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新しい家族と恋歌

中央広場から西側の商業地区に入ってすぐの場所に、若い人向けのカフェやお店が集まっているエリアがある。居住区エリアに建つお店より少し割高だがお洒落な外観とメニューが受けて、商人以外の人たちからも人気らしい。


婚約者を紹介したいと言うエミリの案内で、この辺りで一番人気のカフェに入ると、木の温もりを基調とした店内には可愛い雑貨や観葉植物が飾ってあり、確かに若い人が好きそうなお店だ。実際にその雰囲気からか、女の子同士や恋人同士のお客さんが多い。


エミリが慣れた様子で店内を見渡すと、日当たりのいい窓側の席に座っていた男性が立ち上がり、「エミリ」と親し気な声色でこちらに向かって笑顔で手を振っている。


「アーミー、お待たせ。」


アーミーと呼ばれたその男性は、人の良さそうな垂れ目を細め、エミリの後ろにいたわたしの視線に気づくと「こんにちは」とニコリと微笑んだ。


「この子が妹のディアナよ。可愛いでしょう?ディアナ、彼が婚約者のアーミーよ。」


短く切り揃えられた赤茶色の髪に太めの眉が特徴的なアーミー。物腰柔らかなおっとりした感じの人で、顔が濃く体格のいい兵士の父を見て育ってきたエミリ的には好みの男性だったらしい。

初めて顔合わせした時は、テンション高めにその日のことをコーナに話していたそう。


エミリがお互いの紹介をしてくれたので、軽く挨拶して椅子に座ると、アーミーが慣れた様子で店員を呼びおススメ料理を注文してくれた。おっとりした見た目とは反対に、人気エリアの店主を任されるだけあって頼りがいのある男性のようだ。


注文してすぐに店員さんが運んできたのは、チーズの盛り合わせと食欲がわくような湯気が上がった腸詰の塩茹。腸詰にはマスタードを付けて食べると美味しいらしい。


籠に入ったパンにわたしが手を伸ばすと、エミリが料理を取り分けてくれる。エミリがわたしに世話を焼く姿を、アーミーは嬉しそうにニコニコしながら見つめていた。


「花紡ぎ前にはエミリの家族に挨拶したいと思っていたから、会えてよかったよ。エミリからディアナの話しはよく聞いていたから、初めて会った気がしないな。」

「もっと早く紹介してもらう予定だったのに、ギリギリになってすみません。」

「いや、気にしないで。それから、義兄になるんだから敬語はなしだ。」


下は弟しかいないので妹ができるのが嬉しいと笑うアーミーは、やんちゃで口の悪いアレクとはまたタイプの違う兄になってくれそう。


「そうそう。ディアナにはまだ話してなかったけど、私たち冬籠もりのタイミングで一緒に住み始めてるの。今度は家に遊びに来て!」

「そうなの!?花紡ぎ前なのにお父さんよく許してくれたね。」

「最初は渋ってたけど、私ももう十九歳だからね。成人したばかりの時なら、絶対に反対したでしょうけどね。」

「俺もお義父さんに殴られる覚悟で挨拶に行ったけど、許可してくれて本当によかった。兵士をしてるだけあって体格も良いし睨まれただけで震えた。」


情けないよなっと眉を下げハハっと笑うが、殴られる覚悟だったとは驚き。細身のアーミーが、筋肉隆々のジークに殴られたら軽い怪我では済まなかったと思う。


「お母さんが隣で笑ってる間は大丈夫かなって思ってたけど、さすがに私も緊張したわ。」

「でもお義父さんが俺たちの引っ越しの為に、兵士仲間に声をかけてくれて本当に助かったよ。まだ王都に知り合いが少ないから、どうしたものか悩んでたからね。」


基本的に新婚夫婦の引っ越しは、家族や友達が総出で手伝う。今回もそのつもりだったらしいが、急遽、冬籠もり前に引っ越そうと言う話になり、他領出身のアーミーの家族や友人が手伝いに来れなかったらしい。

部屋の小物類は少しずつ買い揃えて新居に持ち込んでいたが、大物の家財道具の移動がまだだったので、力自慢の兵士たちの手伝いは本当に助かったようだ。


その日のことを思い出し、笑いながらお互いを見つめ合う二人の視線が熱すぎて目のやり場に困る。まだ花紡ぎ前だけど、新婚の二人が醸し出す雰囲気が甘すぎる。

幸せそうでなにより。ごちそうさまです!


