を飲み始めたタイミングで、注文していた料理を次々に店員が運んできた。テーブルの上を見事に大皿に乗った肉料理だけが埋め尽くした。家でもこんな大量の料理が並ぶことはないので、なかなか壮観である。


「レグルハウトがディアナ嬢はこういったお店でも大丈夫だと言っていましたが、食べれそうですか?もし無理そうでしたら別の店に移動することも可能ですよ?」

「いえ、大丈夫です。大量の肉料理に驚いただけです。」


申し訳ないことに、わたしのことを貴族の娘だと思っている騎士のみなさん。大量の肉料理に圧倒されて唖然としている姿を、給仕のいない大皿料理に愕然としていると勘違いさせてしまったようだ。


普通の貴族の娘は、大皿料理から自分で取り分けて食べることがないので、騎士たちが心配する気持ちも分かる。本心が言えないのは残念だが、貴族が好みそうな肩ひじ張った高級なお店より、こういったお店の方が落ち着く。


「貴族のご令嬢を連れてきていいものか心配でしたが安心しました。それでしたら、こいつらが食い散らかす前に何か取り分けましょう。側使えのように盛り付けは上手くできませんが、私にお任せください!」


目の前に座っていた騎士の人が、給仕の真似事をしようと皿を手に立ち上がり、目を輝かせながらこちらを見る。

物凄く気を使ってくれている騎士の人には悪いけど、本来は王族や上位貴族を護衛する騎士にさせるようなことではない。


これが本物の貴族令嬢なら気にせず頼んだのかもしれないが、わたしには無理な案件だ。目の前で騎士が給仕をしていたら、気になって食事が喉を通らない。残念ながら、平民のわたしにそんな図太さは兼ね備えていない。


「みなさんと同じように勝手に食べるので、わたしのことはお気になさらないでください。」

「護衛のためとはいえ、ご令嬢をこんな野郎どもと同席させてしまい申し訳ないと思っています。ですから、せめて料理の取り分けはさせてください。」

「いえ、本当に大丈夫ですから。」


全く引く気がないのか聞いていないのか、ついにはナイフとフォークを持ち、嬉々として肉を切り分け始めた。何も言えなくなったわたしの横で、レグルハウトの大きな溜め息が聞こえた。


「エンフィード、ディアナは神殿で生活しているのである程度のことは自分でできる。」

「そうはいってもご令嬢が侍女も付けずに食事ができるものなのか?肉にかぶりついて食べるなんて考えられないだろう。」

「問題ない。ディアナは王都でも下町で買い物や食事をしているので、普通のご令嬢のように何もできないわけじゃない。」

「しかしだな、そのお忍びも侍女が付いているのだろう?」


お互いの言い分が完全に平行線で、どちらも引く気がないらしい。わたしのことを気にかけてくれているエンフィードと呼ばれたこの騎士は、レグルハウトの言葉も無視し肉の取り分けを続けている。


本当は平民ですって言えない以上、こうなったら、手づかみで肉にかぶりついて見せた方が手っ取り早いのではないだろうか。


「レグルハウト、諦めろ。こいつの世話焼きは今に始まったことじゃないだろう。ディアナ嬢も嫌じゃなければ、エンフィードに世話を焼かせてやってくれないか?」


別の騎士が呆れたような表情で仲裁に入ってくれた。わたしの為に取り分けると言っているので、いつまでたっても食事に手が付けられず、さすがに口を挟んでくれたようだ。

お腹もすいたし、あまり拒否していると周りの雰囲気が悪くなりそうなので、そろそろ折れ時だろう。


「分かりました。そういうことでしたらお願いします。」


わたしが笑顔で了承すると、エンフィードは嬉しそうに顔を綻ばせ、骨付き肉を器用に切り分け、食べやすいように身をほぐす。


世話を焼かれるわたしの姿に、レグルハウトは納得いかないような微妙な顔をしていたけれど、最後は深い溜息をつき渋々了承した。


他の騎士たちはこちらの問題が解決したので、あとは関係ないと言わんばかりに三杯目のお酒を飲む。

だから、いつの間に注文したの?

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