ドゥーベの演奏と成人の儀
成人の儀当日の神官の朝は、とても慌ただしかった。
日の出前の朝早くから起こされ、半分眠った状態で湯浴みをし、いつもより念入りに髪や体を洗われた。湯浴みの後はお気に入りの香油ではなく、貴族が使う儀式用の香油を丁寧に塗り込まれる。香辛料のような大人の女の色香を纏う匂いに、眩暈を覚える。わたしには不相応な匂い。
式典用の衣装を汚さないよう部屋着のローブを着せられ、リゲルと朝食を取った後、すぐに式典用の神官の衣装に着替えさせられるのだ。
「リゲル様、おはようございます。」
湯浴みを終えリゲルの部屋へ行くと、既に湯浴みを終えたリゲルが先に朝食を食べていた。いつもならわたしが来たところで食事の準備が始まるが、神具の管理をしているリゲルは今日は本当に時間がないようだ。手元はゆったりとした優雅な動きなのに、皿に乗る食事がどんどん減っている。
「今日の式典だが、君は貴族の式典には出ないことになった。成人する者の親に少し面倒なのがいるようなので、貴族の前に出ない方がいいだろう。」
「分かりました。貴族の式典は一度見たことあるので、出席できなくても問題ないです。」
深く考えず軽く返事をすると、チラリとこちらへ視線が向いた後、僅かに眉が動く。
「なんだ、思ったより緊張していないようだな。」
「そうですね。わたしの本番は明日の花紡ぎなので、今日は特には。」
リゲルは要件を伝えると、さっさと食べ終え部屋を出て行った。わたしもリゲルを真似して急いでパンを食べるが、飲み込めない。結局、口に詰め込んだパンをスープで流し込んで食べ終える。淑女としてあるまじき食べ方なので、リゲルに見られたら絶対に怒られる。
朝食を済ませ部屋に戻ると、次は最後の着替えだ。頭から鮮やか濃い青の衣装をバサリと被り袖に腕を通すと、衣装に施された豪奢な刺繍が目に入る。
言われるがまま両手を上げ立っていると、黒と金で織られた帯を腰に巻き、帯の上から更に魔石が付いた細いチェーンの装飾品を付ける。
今回、リゲルの指示で新しく準備した式典用の衣装は、いつも着ている神官服より格段に手触りが良い生地を使い、刺繍に使っている糸も最高品質だ。
いつもは隠すように付けているレグルハウトから貰ったネックレスも、今日は見えるように付けているので存在感が半端ない。
着替えが済むと、仕上げに鏡の前で軽く化粧をし丁寧に髪を梳く。わたしは成人前なので正式な場でも髪を結い上げる必要がない為、その日の衣装や気分で髪型を決めている。今日は結い上げない気分らしい。主にヴァルナが。
「ディアナ様、お似合いです。」
梳いた髪に虹色魔石を使った髪飾りを付けると、垂れたチェーンが髪の上で揺れ、シャランっと綺麗な音が聞こえてくる。
「わたしの気のせいだといいのだけど、もの凄く目立ちそうな気がする。大丈夫?」
「問題ありません。とてもお綺麗ですよ。」
そういうことを聞きたかったわけではないが、ヴァルナの素敵な笑顔に押されてこれ以上何も言えなくなった。悪目立ちしないならいい。わたしも無言の笑顔で返す。
着替えを終え早めに神殿の大広間に行くと、わたしは設置された式典用の設備をぐるりと見回した。たくさんの魔道具が使われる会場は圧巻だ。
「おはようございます、ディアナ。とても綺麗ですね。今日は上位貴族の装いですが、私たちはいつも通りあなたに接して大丈夫なのでしょうか?リゲル様からは何か指示がありましたか?」
神官たちが慌ただしく準備に動き回っている会場で、わたしが祭壇の側に用意された舞台上に上がる様子に気づいたカウスが、笑顔で声をかけてくれる。
「特に指示はなかったのでいつも通りで大丈夫です。わたしの今日の格好、目立ちますよね?」
