聖女の舞と魔法陣
「これより、奉納式を始める。」
広場の中央に作られた舞台のような場所にリゲルが上がり、舞台袖にいたリンクの小神殿から派遣された神官が、金色の聖杯を乗せたトレイを恭しそうに持って舞台に向かって歩きだした。
ワイングラスサイズのその聖杯は、丸いボウル部分は深さは浅いが、口は広めに作ってあった。飲みにくそうな形状だ。
持ち手の部分に大きな魔石がはめ込まれていて、丸いボウル部分には複雑な彫刻と小さな魔石が並んでいる。
舞台の中央に設置されている猫足の大きな木の台座には、赤い厚手の布が敷いてあり、その上に運んだ聖杯を並べると、舞台袖に出た神官と入れ違うようにわたしも聖杯を持って舞台に上がった。
わたしが持っている聖杯は、神官が運んだものより倍は大きく、見た目通り重い。装飾に使っている魔石の量も多く、重量感だけでなく高級感も増している。
落とさないようにしっかり両手で持ち、舞台に上がって台座の上に置いた。
魔力をたっぷり吸った魔石に太陽の光が当たり、ギラリと怪しく光る。わたしの魔力に反応しているのか、光が増したようにみえる。リゲルからの無言の圧を感じたが、この現象は不可抗力で断じてわたしのせいではない。
そもそも、この聖杯の魔石に魔力を溜めたのはわたしだ。
奉納式で各農村に納めるこれらの聖杯は、秋の収穫祭で納めていた聖杯を回収し、春の奉納式までに回復薬を使いながら神官たちが持ち回りで魔力を溜めていく。回復薬を使ってもその日は魔力不足が原因の疲労でまともに動けないらしく、神官たちの負担は計り知れない。
しかし今回は、魔力が有り余って使い道に困っていたわたしが全て引き受けた。というか他に溢れた魔力の使い道がないので、至極当然な役回りだ。その為、この魔石はわたしの魔力のみ吸っていることもあり、わたしから漏れ出ている僅かな魔力に反応するのは仕方ない。
「代表の者、舞台へ。」
わたしが舞台上にいたリゲルの横に並ぶと、神官が集まった人たちの方へ呼びかけ、集まった人の中でもわりと小綺麗な恰好をした六人が舞台に上がってくる。
舞台に上がった人たちは聖水で手を洗い、そのまま横一列に並ぶと、神官が一人一人に聖水の入ったグラスを渡し、受け取った人はそれを一気に飲み干した。聖杯を管理することになる代表の人たちも、儀式の前に身を清める必要があるらしい。
「ディアナ、私のやり方をよく見ておきなさい。」
「はい。」
奉納式のやり方は一通り習ったが、本番を見るのは初めてだ。しっかり頷いたわたしの答えに満足したのか、リゲルは目を細め無表情ながら小さく頷き、聖杯を置いた台の前に移動すると、わたしが運んだ聖杯の持ち手部分に付いた魔石に触れ、静かに目を伏せた。
「天と地の万物の創造主 最高神アルゲンティヌス 我らが願い 御身の力を解放し 豊穣の神ウゥルカーヌよ 広い大地を癒し 新しい命を育む力を 与え給え」
魔石に魔力を流すと、聖杯全体が力強く金色の光を放つ。溢れそうなほど溜めていた魔力だが、さらに魔力を流したことで完全に溢れ出ている。
せっかく溜めた魔力がもったいない気もするけれど、これはパフォーマンスの一環らしい。その証拠に、初めて奉納式を目にした一部の村人からは、驚いたようなどよめきの声が上がったが、広場に集まった多くの民衆は期待と興奮で黄色い歓声を上げた。
「御身に捧げる祈りと感謝 森羅万象そのほどを得たらん 御身の息吹 光輝く恵みの力 清らかなる御加護で満たし給え」
魔石から溢れた魔力が、並べていた小さい聖杯の魔石へと流れている。この魔力の流れも、魔力持ちが見ると魔力による空気の乱れを感じることができるが、魔力無しの人は全く分からないそうだ。
