魔力の色と魔術の属性
「それで?今度は何をやらかしたのだ。」
東屋にあるテーブルの対面に座り、すっきりとした甘みのあるお茶を飲んでいるレグルハウト。あいかわらずお茶を飲む動作一つとっても優雅で、ニヤリと口角を上げて笑っている姿でさえ気品がある。
彼が座ると、神殿の温室に設置された古びたテーブルと椅子が、貴族の庭園で開催されるお茶会を想像させる。貴族のお茶会、見たことないけど。
「わたしは無実です。何もやってませんよ。」
どこで何を聞いてきたのか、先日の花紡ぎの儀での顛末を知っており、その表情は面白そうなことになったなと言わんばかりに笑っている。
来訪予定も告げずに突然やって来たレグルハウトは、昼食の時間に合わせ何食わぬ顔で執務室に入ってきた。眉間に皺を寄せるリゲルと、急な昼食の人数変更に慌てて調理場へ向かう侍従とは対照的に、本物の王子様のような輝くような笑顔で神官たちに挨拶すると、来客用のソファで寛ぎ始めた。
冬籠もり明けの春は一番忙しいと言っていた兵士の父と違い、騎士団って暇なのかなっと冷ややかな視線を向けていると「今日は伯父上からの呼び出しだ。」っと至極真面目な顔で言ったので、暇なわけではないらしい。
しかしよくよく聞くと、ウィルビウスとの約束の時刻は夕刻らしいので、やぱっり暇なんですねとつっこまずにはいられない。
このまま執務室に居座られては仕事がはかどらないと、眉間の皺が深くなったリゲルにレグルハウトの相手をあっさり押し付けられ、昼食の準備が整うまで戻って来るなと執務室を追い出される羽目になった。
拒否権も断る隙も無く、チラリと他の神官を見るが助け舟を出してくれる気配はない。それどころか、これ以上、執務室の空気が悪くなる前に、早くどこかへ連れて行ってくれと目で訴える始末だ。
一応、王族である彼をそんな適当にあしらって大丈夫なのかとレグルハウトの顔を見るが、本人は至って気にしていないらしく、それよりもさっさと行くぞと促された。
面倒なことになった。小さく息を吐きながら頷き、温室でお茶をすることにしたのだった。
昼食前なので軽めに用意してもらったお茶菓子に手を伸ばしていると、正面からクスクスと笑う声が聞こえてくる。視線を上げチラリと様子を伺うと、面白い玩具を見つけた時の子供のようないい笑顔だ。
「毎回、其方は私の予想を超えてくる。本当に退屈しない。だからこそリゲルが甲斐甲斐しく世話を焼くのだろうがな。」
口角を上げ笑うその姿は、世の女性が理想とする爽やかな王子様で、背もたれに寄りかかり足を組んで座っているだけなのに、その姿勢一つとっても優雅で気品が溢れている。
「わたしは普通に演奏をしただけです。」
「式典に姉が参加すると言っていたな。其方のことだ、気分が高揚して流れるままに溢れた魔力をドゥーベに叩き込んだのだろう。」
「うっぅ・・・何でそれを。」
「貴族側の式典に参加しなかったのは正解だったな。平民は祝福の光を式典で行われる演出の一つくらいにしか思っていないだろうが、魔力の塊だと知っている貴族が見れば其方の存在を訝し気に思う者もいるだろう。」
成人の儀同様、貴族の花紡ぎの儀には参加できないと言われたが、式典前はエミリのことで頭がいっぱいだったので、何か理由もちゃんと言われた気もするが二つ返事で了承した記憶しかない。わたしが式典に参加したい目的はエミリだったので、貴族側に参加できない理由は特に気にしていなかった。
「魔力が乱れた状態で次の式典に臨めば、同じ規模の祝福にはならずとも近いものにはなったであろうな。」
「貴族の式典に全く思い入れがないので、もしあのまま参加しても魔力が溢れることはないと思ってました。エミリたちの儀式が終わった頃には、かなり気分は落ち着いてましたよ?」
「其方は自身の魔力量に無頓着すぎる。気分が落ち着いたからと言って、それが魔力に連動しているかといえばそうではない。気づいていないだけで、すぐに落ち着くものではない。」
カップを口に付けながら「さっさとお披露目をすれば済むものを」っと呟いた声が聞こえたが、視線を下げ聞こえないふりをした。
多分、養女の件だと思うけど、わたしの方からこの話題に触れたくない。リゲルは十歳になる春に正式な手続きをすると言っていたが、レグルハウトはさっさと養女にした方がいいと言っているらしい。
わたしもカップを口に付け、飲みながらチラッと表情を伺ってみると、特別この話を広げる気はないようで、お茶を飲む静かな音だけが聞こえる。
「魔力の色は金だったのか?」
「はい。金色の光でした。」
「そうか。金紋を出したと聞いたが、やはり金色の魔力か。」
「え?あの色って本当の魔力の色ですか?」
「あぁ。聞いていなかったのか?」
祝福の光を見ることができるように、魔道具を使って魔力に色を付けると聞いていたけれど、そもそもあの色が本来の魔力の色らしい。
式典によって神具から出る色が違うから、それぞれの式典に合わせて魔力の色を変えているのかと思っていたけれど、使う神具が違うから見えた色が違っただけだったようだ。
魔力の色に関しては高学院で習うことなので、リゲルは詳しく教えてくれなかったけど、魔力は魔力量が多い少ないだけではなく、魔力の色の違いで得意とする魔術の属性が決まるらしく、騎士団での所属分けにも利用している。