「そうですね。楽師には下位貴族しかいないので、この中にいるとディアナの衣装は目立ちます。気になるようでしたら、あまり出席者から見えない後方の席に移動しますか?」
廊下ですれ違う神官たちの衣装を見て薄々気づいていたけれど、この衣装は恐ろしく豪奢すぎる。アークツルス家の一員として衣装は用意すると言われた時点で、こうなることは予想するべきだった。
カウスが気を利かせて席の移動を提案してくれたが、後ろの席だと花紡ぎの式典でエミリが見えない可能性がある。見えないのは困る。この日の為に頑張って練習してきたと言っても過言ではないのだから、見えなければ参加する意味がない。
「いいえ、予定通りの席でいいです。」
わたしが自分の席に座ると、楽器の運搬を担当している神官が楽器を持ってきてくれる。カウスや他の楽師たちは楽器を持ち、音の調整を始めていた。
楽器を構え音を確かめるように幾つかの音を出し、ピィンと高い音を親指で弾くと会場に音が響き渡る。音響関係の魔道具も問題なく動いているようだ。
音の調整をしながら指の動きを確認していると、急に会場にいる神官たちが慌ただしくなり、式典に参加しない神官が会場から出ていった。その神官たちと入れ違うように入って神官が各自の配置につく。
会場内に式典開始の合図である鈴の音が響き、下町側の入り口である大人の身長の倍以上ある大きな木製の両開きの扉が開くと、外の広場で待っていた参加者たちがゾロゾロと入ってきた。
成人の儀は決められた色がないので、皆、色とりどり晴れ着を身にまとっている。
一気に会場内は騒がしくなり、皆一応に飾り付けられた神殿内の豪華さに驚いた表情で口を開け、ぐるりと見渡す。その中の数人は、舞台に自分より年下の神官がいることに気づき、わたしを見て表情を変えていた。
楽器の演奏に指揮をする人はいない。式典中、合間に鳴る鈴の音が演奏の合図だ。冬籠もりの間に何度も全体練習をしたので大丈夫だろう。特に目配せ等もなく、各自のタイミングで楽器を構え始める。
わたしも楽器を構え合図を待っていると、「神殿長、入室」の声と共に会場内にチリンチリンと鈴の音が響く。
「それで、初めて神官として神殿の儀式に参加してどうだった?」
四の刻から始まった平民の式典が終わりリゲルの部屋に行くと、昼食の準備は整えられており、先に部屋に戻っていたリゲルは書類に目を通しながら、わたしが部屋に来るの待ってくれていたようだ。
わたしが部屋に来る連絡がいっていたようで、席に座るのと同時に料理が並べられていく。
本当、貴族の侍従って優秀。
「緊張しました。舞台にいると見られる側になので、最後まで気が抜けなかったです。楽師はもっと目立たないと思っていたので、思っていた以上に注目されたのが予想外でした。」
式典が始まると皆そちらに意識がいくだろうと思っていたが、子どものような神官が舞台で演奏を始めたので、ウィルビウスの話を聴いていない若者たちの格好の話のネタになったようだった。
舞台の上からだと隣の人に囁きかけたりしている姿がよく見える。残念ながら今回も、ウィルビウスの神話の話は参加者には響かなかったようだ。
「君は座っているだけで目立つ。朝、話をしたが、貴族の式典には第一王子擁護派の筆頭である男の嫡男が参加する。」
「それとわたしに何の関係が?」
「アークツルス家の養女になり、殿下の紋章が入った装飾品を身に付けた君は注目を集めるだろう。神官服を着ている以上、魔力量が少ないが故に神殿に預けれらた可哀想な子供くらいに思われるだろうが、あいつらは狡猾で目敏い。いま貴族連中に君の存在を公にするのは賢明ではない。」
「あいかわらず貴族って面倒ですね。王子と言われても、王族の方はレグルハウト様しか知らないので、いまいちピンとこないです。」