「あぁ見えてお父さん、過保護だからね。私が針子の仕事を始めるタイミングで下宿に移るって言った時も、反対はしなかったけど機嫌が悪くなって大変だったのよ。」

「見習いのうちは実家から仕事に行く子も多いから、お義父さんもまさかエミリがすぐに家を出るとは思わなかったんじゃないかな。実際、見習いの給金だけじゃあ満足に道具の買い替えもできないからね。」


見習いの頃を思い出しながら、エミリが「そうね」と言葉を吐き出す。以前、エミリがコーナと話していたが、針子の道具は結構いい値段するらしい。

月詠みの儀を迎えると親から仕事道具をお祝いで貰うが、貰えるのは最初に使う道具だけなので、それ以降は自分の給金で買い揃えていくしかない。


見習い期間中、職場が用意する下宿代は無料らしいがそれ以外の生活費は自費だ。見習いの給金はすずめの涙程度なので生活はギリギリ。


エミリやアレクが安息日以外も食事を食べに帰って来ることがあって、わたしとインディは単純に喜んでいたけど懐が厳しかったのかもしれない。

見習いの生活は楽じゃないのだろう。アレクはあいかわらず今でもよく帰って来る。


「ディアナはもうすぐ月詠みの儀だろう?どこの工房で見習いをするか決めてるのか?エミリと同じ針子をしたいならうちのお店は大歓迎だ。」

「ダメ、ダメ。この子は刺繍は私たちに任せてほとんどやってないから、他の子たちのように基礎ができてないわ。うちが欲しいのは即戦力よ。」

「ちょっと、そんな全否定しなくても。」

「そうなの?それは残念。一緒に働いてくれれば美人姉妹を看板にいい宣伝になったかもしれないのに。」


わざとらしく両方の手のひらを上に向け、肩を竦めてみせたアーミーを、エミリは「ないない」と言いながら笑って返している。わたしの話題なのに置いてけぼりだ。


「ディアナは神殿学校に行って色々と勉強してるから、下町じゃなくて神殿か貴族の屋敷で働くことになると思うわ。」

「貴族の屋敷で下働きとして働くのか。確かに姿勢も良いし食べ方も綺麗だもんな。」

「んーどうだろう。後のことはまだ話し合い中なの。」


歯切れの悪い答えをするわたしを、首を傾げ不思議そうな顔で見るアーミー。気を利かせたエミリが話題を変える為に慌てて店員を呼び、料理と飲み物を追加注文した。


すぐに熱々の鉄板に乗った肉がジュウジュウと音を立てて運ばれてくる。大きなステーキ肉は片面だけ焼いた状態で、あとは好きな大きさにカットして好みの焼き加減で焼くそうだ。

あいかわらず料理の出来上がりが早い。


肉の付け合わせに運ばれてきた塩を振っただけの茹でた芋も、見るからにホクホクで美味しそうな湯気が出ている。


「お店の開店準備は順調なの?」

「順調よって言いたいとこだけど、実は内装工事が遅れているの。」

「え?大丈夫なの?」

「うん。問題ないよ。雪で街道の封鎖が早まったから、内装に使う予定だった物が冬籠もり前に届かなかったんだ。今、急ピッチで工事を進めてもらってるから間に合うと思う。っというか間に合ってもらわないと困る。」


困ると言いながらもその時はその時でどうにかするっと笑うアーミー。やっぱり見た目のおっとりした雰囲気とは違い、しっかりした人のようだ。

エミリの言葉からも焦っている感じがないので、本当に何とかなるのかもしれない。


「何の即戦力にもなれないと思うけど、何かあればわたしも協力するね。」

「ありがとう。」


一度お互いの顔を見て、笑い合う二人の顔がとても眩しく見えた。やっぱり雰囲気が甘い。二人の甘い甘い雰囲気に、たくさんデザートを食べた後のように胸やけしてお腹いっぱいだ。


あまり心配はしていなかったけど、二人が幸せそうでよかった。今ならドゥーベで最高の恋歌が弾けそう。明日リゲル相手に弾いてもいいだろうか。

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