「豊穣の神にウゥルカーヌに祈りと感謝を。」
あっという間に全ての聖杯の魔石に魔力が溜まったらしく、魔石が強い光を放った。リゲルは魔力が溜まったことを確認すると、広場からはひと際大きい歓声が上がった。
リゲルの魔力も貴族の中ではかなり多い方なのですぐに終わったが、これが他の神官ならこの短時間でこれだけの数の聖杯に魔力を溜めることは難しい。
「神に感謝を!」
「豊穣の神に祈りと感謝を!」
興奮冷めやらぬ人々は、広場のあちこちから口々に神への祈りを叫び始めた。自然と共に生活している農村の人にとっては、神の存在が身近なのだろう。老若男女、誰もが当たり前のように祈りを捧げている。
舞台にいた代表者たちは、魔力で満たされた聖杯を両手で恭しく受け取ると、広場の方に向き直って聖杯を天高く掲げ、祈りの言葉を叫ぶ。
「神に感謝を!」
その声に広場の一部から拍手と歓声が上がる。おそらく聖杯を受け取った代表者が治める村人たちなのだろう。その後も、同じように聖杯を受け取り神への祈りの声を上げると、村人から歓声が上がり、祈りと感謝を口にする人が増える。
「これより奉納舞の儀式を執り行う。」
儀式の進行を任されている神官の声に、村人たちが手早く聖杯を置いていた台座を片付け始めたので、わたしは邪魔にならないよう舞台袖へと移動する。昔からのことなので、村人たちも準備や片付けに手慣れている。
それと並行して、鈴や太鼓を持った人が舞台の周りに集まってきた。練習と同じように魔道具で曲を流すと思っていたけれど、彼らが奉納舞の演奏をするようだ。
生演奏なんて聞いてない。緊張で吐きそう。
極度の緊張で顔が強張り、貼り付けていたはずの笑顔が引き攣っていたらしく、「深呼吸を」とリゲルに背中をさすられ、慌てて両手を胸に当てゆっくり深呼吸をする。
少し気持ちが落ち着いたところで、神具の聖剣を受け取り、腰の帯に差すとその剣の重さで嫌でも頭が冴えた。表情が変わったことに気づいたリゲルに、「その調子だ。」っと優しく背中を押される。
裾を踏んで躓かないように気をつけながら舞台の中央まで歩くと、落ち着きかけていた広場がまた騒然となった。驚いた表情で近くにいる人と顔を見合わせたり、奉納舞を近くで見ようと前の人を押しのけている姿が見える。
ゆっくりと息を吸って、剣の柄を持ち最初の踊りだしの姿勢を取ると、先ほどまでの喧騒が嘘のように広場は静寂に包まれた。心を静めるようゆっくり息を吐き、目を瞑る。
シャラーン、シャラーン、シャラーン
静寂に満ちた広場に、村人が鳴らす鈴の音が広がる。
「我は天地の創造主、全能なる神々に祈りと感謝を捧げる。」
「「「我は天地の創造主、全能なる神々に祈りと感謝を捧げる。」」」
わたしが奉納舞の最初の文言を口にすると、演奏に参加している村人たちがそれを唱和する。太鼓を強く叩く音、弦楽器を弾く音が聞こえ、大きな二枚貝を合わせたような、鈴の音より甲高い音の楽器の音が響く。
ゆっくり顔を上げ、鞘に収まった剣を抜く。二本の剣が空を切る音が舞台上に響き、それと同時に、聖剣に埋め込まれた青い魔石に魔力が吸い上げられる。
想像していたより一気に魔力を引き出され、魔石が一瞬で光り輝いた。
シャン、シャンっと鈴が鳴る。魔道具とはまた違う熱のこもった演奏に、体が自然と動く。一発本番で生演奏に合わせられるか心配だったけれど、彼らの方が奉納舞の演奏慣れしており、剣を振り回し気持ちよく舞うこちらの呼吸に、上手いこと合わせてくれていた。