属性は大まかに七種類あり赤色は火属性、青色は水属性、緑色は地属性、紫色は風属性、白色は光属性、黒色は闇属性っといった感じらしい。同じ魔法陣を使ってもその人の属性によって効果が変わり、空間転移は光属性、回復薬などの調合は地属性が得意分野だ。
色は濃かったり薄かったり他の色と交じり合っていたりするが、その中で一番はっきりと認識できる色がその人に色になる。高学院の入学時に調べるらしいが、割合的に火属性と水属性の人が多いそうだ。親の属性が子供に遺伝する場合がほとんどなので、この比率の割合は昔からあまり変わらない。
そもそも、わたしが金紋と分かったのは魔力を帯びた紙に血判を押した際、血に含まれた魔力が反応して血印が金色に光ったからだ。そんなことは普通起こり得ないことなので、あの時の神官たちの驚き慌てる姿は正常な反応だと言えよう。当時は何が何だか分からなかったけど、いま考えると血が金色に光るって不気味。
「金色の属性は何が得意なのですか?」
「金色は全属性だ。金色は魔力量が極めて多い者しか出ないので、属性という隔たりがないと言ってしまえばそれまでなんだがな。」
「得意不得意を力でねじ伏せるって感じなんですね。属性の差ってそんなに違いが?」
「そうだな。魔法陣を発動させた時の威力が全く違う。其方は他の者が魔力を使っている姿をほとんど見たことがないと言ったな。ならば、騎士団の訓練を見に来るか?騎士の戦い方を見れば違いも分かりやすいだろう。」
騎士団の訓練は、訓練場へ行けば誰でも見学が可能らしい。極秘の訓練もあるので敷地内の入れる場所は限られているが、騎士に憧れる子供や、騎士とお近づきになりたい貴族令嬢がよく見学に来るそうだ。
本人は他人事のように話しているけど、レグルハウトを狙っている貴族令嬢も多いだろう。見目も家柄も良い優良物件のレグルハウトが、いまだに未婚で婚約者もいないのが不思議で仕方ない。
それ以外にも騎士団には、家族や婚約者が差し入れを持って来ることもあるので、一緒に食事ができるカフェスペースなども用意されていて、お堅い雰囲気だと思っていた騎士団だが意外と身近な存在だった。
「見学したいです!!」
「リゲルへは私から話しておこう。」
あまりレグルハウトと一緒に出掛けるのはよくないと分かっているけど、神殿の仕事が忙しいリゲルに連れて行ってほしいと頼むのも違う気がする。特にこの時期は連日のように儀式が詰まっているので、報告書など書類仕事に追われて寝る間も惜しいという雰囲気だ。
普段から感情を顔に出さないリゲルだが、最近は疲れが溜まって表情筋を使うことすらしたくないのか、無表情ぶりに拍車がかっかっている。
「騎士団の話しついでに伝えておくが、奉納式の移動に魔獣の許可が出たぞ。神官の移動というだけでは許可は下りなかっただろうが、未成年の長距離間の馬車移動は危険という判断で、正式に我ら騎士団に護衛の要請がきたようだ。」
「本当ですか?魔獣の移動は騎士団の護衛が必要だと聞いていたので、春の奉納式で使うのは諦めてました。馬車での長距離移動が不安だったので安心です。」
奉納式の移動は原則、馬車移動だと聞かされていたので、正直、乗り慣れない馬車に不安しかなかった。休憩は挟むらしいけど丸一日、馬車に乗りっぱなしはさすがにきつい。
心配していた不安材料が消え、無意識に息を吐き肩の力が抜ける。
あからさまにホッとしたわたしに気づいたレグルハウトに、呆れたような視線を向けられていた。
「護衛には私も同行することになるだろう。」
「よろしくお願いします。レグルハウト様がいれば安心です。」
「あぁ。其方のことは命に変えて守ろう。」
一瞬、騎士の顔に戻ったレグルハウトの凛々しい表情に、命をかけるとは大袈裟なと笑って突っ込みを入れそうになった口をグッと閉じた。危ない。空気の読めないことをするとこだった。
焦った顔を隠すように、僅かに残っていたお茶の入ったカップを口に付け、とうの昔に冷めたお茶を飲み干した。
隠したつもりだけど鋭いレグルハウトのことだ、多分、わたしが一人で狼狽えていることなどお見通しだろう。もしかしたら、動揺するわたしの姿を見る為に、ワザと大袈裟な台詞を言った可能性もある。
初めて見る凛々しい姿に、ちょっとだけドキッとしたわたしの純情な乙女心を返してください。
微妙な空気になったそのタイミングで「昼食のご用意が整いました。」と遠慮気味なヴァルナの声が聞こえた。その声で場の空気がガラリと変わり、立ち上がったレグルハウトがニコリと微笑みながら、「どうぞ、お姫様。」と自然な動作で手を差し出してくる。
その手に自分の手を添えると、優しい力で引っ張るように立ち上がらせてくれた。最近はエスコートされることにも慣れてきたけれど、やっぱり違和感はある。ぶっちゃけ、自分で立ち上がった方が早い。
貴族らしい紳士的な対応にさすがだなと感心する一方で、本物のご令嬢のように丁寧に扱ってもらえて、大事にされていると錯覚しそうになる。動作の一つ一つに動揺しているうちは、まだまだ修行中ということだろう。
でも、優しく手を握られ、微笑みながら見つめられて、勘違いしない人がいないと思うのはわたしだけだろうか。




