婚姻の契約と祝福の光
「これより、婚姻の契約を行う!」
洗礼式と同じように壇上に台座が並び、手続きを担当する神官たちが各配置に就いた。特に並ぶ場所や順番は決まっていないようで、みんな自分から近い列や空いている列に適当に並んでいる。
先頭の新郎新婦が一組ずつ壇上に上がり、婚姻の契約が始まった。こちらから手元は見えないが、台座には婚姻の契約書が置いてあり、二人に婚姻の意思を確認し、連名でその羊皮紙にサインをするらしい。
サインをしたらしい新郎新婦が、渡されたナイフで指先を少し切って血判を押すと、羊皮紙は強い光を放ち、炎が上がって契約書は一瞬で燃え尽きた。
大広間内の雰囲気作りの為に、楽師は全ての新郎新婦の契約が終わるまで演奏を続けることになっている。この間は音の補強の魔道具は使わないので、建物に音が反響してとてもよく響く。
何度か式典通りのタイムスケジュールで行う予行練習にも参加したが、このタイミングの演奏が一番時間がかかる。その年毎に新郎新婦の参加人数が変わるので、はっきりとした時間は決まっていないらしいが、ほぼ毎年百組以上はいる。今年は二百組いないので、例年としては少ない方だったらしい。
それだけ長い時間を見越しての演奏なので、基本的に演奏は一人、二人の少人数で回していく。わたしの持ち回り曲も一人用だ。
せっかく人で演奏ができるので、希望を言うとエミリの契約のタイミングでしたいけど、エミリたちは列の真ん中より前あたりにいたので、多分、その辺りだとわたしの順番はまだ回ってきていない。
こればかりは仕方ないけど、ちょっと残念。
視線だけ動かし大広間を見渡すと、既に契約が済んだ新郎新婦は、晴れて正式な夫婦になったことを喜び、笑顔で寄り添い幸せそうに抱き合っていた。
最初は無表情だった政略結婚組と思われる新郎新婦も、契約が済み腹を括ったのか、お互いの物理的距離も縮まり、ぎこちないながらも初々しい笑顔で話している。
契約は粛々と進み、エミリたちの順番が回ってきた。壇上に上がる前、エミリはこちらに笑顔を向け、周りが気づかない程度に小さく頷いた。わたしも笑顔で小さく頷いて返す。
壇上に上がり、神官の前に立った二人から緊張が伝わってくる。
「其方等の婚姻は、これより行う契約で正式なものとなる。夫として妻として、愛し、敬い、生涯を供にすることをここに誓い、其方等の血の契約を持って契約が承認される。お互い、結婚に相違はないか?」
「「はい」」
二人はペンをとり婚姻契約書にサインをする。平民の識字率は恐ろしく低いが、成人した人間は自分の名前だけはちゃんと書ける。
月詠みの儀を終え見習いとして働く際に、その職種を管轄する商会に登録する必要があるらしく、契約内容を口頭で読んでもらい、自分自身で書類にサインをする必要がある。よほどの理由がない限り代筆はダメなので、そのサインの為に、月詠みの儀を終えた子供は名前を書く練習をする。
エミリたちが名前を書き、自分の名前の横に血判を押す。二人の血判を押し終わると、契約書は光を放ち、炎が上がった瞬間には灰も残らず燃え尽きるように消えた。契約完了だ。
「ファンエリオンに新たなる夫婦の誕生だ。おめでとう。」
「「ありがとうございます。」」
その言葉に立ち上がって歓声をあげそうになった。でも今は神官として舞台にいるので、エミリたちに声をかけることはできない。早く祝福の言葉をかけたい気持ちをグッとこらえ、壇上のエミリたちを見ると、二人の表情は幸せに満ち溢れ、その場で抱きしめ合っていた。
あぁ、幸せそうでよかった。
壇上から降りるエミリと目が合った。エミリから溢れる幸せな雰囲気に、わたしも幸せで満たされ心が温かくなる。
エミリたちの契約が終わった後も、順調に契約は進んでいく。政略結婚組の中には、サインを一瞬、躊躇する者もいた。
政略結婚が当たり前という雰囲気の中で育った者は、最初から恋愛結婚を望んでいない者も多い。それでも仕事上の出会いが多い商人は、他領地に親に内緒の恋人がいる人も多いらしい。
恋愛結婚が増えたとは言ってもそれはまだ少数派で、恋人を親に認められないまま親の進める人と政略結婚をし、他領地に現地妻や恋人を作っている人も少なからずいるそうだ。
商人の恋愛事情も神話と同じで複雑。もしかしてそれであの神話?