最初はゆったりとした演奏が続き、その音に合わせ大きく大胆にクルっと回る。聖剣の重さを感じさせないよう、目線をしっかり上げ軽やかに腕を動かす。
最初に魔力を引き出されて以降、魔石は強い光を放ちながら変わらず魔力を吸い上げる。このまま魔力を吸い上げられたら、奉納舞が終わる頃には魔力が枯渇するんじゃないのかとちょっと心配になったけれど、無駄に溜まっていた魔力が減ったことで、体が軽くなって逆に舞いやすくなった。
魔石は既に魔力で満たされているようで、刀身がほんのりと青白く光り、一振りする毎に聖剣から魔力の光が飛び散る。その様子は、祝福の光のようだ。
魔力で満杯になっているはずなので、それでも魔力は吸い上げられ、腕輪や指輪も大量の魔力が動いことによって、眩しいほどの強い光を放つ。
演奏に合わせ弧を描くように剣を振ると、魔石の光が残像のように空に美しい円を描いた。動きがそれほど速くない序盤ですでに体が熱くなり額に汗が浮かんでいる。
だが、不思議なことに呼吸はまだ苦しくない。
わたしの余裕ある動きを見透かすように、太鼓を叩く音が速くなる。剣が空を切る音が変わり、ヒュッンっと顔の前を鋭い音が通り過ぎた。
真剣での練習を始めた当初、顔の前を行き来する切れ味抜群の刃に、鼻が削ぎ落されるんじゃないかと本気で心配になった。最悪、鼻が無くなってもリゲルかレグルハウトがすぐに治してくれただろうけど、痛いのには変わりないしさすがに笑えない。
体の軸がぶれないよう左手の剣を垂直に天に向け、右手は肩の高さまで上げ剣を真横に向ける。指先まで神経を行き届かせ、その場でクルクルと回転しながら舞う。くるりと舞えば、聖剣から溢れた魔力の光があたりにほとばしった。
舞が終盤になり、太鼓の音はさらに速く、鈴の音もシャンシャンっと刻むように鳴っている。音に合わせ頭の上で剣を素早く回す。
魔力はいまだに吸い取られ続けているが、そのことはもうあまり気にならない。舞うことだけに集中し、体を激しく流れる魔力に身を任せていると、楽器の音が余韻を楽しむような曲調に変わり、静かに音が消え演奏が終わった。
二本の剣を鞘に収め、最後に跪くと額から汗がぽたりと床に落ちた。人より余りある魔力も、体力は人並み。肩で息をしながら、立ち上がる前に呼吸を整える。
シャーン、シャーン
遠くで鈴の音が鳴った。ぽたりぽたりと汗が落ち、その汗を見ながら、もう一度深呼吸をする。
あれ?まだ魔力が吸い取られてる・・・
その瞬間、わたしが気づくのが早かったのか、リゲルの叫び声が聞こえたのが先か、足元が光に包まれた。
先ほどまでは普通の木で作られていただけの舞台に、線を描くように光が走り始める。この線には見覚えがある。
「魔法陣?」
元々、舞台上に描かれていたのだろうか、大きな魔法陣が青白く光り、浮かび上がっている。唖然としながらその魔法陣を見ていると、グンッとさらに大量の魔力を引き出され、さすがに足がふらつく。
「ディアナ!早くそこから出るんだ!」
こちらへ駆け寄って来るリゲルの声は聞こえるが、体が動かない。魔法陣はゆっくりと浮かび上がり、わたしの身長を越え、大人の身長を越えた高さまで上がっていった。
魔法陣を見上げているとリゲルの叫び声が耳元で聞こえ、魔法陣から引きずり出される。その直後、魔法陣はしゅんと真っ直ぐ天に向かって伸び、青い光の柱が屹立した。
「大丈夫か?」
魔法陣から出たことで体は動くようになったが、そもそも大量の魔力が吸い上げられたことで足元が覚束ない。リゲルから回復薬の瓶を押し付けられるように口に注がれ、慌てて飲み干した。
次の瞬間、舞台袖にいた神官が何の前触れもなく突然バタと倒れ、侍従たちが気持ちの悪そうな顔をしてその場に座り込んだ。