神殿で呑気に冬籠もりをしていたレグルハウト。王族特有の近寄りがたい雰囲気を纏っているが、実際はかなり面倒見がよく話し好きだ。
そんなレグルハウトだが、王位継承権を放棄した今でも継承権の復帰を求める声が多いらしい。本人を見る限り全くそんな気はないようだが、リゲルの話だとレグルハウトの継承権復帰に向けて動いてる上位貴族が多数いるそうだ。
「楽器を持って舞台上にいる間はその装飾品も見えないこともないが、念のため出席しな方がいいだろう。」
「以前から思っていたんですが、正装の時以外、ネックレスを外しちゃダメですか?」
リゲルはネックレスに視線を向けると、溜め息を吐き首を横に振る。魔道具の役割も果たしているこのネックレスは、既にわたしの魔力に馴染んでいるので下手に外さない方がいいらしい。
それ以前に、王族に下賜された装飾品を身に付けないのは不敬に当たるので、外すという選択肢はない。あいかわらず貴族のルールは面倒くさい。
「最近、君の魔力が安定しているのは、殿下から下賜されたその装飾品の力が大きいだろう。そもそも今の君は、姉の花紡ぎの儀を前に気分が高揚しやすい状態にある。その状態でネックレスを外したらどうなるか、安易に想像がつく。」
「うぅ・・・返す言葉もありません。」
魔力が溢れてリゲルを攻撃したり、ドゥーベの演奏でレグルハウトに魔力を流して求婚した経験があるので、魔力制御に関してのわたしへの信用度はかなり低い。
わたしが地味にへこんでいるタイミングで、デザートを乗せたワゴンが部屋に入ってきた。ワゴンに乗った皿をチラリと見ると、今日のデザートは果物たっぷりのフルーツタルトのようだ。
今日のような祭事の日は、料理長にお願いしてデザートを豪華にしてもらっている。安息日の日に仕事をしているのだから、デザートくらい豪華でも許してほしいという乙女心だ。残ったケーキは調理場の方で侍女たちが美味しく頂いているだろう。
ケーキの土台に使っているしっとりサクサクに焼いたタルト生地が、フォークを刺すとホロっと崩れる。土台の上には卵を使ったカスタードクリームがたっぷり塗られ、その上には色とりどりの果物が飾られている。果物には砂糖を溶かしたものを刷毛で塗ったので、宝石のようにキラキラと輝いていた。
宝石箱。
まさにこのケーキのイメージはそれだ。
甘い物にあまり興味がないリゲルも、一口食べて軽く目を見張った。すぐさまもう一口食べて、何度か噛みしめながら頷いている。
使っている果物は季節の物を使うので、その時々で味が変わる。今日は酸味のある果物の割合が多いので、男性でも食べやすいのかもしれない。
「午後からは部屋を出なければ好きに過ごして構わない。温室に好き好んで行く者はいないと思うが、殿下の時の例もあるからな。」
「分かりました。」
リゲルは早々に食べ終えていたようで、後ろに控えていた側使えがスッと椅子を引く。同じように会話しながら食べていたはずなのに、やっぱり早食いだ。
優雅に立ち上がり側使えが服の皺を直している間に、慌ててモニュモニュと口を動かしているわたしを横目で見ると「君は気にせずゆっくり食べるといい。」と言い残し部屋を出ていった。
また置いてけぼりだ。
部屋を見渡すとリゲルの部屋のはずなのに、わたし付きの側使えと護衛しか残っていない。これは信用されていると思っていいのだろうか。
わたしがそんなことを考えながら呑気に咀嚼をしていると、さすがに少し焦ったヴァルナの声に急かされる。いつまでも主のいなくなった部屋で食事をするのはよろしくないようだ。
結局、朝と同じよう口に詰め込み、飲み物で流し込んで無理やり飲み込む。やはりわたしは淑女にほど遠い。