契約が終わっていない新郎新婦が残り半分を切った頃、わたしの演奏順が回ってきた。前の演奏がそろそろ終わりそうなので、深呼吸をしドゥーベを構える。
「宵と明け方の空、この地上に生まれし・・・」
静かに目を伏せたまま言葉を紡ぎだす。何度も弾いた愛を語るこの曲は、若い男女の甘い恋物語。眠れないほど相手を想い、深く溺れるほどに相手を愛する。花紡ぎの儀に弾くのに最適な曲だ。
神話と同じで神様が続々と登場し、詩的に表現された神様の愛は理解するのが難しい。それでも男神が囁く愛の言葉や、それに喜ぶ女神は人間の恋愛に通じるところがある。
ただ残念なのは、この曲に登場する女神がユーピテールだということだ。
そう、この曲の歌詞はユーピテールとあの好色夫がまだ恋人同士だった時の恋の物語。
当時はまだ恋愛に対して初心だった彼女へ愛を伝えまくって、甘い言葉を囁く男神の甘美な誘惑に、最初は警戒し頑なだった彼女も次第に心を開いていく。
自分の子をたくさん残すほど、力のある優秀な神様だった男神。仕事の出来る見目美しい優しい男に愛を囁かれて、落ちない女性はいるのだろうか。
この時はお互い純粋に愛し合っていたのかもしれないっと思いたい女心。ユーピテールに捨てられるまで、浮気しながらも君を一番愛しているとのたまっていただけあって、二人には子供が七人いる。
実際の気持ちは分からないが、もしかしたらそれは本心で、その愛情に気づいていたからこそ、ユーピテールも男神を捨てることができなかったのかもしれないっと思うと切なすぎる。
男神が浮気さえしていなければ、純粋にこの曲は愛の賛美歌だったのに、何とも複雑な気分である。っとはいえ貴族社会では定番の恋愛曲らしく、想う相手への求愛表現として使えば、年頃の男女はコロッと落ちるそうだ。
この曲を贈られても、こいつ浮気をする宣言でもしているのかと不快感しかない気もするが、曲の歌詞にユーピテールの名前が出てくるわけではないので、神話を読み込んでいる者以外は、浮気された神話の女神とこの曲の女神が同一人物だとは一致しないそうだ。
演奏をしながら、たまに顔を上げて全体を見渡すと、演奏を聴いていないだろうっと思っていた新郎新婦は、頬を緩めうっとりと曲に聴き入っている。歌詞の意味は分かっていなくても、曲自体は雰囲気のあるいい曲なので、貴族とか平民関係なく受け入れられたようだ。
エミリたちへ視線を向けると、うっとりした顔で演奏を聴いてくれていた。
会場内にいる人たちの幸せそうな表情が嬉しくて、胸が温かくなった。そんな会場の空気に引っ張られるように気分が高揚し、元々、演奏で気分が乗っていたこともあって一気に魔力が膨れ上がった。
特訓した通り、落ち着けー落ち着けーっと無心になる努力はしたけど、よく考えると必死になって落ち着かせている時点で無心ではない。案の定、わたしの願い虚しく、あっさり魔力は溢れ、それに反応して腕輪が淡く光り、指を通してドゥーベに魔力が流れ込む。
これ、絶対に後でリゲルに怒られるやつ!
全ての弦が淡く光り、指を置いた弦から金色の小さい球体がホワンと宙を舞うように飛び出した。いつもの魔力が流れ込んだ時の反応と違う。
軽く動揺しながらそのまま演奏を続けると、今度は指で弾いた弦からキラリと光る金粉のようなものが散った。
魔道具で魔力を見えるようにしていると言ったリゲルの言葉を思い出し、だったらこの金色に光っているものがわたしから溢れ出た魔力だろう。そう思うとちょっと感動。
軽く目を伏せ演奏を続けていると、金色の光はゆっくり舞い上がり、粉雪が降るようにハラハラと会場内に舞っていた。そうか。これが祝福の光だ。
「綺麗。」
「うわぁ凄い。」
大広間内がザワリとし、感嘆な吐息が広がった。胸の前で手を合わせ、幻想的な光景をうっとりした表情で光を眺めていたり、祝福の光に歓喜したのか抱き合っている人もいる。
エミリもアーミーに肩を抱かれ、うっとりと舞う光を見上げていた。
誰かを贔屓せず、祝福の光は全員に降り注ぐようにと言われたが、これだけ舞い散っていれば大丈夫だろう。式典が始まるまでは、エミリだけ特別扱いしたいと思っていたけれど、式典を見ているうちに、純粋に全ての新郎新婦を祝福したいと思った。
ポローン
最後の一音を弾き、目を伏せたまま深く息を吐く。契約を交わして新郎新婦も、皆一様に手を止め、舞い散る光に目を奪われていた。祝福の光を見慣れている神官たちでさえも、唖然とした表情でその光景を見つめ、気づくと会場内は静寂に包まれていた。
そして間を置かず、わぁっと割れんばかりの歓声が上がった。この雰囲気を見る限り、わたしの演奏は無事に成功したと考えていいみたいだ。
わたしの演奏の後は、何事もなかったかのように次の演奏者の曲が始まり、止まっていた契約も淡々と進む。最初は距離があった政略結婚組も、祝福の光に感化されスムーズにサインをしているようだ。
それから一刻ほどの時間が経った頃、契約を終えた最後の組が壇上を降りた。
「新たなる夫婦の誕生を見届け、これをもって其方等の新しい門出となる。祝福を得た其方等の未来は明るいものとなるだろう。神に感謝を。」
壇上に上がったウィルビウスの声と共に、楽器を持っている楽師以外の神官はザっと片膝をつき祈りの姿勢をとる。
「「「神に感謝を。」」」
閉じていた中央広場へ続く両開きの扉が音を立て開いた。扉が開いたことで、小声で話していた新郎新婦の声量は一気に大きくなり、口々に式典の感想を話している。
外の広場では歓声が上がり、出て来るのを今か今かと待っていた家族や友人が祝福の声をかけ、下町の喧騒を思い出すような興奮した声があちらこちらから聞こえてくる。
全ての新郎新婦が退場し扉が閉まると、神官が片付けの指示を出し始めた。楽器を管理する神官に渡し、ここにいても片づけの邪魔になるわたしは、幸せに満たされた気分のまま足早に大広間を出た。
その後すぐに、忙しいはずのリゲルとウィルビウスに神殿長室へ呼び出されたのは、言うまでもない。




