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愛を語る花紡ぎの儀

色とりどりの花で飾られた大広間は、普段の質素でどこか寒々しい神殿の雰囲気とは違い、華やかでカラフルだ。


舞台上に上がって全体を見渡すと、成人の儀とも違う見慣れない雰囲気に感嘆の声が漏れる。


平民の儀式だからか魔道具を特段多めに使っている様子はないが、会場のあちらこちらにキャンドルが置かれ、楽師が座る舞台上の椅子には、ピンクのリボンが飾り付けしてある。祭壇は真っ白なレースで覆われ、花飾りが付いて全体的にとても可愛い。


祭壇を中心に、左右の壁側に二階に上がる階段がある。その階段の踊り場に神様の石像が鎮座しているが、石像も花が飾り付けられちょっと可愛いらしい。


数ある式典の中でも、花紡ぎの儀の儀式内容はとても美しいと聞いた。まだ式典が始まっていないのに、この段階ですでに期待できる。


「式典を見るのは初めて?」


わたしが自分の席に座ると、近くに座っていた女性神官が話しかけてきたので、声のした方に視線を向け「はい」っと大きく頷く。

女性はかけている細いフレームの眼鏡をクイッと指で上げると、その神経質そうな雰囲気からは想像できない優しい表情でこちらを見ていた。


普段から茶色の髪を綺麗に結い上げその髪をきっちり固めているせいか、醸し出している雰囲気から真面目そうな人というイメージが先行するが、同じ楽師をしていることもあって、よく気さくに話しかけてくれる。


「飾り付け素敵でしょう。参加者からの評判もなかなかいいのよ。」

「はい。とても素敵です。特にキャンドルの演出がいいですね。夜の式典はキャンドルに灯った火で幻想的な雰囲気になりそう。」

「えぇ。昼は花の飾り付けが映えて、夜はキャンドルの灯りでとてもいい雰囲気になるわ。式典の雰囲気が違うから、昼と夜は演奏する曲が違うの。」


華やかに飾られた会場内をゆっくり見回すと、吹き抜けの高い天井には等間隔で並んだ窓があり、その天窓から光が射し込んでいた。会場全体がその温かい光に包まれ、飾り付けされている花が生き生きしているように見えた。確かに夜だとこの雰囲気は味わえない。


「貴族の式典用は静かな曲が多いなと思ってましたけど、会場内の雰囲気に違いがあるからだったんですね。昼と夜とでは曲調が違うので覚えるの大変でした。」

「そうだったの?簡単に演奏していたからそんな風に見えなかったわ。」


周囲からそう思われているのは、一緒に練習していく中で何となく察していた。神官は温厚な性格の人が多く、基本的には褒めて伸ばす方針なのか何をするにも温かく見守ってくれる。逆にそれがプレッシャーになって、足を引っ張っらないように必死に練習していたのは秘密だ。

話しの途中で神官が楽器を持ってきてくれたので、苦笑いするわたしに彼女が気づくことはなかった。


楽器を受け取り、いつものように弦を弾いて全ての音を確かめる。弦をはじくと張った弦がキラキラと輝いた。無心で調律していたつもりだったが、ドゥーベに魔力が流れている。

近くに座っていた他の神官もわたしから流れる魔力に気づいたらしく、驚いたようにこちらを見ていた。


うん、分かるよ。わたしも驚いている。


式典がまだ始まっていないのに、音合わせの段階で魔力が流れるって、わたしのエミリに対する思い半端ない。


驚いた神官たちの動揺が周囲に広がる前に、拡声用の魔道具がまもなく式典が始まることを伝えた。

準備をしていた神官たちが慌ただしく会場から出ていき、先ほどまでこちらを凝視していた神官も我に返り、落ち着かせるように持っていた楽器を持ち直す。


大広間に設置されていた全てのキャンドルに、一斉に火が灯る。普通のキャンドルだと思っていたけれど、これも魔道具の一種だったようだ。

天窓からは太陽光が射し込み建物内を優しく照らしているが、明るい中で見るキャンドルの灯りもこれはこれで綺麗。


神官たちが出ていくとすぐに、開始の合図である鈴の音が大広間内に響く。中央広場に続く両開きの扉の左側には剣を持った男像、右側に盾を持った女像の石像が鎮座している。お互い向き合うように立っている姿から、夫婦の神様のようだ。