「な、何!?」
そんな驚きの声が上がる中、リゲルが周囲を警戒しながらこちらへ視線を向け、わたしは無意識にリゲルの服をギュっと握っていた。
騒然とする舞台の上を唖然と見つめ、舞台で起こっていることについていけない村人の喧騒が徐々に大きくなっている。ただただ呆然としている者、恐怖で悲鳴を上げている者、興味本位で舞台に近づいている者。
村人のその様子に、騎士たちが統制のとれた動きで舞台の前に並び、村人が必要以上に近寄れないように抑えてくれている。
「あの魔法陣は何だ?一体、何があった?」
「わたしにも何が何だか。」
どうしてこうなったのか、よく分からなくて首を横に振った。聖剣だけではなく先程の魔法陣にも魔力をかなり奪われたけれど、あれも儀式の一環だと思っていた。でも、周囲の騒然とした様子を見る限りどうも違うようだ。
「魔法陣が発動したとき、舞台袖にいた私も魔力を奪わた。周囲が倒れた原因はあの魔法陣だろう。」
リゲルはわたしの首に手をあて、魔力の流れを確認する。奉納舞が終わったばかりの熱を持った体に、リゲルの冷たい手が気持ちいい。
倒れている者たちは騎士団が救護にあたってくれている。常に回復薬を常備している騎士団が、腰に下げている回復薬を倒れている神官に飲ませ、意識があり、自分で回復薬を持っている者はすぐに飲み始めている。
リゲルの話によると、舞台上にいた者だけが魔力を奪われたようで、魔力量の少ない神官が倒れ、座り込んでいる侍従は中位貴族らしい。
「ディアナ、無事か!?」
舞台前での警備が一段落したレグルハウトが、慌てて舞台に飛び上がると、真っ直ぐにわたしのところへと駆けてきた。
「はい。わたしは何ともありません。大丈夫です。」
魔力を奪われて倒れた人もいるので、「魔力が減って逆に体がスッキリしました。踊りやすかったです。」なんて言えない。
レグルハウトは本当にわたしに異常がないのか、上から下まで見た後、リゲルへと視線を向ける。
「少々魔力が乱れておりますが、回復薬を飲ませたのでゆっくり休めば問題ないでしょう。」
「あの魔法陣は何だ。一体、何が起こったのだ?」
「私も奉納舞で魔法陣が発動したなどと聞いたことがありません。ただ、大量の魔力を聖剣から引き出されていたようなので、それが何らかの発動の要因になっているのではないかと思います。」
あぁ、やっぱりあの魔力の奪われ方は異常だったのか。
二人の会話から、わたしが違和感に感じていたことが一つ解消された。魔力の少ない神官が行う奉納舞のはずなのに、聖剣に魔力を一気に引き出されたときはさすがに驚いた。
聖剣を使う奉納舞は魔力を使うと分かっていたけれど、魔力の消費量が半端なかったので変だなと感じていた。
「ここの調査は改めて騎士団で行うことになるだろう。其方等はすぐに小神殿へ送り届けよう。」
「私は倒れた神官の代わりに聖剣と聖杯を馬車で運ばなければなりませんので、ディアナのことは殿下にお任せしてよろしいでしょうか?」
「問題ない。」
リゲルはレグルハウトに一礼すると、動ける侍従に手早く指示を出しながら、この場を後にした。
広場に集まっていた人たちは騎士団の指示で既に解散し、まだ広場に残っている人も楽しそうに井戸端会議をしている。
人が少なくなった広場に魔獣を出し、レグルハウトはわたしを軽々と抱き上げた。そして飛び乗ると、バサリと翼を動かし空へと駆けだす。護衛を任された他の騎士たちもすぐさまそれに続く。
レグルハウトの黒獅子は広場を旋回するように上昇し、広場を後にした。