扉が開くと、外で待っていた新郎新婦が腕を絡ませ寄り添いながら中に入ってきた。幸せそうな表情で微笑み合う新郎新婦は、みんな一様に真っ白な衣装を着ている。

花紡ぎの儀の衣装は白と決まっており、あなたの色に染めて欲しいという意思表示らしい。


百組以上の新郎新婦がずらりと並び、真っ白い衣装で埋め尽くされた大広間は圧巻の一言だ。


エミリを探す為に入場する新郎新婦を見ていると、仲良さそうに寄り添っている者たちの中に、お互い少し距離をあけて並んでいる人たちがいる。多分、家の関係で結婚を決めた政略結婚組だろう。


リーベルに聞いた話だと、商人同士の政略結婚は、この花紡ぎの儀で初めて顔合わせすることもあるらしい。それでも利害が一致しているので、今はまだ距離があっても意外と仲良くやっていけるそうだ。確かにエミリたちも政略結婚に近いものだが、今ではとても仲良し夫婦だ。


この人数だと式典が始まるまでに二人を見つけれないかもっとちょっと焦っていると、前の方でこちらへ向かって手を振っているカップルがいる。

エミリたち、いた!!


話しには聞いていたけれど初めて見るエミリの衣装は、胸元にフリルを使ってふんわりとボリュームを出し、小柄なエミリに合わせて腰の切り替え位置を高めに作って、スタイル良く見せている。

スカートにはガラス玉が散りばめるよう縫い付けられ、天窓から射し込む光に反射したガラス玉が、舞台上からも分かるほどキラキラと輝いていた。


髪飾りも新しい物を作っていると話していたが、片編み込みしたハーフアップの髪型には、つまみ細工という手法で作った髪飾りを使っていた。布を指で摘まんで簡単に作ることができるらしく、王都の針子たちの間で流行っているそうだ。

色違いの布を使って作った小花が付いた髪飾りは、童顔のエミリに似合ってとても可愛い。


二人は腕を絡ませ寄り添い、視線を合わせ幸せそうに微笑んでいる。幸せのおすそ分けを貰った気分になり、ジワリと心が温まった。

幸せそうな二人を見ていると、高揚していた気持ちが落ち着き、乱れていた魔力も治まる。


今ならいい演奏ができそう。


参加者全員の入場が終わったらしく、ギィっと音を立てて扉が閉まり、チリンチリンと鈴の音が響いた。大広間は静まり返り、それを合図に楽器を構える。


「神殿長、入室」


その声で楽師の音楽が始まる。カウスたちベテラン数人の前奏からしっとり始まり、それからわたし含め残りの演奏者が音を奏でる。


いつものようにウィルビウスが祭壇に上がり、両手を静かに上げた。音を補強する魔道具を使って調整しているので、徐々に演奏の音が小さくなり、ウィルビウスの低く威厳のある声が会場全体に響く。


祝いの言葉を述べ神話を語っている間、楽師は数人のグループ毎に交代で演奏を続けている。演奏する人数も少ないが、そもそも魔道具で音を小さくしているので、話の邪魔にならない程度に静かに流れる演奏が、式典の雰囲気を盛り上げていた。


生演奏を聴きながらうっとりとした表情で寄り添う新郎新婦。一応、今はウィルビウスの話を聞く時間なのだが、参加者の多くは自分たちの世界に入っているのか、静かにしているだけであいかわらず話しは聞いていない。


逆にわたしの方が、ウィルビウスの語る神話の話に聞き入っていた。多分、式典に参加していた新郎新婦の誰よりも、真剣に話しを聞いていたと自負していい。


今回の神話は花紡ぎの儀らしく夫婦神にまつわる話で、分かりやすく解釈すると、下町で流行っている小説にありそうな男女のドロドロした愛憎劇だ。


数多いる神々の中でも、美しいと評判の女神ユーピテールの夫は好色な神様で、ユーピテールの目を盗んでは他の女神や人間達と交わっていた。

これは強力な神となる子を多数生み出し、世界の基盤を整える為であったが、嫉妬深かったユーピテールとはよく夫婦喧嘩をしていたそうだ。結局、優秀な子はたくさん残したけれど、愛人やその子供はユーピテールの復讐に怯え、遠くの果てに逃げた。


頭が良く美しいユーピテールは惚れた弱みなのか、何度浮気されても最終的に夫を許した。そして気の強かったユーピテールに喧嘩の度に半殺しの目に合っていたはずの夫は、それでも懲りずに浮気をする。散々浮気し、ユーピテールの元に帰って来ては、一番愛しているのは君だと囁く。典型的な浮気男の例だ。


だが、さすがに何度目かも分からない浮気で愛想も尽きたのか、夫は家を追い出されるはめになった。ユーピテールももっと早く別れればよかったのにっと思うが、それが惚れた女の乙女心というものらしい。


実はこの夫である神様、浮気をしまくっていただけあって女心を熟知しており、年齢問わず女性に人気だった。見目も美しく、造形のように整った顔で色香を振りまき、目が合うだけで若い娘は妊娠すると言われていたほどだ。

神話を読むたびにいつも思うが、神話に登場する神様の貞操観念はなかなか緩い。


もっと花紡ぎの儀に相応しい夫婦神の神話はたくさんあるはずなのに、この家庭崩壊の良い例ともいえる話を持ち出すあたりがウィルビウスらしい。

わたしが何とも言えない微妙な気持ちで話しを聞いていると、他の神官たちも同じことを思ったのか、苦笑いをしていた。


いつもは話しを聞いていない参加者たちに対して複雑な気持ちになるが、正直なところさすがに今日は聞かなくて正解だったと褒め称えたくなった。

エミリたちも最初は話を聞いていたようだが、すぐに興味を無くしたのか、お互い顔を寄せて楽しそうにお喋りをしたり、最終的には神話を語るウィルビウスではなく、二人揃ってわたしの方を笑顔で見ていた。


夜の貴族の式典ではこの神話は語らないと思うが、どんな神話を語るつもりなのか気になって仕方ない。


「神に祈りましょう。」


ウィルビウスの声に合わせ、楽師全員での演奏が始まった。祭壇に置いてある神具の盾と剣が淡く光を持ち始め、その神具の盾を持ったウィルビウスと剣を持ったリゲルとが打ち合う姿勢をとる。触れ合った剣と盾からガンッと鈍い音が聞こえ、その瞬間、神具は強い光を纏う。


「最高神である夫婦神よ、我の祈りを聞き届け、新しき夫婦の誕生に祝福を与え給え。」


二人が距離をとり、体勢を整えると、最初より強めに剣を振りかざし、ガチャンっとかなり大きい音が響いた。盾に付いた魔石から緑の光が溢れ、溢れ出た光が天井まで広がる。


「結婚の神ヒュメナイオス、二人の足元を照らし困難から救い給え。」


リゲルがもう一度剣を振りかざし、ガンっとかなり強い音が響いたのと同時に、今度は剣に付いた魔石から青い光が溢れ、その光も天井まで広がった。

盾と剣から溢れた光は螺旋状に混じり合い、飛んでいった光が天井や壁に当たり弾けた。緑と青の光が飛び散り、キラキラと新郎新婦に降り注ぐ。


何度見てもこの光景は言葉にならないほど美しい。この光が魔力だと分かっていても、神からの祝福のような神秘的な光りに心が震える。


参加者たちは目の前で起こっている光景が信じられないのか、ポカンと口を開けたままお互いの手を取り合い、無言で見上げている。

幸せそうに降り注ぐ光を見上げる新郎新婦に、祝福の光は優しく降り続いた。

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